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抗争東支部編
プロローグ:戦乙女の集い
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その空間は紛れもない、何者の反論も許さない完全なる和室であった。
床は埃や綻び一つない全面畳敷き、所々丁寧に張られた障子から、竜やら虎やらが彫られた豪奢な襖まで、その部屋の持ち主の威勢を物語る。
部屋の最奥には神棚があり、どこからか水を供給しているのか、神棚に安置されているししおどしが、水を目一杯蓄えるたびに風流な音色を部屋中に奏でる。
万人が旅の疲れを癒すに是非もない立派な和室なのだが、此度は事情が違った。本来部屋を形作っているはずの雰囲気とは裏腹に、室内の雰囲気は緊迫感に縛られていたのだ。
畳敷きの大広間に集められた六人の少女。和風の大机の中心には茶菓子、そして六人各々に一人ずつ茶碗が置かれる。六人の少女の中で上座に座る女子は、茶碗に注がれた緑茶を口に含み、静かに机に置いた。
「今回、皆を呼び出したのは他でもない。最近、東支部周辺の中小暴閥及びギャングスターの活動が活発となっている件だ」
真剣な面差しながらも、机の中央にある茶菓子に手をかける。その女子は全身真っ白な道着に身を包み、目尻は高く吊り上がっている。側から見れば睨んでいるのではないかと誤解されそうなほどの眼力を感じさせる彼女は、視線をレモン色のショートヘアをした女子に向けた。
「報告するぜ! おそらくだが、軍事行動を起こそうとしてやがる。それも結構大規模な奴をな!」
レモン色のショートヘアを靡かせて、茶碗に注がれた緑茶を一気に煽る。ぷっはー、と酒でも飲んでいるのかと思わせるほどの豪快な飲みっぷりに、上座に座っている道着の女子以外はため息をつく。
「報告内容が曖昧だぞ。大規模と言ったが、具体的にどの程度の規模なのだ?」
道着を着こなす女子に次いで上座に座る黒髪の女性が、レモン色のショートヘアの女子をギロリと睨む。
腰まで届くほど黒髪を靡かせる女性は、ただでさえツリ目だ。そんな女子が人を睨めば、その形相たるや完全に怒りに身を焦がしているとしか思えない。
だがレモン色のショートヘアの女子は、頭に両手を回し、目を逸らしながら口笛を吹いて飄々と誤魔化した。
「いやー、してーのは山々だけどよー……いーのか? またゲロ吐かれちゃ困るぜ隊長」
「ばッ……馬鹿を言うな! 報告程度でゲ……嘔吐するわけが……!」
「つって前の報告会ンとき盛大にゲロってたじゃねーか、説得力皆無だっつーの」
キシシシシ、と小悪魔的に笑うレモン色のショートヘアの女子と茶菓子を片手にぐぬぬぬと顔を真っ赤にして睨む黒髪の女性。緊張した空気が一変、年頃の女子が集まる女子会へと変わるが、そこに「静粛に!」と大声で異議を唱え、場の空気を引き締め直した女性が一人いた。
「ウィッパー、姉さんの御前だ。揶揄うのは大概にしないか。そして隊長殿。一々ムキになるのは大人気ないというものだよ」
緋色の長髪と赤いコートが障子の隙間吹き抜ける風で靡き、緋色の瞳が二人を射抜く。
黒髪の女子の瞳とはまた違う、情熱と強気に満ちた眼力。二人はそれに気圧され、汗を一筋滴らせながらお互いを見やった。
「前回の報告会の反省を活かし、隊長殿が嘔吐してもいいよう、既にエチケット袋は予備を含め沢山用意しておいた。抜かりないよ」
緋色の瞳を持つ凛とした女性は得意気に大量のエチケット袋を机に出す。それを見て黒髪の女性は「くっ……屈辱的だ……このような仕打ち……」などと半べそをかいていたが、皆全員どこ吹く風だ。
「あー……じゃー具体的に言いますよ。いースか? 準備おっけースか?」
ウィッパーと呼ばれたレモン色のショートヘアの娘はもうめんどくさいなという感情を顔面に描きつつ、自分でまとめてきたであろう紙の資料を片手に立ち上がる。
