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 ああ夢を見ているな、とは思った。
 まるで桃源郷。
 濃い桃の花をつけた木々と、ぼんやりとけぶる霞。
 桃の花咲き乱れるそこで、小さな私は野花を摘んではせっせと花冠を作っている。

「ゆうえん」

 幼い私は、拙い出来の花冠を満足そうに眺め、目の前にいる幼い少年の名前を呼ぶ。

「はい、どうぞ」

 私の小さな手で頭に花冠を乗せられているのは、小さな皇上おかみ
 嬉しそうに目を細め、私を見つめて頬を赤くして微笑わらう。

「ありがとう」
「にあうよ」

 すぐそばで、頭に花冠を乗せてむっつりと黙り込んでいるのは、やはり幼い司馬様。
 花冠か気に入らないのか、……それでも取ることはしない。ちらりと私に目をむけて、小さく呟く。

「もういいのか」
「?」
「背中の、火傷」
「うん」

 そう答えると、司馬様はホッとした顔をする。

「薬、きいただろう?」
「うん。たくさんありがとう。らいも、りんしんも、大丈夫なの?」

 司馬様は頷いて、また小さく言う。

「俺と妹のせいで、ごめん」
「違うよ、私が勝手に……それに、私のためだったんでしょう?」

 ね、と微笑む。司馬様はぷいと目線を逸らした。

「ゆうえんもありがとう」
「ん? 俺?」
「助けにきてくれたから」
「ほとんど何もできてないけどなぁ」

 私は皇上に向き直る。

「ねえ、ゆうえんは、天子さまになるの?」

 小さな私が、幼い皇上にそう尋ねる。
 皇上は首を傾げた。

「ならないと思うよ」
「そうなの?」

 私は首を傾げた。

「うん。おれは長男でもないし、それに母上はいつもお前には野心がない、って怒るんだ」
「やしん?」
「それがないと皇帝にはなれないんだって」

 穏やかにそう告げる皇上に、私は言う。

「そんなことないよ。お父様が言ってた。天子さまに一番必要なのは、けんしんだって」
「献身?」
「うん。国と民に、じぶんをささげられるか」
「献身……」
「私はね」

 私は笑う。

「そういうの、よく分からないけど。ゆうえんは優しいから天子さまになってほしい」
「おれに?」
「うん」

 私は皇上の顔を覗き込む。綺麗で大きな、その瞳を。

「きっとそうなったら、この国は優しい国になるだろうから」

 皇上は黙り込む。
 それから私を見て、口を開いた。

「ねえ嫦娥」
「なあに」
「もし、本当におれが皇帝になったら」
「うん」
「その時は、その時はおれのーー」

 ふ、とそこでその夢は途絶える。ずぶずぶと深い眠りに嵌っていく。

(ああ、あの子はなんと言ったのだったかな)

 皇上に対して、あの子だなんて、不敬もいいところだけれどーーそんな風に、思ったのだった。
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