サマネイ

多谷昇太

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第四章 得度式と鏡僧侶

永平寺の修行は厳しい

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ぼくはね、雪の宏六園が好きだったねえ…」などとしきりに彼の出身地の北陸に話を持って行きたがる。南国の暑さの中に身を置き続けるならば、ついお互いの(?)故郷の雪のことでも語り合いたくなるのだろう。気持ちはよくわかるが付き合う術もない。「……」とただ無言でうなづくばかりだ。どこか話の噛み合わない不自然さに咳払いをひとつして鑑師は北陸の話を止め「それではね、とにかく君もこれから形ばかりは僧侶だ。僧侶の寺の外でのしきたりとか僧衣の着方とか、必要なことは明日また来て教えるから。今日はもう疲れたでしょ。このままゆっくり休んでいていいよ」と告げてみずからの僧房へと帰って行った。彼にしてみれば俺のような男よりは同じ仏教畑の、本来ここにいるべき大学生のほうがよほどよかったのに違いない。俊田を通じて2、3回会っただけだが本当に真面目そうな男だった。はたしてどこの仏教系大学だったのか知る由もないがおそらく卒業後は正式な僧侶を目指すのではないだろうか。後に知ったことだがこの鑑師の本寺、福井県の永平寺における僧侶たちの日課は実にきついものなのだそうだ。起床時間が早朝3時で、炊事当番は1時かそこらだと云う。その後も座禅やら読経やら、また動禅とか称して度々の掃除が課されているとも云う。同寺正門をくぐるのは出家得度する時と還俗する時の2回だけとも聞いた。すればすなわちその仏道求道の真摯さのほどが知れようというものだ。
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