前世記憶有少女中華(風)後宮奮闘記〜悪逆女帝にはなりたくない!〜

にしのムラサキ

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「でも、人面魚なんてどう探すんでしょう?」
「明日、明るくなったら池を見てみるしかないかなぁ」

 憂炎様はため息をついた。
 夕食後、私の居室へや。私と憂炎様、それから玉藻さんは香桐こうとうさんが淹れてくれた、温かいお茶をいただきながら、そんな話をしていた。
 まぁ、玉藻さんは膝で寝てるけど。
 ちら、と蝋燭の、ほの明るい灯の中で憂炎様を見る。昼間のことは嘘だったみたいに、とっても普通。

「でも、いるのは間違いないんだよね?」
「はい」

 私は頷く。

「例の、私の獅子狗シーズーさん数え間違え事件の時にですね、香桐さんが見た、と」
「ふーん。じゃあその頃はいたんだ」

 ここ最近見かけないのよね、と皇太后様は言っていた。

「食べようとしたらいなくなってた、と」
「はぁ、そうおっしゃってましたねぇ」

 私はひとくち、そのお茶に口をつけた。少し甘くしてあるそのお茶は、食後になんだかちょうどいい。甜品デザート代わりだ。

「食べられたくなくて逃げたんじゃないか」
「そんな、鯉がまさか」
「いやいや、牛や豚は食べられそうになると雰囲気で察するとか聞いたよ」
「でも、鯉ですよ? そんなに賢いとは……妖が化けていた、とかならともかく」

 言いながら思う。
 あれ? そういえば、妖のこと、何か気になって……!

「ぎ、玉藻さん」
「むにゃ、なんじゃ」

 寝てる玉藻さんの狭いおでこをぺしぺし叩いて起こす。ぺろり、と赤い舌が鼻を撫でた。

「あの、皇太后様の獅子狗、あれもしかして全部」
「ぐー」
「寝ないで玉藻さんっ」

 柔らかな毛をひっぱる。……あ、だめだ熟睡してる。

「俺もそれ、気になって母后ははうえに聞いたんだけど」

 憂炎様は苦笑した。

「ダメだった。よくわかんなかった」
「……そーですか」

 また起きたら、改めて聞くとして。
 私は熟睡してる玉藻さんを、長椅子にうつした。羊毛でできたあたたかな膝掛けをかけると、嬉しげに寝返りを打つ。

「……九尾の狐なんだよね?」
「狐様ですね」

 うん、とうなずくと憂炎様は少し笑った。

「とりあえず、香桐さんに聞いてみましょうか」

 彼女を呼ぶと、すっ飛んできてくれた。慌てすぎて、ひじを柱にぶつけちゃってる。

「……!!!!!!」
「痛そう以外に感想が持てない」

 憂炎様の言葉に、私はこくこく頷きながら香桐さんを見る。香桐さんは「うへへ」という照れ笑いとも呻き声ともつかない言葉をもらして、それから礼を取った。

「お呼びでしたか皇上おかみ娘子じょうし
「無理しないでね」

 香桐さんの腕をとる。

「あー、赤くなってる」

 袖を肘まで伸ばすと、少し擦りむいているようだった。いたそー。

「お薬、つけとこ」

 私は立ち上がり、朱塗りの小さな引き出しから、磊から貰った白い陶器の薬壺を取り出す。
 兎の模様のついた、それ。

「はい」
「そんな、娘子。もったいのうございます」
「いいから。これ効くから」

 香桐さんのひじに、そっと薬を塗り込んだ。

「……すうっとします」
「ね」

 私は元どおり椅子に座り直して、香桐さんは改めて礼をとる。

「どういった御用でしたでしょうか」
「あのね、人面魚について聞きたいんだけれど」
「あ、本当にお探しになるのですね」
「まぁね」

 苦笑いして答えると、香桐さんは教えてくれた。

「金の鯉にございます」
「金の?」
「はい」

 香桐さんは頷く。

「お顔が、本当に人に見えるような模様でございまして、大きさは……そう、これくらい」

 香桐さんがしめしたのは、だいたい一尺(約30センチ)くらいの大きさ。

「どの池で見たの?」
「その時は、だいたい中央くらいの……ですが、あの池は水路で繋がっておりますから。あまり、場所は関係ないのではないかなと思います」
「うーん」

 憂炎様は頬を軽くかく。

「いざとなったら、適当な鯉を調理させてコレが人面魚ですよと食べさせるしか」
「いいんでしょうか、それ」

 バレるような気もするし、バレないような気もする……。
 居室へやを出て行く香桐さんを見送りながら、ふ、と憂炎様の視線が私の持つ薬壺で止まる。

「?」
「それ、磊から?」
「はい」

 私は憂炎様にその薬壺を渡した。

「司馬家伝来のもの、らしいです」
「俺ももらったことあるけれど、効くよね」

 そう言いながら、憂炎様は薬壺をまじまじと見つめる。

「……兎」
「あ、はい。可愛らしいですよね」

 私の答えに、憂炎様は少し笑った。

「もしかしたら、だけれど」
「はい」
「磊が林杏りんしんにかけられていたしゅ、解けかけていたのかもね」
「え?」

 私に薬壺を返しながら、憂炎様は言った。

「林杏がきみを阿兎うさぎちゃんと呼んでいた、小さな頃の記憶。だから、磊は君に渡す薬壺、兎のものを選んだのかと」
「……私はてっきり、名前からの連想かと」

 この国の、古い神話。
 月には仙女、嫦娥がいて、兎と一緒に薬を作っているという。

(……玉藻さんいわく、仙女様が月へ行ったのは"夫殺し"が理由、らしいけれど)

「まぁ単純にそうかもなんだけれどね……と、遅くまでごめんね」

 憂炎様は立ち上がる。

「ゆっくり休んで」
「あ、はい……あの」

 私はさっと憂炎様のふくの裾を掴んだ。

「え」
「あの」

 私は何を言いたかったのだろう?
 困惑顔の憂炎様を見つめて、出てきたのは「お辛くはないのですか」だった。
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