前世記憶有少女中華(風)後宮奮闘記〜悪逆女帝にはなりたくない!〜

にしのムラサキ

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人面魚

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「人面魚ぉ?」

 なんですかそれは、と憂炎様は口を尖らせた。

「あの、アレですよね」

 つい口を挟む。

「お魚の模様が、人間の顔に見える、っていう」
「そうそう、その少し珍しいお魚サンよ」

 皇太后様は我が意を得たり、って感じで手を叩く。

「この池のどこかに、いたはずなのだけれど。いないのよ」
「はぁ」
「探して見つけて食べさせて」
「……は?」

 最後が、ええっと、聞き間違いかな?

「あのう、もう一度、ゆっくりお願いします」

 私の言葉に、皇太后様は不思議そうな顔をしながら口を開いた。

「探して」
「はい」

 どうやって? というのはあるけれど、はいはい、意味は分かります。

「見つけて」
「はい」

 同上。何をどう、探すのやら。

「食べさせて」
「それが変ですって母上」

 私の代わりに、憂炎様が突っ込んでくれた。

「なぜせっかく見つけたものを食べるのです」
「食べたいから探すのよ」
「……そうでしたか」

 憂炎様は眉間の辺りを押さえた。

「それにしたって、何も人の顔に見える魚を食べずとも」
「あら、あのね、あなたのひいお婆様はよくお召し上がりになってらしたらしいのよ?」
「……初耳です」
「そ?」

 皇太后様は首を捻った。

(ひいお婆様、って……)

 私は考える。例の「鯉狂い」の先先代の皇太后様。

(人面魚、食べてたんだぁ)

 なんか、ちょっと変わってる人な予感。もしや皇太后って、変わってる人しかなれないのかな……なんてね。
 私たちがそんな会話をしているうちに、食事が少しずつ運ばれてくる。
 まずは前菜。

「さぁ召し上がれ」
「……はい」

 恐る恐る、箸をつける。

「……美味し」
「ふふふ、渡蟹の糠漬けですって。美味しいでしょ? 人面魚はね、どう食べようかしらね、うふふ」

 楽しげに、歌うように皇太后様は言う。

「ふとね、今日、あの方のことを思い返していてーー」
「? ひいお婆様ですか。全く記憶にございませんが」
「でしょうね、貴方が生まれる前にお亡くなりになっているし。でも忘れられないわ、あの凌遅刑のこと」

 私は箸を取り落としそうになる。
 凌遅刑!?

(た、たしか刑罰の一つで……)

 身体のすみから、少しずつ切り落として行く、残酷な刑罰。

わたくしが後宮に入ってすぐのこと。まだ15か、そこらだったと記憶していますけれど」

 んー、と頬に手を当てる皇太后様と、膝の上でボソッと「よう言うわ」と呟く玉藻さん。

「なにが?」

 そっと聞き返すけれど、玉藻さんから返事はない。くぁ、とひとつ欠伸をしていた。

「あのとき、ほんの少しのことでしたけれど、先帝あなたのお父上に逆らったものがいました」
「……はぁ」
「それどころか、お身体を傷つけようとしてーーそれで、捕まって、凌遅刑に」

 皇太后様は淡々と続ける。

「それをね、あなたのひいお婆様は見たがって」
「……は」
で執行されたそうよ」

 皇太后様は、遠慮なく蟹を咀嚼する。

(ここ……って)

 思わず箸を置いた。

(ここ!?)

 蟹を嚥下した皇太后は、にこりと笑う。

「この池という池がね、血で赤く染まって。鯉も模様が変わったと言われるほどに、赤く」
「母上!」

 憂炎様が低く咎める。

「嫦娥の前で、そんな話題はやめてもらいたい」
「あらだって」

 皇太后様は首を傾げた。

「本来なら、あの親子だってそうなるはずだったわ。そうでしょう?」

 憂炎様は睨むようにして、黙り込む。

「法に照らすならば。はっきりと法に従うのならばーー宗元も喬蘭きょうらんも、この刑で裁かれていたはず」

 じっ、と皇太后様は憂炎様を見つめる。

「あなたは甘いわね」
「……なんのことだか」

 憂炎様は目線を逸らす。私は手元のお皿をじっと見つめた。

(やっぱり、)

 私は思う。

(この人は、優しいんだろうな)

 凌遅刑なんかになれば、苦しんでーーこの世の地獄を全て味わうようにして死ぬのは確実。
 爪の先から、少しずつ削ぎ落とされながら死んでいくのだから。

(皇帝のお手打ちなら、誰からも文句は出ない)

 だから、その場で殺したんだ。
 この人は、とそっと視線で憂炎様を見遣る。

(優しすぎるくらいに、優しい人なんだ)

 そう思うと、なんだか苦しくて、……悲しく、なった。
 
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