【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

文字の大きさ
354 / 702
【高校編】分岐・鍋島真

☆【番外編】春の日(下)(side真)【了】

しおりを挟む
 しん、とした春の夜。
 まるで百年も昔からそうすることが決まっていたかのように、静かに華が目を開ける。

「真さん」

 静かに静かに、華は口を開いた。
 僕はただ黙って、彼女を見つめる。窓の外では、夜桜が風もないのに散っていく。

「なにを考えていたんですか?」
「きみのことだよ」

 さらり、と華の髪を撫でた。指先が震えているのを悟られないように、深く長く、息を吐いた。

「こどもたちは?」
「千晶のところ」

 華は小さく頷いて、軽く目を伏せた。長いまつ毛が微かに震えて、僕は怖くなる。また華が眠るんじゃないかと背骨が凍る。
 耳の奥がきぃんと鳴った。
 怯えている僕を安心させるように、華はすぐに目を開けて、柔らかく笑った。

「大丈夫です、たくさん眠ったから」
「……みたいだね」
「よく眠りました。──たくさん、夢を見ました」

 薄い目蓋が、痙攣するように微かに動く。桜の花弁のようだなと僕は思う。

「どんな夢?」

 華は聞いて欲しいんだろうな、と暗い病室で僕はできうる限り穏やかな声音で問う。
 かすかな消毒液のにおい。
 クリーム色のスライド式ドアの向こう、シンとした廊下に響くナースシューズの足音。
 僕はまだナースコールを押さない。
 華は僕と話したがっている。

「夢というか、記憶です」

 華の唇が、そう音を奏でる。暗い中でも、彼女の唇はそう悪い色ではなくて安心した。
 そうして彼女は昔話をした。
 "設楽華"の話を紡いだ。
 幼少期、父親がいかにして亡くなったかということ。
 小学五年生になる直前の春休み──母親を、どのように喪ったかということ。

「全部──全部」

 華がひっそり、息を吐いた。

「思い出したんです」
「うん」
「真さんは、前世を信じますか」

 華の声が、ほんの少し──僕じゃなければ分からなかっただろうくらいすこしだけ、震えた。
 僕は目を細める。できうる限り、柔らかく。

「信じるよ」
「──嘘」

 驚く華に、僕は言う。できるだけ暖かく──聞こえるように。

「言っただろ。何回でも、それこそ銀河系何周する悠久だとしても──何度でも、一緒に生まれ変わってあげる」

 何度でも迎えにいく。
 何度でも君を──僕のものにする。

 僕の、運命の女ファム・ファタル

 華は綺麗な瞳を見開いて、それから柔らかく笑った。
 僕は笑い返しながら思う。
 君と僕の子供たち最愛だって、前世は雀蜂なんだよ、華。

「──私、前世の記憶があるんです。思い出したのは、その小五前の春休み。入院中でした」

 まぁあまりロクな死に方はしなかったらしい。僕は少し悔しくなる。

「そっちの僕は何をしていたんだろう? 君をみすみす死なせるなんて」
「さぁ。いなかったんじゃないですか」
「そんなはずはない。全く僕は莫迦だ」

 そうして華の手を握る。
 嫋やかな指は変わらない。でも昔よりすこしだけ荒れた肌。一生懸命、子供を育ててくれている僕の最愛。

「……テレビで、お花見の中継をしていたんです」

 華の父親は、通り魔から市民を、家族を守るために殉職した。
 桜吹雪がくるくると舞うなか、だったらしい。血に染まる桜の花弁。

「頭が痛くなって──そのまま」

 華は情けなさそうに僕を見上げる。

「子供たち、心配してますね?」
「うん。でも今日はよく、休んで」

 華の形の良い額を撫でる。
 華は安心したように目を閉じた。
 そうして、静かに言う。

「お花見に。いきませんか」
「……うん」

 思わず心配が滲んだらしい僕の声に、華はくすぐるように笑った。
 華は目を閉じたまま、僕の手を握る。
 ぎゅうっと握り、子供のようにすぐに眠った。

(もう、大丈夫)

 なんとなく僕はそう確信している。
 窓の底は夜に沈む春。
 月光に、ちらちらと桜が舞う。
 お花見にいこう、と僕は思う。
 華は笑ってくれるだろう。
しおりを挟む
感想 168

あなたにおすすめの小説

傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい

恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。 しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。 そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~

プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。 ※完結済。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...