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愚弟怨讐編 下
愚弟と執事
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「ふざけやがって!!」
僕は湧き上がる激情を抑えられず、椅子の肘置きを思いっきりぶっ叩いた。
殴り慣れていない拳からは、じんじんと痛みが伴ったが、興奮のあまりアドレナリンの分泌が過剰なせいか、然程気にはならなかった。
あのぬいぐるみども、脱獄しやがった。
手引きした奴は想像がつく。流川弥平、やけにすんなり降伏したから引っ掛かりを感じていたが、やはり一手打つために一芝居うったわけだ。
カオティック・ヴァズをエーテガルダに装填して輸送した時点で勝利を確信していたから油断した。
元々カオティック・ヴァズは兄さんを基準に、兄さんをも殺しうる存在として開発した戦闘アンドロイド。
水守御玲程度の戦士なら、彼に備わっている人工知能の学習能力で対応できなくもないが、そもそも兄さん向けにメモリーを最適化しているだけあって、強者揃いの集団リンチにはほぼ対応できない。
ぬいぐるみどもがあんなに強いのも予想外だったし、雷属性系の使い手までパーティにいる始末である。
ヴァズは単純な殺傷性能こそ兄さんと同等以上あれど、まだ脳味噌は生まれたての赤ん坊のようなもの。このままじゃ、戦闘技能や経験、相性の良し悪しのせいで丸め込まれてしまう。
どうする。兄さんの首さえとれれば僕の勝ちなのに。最後の最後で邪魔が入る。どうして邪魔が入るんだ。たまにでもいい。すんなりと僕が勝つシナリオがあってもいいじゃないか。兄さんばっかり。兄さんばっかり―――。
『王手、です』
脳内に響き渡る若々しいイケボ。少し羨ましいという気持ちを抑えながら、僕は眉間にシワをよせ、心の中で反論をブチかます。
『笑わせる。アレらを脱獄させたところで、僕の勝ちは揺るがない』
『おや。どうしてです?』
『舐めてるのか? 君なら分かるはずだ』
『滅相もない。本家派当主候補にして現代の情報化社会、ほとんどの魔法工学発展を担った大賢者が考えている事など、一執事にすぎない私には到底理解に及びませんよ』
『悪いけど、僕は煽られ慣れてるんだ。そんなのが効くのは、未だ精神年齢が小学生のまま止まってる僕の兄さんぐらいなものさ』
心の向こうにいるであろう彼は、黙った。
煽られ慣れている相手にいくら煽ったところで変わりはしない。分家の当主なら、それくらいさっきの会話で理解できたはずだ。
多分兄さんなら頭ごなしに怒鳴り散らすか、殴る蹴るの暴行を加えるか、意味不明な感情論をべらべら口走ってたと思うけど、やっぱり話の分かる人と話していると、敵意をぶつけ合ってるにもかかわらず、不思議と気が楽になる。
『ならどうして、追撃しないのです?』
僕の思案を食い破り、自分で投げた沈黙を、自分で蹴破ってきた。僕は奥歯を噛みしめる。
『貴方は曲がりなりにも流川家の軍事技術に関する全権管理者。投入した戦略兵器が攻略されたならば、攻略された場合に備えて予備の戦略兵器を投入できるはず』
『……』
『なのに貴方はただ高みの見物をしているだけ。あの戦闘用アンドロイドが敗戦必至なのは作った貴方が一番理解している。なら何故次の一手を、貴方は打たないのでしょう』
弥平は喋り終えた。僕は深く息を吸う。
視界一杯に広がる液晶モニタに映る無様に大地に寝転がるヴァズを見ながら、僕は深く、深くゲーミングチェアに腰かけた。
なら何故次の一手を貴方は打たない``のでしょう``。
そういう言い方をしている時点で、なにもかも全て見透かした上での発言じゃないか。こうも聡明だと、悔しくて説明したくない意地が湧いてくるけれど、ここでホラを吹いたところで墓穴を掘るだけ。
どうせ僕の心理の動向は弥平に先読みされてる。正直相手の思いどおりに動くのは癪でしかないけど、プライドを守るために墓穴を掘るくらいなら、相手の思いどおりになった方がまだマシだ。
僕は反論を即興で思い浮かべ、脳内でそれを吐露する。
『確かにマナーム弾を装備させた戦略爆撃機を向かわせれば、確実に息の根を止められる。実際、既に帰還したエーテガルダにマナーム弾は装填済みだしさ』
