サマネイ

多谷昇太

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第三章 山本僧侶

誰も出て来ない

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俊田も同じような塩梅だったが日本も含めて始めて入る宿坊というものの雰囲気をつかもうと、俺は五官を研ぎ澄まして建物内の様子を探っていた。得度の動機や女買いなどのことを思えば云えた義理ではないが、これからいよいよここで僧侶生活を送るのかなどと思えば、自分がビルマの竪琴の水島上等兵にでもなったような、殊勝な気持ちにさえなる。誰か出て来たら取り敢えず合掌でもしようか…。
 しかし暫く待ったが誰も出て来ない。俺たちは怖ず怖ずと交互に声を出し始めた。「ハロー」と取り澄ました声で取り次ぎを乞うのだが皆昼寝でもしているのかしらん、いっかな誰も戸を開けて出て来ない。そのうち俊田が臆することのない竜馬の本領を発揮してくれた。「ハッロー!エニバディヒア!?」と大音声で宿坊内に声をとどろかせる。だが本来そうすべき俺と来たらすっかり恥ずかしくなってしまい、また意気消沈もして声が出ない。まるで一晩の宿と食事を乞う乞食が無視されているように思えたからだ。漫才の掛け合いではないが「かあちゃん、もう帰ろうよ」と云って退散したいくらいだ。が、それを知ってか知らずか俊田は一向に怯まず、いよいよ声を上げるうちに左側一番手前の扉が勢いよく開いて、中から上半身裸の筋骨隆々としたムンクが1人飛び出して来た。「アーッ!?」と俊田に負けぬ大声を上げてドスンドスンと床を震わせながら大股でこちらにやって来る。拳でも握っていたらそのままブッとばされるのではないかと思えるくらいの勢いだった。色が浅黒く目が細い、典型的なマレー系の顔立ちをしたタイ人僧侶だったが、僧侶というよりはムエタイ戦士、いや動く仁王像といった感じである。

  【がたいのいいタイ人ムンク from pinterest いやが上にも委縮してしまう】
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