前世記憶有少女中華(風)後宮奮闘記〜悪逆女帝にはなりたくない!〜

にしのムラサキ

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 宮中行事、というものはこんなにいとまなく行われるものなのか、と寝不足の目をこすりながら思う。

「……覚えること多すぎない?」
「皇后とはそんなものよ」

 開け放した窓から、夏の爽やかな風がふわりと入ってくる。

「……うん」

 私にできるのは、憂炎様が帰ってくるまで、この後宮を守り抜くこと。

(分かってるけど)

 行方不明、の報が入ってもうひと月が経つーー。

(いつまで?)

 ふと、そう思ってしまって、ぶんぶんと首を振る。
 ダメだ、決めたんだ。
 逃げないって。
 私は五色の長い飾り紐を両手で捧げ持つーー。
 近々行われる乞巧奠きっこうでん。手芸の上達を祈るお祭りで、後宮の女性総動員で参加するお祭りらしい。

(……舞、かぁ)

 私はぐぬぬと飾り紐を見る。
 この世で一番、私は舞が苦手だ。

「そちなぁ」

 玉藻さんも呆れ顔。

「なんというか、こう、曲に合わせて踊るっちゅうことはできぬのか」
「……やってるつもりなんです!」
「……え? 嘘であろ? そんな蛸みたいなうごきが?」

 そ、そんな呆然とした顔をしなくたって! てか蛸って!
 と、ふと円窓の外を飛ぶ蝶が目につくーー。青い、金色の模様がきらきらしい、大きな蝶。

「……きれい」

 ひらひらと、太陽の光にその青金の鱗粉を撒き散らして、その蝶は飛ぶ。
 その蝶は、ひらひらと居室へやまで入ってきて、そしてひらりひらり、と私のそばまでやってきた。

「? 人懐こいね」
「嫦娥、呼ばれておるぞー」

 指先に止まった青蝶は、おいでというように、再びはためいて空中へと舞い上がる。

「呼ばれてる?」
「小娘の匂いじゃ」

 小娘……林杏?
 私は玉藻さんを腕に抱いて、中庭をあるきだす。
 蝶はひらひらと、ゆっくりと、飛ぶ。
 蝶に誘われてたどり着いたのは、ある意味懐かしい場所。

「……ここって」

 後宮と、外の水路に通じる壁。
 その壁が、ごとりと音がして。

「林杏?」

 そう声をかけてーー疑問に思う。林杏なら、使いをくれれば堂々と門から後宮に入ることができるはず。
 現れたのは、黒い髪に金色の目だったけれどーー林杏ではなくて。

「磊?」
「よお」

 磊はその短い髪をかき上げた。水路を抜けてきたのだから、当然のようにその全身はびしょ濡れでーー。

「だ、大丈夫!? 風邪」
「引かねー引かねー。夏だし」
「でも」
「鍛えてんだよ」

 そう言って壁によりかかる。
 ぽたり、とその壁に染みができた。

「ていうか、どうしたの? 磊なら正面から」
「あのクソババアに立ち入り拒否食らってんだよ」

 からからと磊は笑う。

「クソバ……女官長?」

 おう、と磊は頷く。

「どうしても伝えなきゃいけねーことができてな」
「なぁに?」
「劉成炎が帰ってくる」

 ぽかん、とその顔を見つめる。成炎……?

「憂炎の兄貴だよ」
「お兄様?」
「あいつが行方不明なのをいいことに宮中に帰ってくる気だ」
「どんな方なの?」

 磊は、その整った眉を強くしかめて、吐き捨てるように言った。

「元々は……憂炎よりも皇帝の位に近い男だった」
「えっ」

 そういえば、憂炎様は「長男」ではない。

「けどな、戦場でやらかして謹慎くらって」
「やらかす……?」

 私は聞き返す。そんな話は、聞いたことがなかったけれど。

「表沙汰にはなってねーからな」

 磊は淡々と続けた。

「あいつは、……ヒトを食った」

 金色の鋭い目を、刃物のように尖らせて磊は言う。

「……へ?」
「食うに困ったわけでも、なんでもない。あいつは」

 低い声で、磊は続ける。

「捕虜の妊婦の腹を切り裂いて、その胎児の肝を喰らった」

 あまりのことに、呆然とその場に立ち尽くすーーえ?
 磊は、夏の日差しの中、ただ私を見つめていた。

「あいつは憂炎を恨んでる。皇帝になれなかったのは、憂炎のせいだと逆恨みして」
「……ゆ、憂炎様は関係ないんじゃ?」

 その事件が発端なのだとすれば。

「そんな風に論理立てて考える奴なら、女の腹切り裂いたりしねえよ」
「……」

 私は言葉をなくす。

「……その成炎が、いま、皇帝になろうとしてる」
「……!」
「ンな顔すんな。俺だって憂炎は生きてると思ってる」

 けど、と磊は言う。

「現状、……誰が皇位を狙いにきてもおかしくない状況だ」

 足元の影は濃い。
 ……皇位。

「いいか嫦娥。憂炎がお前を、お前だけを大事にしてんのは有名な話だ」
「え、ゆ、有名?」

 そう、と磊は頷く。

「おそらく、成炎は」

 腕の中で玉藻さんがどうでも良さげにあくびをする。

「お前のことも狙いに来る」
「わ、私!?」

 思わず玉藻さんを落としそうになりながら、自分を片手で指差して、私は叫んだ。
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