『……ご存知かと思いますが、そんな事をすれば、貴方は戦争犯罪者ですよ』
『知ってる。兄さんや御玲、あのぬいぐるみどもだけじゃない。花筏や笹舟だって、おそらく跡形も残らない』
僕は依然と脳味噌の向こう側にいるであろう弥平を睨む。
花筏家当主``終夜``率いる花筏巫女衆と、その側近笹舟家当主``拳骨``。
三十年前に終息した``武力統一大戦時代``、大陸に蔓延るあらゆる戦役を、その絶大な力で勝ち抜いてきた化物揃いの流川家を、和解する以外で戦争を終わらせる手段が無いまでに追い込んだ世界屈指の精鋭一族。
緻密にして精巧、正確無比の集団戦術と、必要最小限の手間と時間、必要十分の力のみで敵性勢力を攻略する戦略力を持ち、戦時中は流川と互角に戦った戦績が評価され、流川と双璧を成す人類史上最強の戦闘民族として名を馳せていた。
``南の流川、北の花筏``なんて言葉が存在しているのも、流川と花筏の実力差、能力の特色の差異から由来しているに他ならない。
総力や名声こそ全盛期と比べ後塵を拝しているものの、現在でも当時の集団戦術と戦略力は健在らしく、意志思考を有さず臨機応変な応用がまるで利かない魔生物と魔導機軍が主戦力の僕にとって、相性最悪の相手だ。
マナーム球を投下すれば、投下地点を中心に半径五百キロメトは影も形もなくなり、ぽっかりと空いたクレーターだけが残る荒地となってしまう。なんの因果か、花筏や笹舟は、その範囲にすっぽりと入ってしまっていた。
彼らとは、僕たちから見て先代の当主たちが、前後に五分の盃を交わし合った相手。もう代替わりしてるから盃直しが必要だけど、分家側の総帥とや笹舟側の当時の当主が生きてるから、ずっと対等な関係は続いている。
もし彼らの拠点を吹き飛ばせば確実に敵対する事となり、全面戦争は避けられない。
『まだヴァズには、自律自爆という最後の切り札がある。あれなら花筏や笹舟を巻き込むことはない。だから僕の勝ちは揺るがない』
僕は自信をもって、強く言い切る。
ヴァズは機体の損傷が著しくなり動作不能になるか、所持している装備や戦闘技能面で大きく劣ると判断した場合、動力源である``擬似霊力炉心``を暴走させ、自爆するように設定している。
マナーム弾ほどのエネルギーは流石に有していない。それでも兄さんを周辺ごとなにもかも吹き飛ばせる威力は、十分にある。
『ふむ……しっくりきませんね』
『何が』
脳味噌のシナプスを隔てた向こう側で、弥平が首を傾げる。僕も同じく、首をかしげた。どんな一手を打ってくるのか、常に予想し続けながら。
『花筏や笹舟を巻き込みたくない。だから非常手段であるマナーム空爆を渋っている』
『そうだよ。花筏や笹舟を消滅させたら困るじゃん。花筏の現当主、``終夜``が消息不明な今、報復受けたくないしさ』
『なら聞きます。どうして花筏や笹舟の肩を持つのです?』
僕は口をつぐむ。反論しなきゃならないのは分かってるのに、思わず間が空いてしまった。このままだと、弥平からの反撃を許してしまう。
『貴方にとって、花筏や笹舟などとるに足らないはず。そもそもこの世に存在しない事になっているのですから、彼らの顔色を伺う必要などないでしょう』
『でも``終夜``が、ここまで攻めてくるかもしれないじゃない』
『攻めてきたとしても、そのヘイトは自ずと澄男様に向くでしょう。それは貴方にとって都合が良いはずです』
『……』
『しかし、そうしない。ならそうしない理由もしくはできない理由のどちらかがある』
あまりに隙のない反論に、僕は苦虫を噛み締めた。
やっぱり、弥平は全て気づいている。地下牢にブチこんでおけば、何もできないとタカをくくったのは判断ミスだった。
僕の内情を知り、なおかつ流川家の情報体系を一から十まで理解している彼は、兄さんでは決して辿り着けない答えまで、容易く辿り着いてしまう。
相手が兄さんだったら、丸め込めたはずなのに。僕は一方的に霊子通信を切り、弥平からは接続できないよう、ネヴァー・ハウスに命ずる。
「……またミス。どうして僕は……」
喉から引きずり出すような声音で、僕は切実に呻いた。
