前世記憶有少女中華(風)後宮奮闘記〜悪逆女帝にはなりたくない!〜

にしのムラサキ

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 私に向かって跪拝きはいする浩然に、私はひどい衝撃を受けた。
 憂炎様と司馬様との「内緒の話」が終わって、そのあと浩然に会える、と小走りで駆けつけてみれば。

「浩然?」
「娘子、秦貴妃嫦娥様にお目通りの機会を賜りましたこと、恐懼の至りでございます」
「浩然!」

 私は思わず叫んだ。

「何を言っているの」
「オイコラ、ふつーに話してやれよ浩然。お前のおひぃサン、真っ青じゃねーか」

 司馬様が浩然の着物の襟を掴んで立ち上がらせる。
 内廷の、憂炎様の執務室。
 そこで再会した浩然は、難しい顔でただ真っ直ぐに立っていた。さらりと揺れる真っ黒の髪。

「……? ちゃんと結うのやめたの?」

 この国では短髪の人も、垂髪(髪を下げている)人も少ない。髪を結うことが、礼節や「臣下になること」を表すから。

(司馬様はどうなんだろう)

 ……単に邪魔だから切ってそう。
 もちろん、憂炎様は頂点トップだから、髪が短くても何の問題ない。
 今まで、浩然はきっちりと結い上げて、いわゆるお団子のようにしていたのに、今は簡単にまとめているだけだ。

「うん」

 小さく浩然が頷く。そうして、ふ、と目線を上げた。その先には憂炎様。
 ひどく冷たくて、鋭い視線だった。

(浩然?)

 その目線を受けて、憂炎様は目を細める。

「そんな目されても、もう返さない」
「取り戻すまでです」

 私はアタフタと司馬様を見た。え、何、何の話!?
 司馬様は我関せずって感じで外を見ていた。

「普通は諦めるんじゃない?」
「そんな普通はいりません」
「ふうん」

 憂炎様は目を細めた。怒ってる感じじゃないけど、なんで浩然そんなに喧嘩腰なんだろう! 相手、皇帝だよ!?

「ちょ、ちょっと」
「いーよお姫サン、ほっときなよ。ガキの喧嘩だよガキの」

 司馬様は視線だけこちらに向けて笑う。

玩具おもちゃの人形、取り合ってるみたいなもんだ、こんなの」
「おもちゃ?」
「そーそー、まったく。玩具おもちゃ扱いされる人間の気持ちも考えろっつの、なぁ?」
「……はぁ」

 同意を求められて、ぽかんとしていると、司馬様は立ち上がり、私の頭をぽん、と撫でた。
 金色の瞳が、少し優しい。

「?」
「オラお前ら」

 そう言いながら、2人の頭を軽く小突く。

「いー加減にしろ、いー加減に」
「……はい」
「いや磊、仮にも皇帝の頭部をそんなふうに……ていうか、いま嫦娥の頭撫でたね? なんで撫でたの? ねえ」

 ぶうぶう言ってる憂炎様も、なんだか毒気が抜かれたような、元の穏やかな目つきをしていて(少し不満気だったけれど)私はほうと息を吐いた。

「浩然、赤麒せききは元気?」
「うん。でも嫦娥に会えなくて寂しがってるよ」
「そっかあ……」

 少し寂しくて目を細めると、憂炎様が「あのさ」と口を開いた。

「今は忙しくて、ちょっと暇がないんだけれど……もうすこししたら、馬で遠乗りでも行く?」
「えっ」

 私は思わず憂炎様の顔をまじまじと見上げた。……遠乗り!?

(ってことは!)

 赤麒に会える!
 嬉しくて何度も頷く私を、憂炎様はにこにこと見つめていた。

 その日の夜、私はお風呂でぽけーっと湯気を眺めながら浩然のことを、なんとなく考えていた。

(あの髪は、なんで?)

 ……もしかして、司馬様を上司として認めてない、とか? だから臣であることを示す髪型をしてない、とか……いやいやそんなことはないよね? 司馬様、優秀なはずだし、面倒見良さそうだし。

「お湯加減はいかがですか?」

 ふ、とゆあみ係の宮女さんから声がかかる。

「たいへんちょーどよいです……」

 ぷくぷくと口までお湯にいれながらそう呟いた。

(しかし、慣れないよなぁ)

 お風呂にまで人がいる。3人の宮女さんたちがにこにこと私を見つめていた。

「そろそろお上がりになりますか?」
「湯当たりされては大変ですから」
「はぁい」

 上がった私の身体は丁寧に拭かれる。そのあと長椅子に寝転ばされて、薔薇の匂いがする化粧水だの香油だのを爪の先まで塗りたくられた。
 磨き上げられる、って感じ。

(な、慣れないよう!)

 なんなら少し、くすぐったい。
 仕上げはよく分からない軟膏だ。頬と首、背中の傷痕によくよく塗り込まれる。

「随分傷跡も薄くなってまいりました」
「けれど、本当においたわしい」
「このような玉のお肌に、かような酷い傷跡を」

 私は苦笑いしながら、でも傷跡が薄くなってるのは嬉しいな、と思う。やっぱり、嫌だもの。……火傷の跡は、どうにもならないだろうけれど。

「これは何の薬なの?」

 ふと尋ねてみる。宮女さんは微笑んで答えてくれた。

「これは、司馬磊様がお待ちくださった妙薬でございます」
「司馬家は軍人が多くございますれば、このような薬もお持ちなのです」

 そうか、軍人さんだから怪我も多いよね……って、あれ?

「これ、司馬様が持ってきてくださっているの?」
「はい」

 きょとんと宮女さんは答える。

「これがよく効くから塗ってやるようにと」
「大量に渡されましてでございます」

 私はぽかん、とその軟膏の入れ物を見つめる。小さな兎模様の入った、白い陶器の……。
 え、なんで、わざわざ?

(もしかして、気にしてるのかな)

 頬と、首の傷。

(いいのに……)

 でも、そっか、とも思う。

(優しい人なんだろうな)

 だからこそ、「漫画での嫦娥」は彼と結婚してる間だけは、ちゃんと幸せだったんだ。
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