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第二章 まとの蛍
相聞歌を…さあ、何とでござんす?
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しかしとは云うものの、実のところ本当にどうなっているのだろう?この出会いの筋書きと顛末のほどは(もしあれば、の話だが)。そして彼女の心の内は。斯く云うわけは始めの邂逅以来ただの一度でもこの超常状態、すなわち本郷から大森への一瞬の内の移動を、その真偽のほどを、確かめたいとか、早く家に戻りたいとかのことを彼女はいっさい口にしていないのだ。いったい何故なのか?聞きたくもあったがしかしそれも出来ずにいた。この奇跡の演出家に対してそれは背任行為にあたると思うからだが、だがそれにしても老婆心を起こさざるを得ない。母上のお滝さん、妹の邦子さんは今頃どうしておられるのか。心配していはしまいかなどとつい思ってしまう。それを云おうか、もし失念しているのなら気づかせてあげようか…実に悩ましいところだった。ただ、こちらも不思議なのだがひょっとして一葉がこちらの世界に、すなわち彼女の時代から数えて百八年後のこの現代社会に、このまま止まってしまうのではないかと心配する気は全然起きなかったのだ。なぜかそれは決してあり得ない気がする。何かの気ひとつで、例えば今にでも彼女はすっと消えて、帰ってしまうことだろう。不思議と確信があるのだった。とにかくそんなことを私が気に病んでいるうちにも、彼女は最前の笑みをたもったまま、なんとこう申し出てくれた。「もしそうでしたら(私が文芸を、和歌や小説をするならばということだ)、いかがですか?さきほどのお礼代わりに相聞でも致したいのですが。自分のことを胸の奥まで判ってもらえることほど嬉しいことはありません。ほんの少しでもお返しして差し上げたい。しかしとは云っても 若輩の私の身ではあなたのことを聞く術もありません。もし和歌でもお詠みいただけるなら、あなたのことを少しでもわかってあげられる気がするのです。御存知かどうか…僭越ながら私も歌塾で師範代をしている身ですので…さあ、何とでござんす?ほほほ」。名作「たけくらべ」の中の、みどりが信如へ心中で迫る折りの名決めゼリフまで使っていただいたりして。まあ、それこそ本当に‘何と’いうことを思いつく人なのだろう。御存知も何も、小説はもとより、私が和歌を始めたのは一にも二にも彼女、一葉の和歌を見たからなのだ。今でも相当数の彼女の和歌を諳んじている。まさに師匠と思うその人と相聞歌を為すなど…それこそ至福の至りなのだが、しかし「はたやはた」でもある。名人とド素人が将棋を指すようなものだからだ。
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