いや、考えるまでもない。ミスの原因なら分かってるんだ。良くも悪くも、僕は兄さんと母さん以外の人間とは話したことがない。いくら丸め込むと言っても、マトモに面と向かって話したこともない人間を丸め込むことはできないのだ。
性能がいくら良くても、経験したことのない事柄は実行できないのと同じように。
でももうここまで来た以上、後には退けない。僕自身がよく知る流川久三男という人物は、兄さんの陰に隠れ、自分の身に降りかかる災難を、兄さんや母さんに振り払わせる役目を押しつけるような人間。世間一般に弱虫、虎の威を借る狐と呼ばれる存在だ。
でも、そんなヘタレな僕だって``男``。昔、兄さんに喧嘩を売った以上、僕はこのタイマンに勝たなくてはならない。
売られた喧嘩は全て買え、売った喧嘩は倍の値段で捻じ伏せろ。
流川家の家訓にして、今は亡き母さんの教え。僕は兄さんに喧嘩を売った。兄さんはどうやら覚えてなかったみたいだけど、そんなことは関係ない。今日こそ、僕がオモチャ作りしか能が無い無能じゃないところを見せてやるんだ。
【流川本家領正門付近に侵入者】
突如サイレンが鳴り響く。
こんなときに侵入者。いや、あのぬいぐるみどもは脱獄してる。ここに来ることのできる存在は、見当がつく。
「詳細」
【正門付近に突如出現。二名の生命反応を検知。種族は人間と思われますが断定不能。意図もなく別空間より発現したため、``顕現``による転移強襲と推定されます】
奥歯を噛み締め、眉間にしわを寄せる。
兄さんと御玲の動向。弥平の手回し。それらが何につながるか、全て察しがつく。
でも僕のやることに変わりはない。僕はこのラボターミナル地下二階にいる限り、どんな手段でも取れるんだ。弱ったところを、僕の手で直々に息の根を止めてやる。
「正門付近にストリンナイトとストリンラギアを配置。指揮系統をラギアマスターに委託。周辺のストリンスポナーを起動し、絶え間なく魔生物を増員し続けるんだ」
【カオティック・ヴァズはどうなさいますか?】
「呼び戻せ。まだ再起不能になってないなら最高速で飛んでこいと」
【カオティック・ヴァズを呼び出しています……】
「ストリンパトロールは現状維持。ストリンタンク、ストリンアーミーは、メタレムとラギアマスターを主体に玄関と庭を固めさせろ」
【了解しました。カオティック・ヴァズの生存を確認。信号通達。約四十秒程度で領内に到着します】
僕は目の前に展開された大画面霊力ホログラムを見ながら、ほくそえむ。ただの幸運でここまで来れた実の兄に向かって。
「さあ兄さん。最終決戦だ」
僕は湧き上がる激情を抑えられず、椅子の肘置きを思いっきりぶっ叩いた。
殴り慣れていない拳からは、じんじんと痛みが伴ったが、興奮のあまりアドレナリンの分泌が過剰なせいか、然程気にはならなかった。
あのぬいぐるみども、脱獄しやがった。
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元々カオティック・ヴァズは兄さんを基準に、兄さんをも殺しうる存在として開発した戦闘アンドロイド。
水守御玲程度の戦士なら、彼に備わっている人工知能の学習能力で対応できなくもないが、そもそも兄さん向けにメモリーを最適化しているだけあって、強者揃いの集団リンチにはほぼ対応できない。
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ヴァズは単純な殺傷性能こそ兄さんと同等以上あれど、まだ脳味噌は生まれたての赤ん坊のようなもの。このままじゃ、戦闘技能や経験、相性の良し悪しのせいで丸め込まれてしまう。
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『王手、です』
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『笑わせる。アレらを脱獄させたところで、僕の勝ちは揺るがない』
『おや。どうしてです?』
『舐めてるのか? 君なら分かるはずだ』
『滅相もない。本家派当主候補にして現代の情報化社会、ほとんどの魔法工学発展を担った大賢者が考えている事など、一執事にすぎない私には到底理解に及びませんよ』
