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記憶
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「やっぱり覚えてないかぁ」
「申し訳ありません……」
しゅんとする私に、憂炎様は笑って、そおっと私の髪の毛に触れた。
「花冠を作ってくれたんだ」
「花冠?」
「俺の頭に乗せてくれたよ」
「ええ……」
私は苦笑いした。
「そんな恐れ多いことを」
「そんなことないよ、嬉しかった」
憂炎様は目を細める。
「また作って欲しい」
そんな風に言う彼はとても普通の男の子みたいに笑うから、少し戸惑う。
(こんな風で、皇帝のお仕事なんかできるのかな)
優しくて穏やかで、とても普通の男の子で。皇帝なんて仕事は、時に冷酷に、苛烈にならなくてはいけないだろうに。
(……やっぱり、「前世読んでた漫画」では、そのせいで殺されたのかな)
優しすぎて……と、私は思う。……現世では、そんなことしないけれど。絶対!
「ついでに、磊の頭にものせてたよ」
「えぇ……そんな、命知らずな」
金の目を思い浮かべる。黒虎のような獰猛な瞳。
さすがに小さい頃からそうだったとは思わないけれども、でも、ねえ。
怒ってませんでしたか? と問う私に、思い出したように憂炎様は呟いた。
「あ」
「? なんですか?」
「もう直ぐ、後宮に磊が来るよ」
「あ、そうなのですか……あのう」
私は首をかしげる。
「なあに?」
「なんで司馬様は後宮に入れるのです?」
「ああ」
憂炎様は頷く。
「それはね。単純に、秘密の話がしやすいから」
にこり、と笑って憂炎様は答えてくれた。
「正直なところ、外じゃ誰が話聞いてるか分かんないしね」
外……っていうのは、城の外って意味じゃなくて内廷の外ってことだろう。
禁城の中の、公的な空間。
「第一、最近まで後宮にろくにヒトなんか居なかったわけだし」
「あ、そうか」
後宮が男子禁制なのは、後宮の妃たちが他の男と内通しないため、だ。
(そもそも実質的に妃がいなかったから、司馬様は自由に……かは分からないけれど、行き来してたのか)
私が来てからお見かけしないのは、「妃」として私がここにいるからだろう。形だけだとしても。
「ちょーっとね、少し内緒話があるから、こっちに来てもらうんだ……ねえ、浩然を連れてきてもらおうか?」
小さく、憂炎様が言った。
私はばっと顔を上げる。
「ほ、本当に?」
声が震えた。洁然!
元気だろうか。
(私と関わらないほうが、彼のためにいいのに)
それでも、会って元気な姿を確かめたいという気持ちが大きかった。
「うん」
君が喜ぶならそうしよう、と憂炎様は薄く笑う。ほんの少し、その笑い方に違和感があって私は首を傾げた。
「……と、その前にアレ解決して母上には皇太后宮の居室に帰っといてもらわないと」
私がいるのは永和宮。
本来は、ここはお妃でごった返して(?)いるはずだけれど、女官さんや宮女さんを除けば、今のところ私ひとりしか住んでいない。
「あー、磊とはいえ、男を後宮に入れてるなんて知られたら何て言われるか」
憂炎様は中庭をウロウロとする皇太后様一行を窓越しに見て、ゲンナリした顔をする。
「ちらっとしか聞いてないんだけれど、あの犬たちがいないんだって?」
「はい」
私は頷く。
「9匹ほど、行方不明に」
「9匹、9匹ねぇ」
憂炎様が首を傾げた。
「あの子たちを数えてるのは、いつもお付きの宮女たちだよね」
「はい」
「なにかいつもと変わったところはなかった?」
「いつもと?」
私は首を傾げた。それから香桐さんと話したことを話す。
「で、変わったことと言えば、担当の宮女が風邪をひいたとか、それくらいでしょうか」
咳が止まらない、んだっけ?
