無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、ガールフレンドを失って失意と憎悪の果てに復讐を決意する~

ANGELUS

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魔軍上陸編

摩訶不思議な奪還作戦

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「いやー、悪い悪い遅くなっぶふ!?」


「遅くなった、じゃねぇよクソパン」


「いつまでパンツ選んでんだキモパン」


「ち○こもぐぞチンパン」


「うぇ、くっっっさ!! くっさ、クソ投げんなよきったねえなぁ……」


 競売会が始まり、既に五分が経過していた。


 姿を現わすや否や、糞便による痛烈な挨拶に見舞われ、青白いロン毛を靡かせる少年ミキティウスは、顔面を茶色に塗り潰される。


 顔を覆う茶色い汚物を手で拭い取り、パオングに水属性系魔法で洗ってと頼み込む。


「ようやく全員集まりましたね」


 ブラックコーヒーの如く深みのあるコクの声音に、金冠を煌びやかに輝かせる象と背丈が小学生程度のロン毛、黄緑色の蛙とエプロン姿の中年、そして空中でホバリングする小熊は、一斉に鼓膜を揺らす要因へ振り向いた。


 目の前に立つは、漆黒の執事服に身を包む紳士。今にも暗雲が滲み出る妖艶な黒髪と、中世を彷彿とさせる鎖の付いた丸眼鏡。


 とぐろを巻いた常闇の眼がぐるぐると内部で流転し、悪辣に吊り上った唇からは白い牙が見え隠れしている。


 姿は紳士であるが、彼の全てが、極めて禍々しい妖気に満ちていた。


 妖気はすぐに重苦しい空気に変貌し、この場にいる全ての者の頭蓋を強く押さえ込む。


 紳士は紳士にあらず。もはや彼そのものが支配欲の根源、悠然と構えながらも微動するほんの僅かな所作でさえ、彼等にとっては一種の妖異に思えた。


「もう皆さん察していらっしゃるでしょうが、この凪上なぎうえ邸で開催されている競売会の目玉商品、その奪還作戦を敢行します」


「ふむふむ。して、あくのだいまおうさん。作戦ってのは」


「今回の作戦の要及び小隊長はミキティウス、貴方ですよ」


「俺!? まさかの俺かよ!?」


「うわー無いわー……作戦の要が大遅刻とか無能すぎて無いわー」


「それな。ボクよりち○こちっさい癖に作戦の要でなおかつ遅刻とかカスじゃん。カスパンティウスじゃん」


「オレをさしおいて隊長とか、失敗したらお前食うからな。覚えてろよキモパンティウス」


「ねぇ、お前ら酷くない? 辛辣すぎない? 確かに遅刻したのは悪かったけどそこまで言う事ないよね俺達仲間じゃんファミリーじゃん」


「は? 誰がクソパンティウス仲間にしたよ履き違えんな下痢便」


「ボクよりち○こちっせえお前はもう奴隷だよ奴隷。奴隷として人生を全うするしかないんだよパコられるだけの人生なんだよ」


「ごめんオレお前の事いざってときの非常食って思ってた」


「もうやだ!! お前らなんか嫌いだ大嫌いだぁ!!」


「話を戻しますよ。まず凪上なぎうえ邸の見取り図から」


 暗黒の執事服を着こなす怪異―――あくのだいまおうは、彼等の背丈に合わせてほんの少し前かがみに、右手の平を添える。


 彼の右手に青白い粒子が集束するや否や、粒子達は立体地図と化していく。最終的には邸宅一軒と、そこそこ大きな庭の見取り図に変化した。


 図が完成するのを見届けると、彼等にも分かるように、簡素な説明を敢行する。


 凪上なぎうえ邸は正方形の領地で広さは中規模。領土内外は魔術的に強化された塀で囲まれており、内外は隔絶されている形となっている。


 ヒューマノリア大陸の方位を基準にすると西側の塀に正門、北側の塀に裏門があり、原則西側の正門以外からは立ち入り禁止となっている。


 裏門は堅く閉ざされており、不正闖入者を警戒して近衛が数人、簡素な魔術トラップが数個配置されている。


 競売会会場は邸宅内の大ホール。目玉商品として扱われているモノを、競売にかけられる前に手際良く強奪するのが、作戦の大雑把な内容である。


「本来ならば人に化けて買収するのが最も賢明なのですが、生憎変化の魔法が使えませんし、なによりこの国の通貨を入手できていません」


「どっかから盗めばいいんじゃね」


「馬鹿かカエル。んな事してたら時間無くなるだろ。第一、この近くに店っぽいのないぞ」


「パァオング。仮にあったとしても、一般路店の全財産など霞む金額が動いている。盗むだけ無意味である」


「従ってミキティウス。貴方が持つ隠密能力``パンツの存在証明``を使い、彼女を盗み出してもらいます」


「……一気に糞と化したぞ」


「``パンツの存在証明``ってなんだよ」


「聞いて驚くな? 俺はな、ノーパン状態だと探知系魔法でもない限り誰にも認識されなくなる能力を修行で身に付けた」


「糞みてえな修行してんじゃねぇよ気持ち悪い」


「自ら存在価値を下着以下に陥れるとか、もう真性じゃん……」


「ミキティウス……今まで馬鹿にしててごめん。お前のパンツへの愛はボクのち○こへの愛情に匹敵するよ」


「パンツの無い俺なんざ俺に非ず。パンツという名の神器を履いてこそ、``俺``という存在の証明になる」