「兵力はアタイが把握してる限り五万。中小暴閥の中でも上位に位置する凪上家に集結してるっぽい」
「ちなみに、敵の男女比は」
「ばッ、馬鹿者!! そんな情報、聞く必要は」
「九:一で男っすねー」
「うっ……おぇ!!」
「あー、隊長? 隊長リバース?」
「隊長殿、吐くならこの袋に!!」
畳敷きの大広間に、机の中央に置かれた茶菓子。各々に注がれた緑茶の入った茶碗が置かれた和風の広間に、女性が発してはならない嗚咽がけたたましく響き渡った。
どぼどぼとエチケット袋に形容しがたい液体が注がれる。和風の広間の雰囲気は、隊長と呼ばれた一人の女性によって一気に粉砕された。
「うむ。仲が良いことは良きことだ。本当に」
「げほ、けほ……大姉様、一人で勝手に和まないでください! ズルイです……」
隣に座っている隊長と呼ばれた黒髪の女性は、涙を浮かべながら恨めしそうに道着の少女を睨むが、上座に座る道着の少女が意に介する様子はない。能面のような笑顔で茶菓子をむしゃくしゃと頬張り、緑茶を啜るのみだ。
「あのー……報告の続き、いースか」
ウィッパーと呼ばれたレモン色のショートヘアの女子は、気怠そうに頭を掻いて、黄金色の瞳で全員を見つめた。それに伴い、上座で茶菓子を貪り食う女子以外のほとんどがウィッパーに向き直る。
「その五万の手勢が暴閥勢力。凪上家の者を含め、他の暴閥関係者も混在してる連合軍ってところっス」
「ふぅ……その言い方だと、暴閥勢力とは別の勢力もいるということだな?」
黒髪の女性はようやく吐き気から解放され、口元をティッシュで拭い、何事もなかったかのようにウィッパーに視線を向ける。
真剣な面差しで見つめるものの、さっきまでの散々たる情景のせいで色々台無しであることに変わりないのだが、その居た堪れない雰囲気をわざとらしい咳払いで振り払う。
「ギャングスターと思われる兵隊、アタイが現状把握している分だけッスが……後続としておよそ八千。まだ数は増え続けてるみてーでして、続々と上記勢力に合流してきてる感じッス」
「は、八千だと!? えらく多いな、どこのギャングだ?」
「……``堕阿愚砲王捨``と``疽雄醒瘻剥瘻``っす」
「「馬鹿な!?」」
黒髪の女性と緋色の髪の女性が机に手を突いて勢い良く立ち上がる。衝撃で、緑茶が入った茶碗が転がるが、二人とも驚きすぎているせいか、テーブルにこぼれた緑茶に気づかない。
「あ、ありえん。その二つのギャングスターは敵対関係にあったはず。合流などしようものなら、すぐ殺し合いを始めるはずだ」
「そこなんス。でもその様子はなし、お互い確かに険悪な空気で睨み合ってるんスが……凪上領周辺で大人しくしてまス」
「どういうことだ……? 凪上家は確かに中位暴閥の中でも三本指に入る家格の高い暴閥ではあるが……」
「八千ものギャングスターの兵隊を、それも堕阿愚砲王捨と疽雄醒瘻剥瘻の二柱を喧嘩させずに大人しくさせておくなんて……」
黒髪の女性も緋色の髪の女性も、お互い顎に手を当てて考えるが首を傾げるばかり。推理を進めようにも情報が足りず、思考が袋小路に差し掛かろうとしていた瞬間。
さっきまで聞き役に徹していた茶色い三つ編みの少女が手を挙げた。
障子の隙間から溢れる陽の光が、眼鏡の黒い縁に反射して彼女の瞳が露わになる。その自信なさげな弱気の視線は、自分が意見を言ってもいいものか、場の空気を最大限に読みながらの判断だったのだろうと悟らせる。
手を挙げてない方の手で地味な色をしたローブをシワができるほど強く握りしめ、身体を隠すように羽織り直した。
「多分、ですけど……暴閥勢力は、凪上……家だけじゃ、ないのでは……」
間違ってたらごめんなさい、と何度も頭を下げてくる。いやいや貴重な意見をありがとうと黒髪の女性が手で制すると、茶色の三つ編みを垂らす少女は、少し安心したかのように強張らせていた表情をほんの少し緩めた。
