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魔軍上陸編
元英雄の苦悩 1
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『澄男ぉ、こっちこっち~』
待てよ澪華ぁ~、今そっち行くから。
『早く早く~』
分かってるってだからちょっとゆっくり。
『置いてっちゃうよ~』
お、おいマジで待てよ、お前なんでそんな走るの速いんだよ。
『もう澄男ったらおっそーい。私、先にいってるからね~』
はぁ? いや待てよ待ってくれよ澪華ぁ、おい澪華ってばッ……ったく何なんだよアイツいつからあんなに走りが速く……全然追いつけねぇ。
―――``澄男、ソッチ、違ウ``
え、澪華? お前先に言ったんじゃなかったのか。
―――``ソノ澪華、偽者``
は? じゃあそのお前なんで片言なのかなー。
―――``私、元カラ、コンナナノ``
いやいや澪華が片言なワケねぇじゃん、からかうのも大概にしろよどっかの誰かさん。
―――``……ドウシテ……ドウシテ分カッテクレナイノ……``
だって澪華は片言で話さねぇし、俺がいんのに姿を現わさずに話す嫌がらせとかしないし。
―――``酷イ……私……澄男……信ジテタ……ノニ``
悪いけど俺は眼に見えないものは信じない性分なんでね。悪戯は他当たってくれや。
―――``分カッタ、ジャア、姿、現ワス。ソレデ信ジテモラエルナラ``
おうおう澪華だったらお笑いだねえ。
―――``姿、現ワシタ。私、今、澄男ノ後ロ、イル``
ったくメリーさんみたいな真似しやがっ……――――――――――――。
「ウワアアアアアアアアアア!? ……カハァ……はぁ……はぁ……はぁ……」
深層の意識より目覚めた矢先、顔の至る所に大量の汗を滲ませた俺は、ベッドが軋むほどの勢いで飛び起きた。
思わず右手で胸を押さえる。凄まじい速度で拍動する心臓。
まるで長距離マラソンを完走した直後の如く荒れ狂う脈拍とともに、顔だけでなく体全体から、じんわりとした汗が滲み出る。
服の間に篭った熱気も凄い。あまりの暑さに寝巻きも脱ぎ捨てる。
脈拍は戻らない。身体からは尚も熱湯に飛び込んだかのように、汗がどくどくと溢れ出てくる。
熱い。熱い熱い熱い熱い。布団でさえ鬱陶しく感じ、掛け布団をベッドから蹴り落とす。ひゅー、ひゅー、と呼吸する。
体感温度は高熱を示しているのに、身体は全然言う事を聞いてくれない。
アレは夢。いつもならただの夢とすぐに脳味噌の片隅に追いやることなのに、一連の流れが頭に焼きついて離れない。
俺が見た澪華と名乗るソイツの顔は、どろどろに汚したあの女子高生そのものだった。
澪華であって澪華でないモノ。
夢の中で見た二種類の澪華はあの時、澪華を判別できなかったことへの報いってか。
一週間以上前の俺なら、迷いなく前者が澪華だと言えた。胸を張って、自信をもって言えた。
だが今の俺には分からなくなった。どっちが本物の澪華で、どっちが偽者なのか。
本物だと思えた澪華はもういない。一週間前まではちゃんといた。でも今はずっと前からいたという感覚さえ無い。
あの澪華も本物と述べられない気がしてならないし、だからと言って偽者だと思えた澪華はこの目で見てしまっている。
ならアレが本物なのでは。
いやでもアレは本物と言えるのか。もはや人間の形をしているだけの傀儡。
本物と述べる輩などこの世にいないし、そんな歪んだ価値観なんて持ち合わせていない。
なら偽者。でももう本物と呼べる澪華はいない。
いた筈なのに、今や顔の輪郭さえモヤのように霞んでる。じゃああの澪華も偽者。
本物の澪華は一体何。いやそもそも本物と偽者の差は一体どこに―――。
「アアアアアアアアアアアア!! 糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞がぁ!!」
髪の毛を無造作に掻き毟ってベッドから跳ね起きるやいなや、目の前に遭った机を全力で蹴りつけた。
