前世記憶有少女中華(風)後宮奮闘記〜悪逆女帝にはなりたくない!〜

にしのムラサキ

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生死

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 憂炎様行方不明。
 そう、一報が入ったのは、私が女官長に後宮における祭祀のあれこれに関して教示レクチャーされていた時だった。

「よろしいですか、祭祀とは神のためにあるものではありませぬ」
「? 違うのですか?」

 春祈祭しゅんきさいでも、田の神に祈りを捧げて豊作を祈ったし、そのほかにも……と思っていると女官長は首を振る。

「いいえ娘子。祭祀はあくまで、ヒトのためにあるのです」
「はぁ」
「祭祀を通し、人心を……」
「邪魔するぜクソババア」

 後宮に本来響くはずのない、男の声がして。
 女官長さんは眉を釣り上げた。

「誰です!? ここは後宮、男子禁制のッ」
「落ち着けババァ、てめぇの息子だよ」
「息子ッ!? ……あら、磊。……じゃありません!」

 女官長さんは更に激昂ヒートアップ。早口はまるで機関銃マシンガンのごとく。

「良いですかあなたはもう成人した男子なのですよなにを勝手に後宮にノコノコと入ってきているのです憂炎様には適正な処置をッ」

 私はそこに立ってる磊に向かって、首を傾げてみせた。
 妖から受けた怪我のために、この度のいくさには出陣るなと自宅待機を命じられていたのは、知っていたけれど。

(……憂炎様がおられないときに、こんなところに来るなんて)

 そんなはずはないのだ。
 磊は、口も態度も憂炎様を皇帝とみてないような素振りだけれど、内心きちんと忠義を誓ってるのは、なんとなく分かっていたから。

「どうしたの? 磊」
「いいか嫦娥、落ち着いて聞け」
「落ち着くもないも、磊ーー」

 女官長の言葉を遮って、磊は言った。

「憂炎が行方不明になった」
「……」

 私はぽかん、と磊を見つめる。

(……え?)

 思考が追いつかない。
 憂炎様が……行方不明?

「どういうことなのです、磊!?」

 叫んだのは女官長さん。
 私はただ、呆然とするしかできなくて。……え?

「詳しいことは俺にも分からん。まだ一報が入ってきたばかりで……ただ、確実なようだ」
「……磊、それっ、て」

 私は知らず、身体が震えるのを感じた。
 それ、それって?

(戦場で、そんな……)

 いやでも「死」というものを連想してしまった私を、ハッとしたように磊は見た。

「……すまん嫦娥、こんなことまだお前に言うべきじゃ」
「ううん!」

 私は立ち上がる。
 ダメだ、ここで折れちゃ。

(ちゃんとしておく、って決めたのに)

 そうだ、憂炎様がお戻りになったとき、驚かせようって。
 ちゃんと「娘子」としてやれていたところ見せて、驚かせる。

(死ぬわけないじゃん)

 憂炎様が、まだ死ぬわけがない。
 
 だから……大丈夫。

「大丈夫だよ、磊」

 私はにっこり笑ってみせる。

「憂炎様は死んでないから」
「……俺もそう思うよ」

 磊は肩をすくめる。

「アイツちょっとシブトイとこあるからな」
皇上おかみをアイツ呼ばわりなど!」

 女官長さんはそう言った後、私を見てほんの少し、ほほえんだ。

「しかし、案外と骨があるのですね娘子」
「?」
「てっきり、このような知らせなどーー泣いて戸惑うだけかと」
「……あは」

 そう見えてたんだなぁ。ていうか、単に「前世知識」から「憂炎様は死なない」っていう確信があるからまだ落ち着いているだけで。
 本当の私は、とても弱いから。

 皇太后様も落ち着いたものだった。

「アラヤダあの子ったら大事なときなのにどこにいるのかしら」

 皇太后様は軽く首を傾げた。しゃらり、と身につけた装飾具が仄かに揺れる音がした。

死なないはずだけれど」

 その言い方に、私はやっぱり妙な気分になってしまう。
 皇太后様は、なにをどこまで知ってるの?
 何者、なの?

「でもねぇ、……潮目が変わってきているのかしら」

 つい、つい、と皇太后様は空間にある糸をその嫋やかな指で掴むような仕草をする。

「?」

 つい、つい、と。
 見えない糸を。

「そうねぇ……死んでたら」

 皇太后様は目を細める。

「慶明が殺されていなくて良かったわ」
「……恐れながら皇太后陛下」
「なぁに?」

 私にむける視線は、いつも通り。本当にいつも通りで……本当に、この方は憂炎様の母后おかあさまなのかなって思うことも、ある……。

「憂炎様、生きておられると思います」
「なぜ?」
「……勘です」
「あらそ」

 ころころと皇太后様は笑う。
 その笑い声がなんだか耳に残っているような気分になりながら居室へやに戻ると、玉藻さんが長椅子でお腹を出して眠っていた。
 くうすぴ、くうすぴ、っていうこっちまで眠くなるような、そんな寝息。
 風邪ひくかなぁって(風邪ひくのかな玉藻さん)そっと絹の膝掛けを玉藻さんのお腹にかけてーーぽろりと涙が溢れた。

「……こりゃ、泣いておるのか」

 長椅子の前にへたり込んで、私はぽろぽろと泣き続ける。
 玉藻さんが起き上がる気配がした。

「なぜ泣く? 別段、あの小童を愛しておるわけでも何でもなかろう」
「……わかんない、ですけど。でも身近なひとが」

 そう、ある意味どこか、友達のように思っていた。恋愛感情抜きにしても、憂炎様は「大事なひと」なんだ。磊や、浩然や、林杏りんしんと、同じくらいに。

「……死んじゃってたらどうしよう」
「あり得るな」

 気楽な感じで、玉藻さんは笑う。

「死んでないもん」
「どっちなのじゃ」

 呆れたような玉藻さんに、私は言う。

「だって、私が殺してないもの」
「ああ、前世とやらの知識か。……しかしの、嫦娥」

 玉藻さんは薄く目を細める。

「もう随分と、その運命とやらはねじ曲がっておるのではないか?」
「……へ?」
「そちは司馬のとこに嫁いでおらぬ。その他にも全く違う動きをしておる」

 玉藻さんは淡々と続けた。

「ひとつズレれば全てズレるのが運命というもの」

 私は呆然と、玉藻さんを見つめた。

「さて、本当に小童は生きておるのかの?」
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