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覚醒自動人形編 下
二度目の会議
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「兄さん、おかえり」
「おかえりなさいませ、澄男さま」
「おいコラ御玲、テメェもう着替え終えてんじゃねぇか、なんで転移してこなかったし」
リビングに帰ってくるや否や、白衣を着ると無駄に似合う久三男と、しれっとメイド服に着替え終えている御玲、苦笑いでまあまあ、と俺と御玲の間に割って入る弥平に、そして。
「おかえりなさい、澄男さん」
「パァオング。おかえりである」
弥平の背後から、怪しげな雰囲気を全身から醸し出し、汚れ一つない漆黒の執事服が無駄に馴染んでいるモノクル紳士あくのだいまおうと、金冠を被った象のぬいぐるみパオングまでも姿を表し、俺を出迎えてくれる。
示し合わせたようにリビングで待機していたってことは、コイツらは俺と金髪野郎の話を聞いていたってことだろう。
「つーわけで、状況は知っての通りだ。頑張れよ久三男」
「いや端的!! 端的すぎでしょ兄さん!!」
「ンなこと言われても、今のところお前の力が要になってんだから、仕方ないだろ」
「わかってるけどさー……第一、レク・ホーランたちとの連携はどうするの? 僕は彼らと連絡は取り合えないから兄さん任せになるんだけど?」
知らねぇよ、と言いたいところだがアイツが俺を行かせたということは、俺と久三男の間に決めたことに従うってことであり、要するに何が言いたいかというと面倒なことをそのまんま丸投げしたってことである。
まあ久三男と話せる奴は俺しかいないから丸投げするしかないんだろうけど、なんか癪なのは何故だろうか。まあいい、やれるだけのことをやるのみだ。
「ちなみに久三男、あの女アンドロイドにどれだけの干渉が可能だ? お前の力だけで無力化とかできないか?」
ズバリ、まずは久三男だけでなんとかできないかを考える。
他力本願じゃねぇか、とかそんなクレームは受け付けない。久三男一人でなんとかできるのならソイツは久三男に任せて、俺たちは北支部防衛戦に参加すればいいだけになるからだ。
カエルたちが心許ないわけじゃないが、俺たちが戻った方がより速く済むのは考えるまでもない話。あの女アンドロイドを相手するより楽な仕事になる。
「いや、無理だよ。仮にできたとして、戦略的敗北になるじゃん」
楽なんてするもんじゃないってか。そうだよね。知ってたよ。久三男の「何言ってんのコイツ馬鹿?」みたいな顔がすごい腹立つが、そこは兄。冷静にいこう。
「できるのはできるのか?」
「できなくはない。ただ時間がかかる。防壁が思ったより堅くて、中枢まで強制的に掌握しようと思うと多分今日一日じゃ終わらない」
「マジで? そんなかかんの?」
「さっき干渉したときに防壁を掻い潜ったけど、結構強力で思ったより時間がかかった。今の人類の文明レベルじゃ、表層に潜ることもできないだろうね」
「相変わらずそのできないことを平然とやってのけるお前のそういうところは実の兄ながら意味不明だが、要するに相手の電子戦対策は完璧だと?」
「完璧すぎるぐらいかな……というかあのアンドロイドって今の時代に作られたものじゃないと思うんだよね……僕的にあのアンドロイドは―――」
久三男がまた一人でにべらべらと疑問を話し始めたが、正直あのアンドロイドがいつ作られたかはどうでもいいし興味もないので無視だ。
問題は倒せるか倒せないか、それだけ。
「なら時間をかければ、お前なら制圧できるんだよな?」
久三男の語りを遮って疑問を投げつける。お得意の語りを遮られて若干不機嫌そうな顔をするが、いくら久三男とはいえそこまで空気が読めないわけじゃない。サクッと切り替えて俺の疑問に答えてくれる。
「中核は絶対堅いだろうし、やってみないとわかんないなそれは。でもハッキングをかけて邪魔することならできると思う。さっきできたし」
「んじゃやれ。中核掌握の方は最悪できなくてもいい。邪魔はしろ」
「いや待ってよ。やることに異論はないけど中核掌握は時間がかかるって言ったじゃん。その間、兄さんたちはどうするのさ?」
「戦うよ。要はテメェが女アンドロイドの脳味噌制圧するまで死力を尽くせって話だろ?」
「分かってるならいいや、前衛は任せたよ」
実の兄に死ぬ気で頑張れと言い放ったようなもんなんだが自覚はあるのだろうか。まあコイツも機械となれば全力を尽くすだろうし、俺は死んでも死なない身体だし問題ないけど、まだ問題はいくつかある。