澪華のことを考えれば考えるほど、頭の中がぐっちゃぐちゃになっていく。もう何が何だか分からないくらいぐっちゃぐちゃに。
あああああああ、と大声で叫びながら部屋にあるものを蹴る殴る投げる壊すを繰り返す。
窓ガラスを叩き割る音で、ようやく自分自身が目覚めた。
過呼吸のせいか、視界がぐらぐらと揺れて気持ち悪い。平衡感覚を失い、そのまま床へ、ぐったりと倒れこむ。
気がつけば机や本棚、武器棚などからクローゼットに至るまでことごとくぶっ壊れ、壁には幾つか穴が開いていた。
たった数十秒だったとはいえ、記憶がおぼろげだ。壁に穴を開けた覚えが無い。
壊したような壊してないような、あやふやな感覚だけ残ってる。
平衡感覚が戻ってきた。脈拍が徐々に落ち着いていく。上半身の寝巻きを持って立ち上がり、俺は盛大に舌を打ちながら、廊下を荒々しく歩く。
寝て何もかも忘れようと思ったが予想外にしてやられた。毎度毎度強烈な悪夢に嫌がらせされるのかと思うと胸糞悪い。
ほんの少し前まで昼寝は食事や戦いの次に好きだったのに、今日の悪夢のせいでもう二度としたくなくなった。
学校に行かされる前まで使っていた元母親の道場で、素振りや新しい技を編み出している方が、まだマシだったかもしれない。
怒りに身を任せて階段を強く踏みしめながら、しばらく昼寝は絶対しないと誓う。
とりあえず腹が減った。
よくよく考えれば一週間分家の奴らに缶詰にされていた挙句、澪華と十寺の事ばかり頭の中を駆け巡ってて、ロクな食事をしてない。
今日の朝だって食欲が湧かず、断食してずっと煙草吸ってたぐらいだ。
居間の扉を勢いよく開け、テレビに程近い所に座り、テーブルに置いてあった灰皿を寄せ、テレビの電源を点ける。
テーブルの上を見渡し、あれぇ、と言いながらテーブルの下など隈なく探しながら大きく溜息を吐き、大声で叫ぶ。
「おい飯!! あと煙草買ってこいつったろ!!」
「既に買ってあります」
「どこにあんの!!」
「棚に……」
「はぁぁぁぁぁぁ……? 面倒くせえ!!」
慌しく立ち上がり、棚の二番目の引き出しを開く。
引き出し一杯に大量の買いだめがしてあったが、そこから一つカートンを取り出して開封し、一本咥える。
「次からカートンは一箱テーブルに置いとけ、全部しまうな!!」
「申し訳ありません!」
「チッ……もういいからとっとと作ってこいや」
「あ、ライターをっ」
「いらねぇよ!! 火の魔術使えっから!!」
そういうのいいから早く台所に行けって、と怒鳴って御玲を押しのける。
荒々しい溜息をつきながら、左手の人差し指を赤く光らせてライターの火程度の小さい火をおこし、煙草に火を点けた。
落ち着け。飯を食い終わるまでの辛抱だ。飯さえ食い終わればとっとと道場に行って修行ができる。澪華も十寺のことも忘れられる。
そして今以上に強くならなきゃならない。今のままではあの十寺と戦ったところで、勝算が皆無。
それに弥平の話によると、アイツは首謀者ではなく首謀者の手先。その中でも幹部クラスの存在ではと話していた。
つまりあの十寺よりも強い奴がいるかもしれないんだ。当然首謀者は更に強いんだろうが、俺はただの幹部に負けた上、奪われた。
十寺じてらが去った後、澪華の亡骸を探したけど、あの女子高生だった何かは跡形もなく消えてた。十寺じてらが覆面どもを使って、回収したのは明白だ。
結局アレが本物の澪華だったかどうかを確かめる術は無く、十寺が言っていた事実を信用するしかない現実に、されるがまま打ちひしがれる他なかった。
自虐の渦の中、首を横に振る。
駄目だ。考えれば考えるほど虚しい現実が痛めつけてくる。自虐せずにいられなくなる。考えたくないのに、じっとしていると思い返してしまう。
貧乏揺すりが激しくなり、テーブルが唸る。
飯ができるまでの時間。テレビを見ながら久三男と他愛ない話でもしていれば、あっという間に過ぎてしまう時間なのに、今日はものすごく長い。
