92 / 121
乱世下威区編 上
生きる意味、助ける価値
しおりを挟む
何故私は戦っているのか。いつも、下らない問いに思索を費やすことがある。
答えは分かり切っている。私が死ねば、私が逃げれば、また違う誰かが虐げられる。擬巖家当主という絶対強者の前に、ねじ伏せられる。
別に自分と縁も所縁もない人間がどうなろうと知ったことじゃない。そう割り切れれば、どれだけ楽だったろう。でも自身の主、擬巖正宗という人物を知ったとき、心の底から割り切ることができるようになったなら、自分の中の何かが失われると、本能が恐怖したのだ。
「……こんなことなら、下威区で過ごしてたら良かったな……」
水守家の当主と戦いながらも、自分の半生を記憶の回廊から呼び覚ます。
私は``人類退廃地帯``と呼ばれた武市の最下層、下威区で生まれた。
親は知らない。物心ついた頃には、父も母もいなかった。気がつけば路地裏でゴミを漁り、生ごみと泥と蛆を食う毎日。それが当たり前で、特筆することも何もない、ただの日常だった。
私は下威区以外の世界を知らなかった。いや、知る気もなかったというのが正しい。知ったところで武ノ壁が立ちはだかっている。力がなければ、あの壁は超えられない。
当時の私には力がなかった。だから下威区の外には興味なかったのだ。
だが、日和見で生きていけるほど下威区も甘くない。油断すれば性欲に飢えた人型の獣に取り囲まれ、食われる。
別段食われても失うものとすれば自分の命ぐらいなものだったが、何故だろう。私は足掻いた。
守るものも何もない。生きる気力も目的も、何もないはずだ。だが己の命、何人たりとも渡さないと他に示さんとばかりに、私は足掻いた。
何故足掻いたのか。それは今の私にも分からない。足掻いて足掻いたその先に、何かを見出そうとでもしたのだろうか。前も後ろも、血に濡れた骸ばかりだったというのに。
「ぐは、げはぁ!!」
水守家当主は体内霊力を際限なく使い、身体強化、氷属性霊力の符呪、そして持ち前の槍術と、自分が持ちうる強みを最大限に活かし、果敢に攻めてくる。
戦い方を見る限り、剛の剣術。防御を捨て去り、攻撃に全ての力を込めることで防御を兼ねる捨て身の戦術。体内霊力を使い切るまでなら限界以上の力で戦えるが、要は体内霊力が切れたとき、水守家当主の敗北が決定する。
対して私は双剣のみ。他に何も使用していない。技能球をいくつか所持しているが、正直使うまでもなかった。いくら攻撃が激しく、一撃が重かろうと、当たらなければ意味がないのである。
そして空ぶった攻撃には必ず後隙が生まれる。攻撃に全振りしている以上、彼女は私に攻撃を当てない限り、この後隙を埋めることはできない。私は鍛え上げた双剣術と持ち前の敏捷能力、そして瞬発的な身体強化を用い、的確に後隙を突いては体力を削り、素早く槍の射程範囲から離れるヒットアンドアウェイを繰り返し、彼女の体内霊力と体力が尽きるのを待っていた。
「く……ぅ……!」
攻撃の手が緩む。
後隙を狙われ続け、メイド服は既に血まみれ。流した血の量が削られた体力を物語っている。彼女の真下にできた血だまりが徐々にその大きさを増していた。
「……もう終わりか?」
私は淡々と、低い声音で重たく告げる。
実力差は明白だ。肉体能力をいくら底上げしようと、氷属性霊力を駆使しようと、槍の射程範囲を有効活用しようと、私の敏捷を捉えるだけの動体視力と、対応できるだけの槍捌きができない以上、水守家当主に勝ち目はない。
低い声音で淡白に告げたのも、わざとだ。相手の士気を削ぐことで、剣戟を鈍らせる。戦意喪失してくれれば儲けものであるが、彼女の眼からは戦意どころか士気すら下がる様子がない。
西支部で戦ったときから、実力差は理解しているはずだ。なのに、何故。
「まだよ……!」
血を垂れ流しながらも、彼女はゆったりと立ち上がった。
血を流しすぎている。重心がズレていることから、意識を保つのがやっとの状態なのが手に取るように分かる。
それでもなお、戦うというのか。
純白色の槍が迫る。体力を削られ続け、満身創痍の身体でなお放たれる一撃は、今だ重い。当たれば私とてただでは済まないだろう。
だが虚しきかな、方向が先読みできる攻撃には、残念ながら当たってやれない。
「ごがっ……」
後隙に一撃。槍のカウンターが迫るが、来る方向が予測できてしまうがゆえに、やはり当たれない。即座に回避し、槍が届かない位置まで距離を取る。
水守家当主は既に肩で息をしていた。氷属性霊力の符呪が止む。体内霊力の余力も尽きてきたか。
「まだ続けるか」
体内霊力が尽きかかっている状況でもなお、彼女の士気に際限はない。むしろ窮地に追い込まれる度、瞳の輝きが増してきているように思える。
