前世記憶有少女中華(風)後宮奮闘記〜悪逆女帝にはなりたくない!〜

にしのムラサキ

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 ばちりと目を開けると、ひんやりとした空気に混じり、ふわりと良い梅のの香が吹き込んでくる。

「……?」

 ただその香に包まれながら、ぼうっと開け放たれた窓から見える、綺麗な紅の梅の樹を眺めた。
 冬枯れの白黒の世界に、ぽつんと咲く紅。

(夢を、見ていた気がする)

 酷く懐かしい夢を。

(思い出せないけれどーー)

 温かい、夢だった気がする。
 ぼんやりと、梅を眺めた。
 枝には雪が積もっている。
 紅と白の相対。

(えーと、ここ……どこだっけ?)

 柔らかな寝台。側には火鉢が置かれていた。炭が赤く、暖かく。
 紅梅に、濃い緑の小鳥が止まる。
 ぴちゅぴちゅと囀っている小鳥を見ていると、なんだか穏やかな気持ちになった。
 ふと小鳥が囀りを止め、その小さな羽を忙しく羽ばたかせ、まだ灰色の雪雲が残る空へと向かっていった。

「あ」

 それが寂しくて声を上げると、穏やかな声が降ってくる。

「ごめんね、俺のせいで逃げたかな」

 窓の横にある、彫刻が施された立派な扉がキィと開いた。

「……?」
「良かった。随分顔色が良い」

 優しげに細められる、人懐こい大きな瞳。私はしばらく考えを止めた後、慌てて起き上がろうとした。

皇上おかみ! も、申し訳っ」
「わぁ、そのまま。病み上がりなのだから」

 春の風のように軽やかに居室へ入って来た皇上はそっと私の肩を押した。抵抗するわけにもいかず、ぽすりと寝台に戻される。

「熱はすっかり下がったね」
「お、おかげさまで……」

 5日前、ここに侵入(潜入?)した私はあの後、酷い熱を出した。

(それこそ、正しく自業自得のようなものだけれど)

 そんな風に、私は思う。
 けれと皇上はそんな私の何がお気に召したのか、後宮に部屋を貸してくださって、いつまででも養生して良いと仰ってくださった。

(そのお言葉に甘えた、という訳ではないのだけれど)

 なかなか熱が引かず、ここまでズルズルと滞在してしまった。……お義母様たちは、私を探しているだろうか? いないかな。

(もう動ける)

 頭もずいぶんと明瞭だ。

「梅を見ていたの?」
「はい」
「そっか。綺麗でしょう?」
「はい……こんなに寒いのに、咲くのですね」
「そうだねぇ。特にこの樹は毎年早いみたいだ」

 雪の中に、ぽっと紅に咲くんだよ、と皇上は人懐こく笑う。私は思わず目を細めた。
 ふたりで黙って梅を見つめる。しん、とした静寂が、なんだか心地よかった。

「案外と静かなのですね」

 ぽつりと口を開くと皇上は笑った。

「そうだね、内廷ここには、ほとんど誰もいないから」
「……?」

 私は首を傾げた。内廷……つまり、皇帝の私的プライベートな空間ってことだけれど。
 つまり、後宮に誰もいない?

「妃様たちは?」
「いないよ?」

 不思議そうに皇上は言った。

「へ?」
「え?」

 きょとんとしている皇上に「なんで?」と聞かれて、私は街の噂を話す。

「ええと、皇上は妃を召し上げてはすぐに誰かに下賜されると」
「えっなにそれ!?」
「いえ、そういった噂で……」
「えー、そんな噂になってるの?」

 本気で驚いているようだ。ただでさえ大きな瞳をまん丸にして、皇上は私を見つめる。

「はぁ」
「いやー、うん、でも。まぁ、違ってはないのかな。違っては」

 ぽりぽりと皇上は困り顔で頬をかいた。

「いろんな人が、もう勝手に次から次に後宮に妃を連れてくるから。だけど、俺は伴侶はきさきひとりと決めていて」

 大雑把に言うなら、妃は側室で、后は正室。
 うーん、と皇上は首を傾げた。

「なぜです?」

 皇帝の仕事のうちに、子孫を成すというのもあると思うのだけれど。

「いや、なんていうか……兄弟間で憎しみ合うのって、居心地が悪いよ」

 困ったように皇上は続ける。

「特に腹違いだと憎しみが増す。妃……母親同士でもね。だから俺は后しか伴侶としない」
「ほえー」
「妃に来てもらったヒトたちには、申し訳ないけどすぐに里に帰ってもらってね。そちらから良き嫁ぎ先を見繕って、俺から下賜ってかたちで嫁いで貰ってる」

 モノのように扱って申し訳ないんだけれど、と皇上は眉を下げた。

「もちろん本人の希望があれば、好いた相手と添わせるようにしてるよ。だけど、まぁ、おおむね噂通りで間違いないのかな」

 優しく笑う皇上は、なんだか真面目そうな顔で語る。

「まぁ、そんなのは言い訳で」

 つ、と皇上は目線を逸らす。目線の先にはぽつりと咲く紅梅。

「単に、初恋の女の子を忘れられてなかっただけかもしれないんだけれど」
「初恋?」
「そう」

 すこしだけ、皇上は恥ずかしそうに目を細めた。なんていうか、……超純情だ。あんな噂話を真に受けていた自分が恥ずかしい。

(ん?)

 ってことは、漫画の私、そんな真剣で真摯な人に伴侶として迎えられたってこと?

(まさか私が初恋のひとだ、ってことはないだろうけれど)

 それにしたって、と考える。
 私、私ってば、そんな人を暗殺して、政治の実権握ったってこと?

(……我ながら引くよ!)

 なんでそんなことしたんだろ!? ……と、ふと気がつく。やっと、と言うべきか? やっぱり病み上がりでぼうっとし過ぎていたのかもしれない。

(そういえば、その「前世で読んでた漫画」では)

 その設定集では。
 司馬様のところに嫁いだ私を見て、後宮に召し上げたのではなかったか。

(なんでそんな強引なことを?)

 実際お会いしてみると、そんな風には到底思えない方なんだけれど。
 穏やかで、理知的な方のように思える。

(でも実際、というかなんというかーー漫画ではそうだったのだし)

 単純に顔がお好み? と思わず頬に手をやる。だから私は後宮に留め置かれているの?

(正直な話、どう考えても、私が絶世の美女だとかそんなことはないのだけれど)

 指先に布が触れた。司馬様に斬られた頬の傷を治すためだ、とかって医者様がよく分からない軟膏をこまめに塗りに来ている。
 背中の鞭の傷も手当てしてくれて、本当に助かっている。あれ、寝る時痛いんだよなぁ。
 ちなみに後宮に出入りしているので、お医者さんとてもちろん宦官(男性として子孫を残せなくさせられている)だ。

(だとすれば、司馬様はなんでここにいたんだろ?)

 皇上は不思議そうに、なにやら考えている私を見る。

「どうしたの? 傷が痛む?」
「いえ、なんでも……」

 最も、関係ないかもしれない、とも思う。漫画での私と、今の私の境遇。

(単に同情なさっているだけかもしれない)

 すこし接しただけでも、優しい方だとわかる。……そんな方だから、アニメでは私に殺されてしまったのかもしれないけれど。
 
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