長くて、永くて、堪らない。
「ああくそッ」
点けていながら全然意識していなかったテレビに視線を移す。
映っているのは緊急ニュース速報だった。どうやら中威区に突然氷の魔法を操る怪物が出現したと喚いている。
俺はあまりのどうでもよさに、思わず鼻で嗤ってしまった。
この武市都市部に怪物や化物の類が出るのは頻度こそ極僅かだが、珍しい事じゃない。
魔生物とかいう、人間とも野生動物ともいえないなんかの突然変異で生まれたよく分からん生物が、稀に人里を襲うことがある。
大概は任務で生計を立て、戦いを生業にする任務請負人に討伐されるから、全く出る幕なんざ無いんだが。
眉を怒りに歪め、チャンネルを変える。
喋る能の無い魔生物如きでわざわざ緊急ニュース速報とはご苦労なことだ。
そんなゲテモノを速報するんなら、一週間前まで行ってた学校を襲った謎の覆面集団のことでも報道して欲しいもんだ。
でもアレは分家派の連中に完璧な証拠隠滅処理がなされて、そこらのマスコミが嗅ぎつけるなんざ元より不可能だったっけ。
それで足がついてここにマスコミなんぞが押し寄せてきたら、それはそれでクソ面倒だ。対処なんて誰がするかよ。
テレビを音声操作するが、テレビに映る映像は前のチャンネルと全く同じであった。
顔が大きく歪ませる。また変える。同じ。変える。同じ。変える変える変える。同じ同じ同じ―――。
「……ふざけやがって!!」
居間中に、全力の怒号が響き渡った。
俺はテーブルに渾身の蹴りをくらわす。轟音を鳴り、テーブルは前面へのけぞった。
置いてあった灰皿は、テーブルが蹴り飛ばされた勢いで砕け散り、テレビの電源はぷつんと消える。
だがそんなことはどうでもよかった。今まで抑えてた何かが、一気にはじけ飛んだのだから。
「畜生が!! 昼寝したら糞みてぇな夢見るわ、テレビで気ぃ紛らわそうと思ったらおんなじニュースしかやってねぇわ!! なに、嫌がらせ? 俺に対する嫌がらせか!!」
「ど、どうかされましたか澄男さま!?」
「寝ても起きてもこんなんばっか!! 俺が、俺が何したってんだ、え!!」
「澄男さま落ち着いてください、一体何が」
「落ち着け? 落ち着いてられるかクソッタレ!! はぁぁぁぁぁ……」
居間を飛び出し、二階に駆け寄って私室に走りこむ。
壊れたクローゼットの扉を破壊し、衣服一式を取り出すと武器棚から剣を手に取り、引き戸を閉めぬまま、階段を走って降りる。
何が何だか分からずたじろぐ御玲を無視し、二階から持ってきた衣服に荒々しく着替えた。
「お出になられるのですか!?」
「それ以外に服着替える理由あると思うか!!」
「い、いけません。未だ貴方を襲った敵の正体がはっきりしていない現状で外出されては」
「知るか!! ここでずっと燻ってても胸糞悪りぃだけなんだよ、頼むからほっといてくれ!!」
「でしたら近衛を」
「テメェ耳大丈夫か? 一人にしてくれつってんだよ、いらねぇよ邪魔!!」
「しかしそれでは貴方に何かあった時、盾になって死ぬ事ができま……あぐっ」
うるせえ。
うるせえ、うるせえ、うるせえ、うるせえ。
メイドの言なんぞ聞かず、俺は胸倉を捻り、掴み上げる。胸倉を中心にメイド服が大きく捩れ、メイドの顔が赤く染まった。
「盾だァ……? 母さんを碌に守れやしなかったテメェがかァ……? 粋がってんじゃねぇぞクソアマがァ!!」
ぐく、とくぐもった声を漏らす。今にも破けてしまいそうなメイド服の襟元。もう飛び出した怨嗟は、俺の理性じゃ止める事ができない。
「テメェさ、流川の懐刀なんだろォ? だったらなんであのとき、盾にならなかった!! その流川にかかる火の粉を庇ってくれなかったんだ!!」
「そ……れは」
「どうせテメェにそんな能ねぇんだろ……? 守るだけの能が。それだけの力が……」
「私は……弥平さまに……」
「あぁ……? 何だテメェ他人のせいにすんのかァ。弥平の指示に従ったから守れなかった、そう言いてェのかァ……」