絶望し蹲るどころか、絶望を搔き分けて活路を見出そうとしているように。
「……何故だ」
分からない。彼女の考えていることが。彼女の意志が。この苛立ちは、何だ。
「……何故だ。何故矛を収めない!」
突き放しきれず、声量が高まる。苛立ちは、明確な怒りへ姿を変えた。
「もう勝負はついている! お前は負けて、私が勝つ! この戦局の行く末が読めないほど、愚かではないはずだ!」
血を流し、足元に血だまりを作る水守家当主と生傷一つとない私。この状況から戦局がどう転がるか、思索を巡らせる必要もない。
このままいけば、水守家当主は後隙を狙われ続け、私に一撃も与えられないまま地に沈むことになる。敗北を認めれば水守家の名誉を失う程度で済むというのに、何故彼女は死に急ぐ。何故彼女は足掻くのをやめない。
分からない。彼女のことも、どうして私が苛立っているのかも。
「勝手に決めつけないでほしいわね……」
槍を杖代わりに、もはや力も入らないはずの足を震わせながら立ち上がる。
やせ我慢しているようだが、無理がある。ただの虚勢だ。
回復も使い果たした今、このまま戦い続ければ、いずれ立てなくなり血も足りなくなって死ぬのは、彼女が一番分かっているはず。それでも彼女の青い瞳から闘志は消えない。捨て身の戦術だって長くは続かない、いつかは持久力を使い果たして戦闘不能になるのも理解できているはずなのに。
「私はね……目の前で助けてって叫んでる子を放っておけるほど、暴閥してないのよ……」
助けてって叫んでいる。誰が。
―――私が?
ありえない。そんなはずはない。今更助けを呼んだって、誰も私のような生きていようが死んでいようが関係ない生き物を助けようと思う奴は、この武市に存在しない。
助けたって得がないからだ。あるとしたら、``戦力``として使えるかどうか、戦争の駒として有用かどうか。その一点のみ。
暴閥やギャングスターとは、それだけが評価基準。
特に暴閥は血の繋がりも重要視する。ただ強ければいいというものではない。そういう意味では、力だけを重要視するギャングスターの方が、まだ希望があると言える。
相手は水守、その当主だ。数多ある暴閥の中でも重鎮に属し、その地位は流川や花筏に次ぐ強大な家格を持つ。
流川家に隠れがちではあるが、流川本家直系である水守と、流川分家直系である白鳥の地位は三大魔女を凌ぐ。それだけの社会的地位を持つ者が、ただの副官を助ける義理も理由もない。
ないはずなのに。
「……知ったような口を!」
魔導銃を取り出し、発砲。狙いは身体の中心、多少弾道がズレてもシングルアクションなら確実に当てられる、弾丸は衰弱魔法毒弾、当たれば肉体能力は大きく減退する。
終わりだ。
「な、なに……!?」
凶弾が肉を抉る音が、微かに鼓膜を揺らす。水守家当主の身体がよろけ、体勢が崩れた。
そこまでは予想通りだ。何の疑問も抱くこともない。銃を撃った、相手に当たった、当たった相手がよろけた。なんら自然なことだ。
しかし、問題はその後。撃たれた相手―――水守家当主は、撃たれた箇所を手で押さえながらも、槍を杖代わりに立ち続けていたことだ。
水守家当主が受けた弾丸は衰弱の魔法毒が含まれた魔法毒弾。天災級の魔生物であっても弱らせる真の凶弾であり、人間が受ければたとえ種族限界到達した肉体を持っていたとしても意識を保つことすら辛いはずだ。
なのに、何故。何故。
「何故……立っていられる!?」
ありえない。魔法毒弾が不発だった。それもない。魔法毒弾は、生物の体内に入った瞬間に魔法毒が体内霊力内で溶解し、瞬時に効果を発揮する。
相手が体内霊力を使い切っていたとしても、体内の栄養分を消費して効果を発揮するため、理論上魔法毒弾が不発になることはあり得ない。あり得るとしたら死体に撃った場合か、体内霊力を緻密に操作して魔法毒だけを体外へ排出できるような、存在するかどうかも怪しい化け物かのどちらかしかない。
水守家当主は実力的に後者ではない。生きているから前者もない。なら、一体。
「……気合よ」
「……何?」
「気合があればね、大体のことはどうにかなるのよ……」
ゆったりと立ち上がる水守家当主。無理矢理な身体強化で体内霊力のほとんどを使い果たし、魔法毒弾の直撃を受け簡単な魔術すら詠唱することも困難な容態、もはや喋るのも僅かに残った気力を振り絞ってのことだろう。
だが問題は、魔法毒をも受けた満身創痍の状態で、まだ立ち上がれるだけの余力があることだ。
もはや彼女は己の肉体がただの煩わしい重りにしか感じられていないはず。戦える状態ではないのは明らかな今、戦意が挫けないところが不思議でならない。
気合。そんな曖昧な概念で乗り切れるような、甘い状態ではないはずだ。
「それに、手を差し伸べたい相手がいるなら、尚更よ」