「言われてみれば、万単位の兵隊を凪上家だけで収拾できると思えんな」
「凪上家以外にも有力な暴閥が軍を指揮しているということか? もしくは後ろ盾にして圧力を……? なんのために?」
「すんません、そこまではまだ……」
「いや、いい。相手の兵力がわかっただけでも重畳と言えよう」
そこで茶室にいるほとんどが、最も上座に座っている道着の少女に注目する。
目線を向けていないのは、上座から一番遠い位置に座っている、今まで一言も話していない、仮面をつけた幼女のみ。ただ無心に、仮面の下から茶菓子を貪り食う。
「大姉様、如何なさいましょう。確実な裏を取る必要はあるにせよ、これは……」
「我ら東支部に対する軍事行動及び示威行為だと推定されます」
「最終判断を、大姉様」
黒髪の女性が先に頭を下げ、続いて緋色の髪の女性が頭を下げる。彼女たちにつられ、茶色の三つ編みを垂らす少女とレモン色のショートヘアの女子も、また同じく。
最初の号令のみでほとんど口を開かず茶菓子と緑茶を呑気に飲んでいた道着の少女は、緑茶を勢い良く飲み干して茶碗を静かに机へ置いた。だが、茶碗を置いた次の瞬間。道着の少女から暗黒のオーラが滲み出る。
部屋の壁が軋み、障子がけたたましく音を立て、机が震える。道着の少女を中心に、茶室の全てが支配されたのだ。彼女から放たれるそれは、まさに漆黒の覇気。
「答えは一つ。刃を向けてくるというのなら、我らも刃で応えるのみ。理不尽な暴力に屈さぬが、我ら``護海竜愛``のモットーなり」
道着の少女が立ち上がると同時、仮面の幼女以外の全員が勢い良く立ち上がる。その一切の無駄のない所作たるや、鍛え上げられた聖兵たちの如く、示し合わせたように一片のズレもない動きだ。
「ウィッパー」
「ウッス」
「引き続き、敵勢力の偵察を続投。新たな情報が入り次第、逐一報告を厳とせよ」
「ウッス、姐さん」
「わかっているとは思うが、深入りは厳禁だ。引き際は決して間違えてはならん。その事、よく心に刻んでおけ」
「分かってやス」
ウィッパーと呼ばれたレモン色のショートヘアの女子は、深々と一礼して茶室を後にする。必然か偶然か、彼女が茶室を出ていく瞬間、彼女の身体に黄色い稲妻が走ったような気がした。
「エルシア、フリージア」
「「ははッ」」
「ウィッパーの情報を精査し終え次第、必要戦力を集結させる。戦の準備をせよ」
「戦……ですか」
エルシアと呼ばれた黒髪の女性は深く顔を翳らせて俯いた。それにつられ、フリージアと呼ばれた緋色の髪の女性も、三つ編みを垂らす少女も、眉をひそめて俯く。
一気に茶室の空気がどんよりと重くなるが、道着の少女はエルシアと呼ばれた黒髪の女性の肩に優しく手を置いた。
「……お前の気持ちはよく分かる。だが``護海竜愛``の存在意義は何だ」
「…………東支部、ひいてはその周辺地域の平和を守る事であります」
「そうだ。それに、彼女たちを見ろ。隊長のお前が下を向けば、他の者も皆下を向く。それでいいのか?」
「……ダメであります」
「うむ。お前には、毎度のことながら辛いことだと思う。慣れろとは言わんが、東支部を支える戦士の一人であり、``護海竜愛``の隊長でもある自覚は忘れてはならんぞ」
「はい。少し、弱気になってしまいました」
「よーし!」
エルシアと呼ばれた黒髪の女性から、瞳の光が戻ったのを確認した道着の少女は彼女に発破をかけるように肩を強めに二回叩いた。
エルシアも吹っ切れたのか、若干表情が明るくなり、物腰が軽くなる。部屋の雰囲気も盛り返してきた。
「あ、あの……」
茶色の三つ編みを垂らす少女が、恐る恐る手を上げる。道着の少女は「どうした」と声をかけると、自分の人差し指同士をつんつんしながら、視線を泳がせつつ口を開いた。
「その、戦力は元より……その……数の差が……あると思うんです、けど……それは……?」
