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【高校編】分岐・鍋島真
☆【番外編】春の日(下)(side真)【了】
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しん、とした春の夜。
まるで百年も昔からそうすることが決まっていたかのように、静かに華が目を開ける。
「真さん」
静かに静かに、華は口を開いた。
僕はただ黙って、彼女を見つめる。窓の外では、夜桜が風もないのに散っていく。
「なにを考えていたんですか?」
「きみのことだよ」
さらり、と華の髪を撫でた。指先が震えているのを悟られないように、深く長く、息を吐いた。
「こどもたちは?」
「千晶のところ」
華は小さく頷いて、軽く目を伏せた。長いまつ毛が微かに震えて、僕は怖くなる。また華が眠るんじゃないかと背骨が凍る。
耳の奥がきぃんと鳴った。
怯えている僕を安心させるように、華はすぐに目を開けて、柔らかく笑った。
「大丈夫です、たくさん眠ったから」
「……みたいだね」
「よく眠りました。──たくさん、夢を見ました」
薄い目蓋が、痙攣するように微かに動く。桜の花弁のようだなと僕は思う。
「どんな夢?」
華は聞いて欲しいんだろうな、と暗い病室で僕はできうる限り穏やかな声音で問う。
かすかな消毒液のにおい。
クリーム色のスライド式ドアの向こう、シンとした廊下に響くナースシューズの足音。
僕はまだナースコールを押さない。
華は僕と話したがっている。
「夢というか、記憶です」
華の唇が、そう音を奏でる。暗い中でも、彼女の唇はそう悪い色ではなくて安心した。
そうして彼女は昔話をした。
"設楽華"の話を紡いだ。
幼少期、父親がいかにして亡くなったかということ。
小学五年生になる直前の春休み──母親を、どのように喪ったかということ。
「全部──全部」
華がひっそり、息を吐いた。
「思い出したんです」
「うん」
「真さんは、前世を信じますか」
華の声が、ほんの少し──僕じゃなければ分からなかっただろうくらいすこしだけ、震えた。
僕は目を細める。できうる限り、柔らかく。
「信じるよ」
「──嘘」
驚く華に、僕は言う。できるだけ暖かく──聞こえるように。
「言っただろ。何回でも、それこそ銀河系何周する悠久だとしても──何度でも、一緒に生まれ変わってあげる」
何度でも迎えにいく。
何度でも君を──僕のものにする。
僕の、運命の女。
華は綺麗な瞳を見開いて、それから柔らかく笑った。
僕は笑い返しながら思う。
君と僕の子供たちだって、前世は雀蜂なんだよ、華。
「──私、前世の記憶があるんです。思い出したのは、その小五前の春休み。入院中でした」
まぁあまりロクな死に方はしなかったらしい。僕は少し悔しくなる。
「そっちの僕は何をしていたんだろう? 君をみすみす死なせるなんて」
「さぁ。いなかったんじゃないですか」
「そんなはずはない。全く僕は莫迦だ」
そうして華の手を握る。
嫋やかな指は変わらない。でも昔よりすこしだけ荒れた肌。一生懸命、子供を育ててくれている僕の最愛。
「……テレビで、お花見の中継をしていたんです」
華の父親は、通り魔から市民を、家族を守るために殉職した。
桜吹雪がくるくると舞うなか、だったらしい。血に染まる桜の花弁。
「頭が痛くなって──そのまま」
華は情けなさそうに僕を見上げる。
「子供たち、心配してますね?」
「うん。でも今日はよく、休んで」
華の形の良い額を撫でる。
華は安心したように目を閉じた。
そうして、静かに言う。
「お花見に。いきませんか」
「……うん」
思わず心配が滲んだらしい僕の声に、華はくすぐるように笑った。
華は目を閉じたまま、僕の手を握る。
ぎゅうっと握り、子供のようにすぐに眠った。
(もう、大丈夫)
なんとなく僕はそう確信している。