分からない。分からない分からない分からない。
「分からない!!」
拒絶。それしかできない自分が、何故だか凄く小さく思える。だが分からないのだ。そんな根性論で、自分の攻撃に耐えられている彼女が。
それも手を差し伸べたいなどという、意味のわからない理由で。
手を差し伸べたいだと。傲慢だ、驕りだ、ふざけるな。自分よりも弱い分際で、何ができる。何もできないくせに。何もしてくれないくせに。
暴閥なんてみんなみんな、嘘つきだ。
「わからなくていいわよ。信じて、なんて綺麗事も言わない……」
「だったら……」
「だから勝つ。あんたに勝って、あんたを勝ち取る。この世界は、弱肉強食なんだから……」
余裕なんてないくせに、挑発気味に笑う。
弱肉強食。物心ついた日から、その四文字を忘れた日はない。弱きは死に、強きは生き残る。それが自然の摂理であり、この世界の絶対のルール。
下威区に生まれ落ち、そのルールの歪さを私は痛いほど知っている。
この世界に希望なんてありはしない。好んで弱者に手を差し伸べるような馬鹿はおらず、自分より弱い者を虐げる強者だけが蔓延る絶望。人として生きることすら許されない。まるでお前は人ではないと、そう決めつけられているように。
死に物狂いで生きてきて、擬巖正宗にスカウトされて、でも結局都合良くこき使われてる駒としてしか見られなくて。大陸八暴閥の一角、その副官に任じられて、ようやく自分が世界に認められたのだと、そう思えたが、結局は他の暴閥と大して変わらないのだと、暴閥というものそのものに深く失望せざるえなかった。
この世界は、絶望に満ちている。命の価値は等価ではなくて、権利は強者が独占していて、弱者は淘汰されて当然と言われる。そんな世界。
それなのに、私を救う。暴閥の当主であるお前が。お前如きが。ありえない。嘘だ。もう、信じるに値しない。
もはや今の私は、強者だ。権利を独占する側にいる。水守家の当主すらも凌ぐほどの実力がある。弱者は、奪われる側にいるのは、水守家の当主だ。
―――面白い。
「……やれるものならやってみろ。お前が弱肉でないことを、この私に……!」
敵わないからと、どうせ無意味だからと、その太刀筋を鈍らせていたが、もはやその必要もない。
この世界は弱肉強食。命の価値は不平等だが、勝敗の決着は公平だ。
私が強くて、彼女は弱い。その状況を変えられるというのなら、見せてみろ。お前が肩書きだけの``弱肉``ではないという、その力を―――。
満身創痍のメイドに、容赦なく接敵する。躊躇なんてしない、大言壮語を吐いたのだ。その言葉が真実ならば、満身創痍でも私に勝てるはず。
私は全力の殺意でもって、死にかけの水守家当主に刃を向けた。
答えは分かり切っている。私が死ねば、私が逃げれば、また違う誰かが虐げられる。擬巖家当主という絶対強者の前に、ねじ伏せられる。
別に自分と縁も所縁もない人間がどうなろうと知ったことじゃない。そう割り切れれば、どれだけ楽だったろう。でも自身の主、擬巖正宗という人物を知ったとき、心の底から割り切ることができるようになったなら、自分の中の何かが失われると、本能が恐怖したのだ。
「……こんなことなら、下威区で過ごしてたら良かったな……」
水守家の当主と戦いながらも、自分の半生を記憶の回廊から呼び覚ます。
私は``人類退廃地帯``と呼ばれた武市の最下層、下威区で生まれた。
親は知らない。物心ついた頃には、父も母もいなかった。気がつけば路地裏でゴミを漁り、生ごみと泥と蛆を食う毎日。それが当たり前で、特筆することも何もない、ただの日常だった。
私は下威区以外の世界を知らなかった。いや、知る気もなかったというのが正しい。知ったところで武ノ壁が立ちはだかっている。力がなければ、あの壁は超えられない。
当時の私には力がなかった。だから下威区の外には興味なかったのだ。
だが、日和見で生きていけるほど下威区も甘くない。油断すれば性欲に飢えた人型の獣に取り囲まれ、食われる。
別段食われても失うものとすれば自分の命ぐらいなものだったが、何故だろう。私は足掻いた。
守るものも何もない。生きる気力も目的も、何もないはずだ。だが己の命、何人たりとも渡さないと他に示さんとばかりに、私は足掻いた。
何故足掻いたのか。それは今の私にも分からない。足掻いて足掻いたその先に、何かを見出そうとでもしたのだろうか。前も後ろも、血に濡れた骸ばかりだったというのに。
「ぐは、げはぁ!!」
水守家当主は体内霊力を際限なく使い、身体強化、氷属性霊力の符呪、そして持ち前の槍術と、自分が持ちうる強みを最大限に活かし、果敢に攻めてくる。
戦い方を見る限り、剛の剣術。防御を捨て去り、攻撃に全ての力を込めることで防御を兼ねる捨て身の戦術。体内霊力を使い切るまでなら限界以上の力で戦えるが、要は体内霊力が切れたとき、水守家当主の敗北が決定する。
