352 / 702
【高校編】分岐・鍋島真
【番外編】流星群(下)(side真)
しおりを挟む
僕がどれだけ幸せか、僕の奥さんは考えたこともないに違いない。
ときどき、ほんとうにときどき──視線を感じる(ような気がする)ことがある。
そこには、小さな僕がいる。
父親に蹴り壊された天体望遠鏡を抱えた、孤独なみすぼらしい鳥。
じっと見ている。
家族的家族なコトをしてる僕を。
たとえば、山の中でテントを張って、レトルトのカレーを鍋で作って、それを家族に振舞う僕、とかね?
「おいしー!」
小学生の美月と、まだ幼児の陽人と、大人用のカレーと、わざわざ三種類作る僕とか、ね。
ランタンの灯のなか、僕を見上げて嬉しげに笑う子供たちと、彼らの口元を拭う大好きな奥さん。
『しあわせなの?』
小さな僕は言う。なんの感情も感じられないガラス玉みたいな瞳。
「しあわせだよ」
僕は答える。
嘘偽りなく、心の底から、……ああやっと、「君」は救われたんだね、と──そう思う。
ガラス玉の瞳をした、小さくて綺麗な僕。
死んでた僕を助けてくれたのは華。
子供を産んでくれて、大切に慈しんでくれて、換気扇からいつもいい匂いをさせてくれる僕の奥さん。
ガラス玉の少年が、ほんの少し笑って、ふわりと闇に消えた。
(さようなら)
きっともう、会うことはない。
「どうしたんですか?」
華が不思議そうに僕を見る。
「なんでも?」
そういいながら、僕は彼女に皿を差し出して──不審げな顔でカレーを口に運ぶのを観察した。
咀嚼する口元がエロい。
でもそれを子供の前で口にすると、多分、いや相当にキレられるのでぐっと我慢する。
「……なんですか?」
胡乱げなまなざし。多分、ヨコシマなことを考えたのがバレバレだった。
「なんでも?」
肩をすくめる。なんでも、なんでも、だ。
そうして親子四人で、寝そべって流星群を眺める。
細かい網状のレジャーシートの上に、簡易的なラグを敷いて寝心地よくして。
火球並みの明るさで空を横切るそれらに、子供たちは歓声を上げる。
華も目を見張って──。
虫の、りぃ、りぃ、という鳴き声と、美月のなんとか三回お願い事をしようという早口と、まだよく分からないけど綺麗だと思っている(と、思う)陽人と、ほけっとしてる華。
僕の全て。あとは千晶がいれば完璧なんだけれど。
じきに、子供たちは星を眺めながら寝付く。
すうすう、と安心しきって眠るのが良い。とてもいい。
眠っているときに、乱暴な足音で起こされる経験を、この子たちは経験しないであろうことが誇らしい。
頭の上に手をかざされて、その手は自分を撫でるものだと信じ切っているのが、この上なく僕は嬉しい。
「寝ちゃいましたね」
華の穏やかな声。
僕はほんの少し、頬を上げた。
僕が美月、華が陽人を抱き上げて、テントまで運ぶ。
ぐっすり寝ついて、少々のことでは起きそうにない。
──というか、まず起きないだろう。一度眠るとなかなか起きないところなんか、ほんとに華にそっくりだ。
山は冷えるから、少しあったかめの寝具を用意して──いたんだけど、華が一瞬眉を寄せた。
「また新しいの買ってる……」
「うん、まぁね、そう。でも風邪ひくよりよくない?」
「ウチの布団持ってきたらいいじゃないですか」
「汚れるよ?」
「ん、んん……」
華は複雑そうな顔をする。
僕は結構オカネモチなのに、華は昔から、なんていうか、こんな感じだ。ケチとはまた違うんだけれど、すごく堅実。
ずっとそう生きてきたんだろうなぁ、っていう──。
「真さん?」
「いや」
僕は軽く首をふる。華が話したがらないなら、聞かなくていい。
テントから出て、今度は二人並んで星を見上げる。
手を繋ぐ。握る。華も握り返してくれる。
キスをする。後頭部を撫でる。華はくすぐったそうに笑う。
抱きしめる。その首筋に顔を埋める。好きって思うし、実際それは口から出てしまう。
「もう」
華は少し照れて身をよじる。そんな華に構わず、僕は続ける。
「好き。愛してる。ずっとそばにいて」
「……バカですねぇ、いるに決まってるじゃないですか」
華に頬を摘まれる。全然痛くなくて、僕はもう一度華にキスをする。今度は重ねるだけじゃなくて、舌を捻じ込んで華の口腔を味わって誘い出して、甘噛みして絡み合わせる、そんなキスを。
「っ、もう……」
「ねえ華、もうひとり産む気ない?」
「わ、もうばか、どこ触ってるんですか」
「華チャンが言えない、恥ずかしいトコロ?」
華の頬が、暗い中でもわかるくらいに熱そうだ。まったく可愛いんだから、僕の奥さんは。
その日、もうめちゃくちゃに愛し合ってる途中で、華がぽつりと言う。
「ねぇ真さん、前世とかって信じますか」
昔も──僕はその質問をされたことがある。
あのとき僕は、どう答えたんだっけ?
おそらく肯定的な意見ではなかった、と思う。
けれど──今は違う。
何せ、どうやら僕たちの可愛い子供たちはかつて……雀蜂であったようなのだから。
「ある、のかもしれないね」
はむり、と華の形のいい耳を噛む。こりこりと軟骨を唇で弄ぶと、華は僕に抱きつきながら、小さく言う。荒い息の合間に。
「そうですね」
艶かしい、熱い息の最中から、華は身悶えながらこう続けた。
「あるのかも──しれません、よね?」
ときどき、ほんとうにときどき──視線を感じる(ような気がする)ことがある。
そこには、小さな僕がいる。
父親に蹴り壊された天体望遠鏡を抱えた、孤独なみすぼらしい鳥。
じっと見ている。
家族的家族なコトをしてる僕を。
たとえば、山の中でテントを張って、レトルトのカレーを鍋で作って、それを家族に振舞う僕、とかね?