メイドの言い訳としか思えない反論に、俺の怒りは更に燃え上がる。ソイツを持ち上げたまま、俺は台所へ全力で投げ飛ばした。
背中を壁に強打し、ぐは、と声を上げた後、メイドは床に腹打ち。強打した所を摩りながらげほ、げほと咳き込む。
そんな姿に、俺はボコボコにしたチンピラを見下すときに向けてきたのと同じ目線を浴びせた。
なぁにが私は弥平さまに、だ。そんなモンが許されるんなら、テメェみてぇな側近とかいらねぇんだよ。ただ料理作る程度の無能の癖しやがって。
じゃあさ、なんで俺んトコに来たの。なんで水守家側近とかやってんの。なんで生きてんの。
本家派側近の癖に、何も守れてねぇじゃん。
``凍刹``とかいう大層な二つ名が聞いて呆れるわ。もっとできる奴だと思ってたのに、期待ハズレもいいトコだ。
痛がるメイドに向かって、俺は一切同情せず、尚も怒号を轟かせた。それはブーメランでもあり、そして事実でもある、最悪の暴言。
「そういうのをなァ……大した能のねぇ口先だけの凡愚って言うんだ!! 自分を弁える事すらロクにできねぇ奴が、出しゃばってんじゃねぇよ弱ぇ癖に!!」
床にへたり込み、過呼吸気味に俯いたメイドをしばらく見下す。
時間の無駄を感じ、床に落とした剣を腰に携えると、俺は吐き捨てるように追い討ちをかけた。
「……分かったら、もう俺に鬱陶しく構うな。テメェはメイドらしく黙ってメイドやってりゃあいいんだ」
俺は投げ捨てられた痛みで下を向いたまま何も答えないメイドを一瞥し、介抱してやる事もなく玄関の戸を蹴破る勢いで開いて、新館を飛び出した。
弥平から何かあったとき用に持たされてた技能球スキルボールを使い、中威区へ転移する。
視界は流川るせん本家領から一転して雪原となり、俺はメイドへ言った罵詈雑言をきっかけに、また性懲りもなく自虐に塗れた思索をリピートさせていた。
待てよ澪華ぁ~、今そっち行くから。
『早く早く~』
分かってるってだからちょっとゆっくり。
『置いてっちゃうよ~』
お、おいマジで待てよ、お前なんでそんな走るの速いんだよ。
『もう澄男ったらおっそーい。私、先にいってるからね~』
はぁ? いや待てよ待ってくれよ澪華ぁ、おい澪華ってばッ……ったく何なんだよアイツいつからあんなに走りが速く……全然追いつけねぇ。
―――``澄男、ソッチ、違ウ``
え、澪華? お前先に言ったんじゃなかったのか。
―――``ソノ澪華、偽者``
は? じゃあそのお前なんで片言なのかなー。
―――``私、元カラ、コンナナノ``
いやいや澪華が片言なワケねぇじゃん、からかうのも大概にしろよどっかの誰かさん。
―――``……ドウシテ……ドウシテ分カッテクレナイノ……``
だって澪華は片言で話さねぇし、俺がいんのに姿を現わさずに話す嫌がらせとかしないし。
―――``酷イ……私……澄男……信ジテタ……ノニ``
悪いけど俺は眼に見えないものは信じない性分なんでね。悪戯は他当たってくれや。
―――``分カッタ、ジャア、姿、現ワス。ソレデ信ジテモラエルナラ``
おうおう澪華だったらお笑いだねえ。
―――``姿、現ワシタ。私、今、澄男ノ後ロ、イル``
ったくメリーさんみたいな真似しやがっ……――――――――――――。
「ウワアアアアアアアアアア!? ……カハァ……はぁ……はぁ……はぁ……」
深層の意識より目覚めた矢先、顔の至る所に大量の汗を滲ませた俺は、ベッドが軋むほどの勢いで飛び起きた。
思わず右手で胸を押さえる。凄まじい速度で拍動する心臓。
まるで長距離マラソンを完走した直後の如く荒れ狂う脈拍とともに、顔だけでなく体全体から、じんわりとした汗が滲み出る。
服の間に篭った熱気も凄い。あまりの暑さに寝巻きも脱ぎ捨てる。
脈拍は戻らない。身体からは尚も熱湯に飛び込んだかのように、汗がどくどくと溢れ出てくる。
熱い。熱い熱い熱い熱い。布団でさえ鬱陶しく感じ、掛け布団をベッドから蹴り落とす。ひゅー、ひゅー、と呼吸する。
体感温度は高熱を示しているのに、身体は全然言う事を聞いてくれない。
