前世記憶有少女中華(風)後宮奮闘記〜悪逆女帝にはなりたくない!〜

にしのムラサキ

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 そう声がしたかと思うと、宗元の首の下に何か光るもの……。
 刀。
 つつ、と視線をずらしていくと、そこには憂炎様がいた。人懐こいはずの大きな目が、冷たく細められて。

「……憂炎、様」

 思わず呆然と呟く。憂炎様の着物は汚れていた。
 蝋燭の灯ですら分かる……それは、血の匂い。
 それを宗元も確認してか、慌てて私から飛び退く。

「お、皇上おかみっ!? し、下の見張りの者はっ、まさかっ」
「宗元」

 むしろ落ち着いた淡々とした声で、ほとんど無表情で、憂炎様は名前を呼ぶ。
 だけれど力業のように、宗元の胸元を掴み上げ、寝台の下に引き下ろした。

「あ、あの、これには理由わけがっ」
「そうか、それはいつか地獄で聞こう」

 冷たい声だった。
 思わず鳥肌が立って、逃げるように私は壁際まで身体を寄せる。

(憂炎様?)

 ほんとうにこれは憂炎様?
 あの優しすぎるくらいに優しい、あの人?
 まさぐるようにして、意識を失っている玉藻ぎょくようさんを抱き上げる。

(あ、あったかい)

 お腹も動いてるし、鼻もすぴすぴ言っていた。
 ……怪我をしていないといいけれど。
 妖だもの、これくらいでどうにかなったり、しないよね?

「かくなる上は!」

 宗元の大声に、びくりと身体を揺らして玉藻さんを抱きしめる。

「お命頂戴いたしますぞ皇上おかみッ」

 宗元は立ち上がり、いつの間にか刀を持っていたーー寝台の下にでもあったのだろうか?
 私は目を見開く。

「だ、だめ!」

 ふらつく足で立ち上がろうとする私を、憂炎様は目で制した。
 それから袈裟懸けに斬りかかる宗元の刀をすうっと避けて、目を細める。

「目を閉じていてね嫦娥」

 そう言われたのに、私は動けなくて、目を閉じられなかった。
 憂炎様が刀を振り下ろすのと、巻き散る血飛沫だけが、蝋燭の灯できらきらと光った。
 糸を失った操り人形のように、宗元は血の海のような床に倒れ込む。
 ほんの少しだけ憂炎様はそれを見下ろして、それから私に笑いかけた。
 いつも通りの、笑顔だった。

「怪我はない? 嫦娥」
「……憂炎様、お怪我を?」

 私は玉藻さんを抱えて、再び寝台の上の夜具ふとんに座り込みながら、そう呟いた。
 だって、血塗れだ。
 何も考えられない。
 声が震えて、うまく話せているかも分からない。
 そんな私に、憂炎様は穏やかに笑う。

「俺のじゃないから大丈夫だよ」

 そう言いながら私の頬に触れようとして、そして困ったように手を見る。
 誰かの血で塗れた、その手を。

「これじゃ君が汚れちゃうね」
「……憂炎、様」
「すぐに磊が追いつくから、あいつに運んでもらおう」

 その直後に、ばん! と扉が蹴り開かれた。

「オイコラ憂炎! 皇帝が特攻ブッコミかけんじゃねー!」
「うんごめんね」

 悪びれのない顔で、憂炎様は司馬様を振り返る。

「ひとりで全部ヤりやがって」

 呆れたように言う司馬様に、私は身体を起こしながら叫ぶ。

「し、司馬様! 浩然が!」
「あ?」

 私は慌てて説明をする。私のせいで、また巻き込んでしまう!

「あー、そんなら大丈夫」
「大丈夫?」
「全員ボコしてたぞあいつ」
「へっ」

 私はぽかんと司馬様を見つめる。浩然、そんなに強かったっけ?
 思わず司馬様に詰め寄っていたせいで、視界に「それ」が入ってきた。

「ーー!」

 それ。
 さっきまで生きていた、肉の塊。
 思わず口を押さえる。
 なまぐさいかおりが、ふと強くなったように感じる。

「オイ」

 司馬様が私の目を塞ぐ。

「……目、閉じてろ」

 私は一度目を閉じて、ぎゅっと玉藻さんを抱え込んだ。

「……その獅子狗シーズー、どうかしたのか」

 司馬様に問われて、目を開いた私はうなずく。

「その、人に」

 目線は向けずに、さっきまでヒトだった「それ」を指差す。

「噛み付いて、振り払われて、壁に身体を」

 蝋燭の灯で浮かび上がる、安っぽい白い漆喰の壁。

「忠義に厚い犬だなぁ」

 司馬様の返答に、私は内心、苦笑した。九尾の狐に忠義なんかあるのかなぁ。

「……あ。ほらやっぱり」

 ふと憂炎様の声がした。さっきから「宗元だったもの」を検分していたらしい。
 司馬様は目を細める。私はやっぱり、そっちに目を向けたくはない。

しゅだ……。いくらなんでも、今回のこと。宗元にしてはやり方が杜撰すぎる」
「呪だぁ? つうことは、このオッサン操られてたのかよ」
「いや、違うであろうな」

 鈴のような否定の声は、私の腕の中から。

「さすがにそうであれば、力のすっかり無いわらわでも気がつくわ」

 憂炎様と司馬様の視線が突き刺さる。

(え、バラしてよかったの?)

 目を覚ました玉藻さんは飄々とした雰囲気。
 ねえ大丈夫、皇太后様に怒られたりしない……?
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