無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、ガールフレンドを失って失意と憎悪の果てに復讐を決意する~

ANGELUS

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教会決戦編

エピローグ:皙仙、再び

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 あれから何分経っただろうか。目がさめると俺は瓦礫の下敷きになっていた。


 服は破れて布切れすら残らないくらい綺麗に消え去り、上半身裸の状態で地べたに寝転がっている。とりあえず邪魔だから瓦礫を蹴飛ばし、首やら何やらの骨を鳴らしながら立ち上がる。


 あの爆発をまともに食らい、かなりのダメージを連続で食らってたはずだが、寝転がってる間に再生が終えたのか、今は痛みすらない。身体の動きに異常はなく、服がなくなって見窄らしい姿になってるところ以外は、いつも通りの俺だった。


 とりあえず状況を把握するために辺りを見渡す。辺りは完全に消えて無くなり、草木も親父の拠点の亡骸すらもなくただただ荒地が広がってるだけという状態だった。


 親父との信念比べで勝てたはいいが、盛大に自然破壊をしちまったのは、少しばかり心が痛む。


「さて、帰るか……ってああ!」


 帰ろうと足を踏み出したとき、俺はあることに気づいた。そう、ものすごく、ものすごく重要なことに。


「俺、どうやって帰んだ!? 技能球スキルボールなんか持ってないし、転移の魔法なんて使えねぇし……まさか歩いて……? 無理だ!!」


 頭を抱え、どうにかこうにか脳味噌をぶん回す。巫市かんなぎし農村過疎地域にあった親父の拠点から俺ん家まで、半年飲まず食わずで歩いても足りないくらいの距離がある。


 今まで月単位かかる長距離移動は転移魔法でやってきただけにあんまり深く考えてこなかったが、いざとなってみると転移魔法のありがたみが身に染みて分かる。


 まるで、どこにもつながりがない孤島か先の見えない砂漠にでもほっぽり出された気分だ。


「……飛んで帰るか。いやー、でも巫市かんなぎしの奴らに見つかって未確認生物扱いされたら堪んねぇなそれは……弥平みつひらの仕事も増やしちまうことになるし」


 それに、と脳味噌をさらに回転させる。


 さっきの爆発で少なからず爆音やら地響きやらが向こうにも響いてるはずだし流石に警戒されてる可能性がある。正直、巫市かんなぎしにはあまり近づきたくない。捕まって色々聞かれるのは面倒極まりないことだ。なんとか帰る方法はないものか。