対して私は双剣のみ。他に何も使用していない。技能球をいくつか所持しているが、正直使うまでもなかった。いくら攻撃が激しく、一撃が重かろうと、当たらなければ意味がないのである。
そして空ぶった攻撃には必ず後隙が生まれる。攻撃に全振りしている以上、彼女は私に攻撃を当てない限り、この後隙を埋めることはできない。私は鍛え上げた双剣術と持ち前の敏捷能力、そして瞬発的な身体強化を用い、的確に後隙を突いては体力を削り、素早く槍の射程範囲から離れるヒットアンドアウェイを繰り返し、彼女の体内霊力と体力が尽きるのを待っていた。
「く……ぅ……!」
攻撃の手が緩む。
後隙を狙われ続け、メイド服は既に血まみれ。流した血の量が削られた体力を物語っている。彼女の真下にできた血だまりが徐々にその大きさを増していた。
「……もう終わりか?」
私は淡々と、低い声音で重たく告げる。
実力差は明白だ。肉体能力をいくら底上げしようと、氷属性霊力を駆使しようと、槍の射程範囲を有効活用しようと、私の敏捷を捉えるだけの動体視力と、対応できるだけの槍捌きができない以上、水守家当主に勝ち目はない。
低い声音で淡白に告げたのも、わざとだ。相手の士気を削ぐことで、剣戟を鈍らせる。戦意喪失してくれれば儲けものであるが、彼女の眼からは戦意どころか士気すら下がる様子がない。
西支部で戦ったときから、実力差は理解しているはずだ。なのに、何故。
「まだよ……!」
血を垂れ流しながらも、彼女はゆったりと立ち上がった。
血を流しすぎている。重心がズレていることから、意識を保つのがやっとの状態なのが手に取るように分かる。
それでもなお、戦うというのか。
純白色の槍が迫る。体力を削られ続け、満身創痍の身体でなお放たれる一撃は、今だ重い。当たれば私とてただでは済まないだろう。
だが虚しきかな、方向が先読みできる攻撃には、残念ながら当たってやれない。
「ごがっ……」
後隙に一撃。槍のカウンターが迫るが、来る方向が予測できてしまうがゆえに、やはり当たれない。即座に回避し、槍が届かない位置まで距離を取る。
水守家当主は既に肩で息をしていた。氷属性霊力の符呪が止む。体内霊力の余力も尽きてきたか。
「まだ続けるか」
体内霊力が尽きかかっている状況でもなお、彼女の士気に際限はない。むしろ窮地に追い込まれる度、瞳の輝きが増してきているように思える。
絶望し蹲るどころか、絶望を搔き分けて活路を見出そうとしているように。
「……何故だ」
分からない。彼女の考えていることが。彼女の意志が。この苛立ちは、何だ。
「……何故だ。何故矛を収めない!」
突き放しきれず、声量が高まる。苛立ちは、明確な怒りへ姿を変えた。
「もう勝負はついている! お前は負けて、私が勝つ! この戦局の行く末が読めないほど、愚かではないはずだ!」
血を流し、足元に血だまりを作る水守家当主と生傷一つとない私。この状況から戦局がどう転がるか、思索を巡らせる必要もない。
このままいけば、水守家当主は後隙を狙われ続け、私に一撃も与えられないまま地に沈むことになる。敗北を認めれば水守家の名誉を失う程度で済むというのに、何故彼女は死に急ぐ。何故彼女は足掻くのをやめない。
分からない。彼女のことも、どうして私が苛立っているのかも。
「勝手に決めつけないでほしいわね……」
槍を杖代わりに、もはや力も入らないはずの足を震わせながら立ち上がる。
やせ我慢しているようだが、無理がある。ただの虚勢だ。
回復も使い果たした今、このまま戦い続ければ、いずれ立てなくなり血も足りなくなって死ぬのは、彼女が一番分かっているはず。それでも彼女の青い瞳から闘志は消えない。捨て身の戦術だって長くは続かない、いつかは持久力を使い果たして戦闘不能になるのも理解できているはずなのに。
「私はね……目の前で助けてって叫んでる子を放っておけるほど、暴閥してないのよ……」
助けてって叫んでいる。誰が。
―――私が?
ありえない。そんなはずはない。今更助けを呼んだって、誰も私のような生きていようが死んでいようが関係ない生き物を助けようと思う奴は、この武市に存在しない。
助けたって得がないからだ。あるとしたら、``戦力``として使えるかどうか、戦争の駒として有用かどうか。その一点のみ。
暴閥やギャングスターとは、それだけが評価基準。
特に暴閥は血の繋がりも重要視する。ただ強ければいいというものではない。そういう意味では、力だけを重要視するギャングスターの方が、まだ希望があると言える。
相手は水守、その当主だ。数多ある暴閥の中でも重鎮に属し、その地位は流川や花筏に次ぐ強大な家格を持つ。