アレは夢。いつもならただの夢とすぐに脳味噌の片隅に追いやることなのに、一連の流れが頭に焼きついて離れない。
俺が見た澪華と名乗るソイツの顔は、どろどろに汚したあの女子高生そのものだった。
澪華であって澪華でないモノ。
夢の中で見た二種類の澪華はあの時、澪華を判別できなかったことへの報いってか。
一週間以上前の俺なら、迷いなく前者が澪華だと言えた。胸を張って、自信をもって言えた。
だが今の俺には分からなくなった。どっちが本物の澪華で、どっちが偽者なのか。
本物だと思えた澪華はもういない。一週間前まではちゃんといた。でも今はずっと前からいたという感覚さえ無い。
あの澪華も本物と述べられない気がしてならないし、だからと言って偽者だと思えた澪華はこの目で見てしまっている。
ならアレが本物なのでは。
いやでもアレは本物と言えるのか。もはや人間の形をしているだけの傀儡。
本物と述べる輩などこの世にいないし、そんな歪んだ価値観なんて持ち合わせていない。
なら偽者。でももう本物と呼べる澪華はいない。
いた筈なのに、今や顔の輪郭さえモヤのように霞んでる。じゃああの澪華も偽者。
本物の澪華は一体何。いやそもそも本物と偽者の差は一体どこに―――。
「アアアアアアアアアアアア!! 糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞がぁ!!」
髪の毛を無造作に掻き毟ってベッドから跳ね起きるやいなや、目の前に遭った机を全力で蹴りつけた。
澪華のことを考えれば考えるほど、頭の中がぐっちゃぐちゃになっていく。もう何が何だか分からないくらいぐっちゃぐちゃに。
あああああああ、と大声で叫びながら部屋にあるものを蹴る殴る投げる壊すを繰り返す。
窓ガラスを叩き割る音で、ようやく自分自身が目覚めた。
過呼吸のせいか、視界がぐらぐらと揺れて気持ち悪い。平衡感覚を失い、そのまま床へ、ぐったりと倒れこむ。
気がつけば机や本棚、武器棚などからクローゼットに至るまでことごとくぶっ壊れ、壁には幾つか穴が開いていた。
たった数十秒だったとはいえ、記憶がおぼろげだ。壁に穴を開けた覚えが無い。
壊したような壊してないような、あやふやな感覚だけ残ってる。
平衡感覚が戻ってきた。脈拍が徐々に落ち着いていく。上半身の寝巻きを持って立ち上がり、俺は盛大に舌を打ちながら、廊下を荒々しく歩く。
寝て何もかも忘れようと思ったが予想外にしてやられた。毎度毎度強烈な悪夢に嫌がらせされるのかと思うと胸糞悪い。
ほんの少し前まで昼寝は食事や戦いの次に好きだったのに、今日の悪夢のせいでもう二度としたくなくなった。
学校に行かされる前まで使っていた元母親の道場で、素振りや新しい技を編み出している方が、まだマシだったかもしれない。
怒りに身を任せて階段を強く踏みしめながら、しばらく昼寝は絶対しないと誓う。
とりあえず腹が減った。
よくよく考えれば一週間分家の奴らに缶詰にされていた挙句、澪華と十寺の事ばかり頭の中を駆け巡ってて、ロクな食事をしてない。
今日の朝だって食欲が湧かず、断食してずっと煙草吸ってたぐらいだ。
居間の扉を勢いよく開け、テレビに程近い所に座り、テーブルに置いてあった灰皿を寄せ、テレビの電源を点ける。
テーブルの上を見渡し、あれぇ、と言いながらテーブルの下など隈なく探しながら大きく溜息を吐き、大声で叫ぶ。
「おい飯!! あと煙草買ってこいつったろ!!」
「既に買ってあります」
「どこにあんの!!」
「棚に……」
「はぁぁぁぁぁぁ……? 面倒くせえ!!」
慌しく立ち上がり、棚の二番目の引き出しを開く。
引き出し一杯に大量の買いだめがしてあったが、そこから一つカートンを取り出して開封し、一本咥える。
「次からカートンは一箱テーブルに置いとけ、全部しまうな!!」
「申し訳ありません!」
「チッ……もういいからとっとと作ってこいや」
「あ、ライターをっ」