「今日ほど転移の魔法が使えたらと思った日はないぜ……パオングが羨ましい……」


 策など思いつくはずもなく。飛んで帰るか、歩いて帰るかの二択しか思い浮かばない自分が恥ずかしい。


「あいつら……迎えにこねぇかなぁ……」


「呼びましたか?」


「うおおおおう!?」


 俺の目と鼻の先に突然、なんの前触れもなく姿を現した一団。御玲みれいを筆頭に、弥平みつひら、カエル、シャル、ナージ、ミキティウス、パオングである。


 御玲みれいがじとー、と俺の顔を見つめてくる。


「全く、あの爆発で普通に生きてるとか、澄男すみおさまは本当に化物ですね」


「主人の内臓貪り食ったメイドに言われても説得力に欠けるんだが、それは」


「素直に感謝してはいかがですか? 迎えにきてやりましたよ、澄男すみおさま」


「なーんかすっげぇ棘を感じる言い方!! お前こそ素直になれよ、有言実行してやったぞ」


「はい? 有言実行なんですからやり切るのは当たり前じゃないですか。何寝ぼけたこと言ってんですか。寝てるんですか」


「寝ぼけてねぇし寝てねぇよ!! なんだお前、ここに来てツンデレか!! そんなのは久三男くみおにしか響かねぇからやめとけよマジで」


「あなたにデレるなんて、死んだ方がマシですね。やるならツンコロですよツンコロ」


「ツンコロってなに!? てか死んだ方がマシってひどくないかそれは!? シンプルに悪口!!」


「ツンツン罵倒しまくって最後は精神的に殺す、略してツン殺」


「もうそれツンとかそんなんではないよなもはや……ただのいじめだよなぁ」


「いじめですが、なにか?」


「認めた!? いじめって認めた!? 俺を虐めるなんざお前至難だぞ分かってんのか?」


「そうでもない気がしますけど。力比べでなければボコボコにできる自信があります」


「おー言ったなお前後で勝負だいいな?」


「構いませんよ。泣いて詫びさせてやります」


「あの。お二方、話してもよろしいですかね」


 困った表情を浮かばせる弥平みつひらに、ようやく気づく。流石に駄弁りすぎたと思い、俺と御玲みれいは意識を弥平みつひらに向ける。


「さて私は久三男くみおさまとともに戦後処理をしなければならないので現場に残りますが、澄男すみおさまたちはすぐにパオングとともに本家邸へ帰還してください」


「言われんでもそのつもりだ。もう疲れたし、正直風呂入って飯食ってとっとと寝たい」


「後もう一つ。翌日二十三日、澄男すみおさまたちは昼以降で構いませんので、分家邸へ向かって下さい」


「あ? なんでだ?」


流川るせん分家派総帥であらせられる、流川凰戟るせんおうげき様が澄男すみお様との謁見を望んでおられているからです」


流川凰戟るせんおうげき様って……``天帝``と呼ばれたあの!?」


 御玲みれいが目を丸くするが、俺は首を傾げる。


「誰だソイツ」


「話聞いてました? 弥平みつひらさまの父君であり、流川るせん分家派の現総帥ですよ」


弥平みつひらの親父か! つか``天帝``って、やたらゴツい二つ名してんな……」


「武力統一大戦時代、澄会すみえさまと双璧を成す大戦の覇者の一人ですからね。当時、彼が戦場に現れるだけで敵は武器を投げ出し、背を向けて逃げ出すほどだったとか」


「ンだそりゃあ……母さんといい勝負だなそれは」


「ちなみにですが、澄会すみえ様は私の父君の妹君であらせられるお方です」


「……え?」


 次は俺が目を丸くした。


 俺の母さんが、弥平みつひらの親父の妹。そこまで考えたところで、全てを理解した。


「なるほど、だから俺と弥平みつひらは従兄弟なのか!」


「ええ!? いままでどんな関係だと思ってたんですか!?」


「んー……めっちゃ有能な友達? みたいな」


「なんですかその曖昧な認識……というか従兄弟なのは知ってましたよね……」 


「いやすまん。そういえばそうだったな、と」


「大丈夫でしょうか、この人」


 御玲みれいは盛大に溜息をつく。


 別に従兄弟だってことを忘れてただけで赤の他人扱いしてたワケじゃないんだから別にいいじゃん。今覚えたし。なんでこんな呆れられてんの俺。


「あはは……まあとかく、私の父君が呼んでおりますので明日分家邸へ向かってください。私は現地で合流しますので」


「分かった」


「畏まりました」


 俺らの返事を聞くと、少し頭を下げて一礼し、現場へと戻ろうと身を翻す。俺らも少し先で待たせてるパオングの所へ行ってとっとと自宅に帰ろうと歩き出した―――その瞬間だった。


「動くな」


 俺らは本能的に、身体の内側から語りかけてくるような、濃厚でコクのあるその声音に背筋を凍らせた。


 凄まじく濃密で、どこまでも冷え切った殺気。全身が泡立つような感覚が走り、気づけば俺たちはお互い背中を預けあい、武器を抜いていた。


 辺りを見渡し、その根源を見極めようとあらゆる感覚を先鋭化させたとき、目の前の空間がぐにゃりと歪む。それは人の輪郭を描いたと思いきや、徐々に徐々に、顔のパーツ、体のパーツも明確に描かれていく。


 まるで世界が、空気が、人間一人を描いているかのような錯覚。もっとわかりやすく述べるなら、鏡に映した自分自身が鏡の中から這い出てくるような感じだ。世界の背景を迷彩のように着込んだソイツは、どんどん己の姿をさらに明確にしていく。


 俺はその姿に見覚えがあるように思えた。俺だけじゃない、御玲みれい弥平みつひらも口を開けながら、既にその姿を直感していた。


 忘れるはずもない、今から一ヶ月前に似たような奴と出会い、そして戦ったのは記憶に新しい。もしもソイツが、その本人だったなら俺らの本能が危険信号を全力で発しているのは間違いないだろう。


 今思えば声も聞いたことがある。この声音を発する奴は、俺の人生でただの一人しかいない。


 ついに世界は奴を描き終えた。奴の体色は世界の背景を消し去り、日焼けを知らない白い肌を取り戻すと、夕陽を乱反射させる鏡面加工の銀髪を靡かせ、ブラックホールを彷彿とさせる常闇の瞳が俺たちを冷たく、どこまでも冷たく睥睨した。 


「お前は……裏鏡水月りきょうみづき……!」


 俺は片手で柄を握り、ソイツの名を呼んだ。


 裏鏡水月りきょうみづき。一ヶ月前、俺たちが親父に関する情報を得るために誘き出そうとしてあわや壊滅状態にまで追い込まれた怪物。この場の誰もが戦ったが敵わず、ゼヴルエーレの力を以ってして滅ぼすことができなかった、本物のバケモノだ。


