バー・アンバー 第一巻

多谷昇太

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第六章 桃畑

悪霊の街を行く異邦人

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 また場面転化した。たった今の修羅場が嘘のように俺はどこかの街中を歩いている。ここは…?ああ、鶴見だ。俺がまだ若い頃に隣の川崎や東京の西南地区ともども仕事を転々としながら悶々の日々を過ごした所である。社会的に奥手なのか何なのか、結婚や家庭を持つことも考えずに、笑止な話だがいつか詩人に、作家になりたいとして自分本位な生活を往時は送っていたのだ。定職も持たずに業務請負の仕事を転々として。まったく何枚、いや何十、何百枚履歴書を書いたことやら。ふふふ…ん?履歴書…?そして出版社の公募などに送り続けた、あの果てしもなく手書きで書き続けた原稿の数々…?それらの紙、紙の山が、空間に乱舞する光景が一瞬間脳裡をよぎる。何某か鋭い胸の痛みをともなって。しかし何のことやら合点も行かず(何と今しがたの、洞窟における情けないおのれのザマを悉皆失念しているのだ。これが異次元界の、夢の世界の特徴)それにしても…と往時の悔恨に思いが戻る。その職場転々の前は俺はなんと2年間もの間、すなわち1990年から1992年にかけて日本を飛び出し世界中を放浪して旅していたのだった。フランスの詩人A・ランボーに、彼の作品と生き方に憧れ、それをなんと地で行ってしまった分けだ。いくら若気の至りとは云え、それまで勤めていたお堅い役所勤務をおっ放り出してのことであり、親も家庭も顧みない自己本位なこの生き方は到底許されるものではなかった。50となった今でも強く人生のしこりとなって残っている…。ところでそれはそうと、俺はいま家路につこうとしているのだった(※〝夢の中〟でそういうシチュエーションとなっていた)。かつて通い慣れ歩き馴れた鶴見の市街、さて、えーっと、ここはその鶴見のどこら辺りだっけ?ちょっと先に鶴見川が見えるから…そうすると駅はさらにその先だとか思って然るべく歩いて行くのだが、どういう分けか如何(いっか)な辿り着かない。人通りも多くなり駅は近いはずなのにその辺りを堂々巡りするばかりだ。次第に気が焦って来て不安な気分となる。人に道を尋ねようにも行き交うどいつもこいつも余所余所しくて聞く気がしない。『ふん、いい気味だ』『誰がお前なんかに…』という表情が誰の顔にもこびりついている。畢竟悪霊の街を行く異邦人のごとし。苦しまぎれに「あーっ!」とか大声を上げそうになる。

【通い馴れた鶴見駅↓…の筈なのに迷路のごとく辿り着かない。悪夢ならではのシチュエーションだ】


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