「いらねぇよ!! 火の魔術使えっから!!」
そういうのいいから早く台所に行けって、と怒鳴って御玲を押しのける。
荒々しい溜息をつきながら、左手の人差し指を赤く光らせてライターの火程度の小さい火をおこし、煙草に火を点けた。
落ち着け。飯を食い終わるまでの辛抱だ。飯さえ食い終わればとっとと道場に行って修行ができる。澪華も十寺のことも忘れられる。
そして今以上に強くならなきゃならない。今のままではあの十寺と戦ったところで、勝算が皆無。
それに弥平の話によると、アイツは首謀者ではなく首謀者の手先。その中でも幹部クラスの存在ではと話していた。
つまりあの十寺よりも強い奴がいるかもしれないんだ。当然首謀者は更に強いんだろうが、俺はただの幹部に負けた上、奪われた。
十寺じてらが去った後、澪華の亡骸を探したけど、あの女子高生だった何かは跡形もなく消えてた。十寺じてらが覆面どもを使って、回収したのは明白だ。
結局アレが本物の澪華だったかどうかを確かめる術は無く、十寺が言っていた事実を信用するしかない現実に、されるがまま打ちひしがれる他なかった。
自虐の渦の中、首を横に振る。
駄目だ。考えれば考えるほど虚しい現実が痛めつけてくる。自虐せずにいられなくなる。考えたくないのに、じっとしていると思い返してしまう。
貧乏揺すりが激しくなり、テーブルが唸る。
飯ができるまでの時間。テレビを見ながら久三男と他愛ない話でもしていれば、あっという間に過ぎてしまう時間なのに、今日はものすごく長い。
長くて、永くて、堪らない。
「ああくそッ」
点けていながら全然意識していなかったテレビに視線を移す。
映っているのは緊急ニュース速報だった。どうやら中威区に突然氷の魔法を操る怪物が出現したと喚いている。
俺はあまりのどうでもよさに、思わず鼻で嗤ってしまった。
この武市都市部に怪物や化物の類が出るのは頻度こそ極僅かだが、珍しい事じゃない。
魔生物とかいう、人間とも野生動物ともいえないなんかの突然変異で生まれたよく分からん生物が、稀に人里を襲うことがある。
大概は任務で生計を立て、戦いを生業にする任務請負人に討伐されるから、全く出る幕なんざ無いんだが。
眉を怒りに歪め、チャンネルを変える。
喋る能の無い魔生物如きでわざわざ緊急ニュース速報とはご苦労なことだ。
そんなゲテモノを速報するんなら、一週間前まで行ってた学校を襲った謎の覆面集団のことでも報道して欲しいもんだ。
でもアレは分家派の連中に完璧な証拠隠滅処理がなされて、そこらのマスコミが嗅ぎつけるなんざ元より不可能だったっけ。
それで足がついてここにマスコミなんぞが押し寄せてきたら、それはそれでクソ面倒だ。対処なんて誰がするかよ。
テレビを音声操作するが、テレビに映る映像は前のチャンネルと全く同じであった。
顔が大きく歪ませる。また変える。同じ。変える。同じ。変える変える変える。同じ同じ同じ―――。
「……ふざけやがって!!」
居間中に、全力の怒号が響き渡った。
俺はテーブルに渾身の蹴りをくらわす。轟音を鳴り、テーブルは前面へのけぞった。
置いてあった灰皿は、テーブルが蹴り飛ばされた勢いで砕け散り、テレビの電源はぷつんと消える。
だがそんなことはどうでもよかった。今まで抑えてた何かが、一気にはじけ飛んだのだから。
「畜生が!! 昼寝したら糞みてぇな夢見るわ、テレビで気ぃ紛らわそうと思ったらおんなじニュースしかやってねぇわ!! なに、嫌がらせ? 俺に対する嫌がらせか!!」
「ど、どうかされましたか澄男さま!?」
「寝ても起きてもこんなんばっか!! 俺が、俺が何したってんだ、え!!」
「澄男さま落ち着いてください、一体何が」
「落ち着け? 落ち着いてられるかクソッタレ!! はぁぁぁぁぁ……」
居間を飛び出し、二階に駆け寄って私室に走りこむ。
壊れたクローゼットの扉を破壊し、衣服一式を取り出すと武器棚から剣を手に取り、引き戸を閉めぬまま、階段を走って降りる。