「確かに、そこも気がかりだな。現時点で敵総軍五万八千、現在進行形で増え続けていることを考えると、我々だけでは被害が抑えられない」
「他の支部に……応援、要請?」
「…………ウィッパーの情報次第だが、交戦となるのなら、やむおえまい」
「しかし大姉様、そうなると打診できる支部が……」
エルシアの言葉に、大姉様と呼ばれた道着の少女は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるが、すぐに顔を上げ、意を決したような、何かをかなぐり捨てて諦めたような顔でエルシアたちを見つめた。
「私と奴の因縁と、東支部周辺の平和など天秤にかけるまでもない。背に腹はかえられんよ」
エルシアたちは一斉にジト目で道着の少女を見つめる。「な、何だその目は!!」と不本意そうに抗議するが、彼女たちからの疑心に溢れた視線は絶えない。
「しかし、それでもなお数が足りません。他の支部からも応援を頼みますか」
フリージアと呼ばれた緋色の髪の女性は、不安気な表情で問いかける。その問いに、道着の少女は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「確かに、南支部から派遣されるとなれば、忌々しいが奴一人。相手の数が数だ。奴に見劣りせぬ援軍は欲しいところ……」
「しかし、そのような支部に当ては……」
「いや、ある。北支部の代表ならば、あるいは……」
「``閃光``と``百足使い``ですか。確かに彼らならば見劣りせぬ実力があるでしょうが……」
「大姉様……我々は北支部と友好関係にありません。南支部と異なり、直接援軍を打診することはできかねます……」
フリージアとエルシアが交互に喋り、断りを入れてきた。そうよな、と呟いて暫し思考に耽る道着の少女。その仕草を見て、三人もまたどうするべきかと頭を悩ませた。
他の支部と合同任務を行う際は、フェーズS以上の緊急任務発令時、もしくはお互いが緊急性を認識している場合、そして各支部の代表同士が友好的である場合の三つのケースを除き、本部に``合同任務申請``を行う必要がある。
友好関係にない中立的な支部に対して直接支援を要請するような行いは、その支部の事情を鑑みない無礼者と見做され、申請した支部の評価を大きく下げることになってしまう。
合同任務申請を行うには、合同任務を行うに値するだけの緊急性を証明する資料を事前に揃えて本部に提出し、本部に仲介してもらって正式な任務として発注してもらう必要があり、一朝一夕で事が進む話ではない。
任務請負機関に記されている機関則に``支部防衛の原則``がある。自分の支部にふりかかる災厄は、基本的に自力でなんとかしなければならないのだ。
今回掴んだ情報は、あくまで暴閥勢力とギャング勢力の連合が、一箇所に集まって軍事行動の準備をしているということのみ。明確な敵対行動を取っているわけではない以上、個人的に因縁のある南支部はともかく、中立関係にある北支部と合同任務を行うには、現時点だと証拠不十分として先方に却下される未来が濃厚であった。
「ウィッパーからの情報次第だな。新たな情報が集まり次第、再び茶会を開き精査。その上で北支部への合同任務申請を行うかを決定する」
はは、と三人とも深々と一礼し、一人ずつ退室していく。
残されたのは道着の少女と終始無言のまま、仮面の隙間から茶菓子を貪り食う幼女のみ。道着の少女は障子をめくり、窓に映り出される太陽を眺めた。
現在時刻朝の九時。日が天高く上がる正午には程遠いが、今日は雲ひとつない晴天。しかし窓に映る道着の少女の顔色は、まるで小雨がふるかどうかの曇天を眺めているかのような、遠い目をしていた。
「……戦い……か」
暗澹とした表情は窓を突き抜けて照らされる太陽光を浴びてなお、暗い。
