前世記憶有少女中華(風)後宮奮闘記〜悪逆女帝にはなりたくない!〜

にしのムラサキ

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百一

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「うん、そうなんだ。教えてもらえる?」

 憂炎ゆうえん様の言葉に、香桐こうとうさんは少しつっかえながらも何とかさっきの「獅子狗シーズー様の数え方」を教えてくれた。

「ねえところで」

 私は気になっていたことを聞く。

「香桐さん、なんで着物が違うの?」
「あー、えーと、ですね」

 ふふ、と香桐さんは照れたように笑う。

「先ほど娘子じょうしとお話し申し上げたあと、池に落ちまして」
「……あらー」
「実はその時に、あの紙片も失くしてしまっていたのです。けれど、直前に娘子に何匹……じゃないや、何人おられるか、読んでいただいていたので」

 一百一、と書かれていた紙のことだろうと思う。

「おかげさまで、ちゃんと報告ができましたのです」

 敬語がなんだか変だけれど、とにかく香桐さんはそう結んだ。

嫦娥じょうがは文字が読めるの?」

 憂炎様が驚いたように言う。

「あ、はぁ、少しなら」
「さすが馬高の娘だなぁ」

 感心したように言われる。
 あー、それは関係ないのですけどね……。バリバリに前世の記憶です。

「でも、なんとなく、なのです。ちゃんと読めたら楽しいと思うのですが」
「……そう?」

 憂炎様は興味深気に私を見る。

「物語など、読んでみたいかなと」

 前世みたいに、漫画……はないにせよ、この世界にだって、色んな物語はある。

(小さい頃は、お父様や浩然に読んでもらってたなぁ)

 あの暖かな日々。

「あのさ、明日から俺が教えるよ」

 憂炎様は嬉しそうに言った。

「俺も本、好きだから。一緒に読めたら嬉しい」
「え、ほ、本当ですか」

 私は思わず憂炎様の手を取る。

「嬉しいです」
「え、あ、うん」

 ええと、と憂炎様が少し目元を赤くして戸惑う。

(わ!)

 嬉しすぎて、つい無遠慮なことをしてしまっていた。慌てて手を離す。

「も、申し訳ございません」
「いや、逆! 嬉しいんだって」

 騒いでる私たちを、香桐さんが生温い目でニヤニヤと見てる。な、なんですかその目は……。
 ふと目線を上げると皇太后様御一行とも目が合う。
 皇太后様は呆れたように憂炎様を見ていた。憂炎様はムッとした顔で皇太后様を見返したあと、ふと呟くように言った。

「……と、そうか。少しだけ、読めるんだね嫦娥」
「はぁ」

 思いついたように、憂炎様は近くの宮女さんに「紙と墨を」と申し付ける。
 私の居室へやの机へ持って来られたそれを、憂炎様は私の方についっと差し出す。

「その紙に書かれていたことを書いてみて」
「……えー」

 現世で筆を触ったのは初めてだ。

「あの、初めて文字を書きます。……笑わないでくださいね」
「大丈夫だよ」

 む、と気合を入れて筆を持つ。

(お、なんとか)

 一応、前世では少しだけ書道をしてたこともある。なんとかかんとか「一百一」と書き切った。

「上手じゃないか」
「ほ、ほんとうですか」
「綺麗なだ」

 うん、と頷いて憂炎様は微笑む。

「でも、惜しかったね嫦娥。これは"110"と読みます」
「……へ?」

 私と香桐さんは顔を見合わせた。
 ……ひゃくじゅう?

「最後の零は書かなくていいんだ。101と書きたい時はこっち」

 さらさらと憂炎様が書いたのは「一百零一」の文字。

「こういうわけ」
「……っ、じゃ、えーと」

 頭の中で色んな情報が集約されていく。
 まず、いつもの宮女さんが酷い咳でうまく話せなかった。
 だから、計算した数を紙に書いて香桐さんに渡した。
 多分、「問題ありません」という文章を、香桐さんが読めるとは思えなかったから。

(だから、分かりやすいように数字で書いたんだ)

 いつも通りですよ、って意味で。
 香桐さんが「少し文字が読める」のはおそらく、その宮女さんに教えてもらっていたのだろうから、その宮女さんは「香桐さんは数字は読める」と認識していたはずだ。
 だけど、途中で会った私が「前世の日本語読み」で「101」だと誤解、それを香桐さんに伝えてしまったから……、文字に自信のない香桐さんは、私の言った通りの「101」人だ、と報告してしまって……。

(えーと)

 お、思いっきり、私が悪いんじゃーん!
 慌てて中庭に飛び出そうとする私を、香桐さんが止めた。

「お、お待ち下さい娘子じょうし! そもそも、わたくしが池に落ちたのが悪かったのですっ池の人面魚が気になってえええ」
「違うよだって私が変な読み方したからぁ」

 ていうか人面魚!? 人面魚いるの、皇太后宮!?

「あは、落ち着いて~」

 憂炎様が私たちの肩をぽん、と叩いて中庭に出る。
 皇太后さまはまだウロウロと獅子狗シーズーたちを探していた。
 存在しない、9匹の行方不明の獅子狗ちゃん。

「母上」
「なぁに憂炎」
「勘違いです。ちゃんと110匹、おりました」
「あら」

 皇太后様は、ふ、と眉を上げた。

「そうなの?」
「そうです」
「あらあら、それは重畳。では居室へやでお茶にでもいたしましょ」

 特に大きな反応もなく、煌びやかな衣装を翻し、皇太后様はさくさくと歩いていく。

「……ええと?」

 きょとんと憂炎様を見上げると、彼は悪戯っぽく笑った。

「昔からあんな感じ」
「あ、そー……なんですか」
「うん。……あ、そうだ。母上!」

 憂炎様は声を張り上げた。皇太后様が振り向く。

「この香桐、嫦娥の宮女にいただいてよろしいでしょうか!」
「えー? いた? そんな娘? 初めて見たわよあたくし」
「いました」
「お好きに~」

 皇太后様は楽し気に歩き去っていく。憂炎様は振り向いて苦笑いした。

「本当にごめんね、失礼なひとで」
「い、いいえ。それより、なんで香桐さんを?」
「いや」

 私たちを見て、憂炎様は笑った。

「なんとなく、仲良さそうだったから」
「あ、ありがとうございますうっ」

 私より先に声をあげたのは香桐さんだった。

「正直もうしまして、皇太后様のお側はなんというか気が詰まると申しますかっ」
「あはは、素直なひとだなぁ」

 憂炎様は楽し気に笑って、遠くで獅子狗がワン、と大きく鳴いた。
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