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赦
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「じゃあ、申し訳ないけれど。鳳果、林杏、良ければゆっくりしていって。嫦娥、頼んでいいか……うわ!?」
「私も!」
憂炎様の衣の裾を掴んで、じっと見つめる。
「私も、その、慶明様、会いたいです!」
「……なんで?」
憂炎様は、ほとんど無表情にそう言った。
「え、ええと、気になって」
「だめ」
静かに、憂炎様はそう言った。
「なぜです?」
「まだ2歳なんだって、あの子」
「はぁ」
「情が移ったらどうするの?」
「……情?」
「あの子は今から殺される」
私はぽかん、と憂炎様を見上げた。
「え?」
「殺される、んじゃないな」
憂炎様は無表情に続ける。
「俺が殺すんだから」
「……は」
「言ったでしょう、嫦娥」
憂炎様は無表情に言う。
「毒蛇に噛まれた腕は切り落とすべきだ」
「……それ、って」
「余計な禍根を残してどうするの」
淡々と憂炎様は言う。
自分に言い聞かせるように。
「成長した彼が、国に、俺に歯向かわないなんて、反乱を起こさないなんて保証はない。ひとたび反乱が起きれば、たくさんの人が死ぬ。民が犠牲になる」
私は唇を噛む。
そうだ、そうなんだ、けど。
「そんな顔をしないで嫦娥」
憂炎様は薄く微笑む。
「君が悪いわけじゃないんだから」
「……いいえ」
私が悪いんです。
目を伏せて、地面を見つめる。
(だって、前世の漫画でこんな展開はなかったはず!)
ということは、私が何かをねじ曲げてしまった。
漫画と違う行動をとったせいで、慶明は殺されようとしているーーまだ2歳なのに!
(たしかに、ここで慶明がいなくなったら、私の首は無事なのかもだけれど)
そんな幼い子供を犠牲にしてまで、生きたいのか、と言われればーー。
(それに、この人はまた1人で背負う気なんだろう)
生命を奪ったことを、その罪を、ただ1人、背負ってまた歩く。
なんでもないような顔をして。
と、唐突に子供の泣き声。
「娘子、すみませーん、この子どこの子かご存じないですか?」
「へっ」
香桐さんが、暴れる子供……2歳くらいだ! を抱き上げて歩いてきた。
「……っ」
憂炎様も少し驚いている。
私は駆け寄って、そっとその子を抱き上げた。
「慶明」
名前を呼ばれたその男の子は、暴れるのをやめて、きょとんと私を見上げる。不思議そうに首を傾げた。
「……香桐、この子どこにいたの?」
憂炎様の問いに、香桐さんは首を傾げて答えた。
「ええと、丹東門のあたりでウロウロされてましたけれど」
丹東門は、外宮と内廷の間にある門だ。
「……見張りはどうしてたんだ」
ほんの少しの、何かの感情をその声ににじませながら憂炎様は言う。
(見ないようにしてる)
この子のことを。
腕に力をいれた。
「……おそれながら、皇上」
私は地面に平伏す。
「嫦娥?」
「殺さないでやって、もらえませんか」
ほんの数瞬、憂炎様はだまった。それから「無理だよ」と笑う。
「禍根は民のためにならない」
「ですが……! 慶明様はまだ、幼く! ……おそらく長じた頃には、お母様のご記憶も残ってないでしょう」
「周りがどう動くか分からない」
「お願いいたします」
慶明はきょとんと立っていた。
何も分からずに。
目の前にいる女が、自分の母親が死ぬほど憎んでいたとも知らず。
目の前にいる男が、自分の母親を殺したことも知らず。
「もし慶明に謀反の動きあれば、その時は」
私は顔を上げ、じっと憂炎様を見上げた。
「私の首も切ってください」
「切らないよ」
憂炎様は眉をひそめた。
「切る意味がない」
「お願いします」
「ならば」
ふ、と声をかけてきたのは鳳果様。
「その慶明様、青龍山でお預かりいたしましょう」
「……鳳果」
憂炎様が目だけを彼の方に向けた。
「しかし」
「情けをかけた者が長じて帝に歯向かう、ということは古今東西よくあることにございます」
そうなのか、と私は思う。
(そういえば)
なんとなく、前世の記憶だけれどーー平清盛が殺さず赦した子供が、長じてから反乱を起こしたというのは有名な話だ。
赦された子供の名は源頼朝。
「であれば、やむを得まい」
憂炎様は表情を変えない。
でも、頑なに慶明を視界に入れようとしない。……辛いんだろう。
「ですが、呪をかけておきまする」
「呪?」
「もしこの慶明様が皇上に歯向かおうとするならば、謀反の心を持つならば。その時はその心の臓、お止まりになります」
思わず息を飲んだ。そんな、そんな、呪、あるの!?
「いかがでしょう」
「……憂炎様」
私は憂炎様を見上げて言う。
「もしこの慶明、殺すのであれば、私、死にます」
「は!?」
「死にます。舌を噛んで死にます」
「なんで」
泣きそうな顔で、憂炎様は言った。
「なんでそんな」
「……お願いいたします」
地面に頭をつける。
(これは私の責任)
私のせいで、殺させるわけにはいかない!
