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特殊遺伝子学研究所
1 出会い
しおりを挟む初雪のちらつく新大阪の上りホーム。ランチの後の缶コーヒーで手を温めていると、少女連れのご婦人が俺の後ろを通り過ぎていった。
今は女に気を引かれている場合じゃないが、その残り香とモデル風のスタイルが気になり、少し間を開けて後をつけた。帽子に隠れた顔を確かめたかったのだ。
小学6年生の時、生徒会長だった俺をチビで生意気だと隣のクラスから仲間を連れていじめに来た背の高い女子、名前は久美子、4月生まれだから2月生まれの俺からすると中学生のお姉さんに見えた。
長身でオール5の久美は普段は男子に興味がないフリをしてフランス人形みたいな敦子とレズを公言しているのだが、月末が近づくと昼休みに俺を体育館の用具室に連れ出しラケットやバットの先で下半身をツンツンしたり、尻を蹴飛ばしたりするのだ。
その年の瀬に久美の家に呼び出された。その日は家族が外出するので仲間四人でたっぷりと虐めるつもりなのだ。柱に縛り付けタオルで口を塞ぎ、さあ下を脱がそうという時、久美の姉が帰って来た。
「あんた達なにやってんの?」
「お姉ちゃん、クラブじゃなかったの」
「そうだけど、そんなことよりこれは?」
「違うの、友達がコイツに嫌らしいことされたから仕返しするのよ」
「そうそう、痴漢野郎なの」
と女子共は口々に罪をでっち上げていく
「ふーん、そうなんだ、おちびさん悪い子なんだ、じゃあ二度と悪いこと出来ないようにココにお仕置きしてあげようね」
初めて見る久美の姉は、俺から見たらもう大人で、有無を言わさぬ威圧感がある。あっという間にパンツを引き下げられ縮こまったタマタマを掴まれた。それから何をされたのかはおいおい話す機会もあろうけど、俺のM男人生が決まった瞬間だった。
翌年には親の仕事の関係で東京を離れたので解放されたものの、10年経った今でも高身長女子を見るたびにあの子ではないかと後を追ってしまうのだ。
* * * * *
グリーン車を待つ人の列は数人だけだ。婦人に続いて中に入ると、二人は椅子を反転させて四人席を独占した。俺は車掌が来るまでと思い、通路を挟んで斜め反対側に座った。
彼女は窓の外を眺めていて横顔しか見えない。ふいに前席に脚を投げ出し、娘さんはその光沢のある黒ストッキングに包まれた脚にマッサージを施し始めたようだ。
これは大胆なことを始めたもんだと首を伸ばすと、すぐに娘さんは気づき「奥様、人が」と呟いた。使用人なのか。奥様と呼ばれた婦人はこちらに振り向き、問い詰めるような視線を俺に投げかけてきた。
あの子でないことは確かだが、想像したより歳上の気品ある顔立ちに息を呑む。見つめ返そうとしたがその圧に耐えきれず目線を逸らしてしまった。近くの席まで押しかけながら勇気のない男と思われたに違いない。
ためらいがちに視線を戻すと婦人はこちらを見たまま少女に耳打ちした。少女は婦人がさっき脱いだばかりのハイヒールを手にして俺の方に差し出した。
確か海外小説でこんなシーンがあったはずだ。まだ温もりの残る靴を受け取ると、今度は気を取り直して靴に頬ズリして婦人を見つめ返した。
そして革の内側に残る足臭を鼻腔いっぱいに吸い込もうとした途端に、少女は靴を取り上げ俺にメモとペンを突きつけて連絡先を書くよう命じた。
その時、連結部のドアが開いた。走り書きのメモを少女に渡すと俺は自由席の空きを探しに行った。
就職して一人暮らしを始めたが、風俗通いが重なりお手軽ローンに手を出したが運の尽き、馴染みのパチンコ店員の口利きで、こうして東京に逃げのびたという次第。
うとうとして気がつけば周りの乗客は降り口を目がけて並んでいた。今から追いかけても、もうご婦人は見つからないだろう。
* * * * *
一ヶ月過ぎ、忘れかけていた頃、知らない番号から「明日14時福生西口タクシー乗り場」というショートメールが入った。あの人に違いない。
指定場所に10分早く着く。少し離れた場所に停められたタクシーから例の少女が助手席の窓を開け俺を手招きしているのが見えた。
会話もなく西へ30分ほど走ると脇道に入り林に囲まれた白い三階建ての建物に着いた。特殊遺伝子学研究所付属病院とある。入ると受付のナースがじっとこちらを見ている。すぐに黒眼鏡の男二人にアイマスクを渡され自分で目隠しするよう指示された。
ちょっと待って、ご婦人に会うのにこの厳重な警備はどういうこと?ここは何?危険な臭いがする。
でも警戒心より好奇心が勝ったのは、今の俺にはもう何も失うものがないからかもしれない。
エレベーターに乗ったのだろう、下降して行くのが分かった。鈍い電気モーター音を響かせて10秒ほど過ぎたが止まる気配はない。
急に汗腺のないところまで汗ばむ。どれほど地下深いのか、どれほど規模の大きな施設なのか、下手したら香港にでも売り飛ばされるのか?