彼女の心情など罷り知らぬ太陽は、尚も煌々と陽の光を彼女に浴びせるが、彼女はそれを拒むように勢い良く障子を閉めたのだった。
床は埃や綻び一つない全面畳敷き、所々丁寧に張られた障子から、竜やら虎やらが彫られた豪奢な襖まで、その部屋の持ち主の威勢を物語る。
部屋の最奥には神棚があり、どこからか水を供給しているのか、神棚に安置されているししおどしが、水を目一杯蓄えるたびに風流な音色を部屋中に奏でる。
万人が旅の疲れを癒すに是非もない立派な和室なのだが、此度は事情が違った。本来部屋を形作っているはずの雰囲気とは裏腹に、室内の雰囲気は緊迫感に縛られていたのだ。
畳敷きの大広間に集められた六人の少女。和風の大机の中心には茶菓子、そして六人各々に一人ずつ茶碗が置かれる。六人の少女の中で上座に座る女子は、茶碗に注がれた緑茶を口に含み、静かに机に置いた。
「今回、皆を呼び出したのは他でもない。最近、東支部周辺の中小暴閥及びギャングスターの活動が活発となっている件だ」
真剣な面差しながらも、机の中央にある茶菓子に手をかける。その女子は全身真っ白な道着に身を包み、目尻は高く吊り上がっている。側から見れば睨んでいるのではないかと誤解されそうなほどの眼力を感じさせる彼女は、視線をレモン色のショートヘアをした女子に向けた。
「報告するぜ! おそらくだが、軍事行動を起こそうとしてやがる。それも結構大規模な奴をな!」
レモン色のショートヘアを靡かせて、茶碗に注がれた緑茶を一気に煽る。ぷっはー、と酒でも飲んでいるのかと思わせるほどの豪快な飲みっぷりに、上座に座っている道着の女子以外はため息をつく。
「報告内容が曖昧だぞ。大規模と言ったが、具体的にどの程度の規模なのだ?」
道着を着こなす女子に次いで上座に座る黒髪の女性が、レモン色のショートヘアの女子をギロリと睨む。
腰まで届くほど黒髪を靡かせる女性は、ただでさえツリ目だ。そんな女子が人を睨めば、その形相たるや完全に怒りに身を焦がしているとしか思えない。
だがレモン色のショートヘアの女子は、頭に両手を回し、目を逸らしながら口笛を吹いて飄々と誤魔化した。
「いやー、してーのは山々だけどよー……いーのか? またゲロ吐かれちゃ困るぜ隊長」
「ばッ……馬鹿を言うな! 報告程度でゲ……嘔吐するわけが……!」
「つって前の報告会ンとき盛大にゲロってたじゃねーか、説得力皆無だっつーの」
キシシシシ、と小悪魔的に笑うレモン色のショートヘアの女子と茶菓子を片手にぐぬぬぬと顔を真っ赤にして睨む黒髪の女性。緊張した空気が一変、年頃の女子が集まる女子会へと変わるが、そこに「静粛に!」と大声で異議を唱え、場の空気を引き締め直した女性が一人いた。
「ウィッパー、姉さんの御前だ。揶揄うのは大概にしないか。そして隊長殿。一々ムキになるのは大人気ないというものだよ」
緋色の長髪と赤いコートが障子の隙間吹き抜ける風で靡き、緋色の瞳が二人を射抜く。
黒髪の女子の瞳とはまた違う、情熱と強気に満ちた眼力。二人はそれに気圧され、汗を一筋滴らせながらお互いを見やった。
「前回の報告会の反省を活かし、隊長殿が嘔吐してもいいよう、既にエチケット袋は予備を含め沢山用意しておいた。抜かりないよ」
緋色の瞳を持つ凛とした女性は得意気に大量のエチケット袋を机に出す。それを見て黒髪の女性は「くっ……屈辱的だ……このような仕打ち……」などと半べそをかいていたが、皆全員どこ吹く風だ。
「あー……じゃー具体的に言いますよ。いースか? 準備おっけースか?」
ウィッパーと呼ばれたレモン色のショートヘアの娘はもうめんどくさいなという感情を顔面に描きつつ、自分でまとめてきたであろう紙の資料を片手に立ち上がる。
「兵力はアタイが把握してる限り五万。中小暴閥の中でも上位に位置する凪上家に集結してるっぽい」
「ちなみに、敵の男女比は」
「ばッ、馬鹿者!! そんな情報、聞く必要は」
