無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、ガールフレンドを失って失意と憎悪の果てに復讐を決意する~

ANGELUS

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愚弟怨讐編 上

異形ども、再び

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 などと、久三男くみおの顔を立てるために丁寧に言ってみたものの、やはり護送という表現は誇張であったかもしれない。


 直属魔生物と魔導機の大群に囲まれながら、両腕両足を拘束され、家に投げ込まれたと思いきや、また無造作に担がれ、地下へ繋がるエレベータで下に下りると―――。


 薄暗い、鉄格子に囲まれた狭い部屋へ、乱雑に投げ込まれた。ストリンナイトが牢屋の扉を閉め、鍵をかける音が反響する。


 流川るせん本家邸新館地下二階。そこは全面鉄色の防護壁で覆われた、極めて無機質な空間。


 つまり、ここは地下牢。謀反を企てた者や、闖入者を一時的に匿うためだけに造られたフロアである。


 ストリンラギアとストリンナイトは、その場を去り、エレベータで上の階に上がっていった。


 弥平みつひらは彼らの去り際を見送ることなく思案を巡らせる。


 久三男くみお澄男すみおを殺害するのは明日。つまり、今日一日は殺害するための準備に費やすということ。


 当然、その間何もせず、ただ中継される映像を見るつもりは、毛ほどもなかった。


 今までの一連の流れは大体予想通り。捕まったのは予想外だっただけに、本当に誅殺される可能性も考慮していたが、どうやら運は自分に味方してくれたらしい。


 己の悪運に安堵しつつ、弥平みつひらは成すべき事を頭に思い浮かべる。


 それは至極単純。地下牢からの脱出である。


 地下牢から脱し、本家領の外へ出なければ物事は始まらない。しかし、自分一人だけでは明らかに心許ない。


 流川弥平るせんみつひらただ一人の力では、流川るせん家の軍事力、技術力そのものと化している久三男くみおには敵わないのは明白。


 弥平みつひらは後ろを向いた。彼が視界に入れたのは、地下牢の中に幽閉されておきながら、当時と全く変わっていないアレらの姿だった。


「「マンマンマン足!! 一本マン足!!」」


「ハッ」


「「マンマンマン足!! 一本マン足!!」」


「ハァ!!」


「「マンマンマン足!!」」


「一本パン足!!」


「よし処刑しろ」


「なんでぇ!?」


 青白いロン毛を生やした男子小学生を取り囲む、裸エプロンを着た中年オヤジ、黄緑色で二足歩行の蛙、そして一対の真っ白な翼を生やした熊のぬいぐるみ。


 熊のぬいぐるみは眉間にしわをよせ、ロン毛の男子小学生に詰め寄る。


 ロン毛の男子小学生は青褪めた表情でぷかぷかと浮遊する熊のぬいぐるみに抗弁していたが、熊のぬいぐるみは全く聞き入れる様子はない。


「おいシャル。オメェの股間についてる一本マン足バーをコイツのケツ穴にブチ込んで、文字どおりパン足させてやれ」


「アイアイサー!!」


「ねぇ考え直そ? 俺これでもう何回目か分かんないよ、そろそろ責め受け交代しない?」


「チッ……まだ寝言ほざけるだけの余裕あんのかコイツ……おいカエル、コイツの口を開けさせろ。俺のケツ穴から直接、特上の糞をブチこんでやる」


「やめろぉ!! もうやだぁ!! 食糞だけはやだぁ!!」


 惨状だった。


 目の前で同族が同族を陵辱する姿を目にし、あまりの気持ち悪さに弥平みつひらは反射的に目を背けた。


 視線を外した先に、彼らとは少し離れた場所でベッドに横になっている紳士と、短い手足で座ったまま昼寝をしている金冠を被った象がいた。


 弥平みつひらは目の前でロン毛を陵辱しているおどろおどろしい連中では話にならないと悟り、昼寝をしていた象に近づく。


「パオング……でしたよね」


「……む。おお、あくのだいまおうよ。時は満ちたようだぞ」


「……おや。ようやくですか。長かったようで、短いものですね。時間というのは」


 弥平みつひらが揺する間もなく、声をかけると二人は意識を取り戻す。白いシャツ姿の怪異、あくのだいまおうは簡易ベッドから起き上がると、弥平みつひらと視線を交わした。


「お待ちしておりましたよ。流川弥平るせんみつひらさん」


「貴方は……私がここに来る事も予想していたのですか」


「ふむ。流石は智謀の分家派当主。私達の何気ない会話から推測されたのですね」


「お戯れはどうかお控え願いたく。事は一刻を争います故」


「ふむ。予想していたのではなく、最初から知っていただけなのですが、まあいいでしょう。それで、とりあえず私達はここから出られるということですね」


「はい」


「あ? どうしたんすか旦那」


「やっべ、この子ショタだよショタ。ねぇねぇボクと兜合わせしない?」


「誰だそこの萌やし。おい名乗れや糞投げっぞ」


 弥平みつひらとあくのだいまおうの会話に釣られ、ようやく弥平みつひらの存在に気づいたカエル、シャル、ナージの計三匹の異形。


 床に排泄物と白い何かとともに無造作に打ち捨てられたロン毛をよそに、あくのだいまおうは静かに、と手をあげた。


流川弥平るせんみつひらさんですよ。一ヶ月前にお会いしましたでしょう」


「そだっけ。忘れちった」


「そんな事よりち◯こ見せてよち◯こ」


「萌やしウンコってのは覚えてる」


 パオングは首を左右に振り、あくのだいまおうは軽く肩を竦める。