流川家に隠れがちではあるが、流川本家直系である水守と、流川分家直系である白鳥の地位は三大魔女を凌ぐ。それだけの社会的地位を持つ者が、ただの副官を助ける義理も理由もない。
ないはずなのに。
「……知ったような口を!」
魔導銃を取り出し、発砲。狙いは身体の中心、多少弾道がズレてもシングルアクションなら確実に当てられる、弾丸は衰弱魔法毒弾、当たれば肉体能力は大きく減退する。
終わりだ。
「な、なに……!?」
凶弾が肉を抉る音が、微かに鼓膜を揺らす。水守家当主の身体がよろけ、体勢が崩れた。
そこまでは予想通りだ。何の疑問も抱くこともない。銃を撃った、相手に当たった、当たった相手がよろけた。なんら自然なことだ。
しかし、問題はその後。撃たれた相手―――水守家当主は、撃たれた箇所を手で押さえながらも、槍を杖代わりに立ち続けていたことだ。
水守家当主が受けた弾丸は衰弱の魔法毒が含まれた魔法毒弾。天災級の魔生物であっても弱らせる真の凶弾であり、人間が受ければたとえ種族限界到達した肉体を持っていたとしても意識を保つことすら辛いはずだ。
なのに、何故。何故。
「何故……立っていられる!?」
ありえない。魔法毒弾が不発だった。それもない。魔法毒弾は、生物の体内に入った瞬間に魔法毒が体内霊力内で溶解し、瞬時に効果を発揮する。
相手が体内霊力を使い切っていたとしても、体内の栄養分を消費して効果を発揮するため、理論上魔法毒弾が不発になることはあり得ない。あり得るとしたら死体に撃った場合か、体内霊力を緻密に操作して魔法毒だけを体外へ排出できるような、存在するかどうかも怪しい化け物かのどちらかしかない。
水守家当主は実力的に後者ではない。生きているから前者もない。なら、一体。
「……気合よ」
「……何?」
「気合があればね、大体のことはどうにかなるのよ……」
ゆったりと立ち上がる水守家当主。無理矢理な身体強化で体内霊力のほとんどを使い果たし、魔法毒弾の直撃を受け簡単な魔術すら詠唱することも困難な容態、もはや喋るのも僅かに残った気力を振り絞ってのことだろう。
だが問題は、魔法毒をも受けた満身創痍の状態で、まだ立ち上がれるだけの余力があることだ。
もはや彼女は己の肉体がただの煩わしい重りにしか感じられていないはず。戦える状態ではないのは明らかな今、戦意が挫けないところが不思議でならない。
気合。そんな曖昧な概念で乗り切れるような、甘い状態ではないはずだ。
「それに、手を差し伸べたい相手がいるなら、尚更よ」
分からない。分からない分からない分からない。
「分からない!!」
拒絶。それしかできない自分が、何故だか凄く小さく思える。だが分からないのだ。そんな根性論で、自分の攻撃に耐えられている彼女が。
それも手を差し伸べたいなどという、意味のわからない理由で。
手を差し伸べたいだと。傲慢だ、驕りだ、ふざけるな。自分よりも弱い分際で、何ができる。何もできないくせに。何もしてくれないくせに。
暴閥なんてみんなみんな、嘘つきだ。
「わからなくていいわよ。信じて、なんて綺麗事も言わない……」
「だったら……」
「だから勝つ。あんたに勝って、あんたを勝ち取る。この世界は、弱肉強食なんだから……」
余裕なんてないくせに、挑発気味に笑う。
弱肉強食。物心ついた日から、その四文字を忘れた日はない。弱きは死に、強きは生き残る。それが自然の摂理であり、この世界の絶対のルール。
下威区に生まれ落ち、そのルールの歪さを私は痛いほど知っている。
この世界に希望なんてありはしない。好んで弱者に手を差し伸べるような馬鹿はおらず、自分より弱い者を虐げる強者だけが蔓延る絶望。人として生きることすら許されない。まるでお前は人ではないと、そう決めつけられているように。
死に物狂いで生きてきて、擬巖正宗にスカウトされて、でも結局都合良くこき使われてる駒としてしか見られなくて。大陸八暴閥の一角、その副官に任じられて、ようやく自分が世界に認められたのだと、そう思えたが、結局は他の暴閥と大して変わらないのだと、暴閥というものそのものに深く失望せざるえなかった。
この世界は、絶望に満ちている。命の価値は等価ではなくて、権利は強者が独占していて、弱者は淘汰されて当然と言われる。そんな世界。
それなのに、私を救う。暴閥の当主であるお前が。お前如きが。ありえない。嘘だ。もう、信じるに値しない。
もはや今の私は、強者だ。権利を独占する側にいる。水守家の当主すらも凌ぐほどの実力がある。弱者は、奪われる側にいるのは、水守家の当主だ。
―――面白い。
「……やれるものならやってみろ。お前が弱肉でないことを、この私に……!」
敵わないからと、どうせ無意味だからと、その太刀筋を鈍らせていたが、もはやその必要もない。
