バー・アンバー 第一巻

多谷昇太

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第六章 桃畑

山ちゃん

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道元坂下の信号を渡る内に生理的な欲求を無性にもよおし渋谷駅ではなく109へと足を運ぶ。109正面入り口横にある階段を上ると2F外のテラスに喫煙所があるのだ。10人ほどいる喫煙中の連中から出来るだけ離れたところでわかばを取り出し火を点ける。生理的な欲求を充たしながらバー・アンバーでの出来事に思いをめぐらす。「タムラサン、キットネ」ミキの最後の言葉と、あてがった胸の感触が心を揺すった。まったく平々凡々な人生でその一生分を越えるような思いをさせてもらったぜ…などと心中で独白する。さてこれ以降どうしてミキとの約束を果たしていこうかなどと思いをめぐらすうちに内ポケットのスマホが振動した。あ、いけねとばかり電話口に出る。「もしもし」「田(デン)さん、どうしたい、いつまでも電話くれないでさ。インタビュー終わったんだろ?」「ごめん、ごめん。ちょっと野暮用が出来てさ、連絡遅れちゃった。ああ、終わったよ。ハコ用の写真もバッチリ撮ってある。これから家に帰って明日中に記事を送るよ」「オーケー、今週号の一面トップだからね。頼んだよ」「ああ」電話口の相手は俺がライターをやらせてもらっている介護系新聞社のデスクだ。山口という名の俺より3つ年下の男で俺とは気の置けない仲だった。「連絡遅れるなんて田さんにしちゃあ珍しいからさ、俺はまたヤー公にやられたのかと心配しちゃったよ」などと物騒なことを云ってくる。「おいおい、俺を殺すなよ。まだこうしてちゃんと生きてるよ。遅れたのはさ山ちゃん、ナニのせいだ」「何?ナニぃ…?ナニって何よ。その年で女買いに行ったの?真っ昼間から?」「よせよ、行く分けないだろ。そっちの方はもう久しくご無沙汰だ。そんなんじゃなくてさ、ちょっと電話じゃ云えないような珍しい女だ。今度聞かせてやるよ。それよりもう5時だ。閉め忙しいんだろ?切るぜ」「おお、わかった。しかしその思わせぶりな形容がなんとも気になるな。近いうちにぜひ聞かせてや」「ああ、じゃあな」「おう」で電話を切った。
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