「とかく、結論から申しますと私達は今日をもって、この牢獄から出られます」


「マジで!! これで鉄以外のものが食えんのか……!!」


「嬉しくて死にそう……もうあのロン毛のア◯ルじゃガバガバすぎて飽きてきたところなんだよねー……これで締まりのいい奴が掘れる……!!」


「俺はようやく、ようやく他の奴らの糞が食える!!」


 口々に自分たちの薄汚い欲望を曝け出す三匹に、あくのだいまおうは再び手を挙げて制する。


「しかしただで出す気はない、ですよね?」


「無論です。澄男すみお様と交わした約束を果たしていただきます」


「パオング。それはつまり、例のデモンストレーションであるな?」


 はい、と弥平みつひらは頷く。


 本来ならもっと先、佳霖かりんのアジトを侵攻するときに行う予定だったものだが、今回は分家側の落ち度だ。もっと早く久三男くみおの離反に気づいていれば、予定どおりに事は進められた。


 しかし今回の事件を終息させるには、デモンストレーションの予定を繰り上げる、もとい彼らの現実ならざる異形の力が必要なのだ。


「デモンストレーションつーことは、オレたち、戦えるってことすか?」


「ようやくボクのち◯こが真価を発揮するときがきたね!! 気合い入れるぞー!!」


「一ヶ月の牢獄生活のせいか、排泄不足で括約筋が鈍ってたところだ。ちょうどいいケツ慣らしになりそうじゃねぇか」


 などと各々気合を入れ始めるカエル、ナージ、シャルをよそに、弥平みつひらは真面目な表情を一匹と一人に向けた。


「私はここに残ります。私が脱走すると久三男くみお様に露悪するので」


「映像は中継してくださるらしいですし、それがいいでしょう。となると、指揮は私に一任、ということで?」


「……はい。致し方な……いや。信用します。貴方達を」


「パオング。なんとも豪胆な執事である。余所者でなおかつ我ら異形を信用するとは」


「そうですね。正直どうかしてると自分でも思います。でも、そうしないと……」


 弥平みつひらは顔を上げる。


 常に理性に従い、根拠を以って行動せよ。それが分家邸にいた頃、両親に言われてきた事だ。


 だがこうも言っていた。それではどうしようもないとき、自分の目で、自分の正しいと思うものを信じて進め、と。


 最も大切なのは分家派当主として、本家の当主を全力で支援し、本家の当主に降りかかる全ての災厄を治める事である、と。


 今、澄男すみおに災厄が降りかかろうとしている。それも強大で、醜く屈折した悪意の災厄が。


 一人ではどうしようもない、しかしどうしようもないからといって諦観する気は微塵もない。


 たとえ澄男すみお御玲みれいに後ろ指をさされようと、自分は自分が正しいと思った者を信じ、目の前に降りかからんとする災厄を絶対に治めねばならないのだ。


 それが分家派当主``攬災らんさい``の役目―――。


「一切了解いたしました。ではこのあくのだいまおう、貴方と澄男すみおさんとの約束、見事果たしてみせましょう。では早速」


「パァオング!! 脱獄であるな? その我欲、叶えてしんぜよう。``全体化トーチウス``、``部分無効パース・アリクアム:``施錠オブフィリマティス``、``転移阻止セレニウム・プラベンティオ````」


 がち、という音が聞こえ、牢屋の扉がゆっくりと開かれる。わーい、とわらわら抜け出す四匹とともに、パオング、あくのだいまおうも牢を出る。


「では、行って参ります」


「お気をつけて」 


 ``顕現トランシートル``で本家領の外に出たあくのだいまおうたちは、本家領の魔生物や魔道機の索敵範囲の外にある茂みに隠れ、お互いを取り囲む。


「んじゃ、とっとと澄男すみおとかいう奴の所にいきやすか旦那」


「いえ。まだ行きません」


「なんで」


 カエルのただでさえ醜い顔が、呆けることで更に崩れる。それには一切動じず、あくのだいまおうは説明を続ける。


澄男すみおさんと御玲みれいさんは、私達が牢屋から出ていることを知りません。対面すれば私達だけでなく、弥平みつひらさんも謀反の疑いをかけられてしまいます」


「そりゃ糞だな。面倒は避けたい」


 小さく短い棒のような腕を顎に当て、ナージは眉間にしわをよせる。あくのだいまおうは、難色を示すナージたちを見渡し、要約した結論を言い放った。


「ですので、疑いをかける暇がない局面で登場したいと思います。この意味、分かりますよね」


「えーっと……つまり、澄男すみおのあんちゃんと御玲みれいのねーちゃんが苦戦してるところにカッコ良く登場、って感じすか旦那」


「カエルにしては、中々良い発想です」


「カエルにしては、は余計っすよ旦那」


 二本の足で直立する黄緑色の蛙、カエル総隊長は唇の無いがま口を歪ませながら、肩を竦める。


「それまではここで野宿か……まあ、タンパク質の補充もできるし、あの牢屋よりマシか。んじゃとりま飯狩ってくるわ」


「オメェ自分だけか他の奴らの分も取ってこいや」


「久しぶりのタンパク質なんだ!! 狩猟ぐらい自分でいけ!! オレはタンパク質その他諸々不足で死にそうなんだよ!!」


「壁食ってた奴が何言ってんだ。オメェは土でも食ってろ糞カエル」


「じゃあ俺はパンツ狩りに行ってきます」


「ミキティウスお前……パンツ食う気か……」


 太陽も地平線に沈みつつある夕刻。


 特に嫌悪する事もなく野営の準備を始めたぬいぐるみたちは、魔生物の活動が活発になる時間帯に向け、動物性タンパク質を目指して森の闇に消えていった。
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