いや、わざわざ日本人を高いコストをかけて連れ去ることはないだろうとか、自分に言い聞かせているうちにエレベーターは止まった。
冷えた廊下を少し歩くと扉の閉まる音がして硬い椅子に座らされた。
「アイマスクを外していいよ」
目の前にはテーブルを挟んで大柄な白衣の女がマスクをつけ、腕組みして俺を見下ろしている。黒眼鏡の二人組も同じポーズで脇を固める。
「さて、どんなつもりでここに来たか聞かせてもらいましょうか?」
新幹線での出来事を話し、ご婦人とお近づきになりたいと話し始めるとそれを遮って
「新幹線のことは全部聞いています。ドMのくせにけっこう度胸はあるようですね、奴隷の分際でお近づきになんてなれる訳ないじゃない」
「申し訳ございませんでした。ご婦人に一目で心を奪われてしまいました。でもここでお会いできるのですか?あの方は女医さんでいらっしゃるのですか?」
「こっちが質問してるの。バカは帰ってちょうだい。もう一度だけ聞くわ、あなたはここに何しに来たの?」
「はい、あのご婦人の奴隷としてお仕え致したくまいりました」
「そうね、ちゃんと言えるじゃない。一応あなたのことは調べてあります。
でもなかなかスラスラ言うわね、その歳で相当遊んでるのかしら、さあこの書類にサインなさい。」
一、私○○は、本契約が奴隷契約であることを完全に理解します。
一、私は当施設の専属奴隷として私の全ての人権を放棄し当施設のご命令にのみ従います。
一、本契約は無期限とするが理事長はいつでもこれを過去に遡って解消可能とする。
ページをめくるとお客様の項目があり、お客様のチップは半分もらえるとある。つまりM奴隷を訓練してS客を取るってことだな。今の俺には悪くない話だ。最後に本契約に掛かる訴訟はニューヨーク州管轄と書かれている。ホンモノかよ。
「よぉく読んで、今はそこに書いてあること以外は何も答えられません。質問は契約してからにして下さい。それまで質問するのはこっちなんだから、どうなの?これが最後よ、帰るなら今よ」
契約書は人権放棄とは書いてあるが命までは取らないだろう。サラ金から雲隠れするにはまたとないチャンスかも知れない。
そう考えていると女は近づいてきて俺の頬を両手で包み込んだ。しっとり湿った柔らかい手だ、その指先で俺の耳たぶをゆっくりと撫で、耳に口を寄せて囁く。
「ひとつ教えてあげるわ、あなたが新幹線で会った人は理事長の奥様よ、いい子にしてたら会えるかもしれないわ。
さあ、秘密を聞いたんだからサインなさい」
ううっ、自分から秘密をバラしておいて、なんて強引な勧誘なんだと思いつつそれは俺の心に図星だった。
あのご婦人にまた逢えるなら、あの微かな香りを確かめられるのなら、俺は落ちた。
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