バー・アンバー 第一巻

多谷昇太

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第六章 桃畑

異人たちとの遭遇

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ん?と違和感を覚える。階段にピタリと身を寄せてうつむいて立っている女の姿がどこか周囲と隔絶しているように、浮き上がっているように見えるのだ。女の前を行き来する通行人たちは誰一人その存在に気づいていない様子。白のブラウスにフレアスカートをだらしなく着込んでいてブラウスの裾は2ヶ所ほどスカートの上に出てしまっている。階段を降り切った俺は後ろ目でその横顔を確認して愕然とした。これは…生きている人間の顔ではない!灰色に皮膚が縮んだ死相と云うよりは文字通り死人そのものだ。死人が街角に立っているのである。誰一人自分の存在に気づいてくれない(俺を除いて)ことに絶望して究極の悲哀のうちに沈んでいるように見える。地縛霊…だろうか。なんともやるせない気持ちになったが俺は首を一振りしてそのまま駅へと向かって行った。いくら俺に霊感があると云ってもこんなことはまったく始めての経験である。全体ミキとの邂逅が影響しているのだろうか?まったくわからない。痛く戦慄を覚えたが、だがしかしこれはほんのとっかかりに過ぎなかったのだ。このあと駅ビルに入るまで(いや入ってからも)ハチ公前の広場の其処彼処に、あるいは車道の道路際にも、たとえば首の折れた若者が座り込んでいたり(交通事故死したライダーだろうか?)路上生活者と思しきしかし死相を浮かべた男が横たわっていたりしていたのである。通行人はと見れば彼らの存在には誰一人気づかずに、それどころか彼らの身体をそのまま突き抜けて行く始末。そのような通行人や広場の人々をうらやましげに見ている若い男女の霊たちは生前はおそらく此処で人々と同じように人生を、青春を楽しんでいたのだろう。思い入れのあまり死後も地縛霊となって此処に佇んでいるのだ。そしてこのあとも、駅ビル内の通路を行くうちに顔中を血だらけにした男がいきなり出現したり、真っ青で気味の悪い笑い顔を浮かべた女が、両手の爪をかざして行き来する人々に襲いかかろうとする姿を目撃したりもしたのだ。駅のホームに上がったら上がったで今度は目の前の線路に轢死体を見る始末。もうもうたまらない気持ちになった俺は進入して来た東横線の急行電車に乗るや否やいち早く座席を確保してそのまま俯いて固く目を閉じた。もう何も見たくなかった。無理矢理にでも自分を睡眠に誘いそのまま自分の住まいのある横浜まで電車に身を任せたのだった…。
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