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因縁

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「フォロワーが15万人くらい」

 事務員さんからの情報に、思わず目を剥く。

「じゅ、じゅうごっ!?」

 まんにん!?
 すごい。すごいけど、それはどうでもいい。

「熱狂的なフォロワーさんたちは、みょみょん姫って呼んでますよ。ていうか、自分でも」
「みょみょんひめ……」

 噛みそう。

「最近、動画も上げてるんですけど。"やっぷぅやっぷぅ、みょみょーんひめだよぉ~"って。ムカつくけど可愛いんですよね~」

 事務員さんが物真似してくれた。手はグーで、両頬に押し当てている。

「メイク動画とか、すっごい参考になるし。なんていうか、可愛~い生活してるんですよね。いいなぁ」
「そ、そう……ですか……」

 ていうか「やっぷぅ」てなんだろう。
 というか、まぁ……そうかぁ、と頭のどこかで思う。
 あれくらい可愛かったら、自分に「姫」がつくことに抵抗ないんだろうなぁ。
 私なんか、未だに「亜沙姫」って名前に馴染めてない。本名なのに。ちなみに、私をお姫様扱いするのは、世界で両親とおねぇちゃんだけだ。

「先生、知らなかったんですか? じゃあなんで……」
「えーと」

 プランちゃんのことは……言わないほうがいいよね。

「色々ありまして……その、すみょみょん? さんが、何連れてきたか、後で聞いていいですか? その、健康状態とか」
「え?」
「ちょっと事情があって」

 両手で拝んでお願いして、それから夜からの先生にもお願いしておく。
 裏口から出て、こっそり駐車場にまわる。
 泉崎さんがちょうど病院に入るところで、ホッと息をついた。

(……プランちゃんのこと、まだ迎えに来てくれる気あるのかなぁ)

 プランちゃんは、まだ大学だ。なんとか失明は免れたけれど……。
 このままだと、本当に警察に届けなきゃいけなくなってくる。とはいえ、まだ教授が様子見していいと言うから、待っている状態。あの人も人がいいからなぁ。
 確かに栄養状態は悪かったけど、外傷もないし爪や目やになんかのケアもきちんとされてた。プランちゃん自身も、懐いてはいたみたいだし。

「アサヒさん、お疲れさまです」

 桔平くんに話しかけられて、慌てて彼の方を見る。
 駐車場のやたらと明るい照明の下で、桔平くんが寒いだろうに立って待っていてくれた。

「あ、来てくれてありがとう」

 お礼を言いつつ、ちら、と病院のほうを窺う。

「いえ……どうしました?」
「いやー、その……さっきの人、知り合い?」
「さっき?」
「髪の長い、ふわふわパーマの」
「ああ」

 車に乗り込む。ばたん、と閉めてシートベルトをしながら、私はこっそり探るように桔平くんを見上げた。

「大学の後輩……というわけでもないですね、なんというか」
「え、後輩?」

 桔平くんの後輩なら、私の後輩でもあるんだけれど見かけた覚えはない。まぁ、キャンパス自体が理系と文系じゃ違うから。

「他大学なんですが、一時期部活に顔を出していたマネージャー候補……? の、ような」

 桔平くんもシートベルトをして、エンジンをかけた。ゆっくりと車を動かして、駐車場から出る。

「マネージャー候補?」
「結局すぐ、来なくなったんです。亜沙姫さん、学部生の頃、部活とかサークルとかは」
「あー、そういうの合わなくて」

 ですか、と桔平くんはなんだか納得したように相槌を打つ。失礼だなぁ。

「他大学から、部活やサークルにだけ入りに来る女子、見かけたことなかったですか」
「あー」

 文系キャンパスの近くには、いくつか私立大学が存在していた。そのうちのひとつ、「可愛い女の子」が多いと話題の女子大の人たちが、うちの大学までサークルに入りに来ていたのだ。というか、わざわざウチから勧誘に行くとかいう話も聞く。
 行動学的には、とても興味深い。
 人間に当てはめて良いかは分からないけれど、より「自分にとって良い繁殖相手」を探している、ということなのだろうか……? 社会行動のひとつ? ひとりで納得して頷く。

「サークルと違って、部活にはうちの学生じゃないとダメなので。とはいえ受け入れないわけではなくて、まぁ候補みたいになるのが不文律というか」
「へぇ~」

 そんな文化があったとは……。近寄らなかったから、全く知らなかった。

「さっきの、……かすみさんは、その1人で」
「……へぇ~」
「? なんですか?」
「いえいえ」

 なんで下の名前で呼んでるの!
 唇を尖らせるのを我慢して、車窓を眺める。

「……苗字を知らないんです」

 桔平くんは淡々と言う。

「さっきまで存在自体忘れていたので。さっき下の名前だけ名乗ってくれたのですが」
「……そー」

 あ、なんか恥ずかしいぞ。
 ヤキモチ妬いてたのバレたかな?
 ちらりと見上げるけれど、もうすっかり暗くて、その表情は分からない。

「まぁ。それだけです」
「そっか」
「……あの」

 桔平くんはぽつり、と言う。

「なんで」
「ん?」
「なんで気に、なったんですか」
「なにが?」
「俺があの人と話していたことが」
「あー」

 私は泉崎さんとの因縁(?)を説明する。

「それで。知り合いかと思って……」
「そうですか」

 桔平くんは淡々と答えた。
 え、それだけ?

「なんでそんなの気になったの?」
「いえ、気にしないでください」

 桔平くんはそう答えたあと、私をちらりと見た。

「寝ていっていいですよ」
「え、悪いよ」

 2時間くらいかかるのかな?
 首を振るけれど、赤信号で車を止めた桔平くんは私の額にキスをする。

「わぁ?」

 至近距離に、桔平くんの整った顔。
 暗い中で、目がぎらぎらしてるのが分かる。

「……?」
「あまり」
「うん?」
「夜、寝かせる気がないので──今寝ていたほうがいいですよ」
「……!?」

 真っ赤になってる私からすっと離れて、桔平くんは再びアクセルを踏む。
 もうすぐ高速に入ろうとしていた。
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