【完結】斎国華譚 ~亡朝の皇女は帝都の闇に舞う~

多摩ゆら

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飛路編

5、夢とうつつ

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「あ、おはよう雪華さん。昨日、看病してくれたんだって? ありがと」

「……っ」

 翌朝、雪華が酒楼へ降りると朝から飛路に出くわした。飛路はいつも通りのさっぱりとした顔で挨拶などしてくる。雪華は小さな動揺を隠して、その顔を眺める。

「……もういいのか」

「うん、一晩寝たらすっきり」

「…………」

「?」

 たしかに顔色はいいようだ。しかし、雪華を惑わせた一件が消えたわけではない。
 注意深く飛路を見返すが、その顔は普段通りの明るいもので昨夜の獣のような鋭さはどこにも見当たらなかった。

(覚えてないのか……)

 胸によぎったのは、安堵か落胆か。飛路の中では「なかったこと」になったらしいそれに、そっと息をつく。
 その後、朝餉あさげを食べ終えた飛路を雪華は廊下に呼び出した。……聞きたいことが、まだ残っている。人気のない二階に上がると、飛路は不思議そうにあたりを見回した。

「なに?」

「…………」

「なんだよ。あんたから呼び出されんのは嬉しいけど、オレ、このあと約束が――」

「『十の月、楊史周邸。官吏三人の離反を確認』。……私たちが依頼を受けた屋敷だな」

「……っ!」

 前置きも何もなく、切り出した。顔色をさっと変えた飛路が懐を探る。雪華は静かな瞳で飛路の背後の扉へと顎を向けた。

「手紙なら、布団の間に挟んでおいた。……単刀直入に聞く。あれはお前が関わっていたことなのか?」

「…………」

「答えろ、飛路」

 顔を強張らせた飛路が、迷うように視線を落とす。静かに促してしばらく待つと、その空気に耐えかねたのか飛路は意を決したように口を開いた。

「……オレはやってない。でも、あの計画のことは知っていた。あんたたちを巻き込むつもりは全然なかったけど」

「反乱軍か。……お前もなのか?」

「……ああ」

 飛路はゆっくりと、だがたしかに頷いた。廊下に重い沈黙が落ちる。しばらくしてそれを破ったのは、飛路の方からだった。

「いつかあんたには話そうと思ってたんだ。オレは……朱誓党しゅせいとうっていう組織に所属してる。斎国中から有志をつのって、目的のために動く組織だ」

「目的? ……なんだ」

「……朱朝の、再興」

「……! 馬鹿な――。前皇帝の一族は全員殺されただろ。それでどうやって再興させる」

 驚愕を押し殺し、注意深く問いかける。まさか、飛路は知っているのだろうか。雪華が朱家の生き残りであることを。
 飛路はゆっくりと首を振ると、硬い表情で口を開く。

「直系はいなくても、傍系なら残ってる。朱家の方を皇帝に戻したいのはもちろんだけど、もう一つの目的は朱朝擁護派だった官吏の復権だ」

「…………」

「胡朝になって、地方の状況は少しマシになったけど帝都には不満を持っている元官吏の人が沢山いるよ。そういう人の声を、皇帝はもっと聞くべきだ」

「……前に城で、若い官吏と会っていたな。彼らも仲間なのか」

「うん……そう。朝廷の中にも、組織の仲間が何人も潜り込んでる。最近はむしろ、官吏の方から組織に加わりたいって言ってくることも多いよ」

「そうか……」

 陽帝宮での任務の終盤で雪華が見たのは、飛路と仲間たちとの密会場面だったのだ。
 奇妙な光景にようやく納得がいき、息を吐き出す。どこか苦い思いで雪華は飛路を見上げた。

「お前も、お父上が朱朝にくみしていたと言っていたな。……だからなのか、反乱軍に加わったのは」

「……まぁね」

 飛路は小さく肩をすくめた。その姿に何か違和感を覚える。
 雪華に説明するというよりは、まるで自分自身に言い聞かせているかのようだ。

「それで、あんたにも協力してもらえないかなぁって」

「……なぜ」

 雪華に話したということは、最初からその気だったのだろう。だが懸念は晴れない。雪華の立場を利用する気なのだろうか。
 警戒する雪華に反して、飛路は軽い口調で切り返した。

「あんたも胡朝のこと、あまり好きじゃなさそうだし。それにあんた美人だしね。あんたみたいな人がいれば皆の士気も上がるって感じ」

「…………。選考基準は顔か?」

 予想外の答えに思わず目が点になった。笑えない冗談に多少安堵しつつも、雪華はゆっくりと首を振る。

「……断る」

「……っ」

「いつの時代も大なり小なり反乱分子はいるだろうが、成功したためしはほとんどないだろ。小さな暴動を起こしたところで、たかが知れて――」

 そこまでつぶやき、雪華はふと文に書かれていた言葉を思い出した。
 ……国内の小競り合いだけではなかった。そこには、他国の名前が――。はっとして飛路を見上げると、考えたくない可能性を口にする。

「まさか……シルキアとも、繋がってるのか」

「……うん。国内の皇帝擁護派に危機感を与える一方で、来たるべき時に備えて物資を横流ししてもらう。そういうことになってる……みたい」

 雪華の問いかけに、飛路の態度に初めて困惑が滲んだ。
 おそらく朱誓党とやらは、各地に点在する反乱軍と連携を取っているのだろう。その中の一派が、シルキアと手を組んでいる。

 だが飛路の顔を見る限り、彼はそれをこころよくは思っていないようだ。つまり――朱誓党の中でも、意見が分かれている。

「シルキアとも繋がりがあるなどと……だったらなおさら、加担することはできない。利用されてるだけだ。餌を与えてるつもりが、いつかは猛獣に踏み込まれて朱朝擁護派、反乱軍ともに食い荒らされるぞ」

「そうはならないように、もちろん注意はしてる」

 表情を引き締めた飛路に、雪華は目を閉じて首を振った。……甘い。甘すぎる。虎視眈々とこの国を狙っている隣国に、付け入る隙を与えてどうする。

「……ともかく、私はお前たちの活動には賛同できそうにない。政治には興味がないし、暴動に参加するのも御免だ。戦は嫌いだ。……私は国の平穏を維持するために、身を粉にして働いている人を知っている。今の平穏を生むために数多あまたの血が流れたことも知っている。もうこれ以上の争いは、見たくないんだ」

「雪華さん……」

「もちろんどこに与するか、何を信じるかはお前の自由だ。組織に影響がない限りは私も何も言わない。他言もしないし、私に言ったからといって私に対する態度を変える必要もない。私も今まで通りだ。……それで構わないか?」

 雪華が見上げると、飛路もまた真剣な瞳で雪華を見つめ返す。やがて彼は小さく苦笑するとうなずいた。

「……うん。まあ普段のあんたを見てれば、そう言うかなって思ってたから。変な話、聞かせてごめん」

「いや。考え方は、人それぞれだから」

 どこかほっとしたよう表情の飛路が、雪華に背を向ける。出会った頃より少し高くなった背を雪華はふいに呼びとめた。

「飛路。お前が何をするかは自由と言ったが……もしもお前が危険に巻き込まれるような事態になったら、私はお前の意思に反してでも引き止めるぞ」

「え……」

「お前は反乱軍の一員かもしれないが、私にとってはその前に組織の――いいや、私の仲間だからな。大切な相手を、傷付けさせはしない。絶対だ」

「……!」

 飛路の背が小さく揺れる。やがて青年は、今まで聞いたことのないような柔らかい声でつぶやいた。

「……ありがとう」


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