「九:一で男っすねー」
「うっ……おぇ!!」
「あー、隊長? 隊長リバース?」
「隊長殿、吐くならこの袋に!!」
畳敷きの大広間に、机の中央に置かれた茶菓子。各々に注がれた緑茶の入った茶碗が置かれた和風の広間に、女性が発してはならない嗚咽がけたたましく響き渡った。
どぼどぼとエチケット袋に形容しがたい液体が注がれる。和風の広間の雰囲気は、隊長と呼ばれた一人の女性によって一気に粉砕された。
「うむ。仲が良いことは良きことだ。本当に」
「げほ、けほ……大姉様、一人で勝手に和まないでください! ズルイです……」
隣に座っている隊長と呼ばれた黒髪の女性は、涙を浮かべながら恨めしそうに道着の少女を睨むが、上座に座る道着の少女が意に介する様子はない。能面のような笑顔で茶菓子をむしゃくしゃと頬張り、緑茶を啜るのみだ。
「あのー……報告の続き、いースか」
ウィッパーと呼ばれたレモン色のショートヘアの女子は、気怠そうに頭を掻いて、黄金色の瞳で全員を見つめた。それに伴い、上座で茶菓子を貪り食う女子以外のほとんどがウィッパーに向き直る。
「その五万の手勢が暴閥勢力。凪上家の者を含め、他の暴閥関係者も混在してる連合軍ってところっス」
「ふぅ……その言い方だと、暴閥勢力とは別の勢力もいるということだな?」
黒髪の女性はようやく吐き気から解放され、口元をティッシュで拭い、何事もなかったかのようにウィッパーに視線を向ける。
真剣な面差しで見つめるものの、さっきまでの散々たる情景のせいで色々台無しであることに変わりないのだが、その居た堪れない雰囲気をわざとらしい咳払いで振り払う。
「ギャングスターと思われる兵隊、アタイが現状把握している分だけッスが……後続としておよそ八千。まだ数は増え続けてるみてーでして、続々と上記勢力に合流してきてる感じッス」
「は、八千だと!? えらく多いな、どこのギャングだ?」
「……``堕阿愚砲王捨``と``疽雄醒瘻剥瘻``っす」
「「馬鹿な!?」」
黒髪の女性と緋色の髪の女性が机に手を突いて勢い良く立ち上がる。衝撃で、緑茶が入った茶碗が転がるが、二人とも驚きすぎているせいか、テーブルにこぼれた緑茶に気づかない。
「あ、ありえん。その二つのギャングスターは敵対関係にあったはず。合流などしようものなら、すぐ殺し合いを始めるはずだ」
「そこなんス。でもその様子はなし、お互い確かに険悪な空気で睨み合ってるんスが……凪上領周辺で大人しくしてまス」
「どういうことだ……? 凪上家は確かに中位暴閥の中でも三本指に入る家格の高い暴閥ではあるが……」
「八千ものギャングスターの兵隊を、それも堕阿愚砲王捨と疽雄醒瘻剥瘻の二柱を喧嘩させずに大人しくさせておくなんて……」
黒髪の女性も緋色の髪の女性も、お互い顎に手を当てて考えるが首を傾げるばかり。推理を進めようにも情報が足りず、思考が袋小路に差し掛かろうとしていた瞬間。
さっきまで聞き役に徹していた茶色い三つ編みの少女が手を挙げた。
障子の隙間から溢れる陽の光が、眼鏡の黒い縁に反射して彼女の瞳が露わになる。その自信なさげな弱気の視線は、自分が意見を言ってもいいものか、場の空気を最大限に読みながらの判断だったのだろうと悟らせる。
手を挙げてない方の手で地味な色をしたローブをシワができるほど強く握りしめ、身体を隠すように羽織り直した。
「多分、ですけど……暴閥勢力は、凪上……家だけじゃ、ないのでは……」
間違ってたらごめんなさい、と何度も頭を下げてくる。いやいや貴重な意見をありがとうと黒髪の女性が手で制すると、茶色の三つ編みを垂らす少女は、少し安心したかのように強張らせていた表情をほんの少し緩めた。
「言われてみれば、万単位の兵隊を凪上家だけで収拾できると思えんな」
「凪上家以外にも有力な暴閥が軍を指揮しているということか? もしくは後ろ盾にして圧力を……? なんのために?」