俺は久三男から御玲へと視線を移す。
「御玲、お前はワンパン食らえば即退場になる。ここで待機してろ」
問題の一つ、それは御玲を戦力として見るか否か、である。
御玲は久三男による介入で一命を取り留めたが、それでも一撃で戦闘不能に追い込まれた。つまり、事実上コイツは戦力外と言っても過言じゃないのだ。
今回は久三男が間に合ったから良かったものの、次も間に合う保証はない。俺と違って、肉体を砕かれたらコイツの人生は一瞬で終わってしまう。
御玲が弱いわけじゃないが、今回は単純に相手が強すぎる。非番ということで許してもらおう。
「いえ、私も行きます」
お前は死にかけたのを忘れたのか。そう言いたくなるほどに、御玲は一歩前に踏み出して槍を片手に俺の前に立ち塞がる。
「確かに真正面から立ち回っても、私では力になれないでしょう。正直死ぬ未来しか見えません。しかし私の氷属性系の技は、相手の敏捷性を落とす効果があります」
「ンなもんあの百足野郎でいくらでも代わりが効くぞ? アレは拘束も撹乱も囮役だってこなせる」
「どうでしょう。あの魔生物は確かに強力ですが、使役者の生命に危険が生じれば、あなたやレク・ホーランを容易に見捨てると思いますが」
金髪野郎が言っていた言葉を思い出す。百足野郎は飼い主であるポンチョ女こそが至上であり、それを守ることが最優先事項だと。他の奴らは余裕があれば守ったり手伝ったりしてくれると。
今回の敵はめちゃくちゃな強さだ。もしもポンチョ女の命に危機が迫り、戦いながら守りきれないと判断したら、俺や金髪野郎をほったらかして逃走する場合は確かにある。
そうなったらどうなるか。考えるまでもない。囮も撹乱手段も拘束手段もまともにない俺や金髪野郎では、なすすべなくまた鏖殺されるのが関の山だ。
もしかしたら金髪野郎が囮役を買って出ようとするかもしれないが、それで勝てるとは到底思えない。戦線は確実に崩壊だ。
「私は逃げません。たとえ、相手が自分を遥かに凌ぐ化け物だろうと」
凛とした青い瞳が一際強く輝いた。目を背けることを許さない眼力。一片の曇りのないその眼差しは、喉から飛び出しそうになった批判を飛び出す前にトドメを刺していく。
場合によっては身内のみを守って他を見捨てる強い味方と、力は心許ないが最後まで隣で戦ってくれる弱い味方。どちらがアテにできるか、なんて深く考える必要もない。
確かに彼我戦力は重要だが、結局強い奴を寄せ集めたところで、最後の最後で勝手に戦線離脱されたら戦力にならない。そんな奴は戦うだけの力がなく、逃げるしか能がない無能と同じなのだ。
だったら力は心許なくとも最後まで動いてくれる奴の方が信頼できる。力は力がある奴でカバーすればいいし、力が弱くとも一芸を活かして戦えるのなら、それを活かせるように立ち回ればいい。
相手はクソ強いとはいえ巨大というわけじゃない。氷属性系の技で足止めできれば、短時間だけでも拘束くらいはできるはず。こっちの手数も増やせるし、鈍化も案外捨てたものじゃないと思えてくる。
「……分かった。でも深追いはするなよ。度胸は買ってやるが、死ぬことは許さん。これは命令だ」
それはそれ、これはこれ。絶対に大事なことだけは釘としてコイツにぶっ刺しておくことを忘れない。
俺は人生を狂わされた諸悪の根源、実の親父だった流川佳霖に復讐を果たしたあの日から、手前の大事なものは何がなんでも守り切る。そのために生きると誓った。その信念を反故にすることは絶対できない。
たとえわがままだと言われようが、何を言われようがこれだけは譲れない。正直格上相手に戦うことを許しておきながら、死ぬなと命じるのはかなり理不尽だと俺でも思うが、どんな理由であれ仲間が一人でも失うなんざ、もう懲り懲りなんだ。
「命じられなくとも、死に急ぐ気はありません。私はあくまで、時間稼ぎに徹する所存です」
「相手は強い。お前を守ってやる余裕は、おそらくないぞ」
「そのときは私の判断で撤退します。お気になさらず」
分かっているなら良し。些か主人に対してクールすぎないかなと思わなくもないが、俺を想って深追いして死なれでもしたら、正気を保てる自信がない。
俺はいくら傷ついたって構わない。でも他の奴らには傷ついて欲しくないんだ。
「はは……戦士の癖して、何を甘いこと考えてんだろうな俺……」
「澄男さま?」
「んいや、なんでもない。弥平!」
「はっ。ここに」
色々と考えちまったが、御玲は戦力として数えることにした。次は弥平だ。
