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飛路編
6、帰郷
しおりを挟む「それじゃすみませんが、少し留守にします」
「おう。ま、ゆっくりしてこい。土産はとりあえず地酒な」
「はい、分かりました頭領」
「飛路、てめえ帰り遅れたら恨むからな。年明け、オレとの任務なんだから」
「分かってるよ、梅林」
年の瀬も迫ったある日、飛路が帰郷のために蒼月楼を出立しようとしていた。
仲間から荒っぽい追い出しを受ける背中を雪華がぼんやりと追っていると、当の本人に目前に立たれてぎょっとする。
「雪華さん? ぼーっとしてるけど、大丈夫?」
「え。……あ、ああ……」
「オレの風邪、ひょっとして感染った? 熱はなさそうだけど……」
ぺたりと額に触られ、目を見開く。そんな雪華には構わず、さりげなく顔を寄せた飛路が周囲には聞こえない声で囁いた。
「そんな疑わしげな顔しないで。今回は本当に田舎に帰るだけだから、前の話とは関係ない」
「え……、別に疑ってなどいないが」
「そうなの? ……でも、悩んでるみたいだ」
「……っ」
……誰のせいだと思ってる。そう口にしかけ、思いとどまる。飛路の中ではあの夜の一件は『なかったこと』になっているのだ。
雪華は気を落ち着かせると、口端を吊り上げる。
「土産を何にしてもらおうかと思ってな」
「え、地酒じゃ駄目なの?」
「口止め料が入っていないぞ。……お前、出身は東の方だよな? あっちは何が名物だったか――」
「もちろん雪華さんには甘い物も買ってくるって。日持ちするのとすぐ食べられるやつと、両方あった方がいいよね?」
「…………」
先手を打たれて笑われ、雪華は憮然と肩をすくめる。五つも年下の男に転がされているかのようだ。
出会った頃より少し高くなった気がする顔を見上げると、あることに気付いた。
「襟が……ほつれてる」
「え?」
上着の襟の部分の布が、破れかけている。雪華は懐を探ると、持っていた針と糸を取り出した。
「ちょっと待ってろ。縫ってやる」
「あ……うん」
切れかかっているのは、ちょうど鎖骨のあたりの布だった。密着するように体を寄せ、ほつれている所を縫ってやる。
飛路は顎を上に向けて視線をさまよわせたが、うつむいている雪華は気付かない。
「………えっと」
「ん……くそ、縫い目が揃わないな。ちょっとガタガタだけど、いいよな?」
「う、うん。うわっ……」
玉止めをして歯で糸を噛み切ると、すぐ頭上で息をのむ気配がする。はたから見れば首筋に口付けているようにも見えるその体勢に、酒楼内の複数の視線が集まった。
雪華が見上げると、飛路は照れくさそうに首を掻く。
「あ……ありがとう」
「ああ」
こんな程度で頬を染めるあたりは、まだまだ十代の青年らしいと思う。満足してうなずくと、飛路の背後から突然にゅっと腕が伸びてきた。
「わっ…!」
「ずり~~。飛路、なんでてめぇだけ……。姐御姐御! オレの服も縫って下さいよぅ!」
「お前の服、どこも破れてないじゃないか。というか、今日下ろしたてって言ってなかったか?」
「じゃ今すぐ破ります!」
「やめろもったいない。そんなことしたら絶対縫わないぞ」
拗ねた梅林が己の服に手をかけ、破ろうとするのを低い声で制す。すると梅林は子供のように手をバタつかせ、不平を訴えた。
「だってだって! なんか今のやりとり、姉さん女房みたいでずりーっすよ!!」
「……姉さん」
「女房……」
梅林のわめき声に、雪華と飛路は揃って固まった。見ると航悠をはじめとした仲間たちが、にやけ顔でこちらを見つめている。
みるみるうちに、飛路の顔が赤く染まった。
「あ、の……オレ、そろそろ行くから……」
「あ……ああ。うん、気をつけて……」
ぎくしゃくとした動きで、飛路が宿を出ていく。それを同じくぎこちなく見送ると、横から低い笑い声が響いた。
「……若いねぇ」
つぶやいた航悠にじろりと一瞥をくれ、雪華はどっと疲れた気分で自室へと戻った。
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