『悪いけど、僕は煽られ慣れてるんだ。そんなのが効くのは、未だ精神年齢が小学生のまま止まってる僕の兄さんぐらいなものさ』
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煽られ慣れている相手にいくら煽ったところで変わりはしない。分家の当主なら、それくらいさっきの会話で理解できたはずだ。
多分兄さんなら頭ごなしに怒鳴り散らすか、殴る蹴るの暴行を加えるか、意味不明な感情論をべらべら口走ってたと思うけど、やっぱり話の分かる人と話していると、敵意をぶつけ合ってるにもかかわらず、不思議と気が楽になる。
『ならどうして、追撃しないのです?』
僕の思案を食い破り、自分で投げた沈黙を、自分で蹴破ってきた。僕は奥歯を噛みしめる。
『貴方は曲がりなりにも流川家の軍事技術に関する全権管理者。投入した戦略兵器が攻略されたならば、攻略された場合に備えて予備の戦略兵器を投入できるはず』
『……』
『なのに貴方はただ高みの見物をしているだけ。あの戦闘用アンドロイドが敗戦必至なのは作った貴方が一番理解している。なら何故次の一手を、貴方は打たないのでしょう』
弥平は喋り終えた。僕は深く息を吸う。
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なら何故次の一手を貴方は打たない``のでしょう``。
そういう言い方をしている時点で、なにもかも全て見透かした上での発言じゃないか。こうも聡明だと、悔しくて説明したくない意地が湧いてくるけれど、ここでホラを吹いたところで墓穴を掘るだけ。
どうせ僕の心理の動向は弥平に先読みされてる。正直相手の思いどおりに動くのは癪でしかないけど、プライドを守るために墓穴を掘るくらいなら、相手の思いどおりになった方がまだマシだ。
僕は反論を即興で思い浮かべ、脳内でそれを吐露する。
『確かにマナーム弾を装備させた戦略爆撃機を向かわせれば、確実に息の根を止められる。実際、既に帰還したエーテガルダにマナーム弾は装填済みだしさ』
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『知ってる。兄さんや御玲、あのぬいぐるみどもだけじゃない。花筏や笹舟だって、おそらく跡形も残らない』
僕は依然と脳味噌の向こう側にいるであろう弥平を睨む。
花筏家当主``終夜``率いる花筏巫女衆と、その側近笹舟家当主``拳骨``。
三十年前に終息した``武力統一大戦時代``、大陸に蔓延るあらゆる戦役を、その絶大な力で勝ち抜いてきた化物揃いの流川家を、和解する以外で戦争を終わらせる手段が無いまでに追い込んだ世界屈指の精鋭一族。
緻密にして精巧、正確無比の集団戦術と、必要最小限の手間と時間、必要十分の力のみで敵性勢力を攻略する戦略力を持ち、戦時中は流川と互角に戦った戦績が評価され、流川と双璧を成す人類史上最強の戦闘民族として名を馳せていた。
``南の流川、北の花筏``なんて言葉が存在しているのも、流川と花筏の実力差、能力の特色の差異から由来しているに他ならない。
総力や名声こそ全盛期と比べ後塵を拝しているものの、現在でも当時の集団戦術と戦略力は健在らしく、意志思考を有さず臨機応変な応用がまるで利かない魔生物と魔導機軍が主戦力の僕にとって、相性最悪の相手だ。
マナーム球を投下すれば、投下地点を中心に半径五百キロメトは影も形もなくなり、ぽっかりと空いたクレーターだけが残る荒地となってしまう。なんの因果か、花筏や笹舟は、その範囲にすっぽりと入ってしまっていた。
彼らとは、僕たちから見て先代の当主たちが、前後に五分の盃を交わし合った相手。もう代替わりしてるから盃直しが必要だけど、分家側の総帥とや笹舟側の当時の当主が生きてるから、ずっと対等な関係は続いている。
もし彼らの拠点を吹き飛ばせば確実に敵対する事となり、全面戦争は避けられない。
『まだヴァズには、自律自爆という最後の切り札がある。あれなら花筏や笹舟を巻き込むことはない。だから僕の勝ちは揺るがない』
僕は自信をもって、強く言い切る。
ヴァズは機体の損傷が著しくなり動作不能になるか、所持している装備や戦闘技能面で大きく劣ると判断した場合、動力源である``擬似霊力炉心``を暴走させ、自爆するように設定している。