「まあ分かってると思うが、お前を頭数に入れることはできない。戦力どうこう以前に、お前は顔が割れてるからな」
「面目次第もございません……」
いや、いい。としょんぼりする弥平を宥める。というか罪悪感を苛まれる必要ないし、こればかりは仕方がないことだ。
弥平は密偵という役割上、俺よりも先に請負人になった人間だ。俺は北支部に就職したばかりの新人だが、対する弥平は既に本部昇進を果たしているエリートである。
俺より遥かに出世しているので、請負人としては弥平が俺に畏まるなんぞおかしな話なのだ。
「請負機関での立場上、私は任務請負官として動かなくてはなりません。レク・ホーランと鉢合わせとなれば、確実に事情説明を求められましょう……ゆえに、防衛戦の方をお任せください」
跪きながらも、深々と一礼する。
任務請負官ってのは、本部に昇進した請負人のことだ。支部止まりの請負人たちを指揮する権限を持ち、支部だと受けられない高難度の任務をこなす請負機関のエリート。
請負官は緊急時、請負人を指揮する立場になるから俺個人に張りついて行動することはできない。そんなことをすれば、請負機関本部の命令から背くことになってしまう。
なにより、そんな真似をしていたら金髪野郎にまた説明しなきゃならなくなる。面倒なのが目に見えていた。
「お前はお前の立場に忠実に動け。ただ、俺に有益そうな情報を掴めたりしたら、それを俺らに横流しとかできるか?」
暫し考え込む弥平だったが、彼に迷いはなかった。首を縦に振ってくれる。
これもまた無茶振りだ。いわば支部勤めの奴では知り得ない、本部の連中だけが共有する情報をお前の独断で俺たちに流せと言っているようなもの。バレれば弥平に責任追及の矢が飛んでしまう。
でも俺たちは流川家の者だ。任務請負機関がどうのこうの以前に、俺たちにも立場ってもんがある。
流川分家派当主の弥平は、流川本家派当主である俺の影。影が表に有益な情報を渡すのは当然のことで、それに文句を言われる筋合いはない。それで俺らが有利になるのなら、本部の連中には悪いが存分に利用させてもらおう。
「ただ口外はされませんよう、お願いします」
「だな。それだけは気をつけるぜ」
今思ったけど、俺がポカやらかしたらコイツに責任追及の矢が飛ぶんじゃなかろうか。マズイ。一気に責任重大になってしまった。
俺って嘘つくの下手くそだし、怪しまれたら終わりだ。ヘマやらかさないように気を張っておこう。
弥平の責任問題にならないように自分自身に釘を刺しながら、次はあくのだいまおうたちに目を向ける。
「お前たちは久三男のサポートと、澄連の指揮を頼みたい」
「おや。私に頼み事ですかね」
「えっ。まさか対価……?」
「ははは、冗談ですよ。元々そのつもりでしたからね」
作り物めいた満面の笑みを浮かべ、モノクルの位置を直す。
その胡散臭さと闇しか感じない雰囲気を相まって、あくのだいまおうの言うことは冗談に聞こえない。というかあくのだいまおうも冗談とか言うんだと改めて思ってしまったくらいだ。
「パァオング。我もあくのだいまおうに続こう。構わぬな?」
ああ、と了承の意を示す。
場合によっては虎の子として出張ってもらう可能性もあるが、正直それは最終手段だ。もう説明とかしたくないし、すればするほどボロが出る気がしてならない。
「よし、決まったな。んじゃ各人行動に移ろう。御玲、転移すんぞ」
転移の技能球を握り、御玲が肩に触れるのを待つ。各々散り散りに、リビングを去っていく。
俺は俺で、ここで決めたことを上手い具合に金髪野郎に報告しなきゃならない。御玲がやって欲しいけど、頼まれたの俺だし多分丸投げされるだろう。
説明下手くそだからホントはやりたくないんだけど、これが説明責任ってやつか……などと知ったような口を心の中で呟きながら、俺は呑気に仮眠を貪っているであろう、金髪野郎の間抜け面を思い浮かべた。
「おかえりなさいませ、澄男さま」
「おいコラ御玲、テメェもう着替え終えてんじゃねぇか、なんで転移してこなかったし」
リビングに帰ってくるや否や、白衣を着ると無駄に似合う久三男と、しれっとメイド服に着替え終えている御玲、苦笑いでまあまあ、と俺と御玲の間に割って入る弥平に、そして。
「おかえりなさい、澄男さん」
「パァオング。おかえりである」
弥平の背後から、怪しげな雰囲気を全身から醸し出し、汚れ一つない漆黒の執事服が無駄に馴染んでいるモノクル紳士あくのだいまおうと、金冠を被った象のぬいぐるみパオングまでも姿を表し、俺を出迎えてくれる。