「すんません、そこまではまだ……」
「いや、いい。相手の兵力がわかっただけでも重畳と言えよう」
そこで茶室にいるほとんどが、最も上座に座っている道着の少女に注目する。
目線を向けていないのは、上座から一番遠い位置に座っている、今まで一言も話していない、仮面をつけた幼女のみ。ただ無心に、仮面の下から茶菓子を貪り食う。
「大姉様、如何なさいましょう。確実な裏を取る必要はあるにせよ、これは……」
「我ら東支部に対する軍事行動及び示威行為だと推定されます」
「最終判断を、大姉様」
黒髪の女性が先に頭を下げ、続いて緋色の髪の女性が頭を下げる。彼女たちにつられ、茶色の三つ編みを垂らす少女とレモン色のショートヘアの女子も、また同じく。
最初の号令のみでほとんど口を開かず茶菓子と緑茶を呑気に飲んでいた道着の少女は、緑茶を勢い良く飲み干して茶碗を静かに机へ置いた。だが、茶碗を置いた次の瞬間。道着の少女から暗黒のオーラが滲み出る。
部屋の壁が軋み、障子がけたたましく音を立て、机が震える。道着の少女を中心に、茶室の全てが支配されたのだ。彼女から放たれるそれは、まさに漆黒の覇気。
「答えは一つ。刃を向けてくるというのなら、我らも刃で応えるのみ。理不尽な暴力に屈さぬが、我ら``護海竜愛``のモットーなり」
道着の少女が立ち上がると同時、仮面の幼女以外の全員が勢い良く立ち上がる。その一切の無駄のない所作たるや、鍛え上げられた聖兵たちの如く、示し合わせたように一片のズレもない動きだ。
「ウィッパー」
「ウッス」
「引き続き、敵勢力の偵察を続投。新たな情報が入り次第、逐一報告を厳とせよ」
「ウッス、姐さん」
「わかっているとは思うが、深入りは厳禁だ。引き際は決して間違えてはならん。その事、よく心に刻んでおけ」
「分かってやス」
ウィッパーと呼ばれたレモン色のショートヘアの女子は、深々と一礼して茶室を後にする。必然か偶然か、彼女が茶室を出ていく瞬間、彼女の身体に黄色い稲妻が走ったような気がした。
「エルシア、フリージア」
「「ははッ」」
「ウィッパーの情報を精査し終え次第、必要戦力を集結させる。戦の準備をせよ」
「戦……ですか」
エルシアと呼ばれた黒髪の女性は深く顔を翳らせて俯いた。それにつられ、フリージアと呼ばれた緋色の髪の女性も、三つ編みを垂らす少女も、眉をひそめて俯く。
一気に茶室の空気がどんよりと重くなるが、道着の少女はエルシアと呼ばれた黒髪の女性の肩に優しく手を置いた。
「……お前の気持ちはよく分かる。だが``護海竜愛``の存在意義は何だ」
「…………東支部、ひいてはその周辺地域の平和を守る事であります」
「そうだ。それに、彼女たちを見ろ。隊長のお前が下を向けば、他の者も皆下を向く。それでいいのか?」
「……ダメであります」
「うむ。お前には、毎度のことながら辛いことだと思う。慣れろとは言わんが、東支部を支える戦士の一人であり、``護海竜愛``の隊長でもある自覚は忘れてはならんぞ」
「はい。少し、弱気になってしまいました」
「よーし!」
エルシアと呼ばれた黒髪の女性から、瞳の光が戻ったのを確認した道着の少女は彼女に発破をかけるように肩を強めに二回叩いた。
エルシアも吹っ切れたのか、若干表情が明るくなり、物腰が軽くなる。部屋の雰囲気も盛り返してきた。
「あ、あの……」
茶色の三つ編みを垂らす少女が、恐る恐る手を上げる。道着の少女は「どうした」と声をかけると、自分の人差し指同士をつんつんしながら、視線を泳がせつつ口を開いた。
「その、戦力は元より……その……数の差が……あると思うんです、けど……それは……?」
「確かに、そこも気がかりだな。現時点で敵総軍五万八千、現在進行形で増え続けていることを考えると、我々だけでは被害が抑えられない」
「他の支部に……応援、要請?」