「つまりオメェはパンツにすら満たねぇカスってことか。一切了解した」


「まさかパンツを自分の本体と自称する奴が出てくるとはなぁ。変態ここに極まれりって感じ」


「分かる。分かるよミキティウス。ボクもち○こが無いボクなんてボクじゃないってずっと思ってた。まさかここに同士がいるなんて……!」


「ありがとうシャル。これから仲良くやっていこうぜ」


「ああ……!」


「パァオング。閑話休題である」


 彼等四人の禅問答が切れ目を見せたとき、パオングはあくのだいまおうに目配せする。


 景気づけにこほん、と咳き込み、あくのだいまおうは説明の続きを話し始めた。


「パオングの探知系魔法によると、目玉商品もといエントロピーは、舞台裏にいるので裏門から侵入した方が近道になります」


「ああ、もう所在確認してるんですね。どんな感じなんです?」


「檻に閉じ込められていますね。手枷もされているようです」


「檻か……俺が壊すとなると派手になってしまいますが」


「そこでカエル、貴方の出番です」


「オレすか。成る程! ``胃液砲弾``で溶かすワケっすね!」


「カエルはミキティウスほど強力ではありませんが、隠密能力として``保護色``があります。潜入には向いていると言えるでしょう」


「オーケーオーケー」


「次にナージ。貴方は彼らの撤退を援護して下さい」


「目晦ましなら任せろ。俺の大便が輝くぜ」


「パオングは撤退ルートに魔法罠の配置。不要かと目されますが一応」


「任された」


「ボクは?」


「貴方は潜伏地点で待機ですよ」


「えぇ!?」


「まさかのシャル、待機」


「なんでえええええ!! ボクの何がいけないって言うんだあああああ!!」


「日頃ち○こち○こ言ってるから……」


「薄汚ねえモンをプラプラさせてっからだよバーカ」


「仕方ない。ボクはみんなに笑顔を届ける役に回るよ! がんばれがんばれっ」


「うわぁ……ここまで糞な応援初めてされたわ」


「ほんとそれな。元気吹っ飛んだわ……」


「なんで!?」


 エプロン姿の中年からの甲高い声援で、ナージとカエルはどんよりとした空気を醸す。


 あくのだいまおうは手を叩いた。四人から騒がしさが消え、あくのだいまおうの丸眼鏡が黒く光る。


「作戦は以上。パオングは私とシャルに``顕現トランシートル``を。カエル、ナージ、ミキティウス。期待していますよ」


「任されよう! オレの保護色こそが最強ってところをみせてやるぜ!!」


「俺の大便光弾はあらゆる網膜を貫く……」


「不肖ミキティウス。その大義、成し遂げてみせましょう。この世に存在する全てのパンツの名に賭けて!!」


「パァオング!! 見事に統率のない小隊である」


 作戦準備に入るぞと意気込む三人に駆け寄っていくシャルを見届けると、パオングが短い足をちょこちょこと打ち鳴らす。


 あくのだいまおうの顔を覗き込むようにして目線を交わした。それは真意を探ろうとする、鋭利な眼光。


「何か他の狙いがあるのではないか?」


「して、その根拠は」


「貴台にしては慎重ではないな。クライアントに扮し、エントロピーを競売会で入手するだけの通貨など、いつでも揃えられたはず。全知と名高い大賢者の貴台ならば」


「私、そこまで根回しの良い方でしたかね」


「戯れはよせ。智謀において貴台以上に鮮やかな者など、この世にはおらぬ」


「冗談ですよ。当りです。わざと手荒い作戦にしています」


「何故」


「正直、私のメインはエントロピーではないのです。現在、この凪上なぎうえ邸にクライアントとして潜伏している少年に用がありましてね」


「して、その少年とは」


「此方です」


 彼の右手に再び青白い粒子が集結し、一人の少年を描画する。その少年は、あくのだいまおうと似ても似つかない風貌であった。


 瞼を閉じ、表情から分かる気質の曖昧さ。上品な佇まい。年齢は十代半ばとはいえ、将来有望と目してもいい端麗さ。


 執事服を着こなし、全く掴みどころのない智者に由来する知的さが垣間見え、思わずパオングの暗澹な瞳が一瞬、好奇心に揺らいだ。


「この少年、名は」


流川るせん分家派当主``攬災らんさい``流川弥平るせんみつひらさんです」


流川るせん……風の噂で聞いた事があるな。長年封印されていた故、実際にこの眼で相間見た事はないが」


「この国``武市もののふし``を創設し、二千年もの乱世を治めた暴閥ぼうばつ界最強と謳われる一族。その末裔の一人が彼」


「ならば、この国においては超大物ではないか。何故そのような要人がこんな競売会に?」


「それは実際に会ってからのお楽しみとして取っておいては。彼との邂逅自体に深い意味はありません」


「ふむ……。成る程、大体予想がついたが……百聞は一見に如かず、と言うしな」


 あくのだいまおうの頬が悪辣につり上がり、瞳に住まいしウロボロスは自らの尾を食い潰しながら、その美味さに思わず啼いた。


 シャル、そろそろ待機地点に転移しますよとあくのだいまおうが呼ぶと、パオングは細長い鼻を揚々と靡かせる。


 よたよたと走ってくるシャルを見計い、あくのだいまおうを中心に``顕現トランシートル``をおもむろに発動させたのだった。
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