「おいしー!」
小学生の美月と、まだ幼児の陽人と、大人用のカレーと、わざわざ三種類作る僕とか、ね。
ランタンの灯のなか、僕を見上げて嬉しげに笑う子供たちと、彼らの口元を拭う大好きな奥さん。
『しあわせなの?』
小さな僕は言う。なんの感情も感じられないガラス玉みたいな瞳。
「しあわせだよ」
僕は答える。
嘘偽りなく、心の底から、……ああやっと、「君」は救われたんだね、と──そう思う。
ガラス玉の瞳をした、小さくて綺麗な僕。
死んでた僕を助けてくれたのは華。
子供を産んでくれて、大切に慈しんでくれて、換気扇からいつもいい匂いをさせてくれる僕の奥さん。
ガラス玉の少年が、ほんの少し笑って、ふわりと闇に消えた。
(さようなら)
きっともう、会うことはない。
「どうしたんですか?」
華が不思議そうに僕を見る。
「なんでも?」
そういいながら、僕は彼女に皿を差し出して──不審げな顔でカレーを口に運ぶのを観察した。
咀嚼する口元がエロい。
でもそれを子供の前で口にすると、多分、いや相当にキレられるのでぐっと我慢する。
「……なんですか?」
胡乱げなまなざし。多分、ヨコシマなことを考えたのがバレバレだった。
「なんでも?」
肩をすくめる。なんでも、なんでも、だ。
そうして親子四人で、寝そべって流星群を眺める。
細かい網状のレジャーシートの上に、簡易的なラグを敷いて寝心地よくして。
火球並みの明るさで空を横切るそれらに、子供たちは歓声を上げる。
華も目を見張って──。
虫の、りぃ、りぃ、という鳴き声と、美月のなんとか三回お願い事をしようという早口と、まだよく分からないけど綺麗だと思っている(と、思う)陽人と、ほけっとしてる華。
僕の全て。あとは千晶がいれば完璧なんだけれど。
じきに、子供たちは星を眺めながら寝付く。
すうすう、と安心しきって眠るのが良い。とてもいい。
眠っているときに、乱暴な足音で起こされる経験を、この子たちは経験しないであろうことが誇らしい。
頭の上に手をかざされて、その手は自分を撫でるものだと信じ切っているのが、この上なく僕は嬉しい。
「寝ちゃいましたね」
華の穏やかな声。
僕はほんの少し、頬を上げた。
僕が美月、華が陽人を抱き上げて、テントまで運ぶ。
ぐっすり寝ついて、少々のことでは起きそうにない。
──というか、まず起きないだろう。一度眠るとなかなか起きないところなんか、ほんとに華にそっくりだ。
山は冷えるから、少しあったかめの寝具を用意して──いたんだけど、華が一瞬眉を寄せた。
「また新しいの買ってる……」
「うん、まぁね、そう。でも風邪ひくよりよくない?」
「ウチの布団持ってきたらいいじゃないですか」
「汚れるよ?」
「ん、んん……」
華は複雑そうな顔をする。
僕は結構オカネモチなのに、華は昔から、なんていうか、こんな感じだ。ケチとはまた違うんだけれど、すごく堅実。
ずっとそう生きてきたんだろうなぁ、っていう──。
「真さん?」
「いや」
僕は軽く首をふる。華が話したがらないなら、聞かなくていい。
テントから出て、今度は二人並んで星を見上げる。
手を繋ぐ。握る。華も握り返してくれる。
キスをする。後頭部を撫でる。華はくすぐったそうに笑う。
抱きしめる。その首筋に顔を埋める。好きって思うし、実際それは口から出てしまう。
「もう」
華は少し照れて身をよじる。そんな華に構わず、僕は続ける。
「好き。愛してる。ずっとそばにいて」
「……バカですねぇ、いるに決まってるじゃないですか」
華に頬を摘まれる。全然痛くなくて、僕はもう一度華にキスをする。今度は重ねるだけじゃなくて、舌を捻じ込んで華の口腔を味わって誘い出して、甘噛みして絡み合わせる、そんなキスを。
「っ、もう……」
「ねえ華、もうひとり産む気ない?」
「わ、もうばか、どこ触ってるんですか」
「華チャンが言えない、恥ずかしいトコロ?」
華の頬が、暗い中でもわかるくらいに熱そうだ。まったく可愛いんだから、僕の奥さんは。
その日、もうめちゃくちゃに愛し合ってる途中で、華がぽつりと言う。
「ねぇ真さん、前世とかって信じますか」
昔も──僕はその質問をされたことがある。
あのとき僕は、どう答えたんだっけ?
おそらく肯定的な意見ではなかった、と思う。
けれど──今は違う。
何せ、どうやら僕たちの可愛い子供たちはかつて……雀蜂であったようなのだから。
「ある、のかもしれないね」
はむり、と華の形のいい耳を噛む。こりこりと軟骨を唇で弄ぶと、華は僕に抱きつきながら、小さく言う。荒い息の合間に。
「そうですね」
艶かしい、熱い息の最中から、華は身悶えながらこう続けた。
「あるのかも──しれません、よね?」
0
あなたにおすすめの小説
傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい
棗
恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。
しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。
そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。
ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する
ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。
皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。
ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。
なんとか成敗してみたい。
彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~
プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。
※完結済。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ
朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。
理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。
逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。
エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。
すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした
珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。
色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。
バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。
※全4話。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる