無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、父親に植えつけられた神話のドラゴンをなんとかしたいので、冒険者ギルドに就職する~

ANGELUS

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防衛西支部編

巫女ノ演武

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 時は数刻前に遡る。レク、御玲みれい、ハイゼンベルクの三人が疑似精神世界へ意識を飛ばしたのと同時、彼らを助けにやってきた百代ももよは、灰色のフードを深く被り、正体を未だ明かそうとしない双剣使いと相対していた。

「そなたと一戦交える前に……と!」

 一瞬、空間が揺れるような波が走る。流石に何事かと思ったのか、機敏に気配を察知しようと警戒度を上げるが、その波の正体が花筏はないかだ家一子相伝の魔法―――``空結界``であることなど理解できるはずもない。

「そなたを逃すわけにはいかぬゆえ、閉ざさせてもらった。許せ」

 双剣使いは身構える。物理的な逃げ道が閉ざされて尚、戦意が失せた様子はなく、淡々と百代ももよの隙を窺うのみ。

「……ふむ。そなた、中々の数の死線を超えてきたと見える。武市もののふしに来てからというもの、武を熟す者と相見えるのは初めてでな。胸の躍動が止まらぬぞ」

 百代ももよはいつになくはつらつであった。いつも通りと言えばいつも通りであり、ほんのわずかな隙をみせれば食い破られる空気においてさえ、彼女の本流を乱すには足りない。

 双剣使いは僅かに身を震わせた。その震えは常人では分からないほど微細な所作であったが、百代ももよの視線から甘味が消え失せる。

「花筏家が三十三女、花筏百代はないかだももよ。推して参る!」

 刹那、彼女の姿は消えた。

 結界内に一抹の静寂が流れるが、双剣使いに油断はない。静寂だからこそより緊張しているとも捉えられる状況で、双剣使いは動いた。

 しかし相手が悪すぎたのだ。

 どこからともなく咄嗟に大盾を装備し守りを固めた双剣使いだったが、突如目前に現れた百代ももよの正拳突きによって殴り飛ばされてしまったのである。

 結界に背中を強打し、乾いた呻き声を漏らす。大盾は粉砕され、もはや見る影もない。

「ふむ。根性はあるようじゃの」

 大盾は見るも無惨に砕かれたが、双剣使いの心は砕かれていない。身体を小動物のように震わせながらも、ゆっくりと立ち上がる。

 フードのせいで表情を確認することはできないが、百代ももよはきちんと察知していた。双剣使いから、未だ戦意が失われていないことに。

「それでこそ死合う甲斐があるというもの。さあ、次じゃ! そなたの武をわっちに見せてみよ!」

 百代ももよはいつなん時も純粋だ。敵だとか味方だとか、そのような区分は彼女に存在しない。自分と同じく武道を歩む者と戦えることに、純然たる喜びを感じているだけなのだ。

 彼女に一切の悪意はない。しかしながら、その悪意のなさが相手に伝わるかは別問題である。

 双剣使いの切り替えは早かった。先程の一撃で、近接による戦いは不利だと悟ったのだろう。どこからともなく取り出したのは再び魔導銃マジアガンだった。当然射出される弾丸はただの弾丸ではない。魔法もしくは魔術が込められた魔導弾である。人間程度ならたった一発あれば使い方次第で動きを封じることができる優れもの。

 百代ももよに使うということは、それだけ追い詰められたということでもあるが、銃器を見て尚、百代ももよは狼狽する様子はない。興味深げに武器を眺めるのみだ。

「器用だのう。わっちは薙刀と弓しか操れぬゆえ、中々興味深い戦い方じゃ」

 武器の名前も分からぬ、と朗らかな顔で暢気なことを言う始末。

 そんな彼女だが、今は弓も薙刀も持っていなかったりする。複数の武器を目まぐるしく切り替える双剣使いに対し、いまだ無手。まるで武器などなくとも勝算がある。そう言っているかのように、武器を持とうという意志は全く感じられない。

 双剣使いは躊躇いなく銃撃した。シェルター内を反響する二度の射撃音。シェルターの壁は分厚いためか、その音は鋭い。銃口から放たれた二発の弾丸は、人間の動体視力ではとても追えない速さで百代ももよへと迫る。

「そ、そんな……!?」

 双剣使いは思わず声を張り上げた。ここにきて初めての発声だったが、今目の前で起こった状況を目の当たりにして無言を貫くのは難しいだろう。

「なんぞこれは。豆……ではなさそうじゃの」

 彼女の左手にはさきほど双剣使いの持っていた魔導銃マジアガンから放たれた魔導弾が、人差し指、中指、薬指の各々の間で器用に受け止められたのだ。

 拳銃から発射された弾丸の砲口初速は毎秒およそ三百四十メトとされている。

 空気中における音速に匹敵する速度で発射される物体を片手で、それも指と指の力だけで受け止めたのだ。取り乱すのも無理もないことだが、それ以上に双剣使いが扱っている武器は魔導銃マジアガン百代ももよが摘んだ弾丸は相手に魔法毒を仕込む``魔毒弾``であり、本来であれば素手で触れられる代物ではない。

 術者以外の全てを蝕む弾丸で、体内に入らずとも触れるだけで様々な魔法毒の効果を発揮する。レク・ホーランに撃たれた``不活弾``より数段強力な弾丸だ。それをがっつりと触れておきながら何の変化もなし。戦慄するのも当然と言えた。

「ふむ……近接では勝てぬと踏んでの一矢か。見る限り複数種の弱体化効果を意味する魔法陣がいくつか記述されておったようじゃし、わっちでなければ勝敗が決していただろうのう」

 興味をなくしたのか、摘んでいた弾丸を背後に投げ捨て、双剣使いへと向き直る。その眼差しは鬼をも射殺してしまうのではないかと思うほど強く、再び身を震わせる。

「して如何とする? その武具では、わっちは倒せぬぞ?」

 警戒したまま動かなくなってしまった双剣使いに対し、百代ももよは依然として余裕綽々だ。警戒するどころか、挑発している始末である。

「やはり乗らぬか。ならば」

 百代ももよはそう言うと突然、双剣使いを指差した。人差し指を目一杯伸ばした先に、双剣使いがいる。それはさながら、銃の照準を敵に合わせたかのような―――。

「一式 射」

 空間内に一瞬で霧散してしまいそうな声音が、細かに放たれたと同時。双剣使いの右肩とフードが裂けた。その勢いで、フードが後ろへとはだける。

 双剣使いは動かなかった。いや動けなかった、が正しい。

 フードと右肩が、カッターのようなもので切り裂かれたのだ。それも双剣使いほどの実力者をもってして、見切れないほどの速さで。それは百代ももよに殺意があったなら、双剣使いに既に息絶えていたことを意味していた。

「むむ。そなた女子おなごであったのか。その若さで数多の武具を使いこなすとは筋が良い」

 朗らかな笑みで褒め称えるが、顔をあらわにした双剣使いの少女は、顔全体から滝のように大量の脂汗を流している。

 フードが取り払われたことで、フードの中にしまい込んでいたであろう黒い髪が背中に雪崩落ちる。年頃の女の子らしく日々の手入れを怠らないのか、頭から腰に流れる黒髪は一本一本に乱れがなく霊灯の光を反射し、油断すると白髪に見えてしまうほどに透き通っている。

 髪に反し、眼は全ての光を吸収している。ハイライトがなく、その視線は百代ももよを射殺すように睥睨していた。

「あまりこの魔法は使わんのだがのう、そなたを見ていると久しく使いたくなってしもうたわ。よし、わっちは今からこれだけを使うとするかの!」

 彼女の仕草は草原や森の中で暮らす兎のように跳ね回る無邪気な子供のそれだが、彼女に狙い撃ちされることが確定した少女は、ほんのわずかだが表情を歪ませる。そして懐に手を突っ込むと、彼女の身体が白くほんのりと光り輝く。

「なるほど。じゃが」

 身体が光ったのは、僅か二秒ほど。何をしたのか、それを悟る暇すらない短い時間の中で、百代ももよは白い歯を剥き出して余裕の笑みを浮かべた。

「一式 射」

 再び同じ文言を言い放つと、再び白い光の筋が眩く走ったと思いきや、彼女を包み込んでいた淡白な光の膜が、一瞬にして吹き飛ばされた。

「なに!?」

 無言を貫いていた双剣使いの少女も流石に困惑を隠せず、顔を強く歪める。

「馬鹿な、一体何を……?」

「む? そなたの魔法を破壊しただけじゃぞ?」

「……ありえない。``反射イアンメディタティオ``は全ての魔法を跳ね返す。霊力光線で破壊するなどできないはずだ」

「そう言われてものう……確かに完成された魔法じゃったが、それだけじゃろ。相手に対応した戦術的対策が何も施されておらぬ以上、脆弱以外の何物でもない」

 少女は信じられない、という表情で百代ももよを睨んだ。百代ももよはというと、困った顔で首を傾げるだけだ。

「そなた、魔法の扱い方が下手じゃの。筋は大変良いというに勿体ない。わっちが指南してやるから、攻撃してくるがよい」

 両手を広げ、彼女の攻撃を受け止める態勢を整える。

 もはや戦いではなく実技の講義のような空気になりつつある結界内で、双剣使いの少女はまた懐から技能球スキルボールを取り出した。

 一際白く輝く技能球スキルボール。それを見た瞬間、指南する先生のような表情を一変させ、鬼気迫る顔色に豹変させる。

 もはや、速いなんてものではない。ロケットと並んで走れるのではないかと思ってしまうほどの速度で、双剣使いの少女との間の距離を一気に詰める。

 目と鼻の先、腕を目一杯伸ばし、もうあと一センチあれば届くくらいの距離にまで近づいたとき。

「くっ!」

 思いも虚しく、少女の姿は虚空へと消え去った。諦めきれないのか、呼吸を落ち着かせ目を閉じる。数秒の後、大きなため息とともに座り込み、結界を解除した。

「……逃げられちまったか」

 何か悪いことをして親に叱られるのを恐れる子供のように、口を尖らせ俯く。レクは頭を掻きながら大きく息を吐いたのだった。
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