阿漕の浦奇談

多谷昇太

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第四章 六道の蛇

少女子(おとめご)の夢

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それを察してか「いざ宮様、舞台にお上がりください」「いざ、いざ」と一同で声を合わせるにいたる。やおら璋子は立ちあがり御座より降り来たって、檜扇を構えながら舞台へとあがって行った。最前止まりそうだったものの師たちの演奏も稀有の舞い手を得てその勢いを取りもどす。「少女子(おとめご)が少女(おとめ)さびすも。唐玉(からたま)を手元(たもと)にまきて、少女さびすも」大歌を歌う拍子(男の主唱者)の声もあわせおこり、その歌詞の内容に染まったかのごとく璋子は若々しげに五節の舞を舞っていく。過去何度も舞を見知ったせいかそれとも人には見せぬ隠れた才能でもあったものか、プロの白拍子にさえ負けぬ見事な手さばき足さばき、その踊りぶりであった。つまずきなどするものかは、緋の長袴をまわし蹴るがごとくサッとさばいて見せるなど、その粋で優雅なことこの上ない。はからずも讃嘆の声があちらこちらからまき起こる。「お美しい!お美しいことよ」「天女ででさえ斯くも優雅に舞うだろうか」とその美を讃え、「ああ、まさか中宮様の舞いを見れるとは、なんとも有難いことじゃ」「いかにも。のちなきことと思われる」などと前代未聞の、また空前絶後の中宮の舞をほめそやす。璋子の胸に昇り竜のごとくだったかっての栄華がよみがえる。花のさかりの絢爛にめくるめく、まさに「少女子(おとめご)がおとめさびする」ような日々に終始していた、その悦楽がよみがえり来たったのである。ここにいるすべての者たちの視線を感じる。誰か満開の花をめでざるや、望月を仰がざるや、その目に応じてこそ我はありなむを…とする賛美のまとであればこその充実、人へのやさしさや、おもいやりが、またその自分をいささかでも人に与えたときの喜びなどが思い出された。はたして我はあまつおとめか…。しかしまさにそのとき、一陣の‘花散らす風’が心に吹いた。目が得子の姿を追い求めている。夫鳥羽の傍らに忌々しくも皇后として座している、その得子のくやしそうな様子が目に入ったとき、あまつおとめは地に落ちた。自分のみを目で追う夫の姿におのが栄華の再来を確信した璋子の顔に快心の笑みが浮かぶ。あまつおとめならぬ、ただの六道の天界の心に応じるように、この時身を包む十二単が生きもののように璋子の身でざわついた。ついで不可思議な感覚が身に襲い来る。
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