「…………ウィッパーの情報次第だが、交戦となるのなら、やむおえまい」
「しかし大姉様、そうなると打診できる支部が……」
エルシアの言葉に、大姉様と呼ばれた道着の少女は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるが、すぐに顔を上げ、意を決したような、何かをかなぐり捨てて諦めたような顔でエルシアたちを見つめた。
「私と奴の因縁と、東支部周辺の平和など天秤にかけるまでもない。背に腹はかえられんよ」
エルシアたちは一斉にジト目で道着の少女を見つめる。「な、何だその目は!!」と不本意そうに抗議するが、彼女たちからの疑心に溢れた視線は絶えない。
「しかし、それでもなお数が足りません。他の支部からも応援を頼みますか」
フリージアと呼ばれた緋色の髪の女性は、不安気な表情で問いかける。その問いに、道着の少女は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「確かに、南支部から派遣されるとなれば、忌々しいが奴一人。相手の数が数だ。奴に見劣りせぬ援軍は欲しいところ……」
「しかし、そのような支部に当ては……」
「いや、ある。北支部の代表ならば、あるいは……」
「``閃光``と``百足使い``ですか。確かに彼らならば見劣りせぬ実力があるでしょうが……」
「大姉様……我々は北支部と友好関係にありません。南支部と異なり、直接援軍を打診することはできかねます……」
フリージアとエルシアが交互に喋り、断りを入れてきた。そうよな、と呟いて暫し思考に耽る道着の少女。その仕草を見て、三人もまたどうするべきかと頭を悩ませた。
他の支部と合同任務を行う際は、フェーズS以上の緊急任務発令時、もしくはお互いが緊急性を認識している場合、そして各支部の代表同士が友好的である場合の三つのケースを除き、本部に``合同任務申請``を行う必要がある。
友好関係にない中立的な支部に対して直接支援を要請するような行いは、その支部の事情を鑑みない無礼者と見做され、申請した支部の評価を大きく下げることになってしまう。
合同任務申請を行うには、合同任務を行うに値するだけの緊急性を証明する資料を事前に揃えて本部に提出し、本部に仲介してもらって正式な任務として発注してもらう必要があり、一朝一夕で事が進む話ではない。
任務請負機関に記されている機関則に``支部防衛の原則``がある。自分の支部にふりかかる災厄は、基本的に自力でなんとかしなければならないのだ。
今回掴んだ情報は、あくまで暴閥勢力とギャング勢力の連合が、一箇所に集まって軍事行動の準備をしているということのみ。明確な敵対行動を取っているわけではない以上、個人的に因縁のある南支部はともかく、中立関係にある北支部と合同任務を行うには、現時点だと証拠不十分として先方に却下される未来が濃厚であった。
「ウィッパーからの情報次第だな。新たな情報が集まり次第、再び茶会を開き精査。その上で北支部への合同任務申請を行うかを決定する」
はは、と三人とも深々と一礼し、一人ずつ退室していく。
残されたのは道着の少女と終始無言のまま、仮面の隙間から茶菓子を貪り食う幼女のみ。道着の少女は障子をめくり、窓に映り出される太陽を眺めた。
現在時刻朝の九時。日が天高く上がる正午には程遠いが、今日は雲ひとつない晴天。しかし窓に映る道着の少女の顔色は、まるで小雨がふるかどうかの曇天を眺めているかのような、遠い目をしていた。
「……戦い……か」
暗澹とした表情は窓を突き抜けて照らされる太陽光を浴びてなお、暗い。
彼女の心情など罷り知らぬ太陽は、尚も煌々と陽の光を彼女に浴びせるが、彼女はそれを拒むように勢い良く障子を閉めたのだった。
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