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水
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随分と日差しが暖かくなってきたころ。
中庭の牡丹が見頃を迎えていて、私は出してもらった長椅子で考え事をしながら、それを眺めていた。
牡丹色。
白。
韓紅に、紅緋。
(少し気が遠くなりそう……)
蜜蜂が時折、飛んでいく。
私はポカポカ陽気の下、お茶と甜品もちゃっかりいただいて、桜じゃないけれどお花見、だ。
お茶請けは干菓。山査子に棗、枸杞、生姜糖。
「おいし」
「……ふむ」
膝の上では玉藻さんが丸まっている。眠そうに、可愛らしい瞼を軽く閉じて、完全にウトウトしていた。
そっとその小さな肉球の手を握る。ほかほかだ。
「もう眠いですねぇ」
よしよし、と撫でると「眠くなど……」と眠りに抗う声。笑うのを堪えて、耳の付け根辺りを揉んでいると、やがてスピスピと寝息が上がり始めた。
「あは」
思わず笑う。最近、この子(失礼かな)のこと分かるようになってきたんだよなぁ……。
「いま誰かとお話しされてました?」
突然の声にびくりと振り返る。香桐さんがニコニコと笑っていた。
「あ、ええと、玉藻さんと」
「ああ……あ、寝ちゃったんですね。かーわい」
玉藻さんをただの獅子狗だと思っている香桐さん。あんまり妖ですよと吹聴するのもなぁと思っているのですが。
よしよし、と撫でられて、眠りながらも満更でもなさげな玉藻さん。
九尾の狐の矜恃(?)みたいのはないんだろうか……可愛いからまぁいっか。
「どうしたの?」
「ああ、女官長様がご用事で」
「?」
女官長さんは、ここで働く女官さん(管理職)宮女さん(一般職、でいいのかな)の一番偉い人、だ。
それだけの人なので、普段はもちろん憂炎様付き。
(時々は顔を見るけれど)
首を傾げた。
なんの御用事でしょうね?
「娘子、ご機嫌麗しゅう。御目通りありがとうございます」
「いえいえお疲れ様です」
礼をとってくれる(お手本のように綺麗な!)女官長さんにぺこりと頭を下げると、女官長さんはニコリと笑った。
四十代くらいの、すっきりした美人さんだ。
「本日は"春水"をお持ちいたしてございます」
「しゅんすい?」
聞き返した私に、女官長さんは軽く頷き返す。
「禁城におけます年中行事のひとつでございます。春は水より始まると申しますので」
「はぁ」
まぁここ、さすが禁城なだけあってなんやかんやと祭祀は多いのだけれど。
「ここ、皇都であります蘇京の南にそびえます鵲山、あちらの雪が溶け、その水が地に染み込み、この禁城の井戸に湧き出るのが、だいたいこれくらいの時期と言われております」
「へぇ」
「そうしまして、牡丹が満開になりまして最初の新月に井戸から汲みました水を、皇上それから后上に献上いたしまして、その残りを臣下一同戴くというのが習わしでございます」
「……はぁ」
私、后じゃないんだけれど。
いいんだろうか。
「この水を飲みますと、一年健康でいられる、と……まぁ、そんな慣習でございますね」
女官長さんは微苦笑。
私が困った顔をしていたから、気を遣ってくれたんだと思う。
(いい人なんだよなぁ)
偉い人なのに、ちっとも選ぶってないし。
「縁起物ということで、あまり気張らずお召し上がりくださいませ」
「はあ、では」
おずおずと、女官長さんの後ろに控えていた宮女さんから瑠璃の杯を受け取るーーと、玉藻さんがすごい勢いでそれを頭で弾き飛ばした。
地面に落ちて、転がる杯ーー。
(ああああ高級品の杯ーッ!)
瑠璃、瑠璃の杯だよ玉藻さんっ!
どれだけ働いたら返せるか分かんない額だよ!?
いや実質、だらだら養ってもらってる私が言えることではないんだけれどもっ!?