「``禍焔かえん``。お前に預けていた白星、返してもらうぞ」


「なんのことだ。もうテメェと戦う理由なんかねぇぞこっちは。喧嘩ならよそでやってくれや」


「そうはいかぬ。その白星はお前に預けただけのこと。いつか奪いにくると言ったはずだが?」


「戦う気はねぇって言ってる。もう一度だけ言うぞ? 喧嘩ならよそでやれ。この戦闘狂が」


 あいもかわらずワケのわかんねぇ奴だ。


 確か御玲みれいたちから白星は預けたとかそんなことを言ってた、ということをかつて聞いたが、だからといって応じる理由がまるでない。なんでそんな無意味で無駄な喧嘩をしなきゃならんのだろうか。


 こっちは宿敵を倒したばかりで精神的にも疲れてんのに、お前の遊びに付き合ってる余裕なんざない。とっとと帰って風呂入って飯食って寝たいんだ。明日には明日の予定があるし、遊ぶんなら一人でやっててくれよ。


「お前に拒否権があるとでも思っているのか?」


 俺の心中など知ったこっちゃねぇと言わんばかりに、裏鏡りきょうの冷え切った双眸は俺たちを逃さない。この場から動くことを決して許さないという意志が、俺たちを頑強に縛り上げる。


 動いたら何をされるか分からない、でも分かるのはただ一つ。ロクでもないことする、ということだけだ。


「まあいい。拒むのであれば、拒めぬようにするまでだ」


 裏鏡りきょうから溢れ出る殺気の密度が、一気に増した。身体からじんわりと脂汗が溢れ、体感重力が心なしか三倍くらい割増される。


 動けば死ぬ、消される。それも消されたということすら分からないくらいの一瞬で。足をほんの僅かに動かす、ただそれだけで跡形もなくなるそんなビジョンが、何度も何度も脳裏を駆け巡る。


 いつもならざけんじゃねぇぞテメェと殴りかかるところだが、それすら許さない気迫。まるで自分という存在が、目の前の同い年の男に握られているような、そんな圧迫感が心を、精神を蝕んでいく。


「ここで消えるか。俺と戦うか。二つに一つだ。選べ」


 本当の意味で、冗談という概念が全くない究極の二択。


 本来ならそんな二択選んでやる義理もないが、そんな義理だのなんだのが通じるような相手じゃないのは自明だ。


 避ければ地獄、受けても地獄。俺たちには既に逃げ場もなければ選択の余地も残されていない。まさに、理不尽。その一言に尽きた。


「……分かった。受けてやる。テメェともう一度だけ喧嘩しようじゃねぇか」


 迫られた俺が下した選択。それは、妥協とも言い換えられる、最良の選択だった。


 前者を選べば俺はともかく、弥平みつひら御玲みれいすら塵芥にされかねない。それはどうしても避けなきゃならない事案だ。そうなると自ずと選ぶべき選択肢は決まる。


 でも俺は、そこで二本の指を立てた。


「ただし条件が二つある。白星は俺が持ってんだ。それぐれぇは権利があんだろ?」


「……ほう。俺に権利を主張するとは大きく出たな。まあいい。その言い分も一理ある。言え」


「一つ。これは俺とテメェのタイマンだ。他の奴らにはぜってぇ手を出すな。何があってもだ」


「下らん。お前以外の雑兵など元より興味範囲外だ。拒否する理由が無い」


「二つ。悪いが明日の午前中にしてくれねぇか。テメェのことだから知ってるだろうが、今日親父をブッ飛ばしたばっかで疲れてんだ。テメェだって、できれば俺が全快の状態でやりあいてぇだろ?」


「……ふむ。確かに。弱ったお前を倒したところで戦う意味が無いのは議論の余地もない。そんなつまらん勝利は勝利とは言わぬ」


「じゃあ、全部承諾ってことでいいか?」


「ああ」


 裏鏡りきょうから殺気が弱まった。弥平みつひら御玲みれいが肩で息をしてるのを感じとる。横にいる御玲みれいは汗でびっしょりに濡れていた。俺は裏鏡りきょうに再び意識を向ける。


「戦う場所もこっちで決めていいよな」


「地形で俺を陥れたいのならば好きにするがいい。どこだろうと結果は同じことだ」


「見くびるなよ。テメェにそんな搦め手が通じるなら、こんな一ミリも得のない喧嘩なんざ買うかっての」


 俺は負けじと睨み返す。当然裏鏡りきょうの殺気には遠く及ばないが、これは意地だ。アイツからすれば、つまんねぇミソッカス程度のものでしかないだろうが少しくらいは抵抗しねぇとただのサンドバッグでしかない。


