無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、ガールフレンドを失って失意と憎悪の果てに復讐を決意する~

ANGELUS

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魔軍上陸編

メルヘンチックな悪夢 2

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 少し時間を遡る。


 魔法罠ゾーンをなんとか踏破した弥平みつひらだったが、彼が隠れる木陰の先に、七体の未確認生物が円陣を囲い、なにやら話し込んでいる。


 それは、己の人生には全く相対経験の無い異形達の円卓。


 体色は黄緑色。太陽光に照らされ、何故か異様な輝きを放つそれは、一般に両生類といわれる生物の一端。つまりは蛙であった。


 左目を黒い眼帯で封じ、平坦な顔から飛び出して、ぎょろぎょろと無造作に流転する目玉。


 異常に細長い四肢。爪が無く、指先はどれも丸く、ヒレまで付いている手足―――。


 身体と心の奥底からぼこぼこと泡を立て、不快感が沸騰する。


 この世に小学生と同じ背丈の蛙がいたという事実は、背中が痒くなる現実である。何をどう間違えたら、あんな生物が世に生まれるのか。


 七体の中で、体色、形相、容貌。全てにおいて気持ちが悪い。


 まさに異形という単語の意味を、忠実に守っている存在。あまりに醜悪な姿をしているから、すぐに目に入り、脳裏に焼きついて離れない。


 次に、横の蛙と同じく二頭身体で、何故かエプロンを身につけている下半身素っ裸の男。


 年齢は五十代程だろうか。晩年に程近く、その姿は泥酔して下半身の衣服をどこかに置いてきた深夜帰りの中年。


 醸し出される雰囲気は、第一印象とは裏腹にファンシーさが滲み出る矛盾が垣間見える。


 何故、と問われれば真っ白なエプロンを着ているから、としか言いようがない。


 この男は外見からして支離滅裂過ぎて、何をどう言えば良いのか、皆目分からない容姿をしている。


 その隣に座る青白い長髪の少年は、小学校低学年くらいの男の子なのは理解できたが、彼も下半身素っ裸なのは、どうしてなのか。


 季節は未だ春。極度の暑がりなのか定かではないが、下半身を無装備状態で涼むには、まだ早すぎる筈である。


 更に隣にいる二体に至っては、幼児向けの店に行けば販売されていそうな小熊のぬいぐるみと象のぬいぐるみであった。


 小熊には翼が生えている事、象には金冠が載っている事、ぬいぐるみの割に両者顔つきが歪んでいる事を除けば、特に遜色の無いぬいぐるみ。


 どれもこれも容姿が支離滅裂。鏡の中の世界に迷い込んだ女の子の気持ちが、今なら分かるような気がする。


 弥平みつひらは首を傾げ、事態を真面目に精査しようと頭を捻らせていたが、たった一人の存在に目を向けるや否や、大きく固唾を呑んだ。


 象のぬいぐるみの隣に座る紳士。


 あのメンツの中で青白い髪の姫らしき少女と同様、人間と同じ姿をしている筈なのに、彼が人間以外の何かにしか思えない。


 第一印象は常闇。執事服も黒いが、人物像そのものが黒く塗り潰されていて、底が見えない。


 性格、気質、思想、人生背景。それらが全く読み取れないのだ。


 どこか不確定で、どこか不安定で、どこか曖昧で。人の姿をしている筈なのに、異形の宴の中で、外見だけでなく心までも``異形``に見える。


 眠たそうな瞼とどんな黒よりも黒い瞳。水晶体に閉じ込められた闇の蛇に、二度と出てこれない闇へ引きずり込まれる恐怖が、脳裏を幾度となく掠める。


 だがまだ驚くべき事がある。人間ではない彼等の言語が、何故か理解できる事だ。


 蛙にせよ、ぬいぐるみにせよ、中年にせよ、少年にせよ。皆、何を話しているか理解できる。母国語で話しているかのようである。


 弥平みつひらは首を左右に振り、手の甲の皮膚を強くつねる。


 夢でも見ているのだろうか。


 ここは森の中。幻覚を見せる類の罠に知らぬ間にかかり、メルヘンチックな幻を見せられているのならば、まだ理解の範疇である。


