サマネイ

多谷昇太

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第四章 得度式と鏡僧侶

散文詩「ブルー・スパニッシュアイズ」(3)

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「ハロウ」
魅惑的な声が後ろからかかる。
振り向けば俺の顏近く、腰を屈めて俺のスケッチを覗き込む美女の姿があった。
『どう?私は。そのソフィア・ローレンと、どっちがきれい?よかったら私がモデルになってあげようか…』とでも云いたげな視線を俺に寄こしてくる。
何と云う青い目だろう。地中海のコバルトブルーを見るような、吸いこまれるような美しい目をしている。髪は金髪でGパンを穿いた、実に綺麗な娘だ。
男に言い寄られることに馴れているのだろう、気の利いた俺のセリフを予想して、そのままじっとしている。

『…だけど君、俺の正体を知っているのかい?
昨日まで山で野宿をしていた男だよ。ああ、まったく…
何というミスマッチを君はやらかしてくれてるんだ?俺は…俺は…』

ハッとばかり彼女が気づく。
俺の目の中に底なしの寂寥と空しさを一瞬で見たようだ。すぐに彼女は離れて行ったが、それまでの僅かな数秒間、心と心の会話はなされ、そしてそれは以後無限回、俺の心の中で繰り返されたのだった…
「あなたの心は凍っているわ。弱々しくって…男じゃないのね」
「そうだ、俺は弱い。だから君の好意に応えられない」
「だあって、女の私から声をかけてあげたのに、それでも乗って来れないの?ひどいじゃない」
「俺は無一文で、イエローのヤープで、明日にでもまた宿無しの身だぜ。何が出来る?」
「へー、そうなんだ。だけどあんたの懐なんか聞いてないよ。国籍も人種も。そんなこと云うんだったら私だってこの国では蔑まれるスペイン女よ。あんた、そんなことを気にして生きて来たの?これからも生きて行くの?」
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