この世界は弱肉強食。命の価値は不平等だが、勝敗の決着は公平だ。
私が強くて、彼女は弱い。その状況を変えられるというのなら、見せてみろ。お前が肩書きだけの``弱肉``ではないという、その力を―――。
満身創痍のメイドに、容赦なく接敵する。躊躇なんてしない、大言壮語を吐いたのだ。その言葉が真実ならば、満身創痍でも私に勝てるはず。
私は全力の殺意でもって、死にかけの水守家当主に刃を向けた。
0
あなたにおすすめの小説
チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました
まりあんぬさま
ファンタジー
かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。
その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。
理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。
……笑えない。
人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。
だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!?
気づけば――
記憶喪失の魔王の娘
迫害された獣人一家
古代魔法を使うエルフの美少女
天然ドジな女神
理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ
などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕!
ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに……
魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。
「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」
これは、追放された“地味なおっさん”が、
異種族たちとスローライフしながら、
世界を救ってしまう(予定)のお話である。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』
チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。
気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。
「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」
「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」
最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク!
本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった!
「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」
そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく!
神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ!
◆ガチャ転生×最強×スローライフ!
無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!
異世界あるある 転生物語 たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?
よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する!
土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。
自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。
『あ、やべ!』
そして・・・・
【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
俺は農家の4男だぞ?
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる