無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、父親に植えつけられた神話のドラゴンをなんとかしたいので、冒険者ギルドに就職する~

ANGELUS

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乱世下威区編 上

生きる意味、助ける価値

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 何故私は戦っているのか。いつも、下らない問いに思索を費やすことがある。

 答えは分かり切っている。私が死ねば、私が逃げれば、また違う誰かが虐げられる。擬巖ぎがん家当主という絶対強者の前に、ねじ伏せられる。

 別に自分と縁も所縁もない人間がどうなろうと知ったことじゃない。そう割り切れれば、どれだけ楽だったろう。でも自身の主、擬巖ぎがん正宗という人物を知ったとき、心の底から割り切ることができるようになったなら、自分の中の何かが失われると、本能が恐怖したのだ。

「……こんなことなら、下威区しものいくで過ごしてたら良かったな……」

 水守すもり家の当主と戦いながらも、自分の半生を記憶の回廊から呼び覚ます。

 私は``人類退廃地帯``と呼ばれた武市もののふしの最下層、下威区しものいくで生まれた。

 親は知らない。物心ついた頃には、父も母もいなかった。気がつけば路地裏でゴミを漁り、生ごみと泥と蛆を食う毎日。それが当たり前で、特筆することも何もない、ただの日常だった。

 私は下威区しものいく以外の世界を知らなかった。いや、知る気もなかったというのが正しい。知ったところでもののふノ壁が立ちはだかっている。力がなければ、あの壁は超えられない。

 当時の私には力がなかった。だから下威区しものいくの外には興味なかったのだ。

 だが、日和見で生きていけるほど下威区しものいくも甘くない。油断すれば性欲に飢えた人型の獣に取り囲まれ、食われる。

 別段食われても失うものとすれば自分の命ぐらいなものだったが、何故だろう。私は足掻いた。

 守るものも何もない。生きる気力も目的も、何もないはずだ。だが己の命、何人たりとも渡さないと他に示さんとばかりに、私は足掻いた。

 何故足掻いたのか。それは今の私にも分からない。足掻いて足掻いたその先に、何かを見出そうとでもしたのだろうか。前も後ろも、血に濡れたむくろばかりだったというのに。

「ぐは、げはぁ!!」

 水守すもり家当主は体内霊力を際限なく使い、身体強化、氷属性霊力の符呪エンチャント、そして持ち前の槍術と、自分が持ちうる強みを最大限に活かし、果敢に攻めてくる。

 戦い方を見る限り、剛の剣術。防御を捨て去り、攻撃に全ての力を込めることで防御を兼ねる捨て身の戦術。体内霊力を使い切るまでなら限界以上の力で戦えるが、要は体内霊力が切れたとき、水守すもり家当主の敗北が決定する。

 対して私は双剣のみ。他に何も使用していない。技能球をいくつか所持しているが、正直使うまでもなかった。いくら攻撃が激しく、一撃が重かろうと、当たらなければ意味がないのである。

 そして空ぶった攻撃には必ず後隙が生まれる。攻撃に全振りしている以上、彼女は私に攻撃を当てない限り、この後隙を埋めることはできない。私は鍛え上げた双剣術と持ち前の敏捷能力、そして瞬発的な身体強化を用い、的確に後隙を突いては体力を削り、素早く槍の射程範囲から離れるヒットアンドアウェイを繰り返し、彼女の体内霊力と体力が尽きるのを待っていた。

「く……ぅ……!」

 攻撃の手が緩む。

 後隙を狙われ続け、メイド服は既に血まみれ。流した血の量が削られた体力を物語っている。彼女の真下にできた血だまりが徐々にその大きさを増していた。

「……もう終わりか?」

 私は淡々と、低い声音で重たく告げる。

 実力差は明白だ。肉体能力をいくら底上げしようと、氷属性霊力を駆使しようと、槍の射程範囲を有効活用しようと、私の敏捷を捉えるだけの動体視力と、対応できるだけの槍捌きができない以上、水守すもり家当主に勝ち目はない。

 低い声音で淡白に告げたのも、わざとだ。相手の士気を削ぐことで、剣戟を鈍らせる。戦意喪失してくれれば儲けものであるが、彼女の眼からは戦意どころか士気すら下がる様子がない。

 西支部で戦ったときから、実力差は理解しているはずだ。なのに、何故。

「まだよ……!」

 血を垂れ流しながらも、彼女はゆったりと立ち上がった。

 血を流しすぎている。重心がズレていることから、意識を保つのがやっとの状態なのが手に取るように分かる。

 それでもなお、戦うというのか。

 純白色の槍が迫る。体力を削られ続け、満身創痍の身体でなお放たれる一撃は、今だ重い。当たれば私とてただでは済まないだろう。

 だが虚しきかな、方向が先読みできる攻撃には、残念ながら当たってやれない。

「ごがっ……」

 後隙に一撃。槍のカウンターが迫るが、来る方向が予測できてしまうがゆえに、やはり当たれない。即座に回避し、槍が届かない位置まで距離を取る。

 水守すもり家当主は既に肩で息をしていた。氷属性霊力の符呪エンチャントが止む。体内霊力の余力も尽きてきたか。

「まだ続けるか」

 体内霊力が尽きかかっている状況でもなお、彼女の士気に際限はない。むしろ窮地に追い込まれる度、瞳の輝きが増してきているように思える。

 絶望し蹲るどころか、絶望を搔き分けて活路を見出そうとしているように。

「……何故だ」

 分からない。彼女の考えていることが。彼女の意志が。この苛立ちは、何だ。

「……何故だ。何故矛を収めない!」

 突き放しきれず、声量が高まる。苛立ちは、明確な怒りへ姿を変えた。

「もう勝負はついている! お前は負けて、私が勝つ! この戦局の行く末が読めないほど、愚かではないはずだ!」

 血を流し、足元に血だまりを作る水守すもり家当主と生傷一つとない私。この状況から戦局がどう転がるか、思索を巡らせる必要もない。

 このままいけば、水守すもり家当主は後隙を狙われ続け、私に一撃も与えられないまま地に沈むことになる。敗北を認めれば水守すもり家の名誉を失う程度で済むというのに、何故彼女は死に急ぐ。何故彼女は足掻くのをやめない。

 分からない。彼女のことも、どうして私が苛立っているのかも。

「勝手に決めつけないでほしいわね……」

 槍を杖代わりに、もはや力も入らないはずの足を震わせながら立ち上がる。

 やせ我慢しているようだが、無理がある。ただの虚勢だ。

 回復も使い果たした今、このまま戦い続ければ、いずれ立てなくなり血も足りなくなって死ぬのは、彼女が一番分かっているはず。それでも彼女の青い瞳から闘志は消えない。捨て身の戦術だって長くは続かない、いつかは持久力を使い果たして戦闘不能になるのも理解できているはずなのに。

「私はね……目の前で助けてって叫んでる子を放っておけるほど、暴閥ぼうばつしてないのよ……」

 助けてって叫んでいる。誰が。

 ―――私が?

 ありえない。そんなはずはない。今更助けを呼んだって、誰も私のような生きていようが死んでいようが関係ない生き物を助けようと思う奴は、この武市もののふしに存在しない。

 助けたって得がないからだ。あるとしたら、``戦力``として使えるかどうか、戦争の駒として有用かどうか。その一点のみ。

 暴閥ぼうばつやギャングスターとは、それだけが評価基準。

 特に暴閥ぼうばつは血の繋がりも重要視する。ただ強ければいいというものではない。そういう意味では、力だけを重要視するギャングスターの方が、まだ希望があると言える。

 相手は水守すもり、その当主だ。数多ある暴閥ぼうばつの中でも重鎮に属し、その地位は流川るせん花筏はないかだに次ぐ強大な家格を持つ。

 流川るせん家に隠れがちではあるが、流川るせん本家直系である水守すもりと、流川るせん分家直系である白鳥の地位は三大魔女を凌ぐ。それだけの社会的地位を持つ者が、ただの副官を助ける義理も理由もない。

 ないはずなのに。

「……知ったような口を!」

 魔導銃マジアガンを取り出し、発砲。狙いは身体の中心、多少弾道がズレてもシングルアクションなら確実に当てられる、弾丸は衰弱魔法毒弾、当たれば肉体能力は大きく減退する。

 終わりだ。

「な、なに……!?」

 凶弾が肉を抉る音が、微かに鼓膜を揺らす。水守すもり家当主の身体がよろけ、体勢が崩れた。

 そこまでは予想通りだ。何の疑問も抱くこともない。銃を撃った、相手に当たった、当たった相手がよろけた。なんら自然なことだ。

 しかし、問題はその後。撃たれた相手―――水守すもり家当主は、撃たれた箇所を手で押さえながらも、槍を杖代わりに立ち続けていたことだ。

 水守すもり家当主が受けた弾丸は衰弱の魔法毒が含まれた魔法毒弾。天災級の魔生物であっても弱らせる真の凶弾であり、人間が受ければたとえ種族限界到達カウントストップした肉体を持っていたとしても意識を保つことすら辛いはずだ。