「戦場は俺ん家の庭だ。そこならどれだけ暴れても大したことにはならねぇ。どうせお前のことだから転移してくるんだろうし、いいよな?」


「好きにしろと言っている」


 俺の何の意図もないただの気遣いを冷え冷えとした一言で一蹴する。


 齟齬がおこらねぇように気遣ってやってるのに、全く気遣い甲斐のない奴だ。まあ思えばコイツには何でも分かるよく分からん鏡の術があるし、ハッタリなんざ通じるワケがない。齟齬が起きようがないんだった。そう考えると、どっと疲れる。 


「んじゃ、もう帰っていいか」


 特にもう話すこともない。純粋に帰宅欲を満たしたいがため、早々とコイツとの会話を打ち切る。むしろこれ以上話してると頭がイカれちまいそうだ。


 ただでさえ親父をぶっ殺した直後だってのに、理不尽の権化みたいな奴と付き合ってると死にたくなってくる。というか既に予定狂わされたしなにもかもほっぽり出して一日中ふて寝かましたい気分だ。


「さらばだ」


 そう言い残し、まさかの俺らより先に姿をくらました。パオングが使う転移の魔法とは明らかに異なる転移で、一切の余韻を残すこともなく。


 俺は奴のあまりのマイペースさに、目を何度も瞬きさせる。だが次の瞬間、弥平みつひら御玲みれいがぐしゃりと膝を折った。


「おいどうした!?」


「すみません……気を張りすぎまして……」


 御玲みれいが顔から大量の汗をぼたぼたと滴らせる。過呼吸気味に絶えず呼吸をしているあたり、息すら止めていたんじゃないだろうか。


 確かによくよく考えれば俺は塵芥にされようと生きられる自信があるが、コイツらの場合は塵芥以前にただの致命傷を食らっただけで死ぬんだ。


 アイツから放たれた微動だにすることすら一切許さない莫大な殺気を前にすれば、どれだけ察しの悪いノロマでも死を悟ることはできるし、況してや一撃で死ぬ可能性が普通にあるがゆえに殺気には特別聡いこの二人ともなれば、その精神的な重圧は計り知れないものになる。


 一生懸命酸素を取り入れる二人の背中を優しく撫でた。弥平みつひらは何も言わないが、御玲みれいと同じくらいの汗をかき、絶えず酸素を肺に取り込んでいた。


「す、すまん……まさか息まで止めてるとは思ってなかった……」


「できるなら心臓の鼓動すら止めたかったくらいです……」


「いやそれは死ぬよね普通に」


「でもそれくらいしないといけないくらいの重圧でした……あんな濃密な殺気、今まで感じたことがありません……本当に、ほんの少しでも動いたら肉片も残さない。そう言い聞かせられている感じで……」


「そこらへんの感覚は言われんでも分かる……とりあえず酸素を吸うことに専念しろ。今は休め」


 俺は弥平みつひら御玲みれいの背中を撫で続ける。二人の心臓の鼓動は、背中から伝わるくらいに激しく、速く脈動している。余程追い込まれていた証拠だ。


 しばらく二人は呼吸のみに意識を向け、体の状況を整えることに専念した。その間、俺は明日のことを考える。


 戦いは確かに終わった。でも言い換えれば今回の戦いが終わっても、次の戦いが待っている。


 次の戦いは裏鏡りきょうとの再戦だが、おそらくはこれから遠くない未来、俺は色んな戦いに身を投じることになるんだろう。どうせ俺のことだから、自分から巻き込まれに行ったり、今回みたいに理不尽に巻き込まれたりするんだろうが、それでも乗り越えなければならない。


 澪華れいかと誓った。今の仲間を大切にしろと。色々な苦難を乗り越えて、幸せに暮らせと。その約束を反故にするワケにはいかない。


 親父やみんなの前で理想を口にした以上、俺はそれを確実に果たす義務もあるし、それ以前に俺自身がそれを反故にすることを許さない。


 親父を倒す。ある種最大の目的だったものを果たした今、これから俺はまず、何をすればいいのだろうか。


 そういえば裏鏡りきょうが言っていた。お前は復讐を果たした先、何がしたいのかと。そのときの俺は、何も無い、そんなものは復讐を果たした後にでも考えればいいと答えたが、いざその復讐を果たした先に立ってみると皆目分からないもんである。


 一心不乱に親父をぶっ殺すことだけを考えてきたから、そりゃそうなのかもしれないが、もう今は色々と抱えてるもんがあり、俺一人で生きてるワケじゃない。裏鏡りきょうの言ってることは理不尽極まりなくて何一つ足しになった試しがないが、復讐の果たしたその先、未来を見据えて考えなきゃならないということだけは、一理あると言える話だった。


「さて……これからどうすっかなぁ」


 とりあえず考えてみる。しかし、がむしゃらにとにかく動く。ぐらいしか浮かばない自分が、そこにあった。
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