「ふーむ」
憂炎様は首を傾げた。それから中庭を見ながら「嫦娥が話したのはどの子?」と私に問う。
「ええと、あ、いま柳の木に盛大に突っ込んだ娘です」
「あー、痛そう」
……どうやら香桐さん、かなりのおっちょこちょいさんみたいだなぁ。
(本人も粗忽者だって自称してたしなぁ)
香桐さんは他の宮女さんたちに救助されてた。
鼻の頭を押さえながら、えへへ、と笑ってるところを見ると……やっぱり、こういうのは慣れっこらしい。
(よく皇太后様付きの宮女に選ばれたよなぁ)
もしかして、案外と良い家の娘なのかもしれない。豪商とか、あるいは地方官吏のお偉方とか。
「きみー、そこの木に突っ込んだきみ!」
憂炎様がそう中庭に出ながら呼ぶと、きょとん、と振り向いた香桐さんは憂炎様を認めるやいなや、真っ青な顔をして駆け寄ってきた。
「も、ももももももも申し訳ございませんっ、もしやわたくし、と、とんでもないことをっ!」
そしてザザザア! と土を巻き上げながら勢いよく土下座した。
「あの木、わたくしが今粗忽の限りを尽くしましてお突っ込み申し上げたあの木、もしや皇上御自らお手植えになられました伝説の木とかでしたでしょうか!?」
「いや違うから大丈夫だよ」
ていうかそんな木ないよ、と憂炎様は笑う。
けれど、うわああ、と半ば恐慌状態の香桐さんは、もはや話を聞いていない。
「わ、わたくしの命で贖いますので、どうか我が一族まで罰するのはどうかおやめくださいこの首でえええお許しをおおお」
「うん大丈夫、大丈夫だよ落ち着いて」
憂炎様の穏やかな言葉に、香桐さんは少し落ち着いて見上げる。
私も慌てて庭へ出て「わんこちゃんのことを聞きたいだけなんだって」と口添えた。
「え、あ、獅子狗様の?」
そうそう、と私が頷くと、香桐さんはきょとんと首を傾げた。
「申し訳ありません……」
しゅんとする私に、憂炎様は笑って、そおっと私の髪の毛に触れた。
「花冠を作ってくれたんだ」
「花冠?」
「俺の頭に乗せてくれたよ」
「ええ……」
私は苦笑いした。
「そんな恐れ多いことを」
「そんなことないよ、嬉しかった」
憂炎様は目を細める。
「また作って欲しい」
そんな風に言う彼はとても普通の男の子みたいに笑うから、少し戸惑う。
(こんな風で、皇帝のお仕事なんかできるのかな)
優しくて穏やかで、とても普通の男の子で。皇帝なんて仕事は、時に冷酷に、苛烈にならなくてはいけないだろうに。
(……やっぱり、「前世読んでた漫画」では、そのせいで殺されたのかな)
優しすぎて……と、私は思う。……現世では、そんなことしないけれど。絶対!
「ついでに、磊の頭にものせてたよ」
「えぇ……そんな、命知らずな」
金の目を思い浮かべる。黒虎のような獰猛な瞳。
さすがに小さい頃からそうだったとは思わないけれども、でも、ねえ。
怒ってませんでしたか? と問う私に、思い出したように憂炎様は呟いた。
「あ」
「? なんですか?」
「もう直ぐ、後宮に磊が来るよ」
「あ、そうなのですか……あのう」
私は首をかしげる。
「なあに?」
「なんで司馬様は後宮に入れるのです?」
「ああ」
憂炎様は頷く。
「それはね。単純に、秘密の話がしやすいから」
にこり、と笑って憂炎様は答えてくれた。
「正直なところ、外じゃ誰が話聞いてるか分かんないしね」
外……っていうのは、城の外って意味じゃなくて内廷の外ってことだろう。
禁城の中の、公的な空間。
「第一、最近まで後宮にろくにヒトなんか居なかったわけだし」
「あ、そうか」
後宮が男子禁制なのは、後宮の妃たちが他の男と内通しないため、だ。
(そもそも実質的に妃がいなかったから、司馬様は自由に……かは分からないけれど、行き来してたのか)
私が来てからお見かけしないのは、「妃」として私がここにいるからだろう。形だけだとしても。
「ちょーっとね、少し内緒話があるから、こっちに来てもらうんだ……ねえ、浩然を連れてきてもらおうか?」
小さく、憂炎様が言った。
私はばっと顔を上げる。
「ほ、本当に?」
声が震えた。洁然!