何が何だか分からずたじろぐ御玲を無視し、二階から持ってきた衣服に荒々しく着替えた。
「お出になられるのですか!?」
「それ以外に服着替える理由あると思うか!!」
「い、いけません。未だ貴方を襲った敵の正体がはっきりしていない現状で外出されては」
「知るか!! ここでずっと燻ってても胸糞悪りぃだけなんだよ、頼むからほっといてくれ!!」
「でしたら近衛を」
「テメェ耳大丈夫か? 一人にしてくれつってんだよ、いらねぇよ邪魔!!」
「しかしそれでは貴方に何かあった時、盾になって死ぬ事ができま……あぐっ」
うるせえ。
うるせえ、うるせえ、うるせえ、うるせえ。
メイドの言なんぞ聞かず、俺は胸倉を捻り、掴み上げる。胸倉を中心にメイド服が大きく捩れ、メイドの顔が赤く染まった。
「盾だァ……? 母さんを碌に守れやしなかったテメェがかァ……? 粋がってんじゃねぇぞクソアマがァ!!」
ぐく、とくぐもった声を漏らす。今にも破けてしまいそうなメイド服の襟元。もう飛び出した怨嗟は、俺の理性じゃ止める事ができない。
「テメェさ、流川の懐刀なんだろォ? だったらなんであのとき、盾にならなかった!! その流川にかかる火の粉を庇ってくれなかったんだ!!」
「そ……れは」
「どうせテメェにそんな能ねぇんだろ……? 守るだけの能が。それだけの力が……」
「私は……弥平さまに……」
「あぁ……? 何だテメェ他人のせいにすんのかァ。弥平の指示に従ったから守れなかった、そう言いてェのかァ……」
メイドの言い訳としか思えない反論に、俺の怒りは更に燃え上がる。ソイツを持ち上げたまま、俺は台所へ全力で投げ飛ばした。
背中を壁に強打し、ぐは、と声を上げた後、メイドは床に腹打ち。強打した所を摩りながらげほ、げほと咳き込む。
そんな姿に、俺はボコボコにしたチンピラを見下すときに向けてきたのと同じ目線を浴びせた。
なぁにが私は弥平さまに、だ。そんなモンが許されるんなら、テメェみてぇな側近とかいらねぇんだよ。ただ料理作る程度の無能の癖しやがって。
じゃあさ、なんで俺んトコに来たの。なんで水守家側近とかやってんの。なんで生きてんの。
本家派側近の癖に、何も守れてねぇじゃん。
``凍刹``とかいう大層な二つ名が聞いて呆れるわ。もっとできる奴だと思ってたのに、期待ハズレもいいトコだ。
痛がるメイドに向かって、俺は一切同情せず、尚も怒号を轟かせた。それはブーメランでもあり、そして事実でもある、最悪の暴言。
「そういうのをなァ……大した能のねぇ口先だけの凡愚って言うんだ!! 自分を弁える事すらロクにできねぇ奴が、出しゃばってんじゃねぇよ弱ぇ癖に!!」
床にへたり込み、過呼吸気味に俯いたメイドをしばらく見下す。
時間の無駄を感じ、床に落とした剣を腰に携えると、俺は吐き捨てるように追い討ちをかけた。
「……分かったら、もう俺に鬱陶しく構うな。テメェはメイドらしく黙ってメイドやってりゃあいいんだ」
俺は投げ捨てられた痛みで下を向いたまま何も答えないメイドを一瞥し、介抱してやる事もなく玄関の戸を蹴破る勢いで開いて、新館を飛び出した。
弥平から何かあったとき用に持たされてた技能球スキルボールを使い、中威区へ転移する。
視界は流川るせん本家領から一転して雪原となり、俺はメイドへ言った罵詈雑言をきっかけに、また性懲りもなく自虐に塗れた思索をリピートさせていた。
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でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
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#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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