窓の底は夜に沈む春。
月光に、ちらちらと桜が舞う。
お花見にいこう、と僕は思う。
華は笑ってくれるだろう。
まるで百年も昔からそうすることが決まっていたかのように、静かに華が目を開ける。
「真さん」
静かに静かに、華は口を開いた。
僕はただ黙って、彼女を見つめる。窓の外では、夜桜が風もないのに散っていく。
「なにを考えていたんですか?」
「きみのことだよ」
さらり、と華の髪を撫でた。指先が震えているのを悟られないように、深く長く、息を吐いた。
「こどもたちは?」
「千晶のところ」
華は小さく頷いて、軽く目を伏せた。長いまつ毛が微かに震えて、僕は怖くなる。また華が眠るんじゃないかと背骨が凍る。
耳の奥がきぃんと鳴った。
怯えている僕を安心させるように、華はすぐに目を開けて、柔らかく笑った。
「大丈夫です、たくさん眠ったから」
「……みたいだね」
「よく眠りました。──たくさん、夢を見ました」
薄い目蓋が、痙攣するように微かに動く。桜の花弁のようだなと僕は思う。
「どんな夢?」
華は聞いて欲しいんだろうな、と暗い病室で僕はできうる限り穏やかな声音で問う。
かすかな消毒液のにおい。
クリーム色のスライド式ドアの向こう、シンとした廊下に響くナースシューズの足音。
僕はまだナースコールを押さない。
華は僕と話したがっている。
「夢というか、記憶です」
華の唇が、そう音を奏でる。暗い中でも、彼女の唇はそう悪い色ではなくて安心した。
そうして彼女は昔話をした。
"設楽華"の話を紡いだ。
幼少期、父親がいかにして亡くなったかということ。
小学五年生になる直前の春休み──母親を、どのように喪ったかということ。
「全部──全部」
華がひっそり、息を吐いた。
「思い出したんです」
「うん」
「真さんは、前世を信じますか」
華の声が、ほんの少し──僕じゃなければ分からなかっただろうくらいすこしだけ、震えた。
僕は目を細める。できうる限り、柔らかく。
「信じるよ」
「──嘘」
驚く華に、僕は言う。できるだけ暖かく──聞こえるように。
「言っただろ。何回でも、それこそ銀河系何周する悠久だとしても──何度でも、一緒に生まれ変わってあげる」
何度でも迎えにいく。
何度でも君を──僕のものにする。
僕の、運命の女。
華は綺麗な瞳を見開いて、それから柔らかく笑った。
僕は笑い返しながら思う。
君と僕の子供たちだって、前世は雀蜂なんだよ、華。
「──私、前世の記憶があるんです。思い出したのは、その小五前の春休み。入院中でした」
まぁあまりロクな死に方はしなかったらしい。僕は少し悔しくなる。
「そっちの僕は何をしていたんだろう? 君をみすみす死なせるなんて」
「さぁ。いなかったんじゃないですか」
「そんなはずはない。全く僕は莫迦だ」
そうして華の手を握る。
嫋やかな指は変わらない。でも昔よりすこしだけ荒れた肌。一生懸命、子供を育ててくれている僕の最愛。
「……テレビで、お花見の中継をしていたんです」
華の父親は、通り魔から市民を、家族を守るために殉職した。
桜吹雪がくるくると舞うなか、だったらしい。血に染まる桜の花弁。
「頭が痛くなって──そのまま」
華は情けなさそうに僕を見上げる。
「子供たち、心配してますね?」
「うん。でも今日はよく、休んで」
華の形の良い額を撫でる。
華は安心したように目を閉じた。
そうして、静かに言う。
「お花見に。いきませんか」
「……うん」
思わず心配が滲んだらしい僕の声に、華はくすぐるように笑った。
華は目を閉じたまま、僕の手を握る。
ぎゅうっと握り、子供のようにすぐに眠った。
(もう、大丈夫)
なんとなく僕はそう確信している。
窓の底は夜に沈む春。
月光に、ちらちらと桜が舞う。
お花見にいこう、と僕は思う。
華は笑ってくれるだろう。
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