「……わ、かった、よ」
渋々、という声で憂炎様は言う。
「では鳳果、頼む」
「御意にございます」
憂炎様は深くため息をつくと、私の前に膝をつけた。
「ほら嫦娥、起きて」
「も、申し訳ございません。我儘を」
「ほんとに我儘だよ、きみ」
それから、ふっと慶明様に顔を向けた。
なにがなんだか、って顔をして私を見上げている慶明。
「まったく、命拾いして」
困ったような顔で、嬉しさをその声に滲ませてーー憂炎様は慶明を抱き上げた。
「謀反の心起させないよう、立派な兄で居続けなくてはね」
小さくそう言って、ほんの少し泣きそうに笑った。
「私も!」
憂炎様の衣の裾を掴んで、じっと見つめる。
「私も、その、慶明様、会いたいです!」
「……なんで?」
憂炎様は、ほとんど無表情にそう言った。
「え、ええと、気になって」
「だめ」
静かに、憂炎様はそう言った。
「なぜです?」
「まだ2歳なんだって、あの子」
「はぁ」
「情が移ったらどうするの?」
「……情?」
「あの子は今から殺される」
私はぽかん、と憂炎様を見上げた。
「え?」
「殺される、んじゃないな」
憂炎様は無表情に続ける。
「俺が殺すんだから」
「……は」
「言ったでしょう、嫦娥」
憂炎様は無表情に言う。
「毒蛇に噛まれた腕は切り落とすべきだ」
「……それ、って」
「余計な禍根を残してどうするの」
淡々と憂炎様は言う。
自分に言い聞かせるように。
「成長した彼が、国に、俺に歯向かわないなんて、反乱を起こさないなんて保証はない。ひとたび反乱が起きれば、たくさんの人が死ぬ。民が犠牲になる」
私は唇を噛む。
そうだ、そうなんだ、けど。
「そんな顔をしないで嫦娥」
憂炎様は薄く微笑む。
「君が悪いわけじゃないんだから」
「……いいえ」
私が悪いんです。
目を伏せて、地面を見つめる。
(だって、前世の漫画でこんな展開はなかったはず!)
ということは、私が何かをねじ曲げてしまった。
漫画と違う行動をとったせいで、慶明は殺されようとしているーーまだ2歳なのに!
(たしかに、ここで慶明がいなくなったら、私の首は無事なのかもだけれど)
そんな幼い子供を犠牲にしてまで、生きたいのか、と言われればーー。
(それに、この人はまた1人で背負う気なんだろう)
生命を奪ったことを、その罪を、ただ1人、背負ってまた歩く。
なんでもないような顔をして。
と、唐突に子供の泣き声。
「娘子、すみませーん、この子どこの子かご存じないですか?」
「へっ」
香桐さんが、暴れる子供……2歳くらいだ! を抱き上げて歩いてきた。
「……っ」
憂炎様も少し驚いている。
私は駆け寄って、そっとその子を抱き上げた。
「慶明」
名前を呼ばれたその男の子は、暴れるのをやめて、きょとんと私を見上げる。不思議そうに首を傾げた。
「……香桐、この子どこにいたの?」
憂炎様の問いに、香桐さんは首を傾げて答えた。
「ええと、丹東門のあたりでウロウロされてましたけれど」
丹東門は、外宮と内廷の間にある門だ。
「……見張りはどうしてたんだ」
ほんの少しの、何かの感情をその声ににじませながら憂炎様は言う。
(見ないようにしてる)
この子のことを。
腕に力をいれた。
「……おそれながら、皇上」
私は地面に平伏す。
「嫦娥?」
「殺さないでやって、もらえませんか」
ほんの数瞬、憂炎様はだまった。それから「無理だよ」と笑う。
「禍根は民のためにならない」
「ですが……! 慶明様はまだ、幼く! ……おそらく長じた頃には、お母様のご記憶も残ってないでしょう」
「周りがどう動くか分からない」
「お願いいたします」
慶明はきょとんと立っていた。
何も分からずに。
目の前にいる女が、自分の母親が死ぬほど憎んでいたとも知らず。
目の前にいる男が、自分の母親を殺したことも知らず。
「もし慶明に謀反の動きあれば、その時は」
私は顔を上げ、じっと憂炎様を見上げた。
「私の首も切ってください」
「切らないよ」
憂炎様は眉をひそめた。
「切る意味がない」
「お願いします」
「ならば」
ふ、と声をかけてきたのは鳳果様。
「その慶明様、青龍山でお預かりいたしましょう」
「……鳳果」
憂炎様が目だけを彼の方に向けた。
「しかし」
「情けをかけた者が長じて帝に歯向かう、ということは古今東西よくあることにございます」
そうなのか、と私は思う。
(そういえば)
なんとなく、前世の記憶だけれどーー平清盛が殺さず赦した子供が、長じてから反乱を起こしたというのは有名な話だ。
赦された子供の名は源頼朝。
「であれば、やむを得まい」
憂炎様は表情を変えない。
でも、頑なに慶明を視界に入れようとしない。……辛いんだろう。
「ですが、呪をかけておきまする」
「呪?」
「もしこの慶明様が皇上に歯向かおうとするならば、謀反の心を持つならば。その時はその心の臓、お止まりになります」
思わず息を飲んだ。そんな、そんな、呪、あるの!?
「いかがでしょう」
「……憂炎様」
私は憂炎様を見上げて言う。
「もしこの慶明、殺すのであれば、私、死にます」
「は!?」
「死にます。舌を噛んで死にます」
「なんで」
泣きそうな顔で、憂炎様は言った。
「なんでそんな」
「……お願いいたします」
地面に頭をつける。
(これは私の責任)
私のせいで、殺させるわけにはいかない!
「……わ、かった、よ」
渋々、という声で憂炎様は言う。
「では鳳果、頼む」
「御意にございます」
憂炎様は深くため息をつくと、私の前に膝をつけた。
「ほら嫦娥、起きて」
「も、申し訳ございません。我儘を」
「ほんとに我儘だよ、きみ」
それから、ふっと慶明様に顔を向けた。
なにがなんだか、って顔をして私を見上げている慶明。
「まったく、命拾いして」
困ったような顔で、嬉しさをその声に滲ませてーー憂炎様は慶明を抱き上げた。
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