 ``解除リリース``を唱える。情景に変化無し。違う、幻ではない。これはれっきとした、確固たる現実だ。


 身体中に脂汗が滲み、執事服がべったりと身体に吸い付いて不愉快感を覚える。


 皮膚から湧き出る焦燥の断片を散らしながら、``隠匿ラテブラ``を急いで発動する。


 まずい。今までで一番狂っている。知らなかったんだ、と見苦しい言い訳が通るなら今すぐにでも叫びたい。


 いずれ来る本家派の護衛に胸を躍らせ、戦いにおける修行や密偵の経験、座学を惜しみなくその身に叩き込んできた。


 大概の想定外には揺るがない自信があったが、今、それが無残にも崩れ去った。何なのかよく分からない。正体不明。未確認生物。だから怖い。


 久しぶりに素で恐怖を感じた己に、汗だくになった手の平を眺め、苦笑いを溢した。


「……ふむふむ。そろそろギャラリーが一人増える頃ですね。その方を交えて話しましょうか。パオングさん、誘導を」


「パァオング。気配を消し、そこの木陰に身を隠して我等を傍聴する少年よ。その程度の付け焼刃な魔法で、この我は騙せぬぞ?」


 二名、二人、二匹。どの単位を使えば良いか定かではないが、自分の存在を何故か察知され、本能が特別警報を打ち鳴らす。


 今は``隠匿ラテブラ``を発動させている。


 視覚、聴覚、嗅覚、触覚、体温、音、霊力量。``隠匿ラテブラ``は、自分の肉体に関する全てを誰からも感知できなくする魔法。


 普通なら、相手からは存在しないも同然になる筈だし、探知系魔術ですら``隠匿ラテブラ``を行使している者を見つける事はできない。


 探知系魔術を駆使する程度の、``普通``ならば。


 弥平みつひらは右腕の震えを、左腕で抑える。


 落ち着け。冷静に状況を分析せよ。``隠匿ラテブラ``の弱点は何か。``魔法探知マジア・デプレエンシオ``という探知系魔法で唯一見破れる、だった筈。


 つまり、あの象は``魔法探知マジア・デプレエンシオ``を行使している事になるが、その魔法ならば、自分も使っている。何故探知できない。


 ``魔法探知マジア・デプレエンシオ``で探知できない魔法は存在しない。たとえ同じ、``魔法探知マジア・デプレエンシオ``だったとしてもだ。


 盛大に生唾を飲む。


 居場所は完全に察知されている。あてずっぽうではない。


 このまま逃走―――いや、何もかも察知しておいて撤退を許してくれるようなら、それこそ御伽噺おとぎばなし。変に刺激すれば、そのまま殺害される。


 敵意は感じられないようだが、それすらも隠せる化物だったとしたら。だめだ、王手から逃れる策が思いつかない。


 大きく深呼吸。心拍を落ち着かせる。


 逃走不能、戦闘愚策。虚言無意味。


 意を決しよう。姿を現わして対話ができたなら重畳。宴の肴にされればそれまで。怖いほど単純にして明快な二択を選ぶだけの作業。


 確率は二分の一。フィフティーフィフティーなのがまた鬼門。迷う暇など元より無し。


 草木が揺れる。音が霧散する。異形達の視線が、一斉に集まる。


 暫時、双方無言。凍死した空気の中、それに恩着せがましく蘇生魔法をかけたのは、丸眼鏡をかけた混沌の紳士であった。


「ささ、流川弥平るせんみつひらさん、こちらへ」


「……ッ!? ま、待って下さい」


「なんでしょう。この私、あくのだいまおうにお答えできる愚問ならば、なんなりとお答え致しますよ」


「どう……して。私の名を……知っているんです……?」


 問い質さずにはいられない衝動に、遂に身を投げる。


 流川弥平るせんみつひら。その名を知る者は人類でもごく僅かしかいない。


 自分、澄男すみお達、両親、愛弟子。他多数は数多くある偽名か、``攬災らんさい``という肩書きのみしか知らない。


 流川るせん家の情報管理は完璧だ。たとえ蟻の子一匹入る隙間も無ければ、覗き見する隙間すらない程に、防衛策は幾重にも張り巡らされている。


 その中には覗き見しようとしただけで、対象を直ちに殺害するトラップまで存在するくらいである。それらを全て潜り抜けて―――。


 ありえない。現実離れにも程がある。更に根深い現実味があって然るべきだ。無ければ知る事すら叶わない。叶ってはならない。


「それを説明するのは時間が不足していますので要約致しますと、知らない事が無いから、が答えになります」


 あくのだいまおうと名乗る紳士の答えは、思索と期待をものの見事に粉砕。現実味とは程遠い、もはや理由として成立していない答えを返した。


 知らない事が、ない。つまりどういう事。


 全知。この世に全知の存在がいたなら、それこそ天変地異が連続的に起こっていても不思議ではないのでは。


 理解できない。この紳士は、この異形は正気なのだろうか。


「私は至って正気ですよ。まあ、最初はそんなものでしょう。違和感なんてものは所詮現在にのみ作用する心理。慣れれば自ずと朽ち果てるものです」


 質問は以上ですか、と口添えする。


 本当なら聞きたい事が沢山あるが、あんまりにあんまりにも多すぎて、一々聞き出すのが億劫に思えてきた。これでは先に進まない。


 どうせ逃げも隠れもできない摩訶不思議メルヘンの世界である。心を読まれた事はもう捨ておく。


 最終手段―――父上直伝、どんな危機も乗り越えられる最強の呪文。なるようになれ、で乗り切るしかない。


 以上です、と控えめに答え、象と少年の間に上品に正座する。


 機嫌を損ねるような真似は極力避けよう。可能な限り早急に、非現実から逃れる事を考察せよ。


「旦那、コイツが罰を与えるやつなんすか」


「いや違うだろ。明らかに萌やしだぜコイツ。ひょろひょろウンコ出してそうな身体だしさ」


「股間が膨らんでない……Mではないんだね」


 右側に座る異形達が突如意味の分からない事を口に出す。


 やめるのだ貴様ら、と左隣に座る象が嗜め、あくのだいまおうと名乗る紳士は丸眼鏡の位置を優雅に調整する。


「では弥平みつひらさん、皆様に自己紹介を」


「い……いや守秘義務……があるので」


「今更隠し立てする必要は無いかと。この場にいる者で、流川るせんに仇為す者はおりません」


「どうしてそんな事が言えるのですか……」


「……ふむ。見方を変えましょう。この空間が貴方にとって摩訶不思議世界であるなら、現実から隔絶された仮想的空間だと思えばよろしいかと。夢の中であるなら守秘義務もまた成立しないでしょうから」


 弥平みつひらの表情は未だ訝しげな面構えが解けない。


 確かに彼らは人ではなく、まるで異境の世界からやってきたような魑魅魍魎の姿形をしている。明らかに人間の世の生物ではないと言い張れる。


 ならば、夢の中か御伽噺の中だけだろうと思って言ってみるのも一興か。


 このままずっと黙っていても、どうせ話は進まない。


 だが情報管制が完全な流川るせん家の最重要機密を知っている。その事実こそが、彼の台詞の内容を、真実足らしめているとも言えなくもない。


 確実を喫するなら、もっと情報を集めるべきだ。だが今は叶わない手段であるのも事実。


 リスクを抱える事になろう。だがここはあくのだいまおうの台詞を信用するしかない。


 弥平みつひらは深く息を吐く。自分の他、ごく僅かしか知らない筈の真名を言い放った。


「……流川るせん分家派当主``攬災らんさい``流川弥平るせんみつひらと申します」


 遂に自身に関する概要的な情報を彼等に発信した。もう後戻りはできない。決断が正しかったと信じよう。


 後で良かったと、胸を張って言える未来が来るのを願って。


「では皆さんも自己紹介を」


「ならオレからだな。オレの名は、カエルそーたいちょー!! この世で最もカッコ良い男!!」


「ボク、シャル! 趣味は○ックスとち○こ弄り。守備範囲はまあ全部だけど十代から二十代前半~。因みにバイだよ? バイだよ?」


「俺はナージ。座右の銘は一日三排泄。よろしくな萌やしウンコ」


「俺はミキ」


「我の名は我欲の神パオング!! 好きなものは我欲、そして幼女!! 幼女こそ最強にして最高にして至高なる全生物の宝!! 現世に幼女以上に誇れる宝など無し!! よろしくお願いする」


「ちょっとぉ!? 俺の自己紹介上書きするなよ!! 後何が最強にして最高にして至高なる全生物の宝だ!! それは俺のパンツだ!!」


「早く言えや、ウンコ投げっぞ」


「分かったよ……俺はミキティウス。雷釈天とか真雷霆神が二つ名としては正式。クソパンとかキモパンとかはこいつ等が勝手に呼んでるだけだからな!! 趣味はパンツだ。よろしく!!」


「本当の事じゃん。なあ、オメェら」


「それな。むしろオレらからすれば雷釈天辺りの方がしっくり来ねぇわ。サバよみすぎっつーか」


「誇張しすぎなんだよねー。パンツ信者とかパンツの使徒なら分からなくもないけど」


「う、うるさいな!! 事実前者の二つ名が正式なんだよ!!」


「私はあくのだいまおう。趣味は読書。散歩。ゴミ捨て、ですかね。よろしくお願い致します」


「……え、えっと……私はヴァザーク・リ・ゼロ・エントロピー……よろしくお願いしますね弥平みつひら様」


 円陣内の全員が一通り自己紹介を終え、あくのだいまおうはこほんと咳き込む。


 風貌もさることながら、名前もユニークなものばかり。中には肩書きのような名前の者までいる始末。


 彼らのいる世界では、この手の命名が普通なのだろうか。あまりに知っている感覚からは乖離しすぎて、違和感が拭えない。


 確かに人間の世でも、和名やカタカナ名の者は不規則に混在している。


 その間を分かつ境界線は存在しないが、名前にあくのだいまおうやカエル総隊長というのは、あまりに安直に思えてくる。


「さて自己紹介も終えたところで本題に。弥平みつひらさんはもう話を聞いていたので分かりますよね。罰則を与える者についてですが」


「そういや誰なんすか。もうもったいぶらないでくだせえよ旦那」


流川るせん本家派当主``禍焔かえん``流川澄男るせんすみおさんです」


「え……? ちょ、ちょっと待って下さい」


「何ですか、弥平みつひらさん」


「どうして澄男すみお様が……いえ何故知っているのか、ではなく。どうして彼が罰則を与える者なんです……? 無関係ではないですか」


「今のところは無関係です。しかしこれから、を考えるとどうなると思います?」


「これ……から……?」


「事の発端については、本人から説明してもらいましょうか」


 あくのだいまおう達の視線がエントロピーなる少女に向けられた。


 上品に正座し、少々生地がやつれて土が付いているが真っ白で綺麗なドレスを着た少女は視線に気づいて顔を上げる。


 青白い髪に青白い瞳。外見から十代前半程度の少女に見えたが、仕草や所作からは童話に登場する白雪姫のようにも、雪女のようにも思えた。


 印象から湧き出る矛盾に、首を傾げる。


 文化背景が読めない。複数の背景をちぐはぐに繋げ、似たような何かを表現しているだけで、本質的には何者でもない。


 例えるなら、好き勝手に切り刻んだ折り紙を、のりで適当に貼りつけて作った幼稚園児の絵を見せられているような。そんな感覚だ。


 ドレスを着ている辺り、何処かの姫なのだろうか。しかし大陸に王国があるという情報は無いし、嘗ての歴史を紐解いても王国政の国は存在しない。


 よく見るとティアラをしていないし、姫というよりただドレスを着ているだけの少女にも見えてくる。


 少女なのか姫なのか分からない彼女エントロピーは、瞳から今にも滲み出てきそうなものを抑え、此処に至るまでの顛末をゆっくりと話し始めた。
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