示し合わせたようにリビングで待機していたってことは、コイツらは俺と金髪野郎の話を聞いていたってことだろう。
「つーわけで、状況は知っての通りだ。頑張れよ久三男」
「いや端的!! 端的すぎでしょ兄さん!!」
「ンなこと言われても、今のところお前の力が要になってんだから、仕方ないだろ」
「わかってるけどさー……第一、レク・ホーランたちとの連携はどうするの? 僕は彼らと連絡は取り合えないから兄さん任せになるんだけど?」
知らねぇよ、と言いたいところだがアイツが俺を行かせたということは、俺と久三男の間に決めたことに従うってことであり、要するに何が言いたいかというと面倒なことをそのまんま丸投げしたってことである。
まあ久三男と話せる奴は俺しかいないから丸投げするしかないんだろうけど、なんか癪なのは何故だろうか。まあいい、やれるだけのことをやるのみだ。
「ちなみに久三男、あの女アンドロイドにどれだけの干渉が可能だ? お前の力だけで無力化とかできないか?」
ズバリ、まずは久三男だけでなんとかできないかを考える。
他力本願じゃねぇか、とかそんなクレームは受け付けない。久三男一人でなんとかできるのならソイツは久三男に任せて、俺たちは北支部防衛戦に参加すればいいだけになるからだ。
カエルたちが心許ないわけじゃないが、俺たちが戻った方がより速く済むのは考えるまでもない話。あの女アンドロイドを相手するより楽な仕事になる。
「いや、無理だよ。仮にできたとして、戦略的敗北になるじゃん」
楽なんてするもんじゃないってか。そうだよね。知ってたよ。久三男の「何言ってんのコイツ馬鹿?」みたいな顔がすごい腹立つが、そこは兄。冷静にいこう。
「できるのはできるのか?」
「できなくはない。ただ時間がかかる。防壁が思ったより堅くて、中枢まで強制的に掌握しようと思うと多分今日一日じゃ終わらない」
「マジで? そんなかかんの?」
「さっき干渉したときに防壁を掻い潜ったけど、結構強力で思ったより時間がかかった。今の人類の文明レベルじゃ、表層に潜ることもできないだろうね」
「相変わらずそのできないことを平然とやってのけるお前のそういうところは実の兄ながら意味不明だが、要するに相手の電子戦対策は完璧だと?」
「完璧すぎるぐらいかな……というかあのアンドロイドって今の時代に作られたものじゃないと思うんだよね……僕的にあのアンドロイドは―――」
久三男がまた一人でにべらべらと疑問を話し始めたが、正直あのアンドロイドがいつ作られたかはどうでもいいし興味もないので無視だ。
問題は倒せるか倒せないか、それだけ。
「なら時間をかければ、お前なら制圧できるんだよな?」
久三男の語りを遮って疑問を投げつける。お得意の語りを遮られて若干不機嫌そうな顔をするが、いくら久三男とはいえそこまで空気が読めないわけじゃない。サクッと切り替えて俺の疑問に答えてくれる。
「中核は絶対堅いだろうし、やってみないとわかんないなそれは。でもハッキングをかけて邪魔することならできると思う。さっきできたし」
「んじゃやれ。中核掌握の方は最悪できなくてもいい。邪魔はしろ」
「いや待ってよ。やることに異論はないけど中核掌握は時間がかかるって言ったじゃん。その間、兄さんたちはどうするのさ?」
「戦うよ。要はテメェが女アンドロイドの脳味噌制圧するまで死力を尽くせって話だろ?」
「分かってるならいいや、前衛は任せたよ」
実の兄に死ぬ気で頑張れと言い放ったようなもんなんだが自覚はあるのだろうか。まあコイツも機械となれば全力を尽くすだろうし、俺は死んでも死なない身体だし問題ないけど、まだ問題はいくつかある。
俺は久三男から御玲へと視線を移す。
「御玲、お前はワンパン食らえば即退場になる。ここで待機してろ」
問題の一つ、それは御玲を戦力として見るか否か、である。
御玲は久三男による介入で一命を取り留めたが、それでも一撃で戦闘不能に追い込まれた。つまり、事実上コイツは戦力外と言っても過言じゃないのだ。
今回は久三男が間に合ったから良かったものの、次も間に合う保証はない。俺と違って、肉体を砕かれたらコイツの人生は一瞬で終わってしまう。
御玲が弱いわけじゃないが、今回は単純に相手が強すぎる。非番ということで許してもらおう。
「いえ、私も行きます」
お前は死にかけたのを忘れたのか。そう言いたくなるほどに、御玲は一歩前に踏み出して槍を片手に俺の前に立ち塞がる。
「確かに真正面から立ち回っても、私では力になれないでしょう。正直死ぬ未来しか見えません。しかし私の氷属性系の技は、相手の敏捷性を落とす効果があります」
「ンなもんあの百足野郎でいくらでも代わりが効くぞ? アレは拘束も撹乱も囮役だってこなせる」
「どうでしょう。あの魔生物は確かに強力ですが、使役者の生命に危険が生じれば、あなたやレク・ホーランを容易に見捨てると思いますが」
金髪野郎が言っていた言葉を思い出す。百足野郎は飼い主であるポンチョ女こそが至上であり、それを守ることが最優先事項だと。他の奴らは余裕があれば守ったり手伝ったりしてくれると。
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そうなったらどうなるか。考えるまでもない。囮も撹乱手段も拘束手段もまともにない俺や金髪野郎では、なすすべなくまた鏖殺されるのが関の山だ。
もしかしたら金髪野郎が囮役を買って出ようとするかもしれないが、それで勝てるとは到底思えない。戦線は確実に崩壊だ。
「私は逃げません。たとえ、相手が自分を遥かに凌ぐ化け物だろうと」
凛とした青い瞳が一際強く輝いた。目を背けることを許さない眼力。一片の曇りのないその眼差しは、喉から飛び出しそうになった批判を飛び出す前にトドメを刺していく。
場合によっては身内のみを守って他を見捨てる強い味方と、力は心許ないが最後まで隣で戦ってくれる弱い味方。どちらがアテにできるか、なんて深く考える必要もない。
確かに彼我戦力は重要だが、結局強い奴を寄せ集めたところで、最後の最後で勝手に戦線離脱されたら戦力にならない。そんな奴は戦うだけの力がなく、逃げるしか能がない無能と同じなのだ。
だったら力は心許なくとも最後まで動いてくれる奴の方が信頼できる。力は力がある奴でカバーすればいいし、力が弱くとも一芸を活かして戦えるのなら、それを活かせるように立ち回ればいい。
相手はクソ強いとはいえ巨大というわけじゃない。氷属性系の技で足止めできれば、短時間だけでも拘束くらいはできるはず。こっちの手数も増やせるし、鈍化も案外捨てたものじゃないと思えてくる。
「……分かった。でも深追いはするなよ。度胸は買ってやるが、死ぬことは許さん。これは命令だ」
それはそれ、これはこれ。絶対に大事なことだけは釘としてコイツにぶっ刺しておくことを忘れない。
俺は人生を狂わされた諸悪の根源、実の親父だった流川佳霖に復讐を果たしたあの日から、手前の大事なものは何がなんでも守り切る。そのために生きると誓った。その信念を反故にすることは絶対できない。
たとえわがままだと言われようが、何を言われようがこれだけは譲れない。正直格上相手に戦うことを許しておきながら、死ぬなと命じるのはかなり理不尽だと俺でも思うが、どんな理由であれ仲間が一人でも失うなんざ、もう懲り懲りなんだ。
「命じられなくとも、死に急ぐ気はありません。私はあくまで、時間稼ぎに徹する所存です」
「相手は強い。お前を守ってやる余裕は、おそらくないぞ」
「そのときは私の判断で撤退します。お気になさらず」
分かっているなら良し。些か主人に対してクールすぎないかなと思わなくもないが、俺を想って深追いして死なれでもしたら、正気を保てる自信がない。
俺はいくら傷ついたって構わない。でも他の奴らには傷ついて欲しくないんだ。
「はは……戦士の癖して、何を甘いこと考えてんだろうな俺……」
「澄男さま?」
「んいや、なんでもない。弥平!」
「はっ。ここに」
色々と考えちまったが、御玲は戦力として数えることにした。次は弥平だ。
「まあ分かってると思うが、お前を頭数に入れることはできない。戦力どうこう以前に、お前は顔が割れてるからな」
「面目次第もございません……」
いや、いい。としょんぼりする弥平を宥める。というか罪悪感を苛まれる必要ないし、こればかりは仕方がないことだ。
弥平は密偵という役割上、俺よりも先に請負人になった人間だ。俺は北支部に就職したばかりの新人だが、対する弥平は既に本部昇進を果たしているエリートである。
俺より遥かに出世しているので、請負人としては弥平が俺に畏まるなんぞおかしな話なのだ。
「請負機関での立場上、私は任務請負官として動かなくてはなりません。レク・ホーランと鉢合わせとなれば、確実に事情説明を求められましょう……ゆえに、防衛戦の方をお任せください」
跪きながらも、深々と一礼する。
任務請負官ってのは、本部に昇進した請負人のことだ。支部止まりの請負人たちを指揮する権限を持ち、支部だと受けられない高難度の任務をこなす請負機関のエリート。
請負官は緊急時、請負人を指揮する立場になるから俺個人に張りついて行動することはできない。そんなことをすれば、請負機関本部の命令から背くことになってしまう。
なにより、そんな真似をしていたら金髪野郎にまた説明しなきゃならなくなる。面倒なのが目に見えていた。
「お前はお前の立場に忠実に動け。ただ、俺に有益そうな情報を掴めたりしたら、それを俺らに横流しとかできるか?」
暫し考え込む弥平だったが、彼に迷いはなかった。首を縦に振ってくれる。
これもまた無茶振りだ。いわば支部勤めの奴では知り得ない、本部の連中だけが共有する情報をお前の独断で俺たちに流せと言っているようなもの。バレれば弥平に責任追及の矢が飛んでしまう。
でも俺たちは流川家の者だ。任務請負機関がどうのこうの以前に、俺たちにも立場ってもんがある。
流川分家派当主の弥平は、流川本家派当主である俺の影。影が表に有益な情報を渡すのは当然のことで、それに文句を言われる筋合いはない。それで俺らが有利になるのなら、本部の連中には悪いが存分に利用させてもらおう。
「ただ口外はされませんよう、お願いします」
「だな。それだけは気をつけるぜ」
今思ったけど、俺がポカやらかしたらコイツに責任追及の矢が飛ぶんじゃなかろうか。マズイ。一気に責任重大になってしまった。
俺って嘘つくの下手くそだし、怪しまれたら終わりだ。ヘマやらかさないように気を張っておこう。
弥平の責任問題にならないように自分自身に釘を刺しながら、次はあくのだいまおうたちに目を向ける。
「お前たちは久三男のサポートと、澄連の指揮を頼みたい」
「おや。私に頼み事ですかね」
「えっ。まさか対価……?」
「ははは、冗談ですよ。元々そのつもりでしたからね」
作り物めいた満面の笑みを浮かべ、モノクルの位置を直す。
その胡散臭さと闇しか感じない雰囲気を相まって、あくのだいまおうの言うことは冗談に聞こえない。というかあくのだいまおうも冗談とか言うんだと改めて思ってしまったくらいだ。
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ああ、と了承の意を示す。
場合によっては虎の子として出張ってもらう可能性もあるが、正直それは最終手段だ。もう説明とかしたくないし、すればするほどボロが出る気がしてならない。
「よし、決まったな。んじゃ各人行動に移ろう。御玲、転移すんぞ」
転移の技能球を握り、御玲が肩に触れるのを待つ。各々散り散りに、リビングを去っていく。
俺は俺で、ここで決めたことを上手い具合に金髪野郎に報告しなきゃならない。御玲がやって欲しいけど、頼まれたの俺だし多分丸投げされるだろう。
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そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
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レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)
荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」
俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」
ハーデス 「では……」
俺 「だが断る!」
ハーデス 「むっ、今何と?」
俺 「断ると言ったんだ」
ハーデス 「なぜだ?」
俺 「……俺のレベルだ」
ハーデス 「……は?」
俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」
ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」
俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」
ハーデス 「……正気……なのか?」
俺 「もちろん」
異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。
たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!
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