 なのに、何故。何故。

「何故……立っていられる!?」

 ありえない。魔法毒弾が不発だった。それもない。魔法毒弾は、生物の体内に入った瞬間に魔法毒が体内霊力内で溶解し、瞬時に効果を発揮する。

 相手が体内霊力を使い切っていたとしても、体内の栄養分を消費して効果を発揮するため、理論上魔法毒弾が不発になることはあり得ない。あり得るとしたら死体に撃った場合か、体内霊力を緻密に操作して魔法毒だけを体外へ排出できるような、存在するかどうかも怪しい化け物かのどちらかしかない。

 水守すもり家当主は実力的に後者ではない。生きているから前者もない。なら、一体。

「……気合よ」

「……何?」

「気合があればね、大体のことはどうにかなるのよ……」

 ゆったりと立ち上がる水守すもり家当主。無理矢理な身体強化で体内霊力のほとんどを使い果たし、魔法毒弾の直撃を受け簡単な魔術すら詠唱することも困難な容態、もはや喋るのも僅かに残った気力を振り絞ってのことだろう。

 だが問題は、魔法毒をも受けた満身創痍の状態で、まだ立ち上がれるだけの余力があることだ。

 もはや彼女は己の肉体がただの煩わしい重りにしか感じられていないはず。戦える状態ではないのは明らかな今、戦意が挫けないところが不思議でならない。

 気合。そんな曖昧な概念で乗り切れるような、甘い状態ではないはずだ。

「それに、手を差し伸べたい相手がいるなら、尚更よ」

 分からない。分からない分からない分からない。

「分からない!!」

 拒絶。それしかできない自分が、何故だか凄く小さく思える。だが分からないのだ。そんな根性論で、自分の攻撃に耐えられている彼女が。

 それも手を差し伸べたいなどという、意味のわからない理由で。

 手を差し伸べたいだと。傲慢だ、驕りだ、ふざけるな。自分よりも弱い分際で、何ができる。何もできないくせに。何もしてくれないくせに。

 暴閥ぼうばつなんてみんなみんな、嘘つきだ。

「わからなくていいわよ。信じて、なんて綺麗事も言わない……」

「だったら……」

「だから勝つ。あんたに勝って、あんたを勝ち取る。この世界は、弱肉強食なんだから……」

 余裕なんてないくせに、挑発気味に笑う。

 弱肉強食。物心ついた日から、その四文字を忘れた日はない。弱きは死に、強きは生き残る。それが自然の摂理であり、この世界の絶対のルール。

 下威区しものいくに生まれ落ち、そのルールの歪さを私は痛いほど知っている。

 この世界に希望なんてありはしない。好んで弱者に手を差し伸べるような馬鹿はおらず、自分より弱い者を虐げる強者だけが蔓延る絶望。人として生きることすら許されない。まるでお前は人ではないと、そう決めつけられているように。

 死に物狂いで生きてきて、擬巖ぎがん正宗にスカウトされて、でも結局都合良くこき使われてる駒としてしか見られなくて。大陸八暴閥ぼうばつの一角、その副官に任じられて、ようやく自分が世界に認められたのだと、そう思えたが、結局は他の暴閥ぼうばつと大して変わらないのだと、暴閥ぼうばつというものそのものに深く失望せざるえなかった。

 この世界は、絶望に満ちている。命の価値は等価ではなくて、権利は強者が独占していて、弱者は淘汰されて当然と言われる。そんな世界。

 それなのに、私を救う。暴閥ぼうばつの当主であるお前が。お前如きが。ありえない。嘘だ。もう、信じるに値しない。

 もはや今の私は、強者だ。権利を独占する側にいる。水守すもり家の当主すらも凌ぐほどの実力がある。弱者は、奪われる側にいるのは、水守すもり家の当主だ。

 ―――面白い。

「……やれるものならやってみろ。お前が弱肉でないことを、この私に……!」

 敵わないからと、どうせ無意味だからと、その太刀筋を鈍らせていたが、もはやその必要もない。

 この世界は弱肉強食。命の価値は不平等だが、勝敗の決着は公平だ。

 私が強くて、彼女は弱い。その状況を変えられるというのなら、見せてみろ。お前が肩書きだけの``弱肉``ではないという、その力を―――。

 満身創痍のメイドに、容赦なく接敵する。躊躇なんてしない、大言壮語を吐いたのだ。その言葉が真実ならば、満身創痍でも私に勝てるはず。

 私は全力の殺意でもって、死にかけの水守すもり家当主に刃を向けた。
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