元気だろうか。
(私と関わらないほうが、彼のためにいいのに)
それでも、会って元気な姿を確かめたいという気持ちが大きかった。
「うん」
君が喜ぶならそうしよう、と憂炎様は薄く笑う。ほんの少し、その笑い方に違和感があって私は首を傾げた。
「……と、その前にアレ解決して母上には皇太后宮の居室に帰っといてもらわないと」
私がいるのは永和宮。
本来は、ここはお妃でごった返して(?)いるはずだけれど、女官さんや宮女さんを除けば、今のところ私ひとりしか住んでいない。
「あー、磊とはいえ、男を後宮に入れてるなんて知られたら何て言われるか」
憂炎様は中庭をウロウロとする皇太后様一行を窓越しに見て、ゲンナリした顔をする。
「ちらっとしか聞いてないんだけれど、あの犬たちがいないんだって?」
「はい」
私は頷く。
「9匹ほど、行方不明に」
「9匹、9匹ねぇ」
憂炎様が首を傾げた。
「あの子たちを数えてるのは、いつもお付きの宮女たちだよね」
「はい」
「なにかいつもと変わったところはなかった?」
「いつもと?」
私は首を傾げた。それから香桐さんと話したことを話す。
「で、変わったことと言えば、担当の宮女が風邪をひいたとか、それくらいでしょうか」
咳が止まらない、んだっけ?
「ふーむ」
憂炎様は首を傾げた。それから中庭を見ながら「嫦娥が話したのはどの子?」と私に問う。
「ええと、あ、いま柳の木に盛大に突っ込んだ娘です」
「あー、痛そう」
……どうやら香桐さん、かなりのおっちょこちょいさんみたいだなぁ。
(本人も粗忽者だって自称してたしなぁ)
香桐さんは他の宮女さんたちに救助されてた。
鼻の頭を押さえながら、えへへ、と笑ってるところを見ると……やっぱり、こういうのは慣れっこらしい。
(よく皇太后様付きの宮女に選ばれたよなぁ)
もしかして、案外と良い家の娘なのかもしれない。豪商とか、あるいは地方官吏のお偉方とか。
「きみー、そこの木に突っ込んだきみ!」
憂炎様がそう中庭に出ながら呼ぶと、きょとん、と振り向いた香桐さんは憂炎様を認めるやいなや、真っ青な顔をして駆け寄ってきた。
「も、ももももももも申し訳ございませんっ、もしやわたくし、と、とんでもないことをっ!」
そしてザザザア! と土を巻き上げながら勢いよく土下座した。
「あの木、わたくしが今粗忽の限りを尽くしましてお突っ込み申し上げたあの木、もしや皇上御自らお手植えになられました伝説の木とかでしたでしょうか!?」
「いや違うから大丈夫だよ」
ていうかそんな木ないよ、と憂炎様は笑う。
けれど、うわああ、と半ば恐慌状態の香桐さんは、もはや話を聞いていない。
「わ、わたくしの命で贖いますので、どうか我が一族まで罰するのはどうかおやめくださいこの首でえええお許しをおおお」
「うん大丈夫、大丈夫だよ落ち着いて」
憂炎様の穏やかな言葉に、香桐さんは少し落ち着いて見上げる。
私も慌てて庭へ出て「わんこちゃんのことを聞きたいだけなんだって」と口添えた。
「え、あ、獅子狗様の?」
そうそう、と私が頷くと、香桐さんはきょとんと首を傾げた。
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