前世記憶有少女中華(風)後宮奮闘記〜悪逆女帝にはなりたくない!〜

にしのムラサキ

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乞巧奠

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「宮中で、不安が大きくなっております」

 女官長さんがそう言って、私も頷く。
 なんとなく、みんなが不安。
 直接言われる訳じゃない。私の前では明るく振る舞ってくれている女官さん、宮女さんがほとんど。
 でも、口にはしなくても、みんな不穏なのは察してるし、モヤモヤはあると思う。

(……これからどうなるのって)

 そりゃあそう思うに決まってる。憂炎様は行方不明。皇后も皇太子もいない。

「妙な噂も広まっております」
「噂?」

 ええ、と女官長さんは頷く。

「いずれ成炎様が皇帝となられる、と」
「……」
「もちろん後宮も成炎様のものにーー」

 すう、と切れ長の目を細めた。
 紅い唇が、ほのかに動く。

「成炎様の戯れに殺されることもあるだろう、と」

 私は押し黙る。
 それは、……磊の態度から言って、十分にあり得ること。
 そうしてこの国では、皇帝は絶対で、逆らうことなんかできない。
 憂炎様は、その性格からそれをいろんな人に赦していたけれど……成炎様はそんな方ではないんだろう。
 そんな不安が、モヤのように渦巻いて。
 でも、それがこんな形で噴出するなんて、思っても見なかった。
 乞巧奠の舞、なんとか形になって(そう信じたい)祝詞を口にしたとき。

「この国とこの国を統べます皇帝すめらぎのみこと弥栄いやさかを寿ぎ」
「……っ、そんなの嘘に決まってる!」

 割と年嵩の女官さんだった。
 全身をわなわなと震えさせ、涙を浮かべて。

「じ、娘子も本当は分かっておられるのでしょう!? いずれ成炎様が戻られるとっ」
「水清! 弁えなさいーーなにを」

 窘めようとする女官長さんの言葉を、私は手でさっと遮った。

「……娘子?」
「水清、いいから、続けて」

 私はじっとその女官さんを見つめる。ぱんぱんにはちきれそうな不安ならーーそろそろ空気ガス抜きが必要なはずだ。

「……っ、わたくしは! 先帝の頃からこちらに出仕させていただいて、おりますっ」

 水清はぽろり、と涙を零す。

「……幼い成炎様のお世話もさせていただいたことがございます。その時に、わたくし」

 一拍おいて、叫ぶように水清は続けた。

「こ、殺されかけたのでございます……っ」

 ざわり、と場がざわつく。
 さらさらと流れるように広がっていく騒めき。

「成炎様、まだ10になられるかなられないかの御時おんとき。ただの戯れで、ほんのお戯れで、剣を向けられ、……っ」

 私はすう、と歩き出す。
 宮女さん女官さんが居並ぶ列を進むと、さあと波が割れるように道をあけてくれた。
 目の前には、泣き崩れた水清。

「水清」
「……っ、は、はい」

 真っ青な顔で、彼女は私を見上げる。
 私はしゃがみ込み、目線を合わせた。

「大丈夫」
「……は」
「憂炎様は生きておられるし、成炎様には指一本、貴方達に触れさせません」

 言いながら、思う。
 磊は私を連れて逃げてくれると言ったけれど。
 それは、この人たちを置いていくということ。

(……私は、後宮を守る義務がある)

 実際はどうあれ、……私は、この後宮唯一の貴妃。皇后候補で、娘子と呼ばれて。

(逃げられない)

 にこり、と微笑む。

「私があなた方を守ります」
「……娘子……っ」

 すがりつく女官さんの、背中をそっと撫でる。
 なにがなんでも、憂炎様がお戻りになるまでここを守りきらなくちゃいけない。
 だとすれば、私は何をすればーー。
 その後乞巧奠はなんとか恙無つつがなく執り行われ、居室へやに帰った私はぼうっとし寝台ベッドで横になる。

「大言壮語を」
「……なんで知ってるんです」

 寝台に飛び乗ってきた玉藻さんが揶揄う口調でいうので、私は目を細めた。

「ふん」

 玉藻さんは鼻で笑う。

「さて如何様にここを守る? 嫦娥」
「どーしましょ」
「考えがないのか? さすが人前であのタコの舞を披露できる面の皮の厚さよ」
「……も、もうちょっと出来てた気がしますもん!」
「どうかのう」
「うー」

 頬を膨らませながら、ごろりと寝返りを打つ。

「……考えなら、ないこともないのです」
「なんじゃ?」
「ただ、もう後戻りできなくなりすぎるので……」
「どのように」
「どのようにもこのようにもないのです」

 ふう、と寝台の天蓋を見つめる。
 お姫様みたいな寝台。

「形だけでも、皇后になっておこうと思います」
「……皇帝不在で?」
「そこはこう、ガッツリ根回し必要なのですが」

 ぎゅむうと眉をひそめる。

「内々に決定していたことに、してもらって」
「ふむ」
「別に実際は良いのです。発言権さえもらえれば」
「発言権?」
「はい」

 頷く。
 後宮において、皇后の権力は絶対。
 その影響は外廷にも勿論及ぶ。
 今のままの身分であれば、皇族である成炎様に盾つくことは許されることではないけれど。

(皇后になれば、ーー立場は逆転する)

 あくまで建前の話では、あるけれど。

「私が皇后として外廷に出てーーなんとか、成炎様を抑えます」
「できるかの?」
「やるしかないです」

それから。

「このところの、女官長さんからのご指導で色々学びました」

 玉藻さんはちらりと私を見る。

「皇后であれば、軍の指揮権が与えられるそうなのです」

 私はぐっと手を握る。

「憂炎様を、……見つけ出します」
「生きておると思っておるのか?」

 玉藻さんは皮肉げな声でいう。

「運命なぞ、とっくに変わっておるぞ」
「……だからこそです」

 私は笑ってみせる。

「だからこそ、憂炎様には生きててもらわなきゃ」

 生きてると信じてる。
 世界中の誰が諦めようと、私は諦めちゃいけない。

「だって私は、娘子おくさんなんだから」

 形だけとはいえ、これからどうなるのか分からないとはいえーーそれは、事実なのだから。

「必ず、生きてお戻りいただきます」
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