「ごごごごごめんなさいっ! こ、こら玉藻さんっ」
ふん、と玉藻さんは足で頭を掻く。知らん顔だ。
地面にじわじわと染みができていく。
「だ、大丈夫です割れてはおりませんっ」
「あ、ありがとう香桐さん」
ほう、と香桐さんが拾ってくれた杯を見つめる。太陽できらきらして綺麗なそれは、なんとか割れずにいてくれた。
「も、もう」
「いえいえ良いのですよ娘子、皇太后さまからの賜り物とお聞きしております」
女官長さんも苦笑い。
「下手に躾などもできませぬ、ご苦労なさっておいでで」
「……えへへ」
躾っていうか、ねぇ。妖さんですから……ほんとにもう。
「後で理由、聞きますからねっ」
小声で言って見るけれど、やはり知らん顔。むっとした顔をしていると、別の杯が差し出された。
「おそれながら娘子、こちらで」
「ほんとにすみません……」
謝りながら受け取る。今度は白い陶器の杯で、玉藻さんはちらりと視線を向けただけで、何もしなかった。
こくりと飲み干す。
まぁ、申し訳ないけどいつもの水だ。
「滋養が豊富だと言われております」
「へぇ」
まぁ、湧き出てきた水だから、多分無機質たっぷり、とかなんだろうな。
なんとなーく、健康に良さそう。
中庭の牡丹が見頃を迎えていて、私は出してもらった長椅子で考え事をしながら、それを眺めていた。
牡丹色。
白。
韓紅に、紅緋。
(少し気が遠くなりそう……)
蜜蜂が時折、飛んでいく。
私はポカポカ陽気の下、お茶と甜品もちゃっかりいただいて、桜じゃないけれどお花見、だ。
お茶請けは干菓。山査子に棗、枸杞、生姜糖。
「おいし」
「……ふむ」
膝の上では玉藻さんが丸まっている。眠そうに、可愛らしい瞼を軽く閉じて、完全にウトウトしていた。
そっとその小さな肉球の手を握る。ほかほかだ。
「もう眠いですねぇ」
よしよし、と撫でると「眠くなど……」と眠りに抗う声。笑うのを堪えて、耳の付け根辺りを揉んでいると、やがてスピスピと寝息が上がり始めた。
「あは」
思わず笑う。最近、この子(失礼かな)のこと分かるようになってきたんだよなぁ……。
「いま誰かとお話しされてました?」
突然の声にびくりと振り返る。香桐さんがニコニコと笑っていた。
「あ、ええと、玉藻さんと」
「ああ……あ、寝ちゃったんですね。かーわい」
玉藻さんをただの獅子狗だと思っている香桐さん。あんまり妖ですよと吹聴するのもなぁと思っているのですが。
よしよし、と撫でられて、眠りながらも満更でもなさげな玉藻さん。
九尾の狐の矜恃(?)みたいのはないんだろうか……可愛いからまぁいっか。
「どうしたの?」
「ああ、女官長様がご用事で」
「?」
女官長さんは、ここで働く女官さん(管理職)宮女さん(一般職、でいいのかな)の一番偉い人、だ。
それだけの人なので、普段はもちろん憂炎様付き。
(時々は顔を見るけれど)
首を傾げた。
なんの御用事でしょうね?
「娘子、ご機嫌麗しゅう。御目通りありがとうございます」
「いえいえお疲れ様です」
礼をとってくれる(お手本のように綺麗な!)女官長さんにぺこりと頭を下げると、女官長さんはニコリと笑った。
四十代くらいの、すっきりした美人さんだ。
「本日は"春水"をお持ちいたしてございます」
「しゅんすい?」
聞き返した私に、女官長さんは軽く頷き返す。
「禁城におけます年中行事のひとつでございます。春は水より始まると申しますので」
「はぁ」
まぁここ、さすが禁城なだけあってなんやかんやと祭祀は多いのだけれど。
「ここ、皇都であります蘇京の南にそびえます鵲山、あちらの雪が溶け、その水が地に染み込み、この禁城の井戸に湧き出るのが、だいたいこれくらいの時期と言われております」
「へぇ」
「そうしまして、牡丹が満開になりまして最初の新月に井戸から汲みました水を、皇上それから后上に献上いたしまして、その残りを臣下一同戴くというのが習わしでございます」
「……はぁ」
私、后じゃないんだけれど。
いいんだろうか。
「この水を飲みますと、一年健康でいられる、と……まぁ、そんな慣習でございますね」
女官長さんは微苦笑。
私が困った顔をしていたから、気を遣ってくれたんだと思う。
(いい人なんだよなぁ)
偉い人なのに、ちっとも選ぶってないし。
「縁起物ということで、あまり気張らずお召し上がりくださいませ」
「はあ、では」
おずおずと、女官長さんの後ろに控えていた宮女さんから瑠璃の杯を受け取るーーと、玉藻さんがすごい勢いでそれを頭で弾き飛ばした。
地面に落ちて、転がる杯ーー。
(ああああ高級品の杯ーッ!)
瑠璃、瑠璃の杯だよ玉藻さんっ!
どれだけ働いたら返せるか分かんない額だよ!?
いや実質、だらだら養ってもらってる私が言えることではないんだけれどもっ!?
「ごごごごごめんなさいっ! こ、こら玉藻さんっ」
ふん、と玉藻さんは足で頭を掻く。知らん顔だ。
地面にじわじわと染みができていく。
「だ、大丈夫です割れてはおりませんっ」
「あ、ありがとう香桐さん」
ほう、と香桐さんが拾ってくれた杯を見つめる。太陽できらきらして綺麗なそれは、なんとか割れずにいてくれた。
「も、もう」
「いえいえ良いのですよ娘子、皇太后さまからの賜り物とお聞きしております」
女官長さんも苦笑い。
「下手に躾などもできませぬ、ご苦労なさっておいでで」
「……えへへ」
躾っていうか、ねぇ。妖さんですから……ほんとにもう。
「後で理由、聞きますからねっ」
小声で言って見るけれど、やはり知らん顔。むっとした顔をしていると、別の杯が差し出された。
「おそれながら娘子、こちらで」
「ほんとにすみません……」
謝りながら受け取る。今度は白い陶器の杯で、玉藻さんはちらりと視線を向けただけで、何もしなかった。
こくりと飲み干す。
まぁ、申し訳ないけどいつもの水だ。
「滋養が豊富だと言われております」
「へぇ」
まぁ、湧き出てきた水だから、多分無機質たっぷり、とかなんだろうな。
なんとなーく、健康に良さそう。
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