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厩舎

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 ぴゅうぴゅうと冷たい風が入り込んでくるその馬小屋で、14歳になったばかりの私は丸まって震えていた。

嫦娥じょうが様」

 私より1歳年上の男の子、浩然こうぜんが私の頭をそっと撫でる。
 浩然は私の乳母の息子ーー乳兄弟だ。きょうだいの居ない私は、彼を本当の兄のように慕って育った。

「……また、熱が」

 悔しそうに唇を噛む浩然もまた、青い唇で酷く寒そうだった。私は震える手をそっと伸ばして、浩然の頬に触れる。

「ごめん浩然、私のせいで浩然まで、こんな寒いところに」
「何を……嫦娥様」

 眉をきつくしかめた浩然は、それから自分の上衣うわぎを脱ごうとした。私は慌ててそれを止める。

「何しているの浩然、死んでしまう」
「けれど嫦娥様」
「大丈夫、私は寒くないよ」

 そう言って笑う。……うまく笑えているかは、わからないけれど。

「ほら、赤麒せききも暖かい」

 私は寄り掛かっていた愛馬、赤麒に頬を寄せる。横たわるその馬のお腹に、私は背中を預けて丸まっていた。
 赤麒もそっと優しく、私に鼻先を寄せてくれる。
 彼は、お父様が存命のときに私にくれた大事な馬。

(赤麒と浩然だけが、いまや私の家族)

 お母様も乳母も私が幼い頃に、とうに亡くなった。
 そうして、お父様が亡くなる直前に家に来たお義母様とお義姉様二人は、お父様が亡くなるや否や、私をしいたげ始めた。
 些細なことで「罰」としてむちで打たれ、冷水を浴びせられーーけれど、2年もそう過ごせば、身体と心はすっかりそれに慣れてしまった。

(慣れた、というよりは失ったのかもしれない)

 抵抗する意思を。
 ちらり、と浩然を見上げた。

(……さすがに、鞭打ちのことは浩然には言えない)

 家族のように大事にしてくれてる彼が、これを知ったら何をするか。冷静なようで時にひどく熱い彼がどんな行動をとるのか。

(それはきっと浩然を追い詰める)

 虐げられていることは隠しようが無かったけれど、それだけは何とか隠し通して過ごしてきた。
 でもそんなある日、流行病にかかった私は「疫病神」と馬小屋に閉じ込められた。

「そんな病気、うつったらどうしてくれるんだい」
「なんでこの忙しい時に病気になんかなるのかしら!」
「この、役立たず!」

 寒い寒い夕方のことだった。

(昼のうちに、渭河いこうが凍ったんだっけ)

 街の近くを流れる大河。それが凍ったのだと、小耳に挟んでいた。
 そんな寒い日のこと。
 私が馬小屋に投げ込まれたのを知った浩然が、泡をくったように駆けつけ、自分が手に入る限りの毛布をかけてくれたけれどーーそれでも寒い。
 それほどに辛い病だった。
 高い熱に、痛む身体。

「浩然、病気がうつっちゃう。そろそろ居室へ帰って」

 お父様の存命中は官吏になるための勉強もできていた浩然だけれど、亡くなってからは使用人部屋へ移されて、主に馬小屋の管理をさせられていた。
 本人は「馬が好きだから構わない」と笑っていたけれど。

(浩然は頭がいいのに)

 私のせいで、と強く思う。私の乳兄弟でさえなければ、お義母様に目をつけられることもなかっただろうに。
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