マナーム弾ほどのエネルギーは流石に有していない。それでも兄さんを周辺ごとなにもかも吹き飛ばせる威力は、十分にある。
『ふむ……しっくりきませんね』
『何が』
脳味噌のシナプスを隔てた向こう側で、弥平が首を傾げる。僕も同じく、首をかしげた。どんな一手を打ってくるのか、常に予想し続けながら。
『花筏や笹舟を巻き込みたくない。だから非常手段であるマナーム空爆を渋っている』
『そうだよ。花筏や笹舟を消滅させたら困るじゃん。花筏の現当主、``終夜``が消息不明な今、報復受けたくないしさ』
『なら聞きます。どうして花筏や笹舟の肩を持つのです?』
僕は口をつぐむ。反論しなきゃならないのは分かってるのに、思わず間が空いてしまった。このままだと、弥平からの反撃を許してしまう。
『貴方にとって、花筏や笹舟などとるに足らないはず。そもそもこの世に存在しない事になっているのですから、彼らの顔色を伺う必要などないでしょう』
『でも``終夜``が、ここまで攻めてくるかもしれないじゃない』
『攻めてきたとしても、そのヘイトは自ずと澄男様に向くでしょう。それは貴方にとって都合が良いはずです』
『……』
『しかし、そうしない。ならそうしない理由もしくはできない理由のどちらかがある』
あまりに隙のない反論に、僕は苦虫を噛み締めた。
やっぱり、弥平は全て気づいている。地下牢にブチこんでおけば、何もできないとタカをくくったのは判断ミスだった。
僕の内情を知り、なおかつ流川家の情報体系を一から十まで理解している彼は、兄さんでは決して辿り着けない答えまで、容易く辿り着いてしまう。
相手が兄さんだったら、丸め込めたはずなのに。僕は一方的に霊子通信を切り、弥平からは接続できないよう、ネヴァー・ハウスに命ずる。
「……またミス。どうして僕は……」
喉から引きずり出すような声音で、僕は切実に呻いた。
いや、考えるまでもない。ミスの原因なら分かってるんだ。良くも悪くも、僕は兄さんと母さん以外の人間とは話したことがない。いくら丸め込むと言っても、マトモに面と向かって話したこともない人間を丸め込むことはできないのだ。
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でももうここまで来た以上、後には退けない。僕自身がよく知る流川久三男という人物は、兄さんの陰に隠れ、自分の身に降りかかる災難を、兄さんや母さんに振り払わせる役目を押しつけるような人間。世間一般に弱虫、虎の威を借る狐と呼ばれる存在だ。
でも、そんなヘタレな僕だって``男``。昔、兄さんに喧嘩を売った以上、僕はこのタイマンに勝たなくてはならない。
売られた喧嘩は全て買え、売った喧嘩は倍の値段で捻じ伏せろ。
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奥歯を噛み締め、眉間にしわを寄せる。
兄さんと御玲の動向。弥平の手回し。それらが何につながるか、全て察しがつく。
でも僕のやることに変わりはない。僕はこのラボターミナル地下二階にいる限り、どんな手段でも取れるんだ。弱ったところを、僕の手で直々に息の根を止めてやる。
「正門付近にストリンナイトとストリンラギアを配置。指揮系統をラギアマスターに委託。周辺のストリンスポナーを起動し、絶え間なく魔生物を増員し続けるんだ」
【カオティック・ヴァズはどうなさいますか?】
「呼び戻せ。まだ再起不能になってないなら最高速で飛んでこいと」
【カオティック・ヴァズを呼び出しています……】
「ストリンパトロールは現状維持。ストリンタンク、ストリンアーミーは、メタレムとラギアマスターを主体に玄関と庭を固めさせろ」
【了解しました。カオティック・ヴァズの生存を確認。信号通達。約四十秒程度で領内に到着します】
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「さあ兄さん。最終決戦だ」
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