【完結】斎国華譚 ~亡朝の皇女は帝都の闇に舞う~

多摩ゆら

文字の大きさ
155 / 166
ジェダイト編

16、予期せぬ安堵


 状況が少し落ち着き、暁の鷹は延ばしに延ばしていた陽帝宮からの依頼への返答を、ようやく返した。

 書いたのは、だく。組織の仲間たちも依頼を受けることに賛同してくれた。危険な仕事だが、やはり対価は魅力的だ。
 すると数日後に、詳しい打ち合わせをしたいので陽帝宮で行われる会合に出席してほしいとの返答が来た。


「これってあれだろ? 禁軍とかお偉いさん方が一堂に会するやつだろ? そんなところにノコノコ顔出していいとは、皇帝さんも太っ腹だな」

「打ち合わせぐらいしておかないと、どこを探るのかも誰に情報を届けるのかも分からないだろ。仕事内容がかぶっても無駄だし」

「堅っ苦しいとこは苦手なんだよなー。二日間か……さっさと終わればいいけど」



 そして当日。ひたすら面倒くさそうな航悠の尻を叩き、二人は連れ立って陽帝宮へと向かった。

 異国の踊り子として、そして女官として潜入したときには目立たぬようにくぐった城門を、今度は堂々と通っていく。
 どこか緊張した面持ちの武官に広間に案内されると、すでに会合は始まっていた。

 武官でもない雪華たちの登場に、周囲がかすかにざわめく。すると玉座に腰かけた龍昇が、片手をすっとかざした。

「静粛に。――ちょうど良かった。彼らは、今回の開戦に当たり情報面で協力をしてもらう組織の人間だ。……航悠殿、頼む」

「どうも。お邪魔してすいませんね」

「知っている者も多いかもしれないが、彼らの組織は諜報活動にかけて禁軍に負けず劣らずの働きを見せている。そこで諸官と相談の上、協力を要請した」

 通りの良い声が響き、武官たちに沈黙が落ちる。彼らは困惑した顔で雪華や航悠に視線を向けていたが、ある一人が立ち上がった。

「おそれながら、主上。その者たちは本当に信用できるのでしょうか? 突然軍に協力すると言われましても――」

「拙者も同感です。そのようにヘラヘラとした男と、まして女人を戦場に向かわせるなど――」

 最初の声を皮切りに、あちこちで反対の声が上がった。
 ……まあ、そうだろうとは思う。隣の航悠も大して驚きもせず、腕など組んでいる。

 やがてひとしきり抗議の声が静まったところで、航悠がのんびりと口を開いた。

「別に俺らの命守れとか責任持てとか言うつもりはねーよ。いつもあんたらが、下請けで庶民に色々仕事やらせんだろ。それと一緒だ。俺らは貰えるもんさえ貰えりゃあ、きっちりその分の仕事はする。手抜きはしない。お上の仕事と違って、信用第一でここまで来たんでね」

「なっ……! 無礼な――。口を慎め!」

 航悠の言い草に、先ほど抗議した武官の一人が声を上げた。その方向を見て、航悠は首を傾げる。

「……うん? あんたの顔、どっかで見たことあんな。……ああそうだ、いつだかうちに依頼してたおっさんか。俺は遠目で見ただけだけど」

「なっ……」

「他にも何人も、見たことある奴がいるな。いやー、うちって信頼されてんだなぁ。これなら仕事ぶりも納得って感じじゃねぇか?」

 航悠の太い笑みに、そこかしこでギクリとした顔が生まれた。見ると、雪華にもどうにも記憶がないやからまでビクビクしている。

(ハッタリに引っかかるなよ……。痛くもない腹を探るのが、常套手段なんだから)

 違う意味で静まり返った広間を、航悠は満足げな顔で見渡した。対照的に少々呆れた顔をした龍昇が冷静に口を開く。

「それで、そなた達は対価に何を望む。できればここで承認を取りたいのだが、いくらほど――」

「金は、相場の値段でいい。それより――」

 航悠がちらりと視線を向ける。雪華は一つうなずき、龍昇をまっすぐに見上げた。

「戸籍と住む土地を、所望したく存じます」

「……戸籍?」

「はい」

 雪華の言葉に龍昇は小さく目を見開いた。雪華は彼の目を見つめながら続ける。

「私たちの組織には、やむにやまれぬ事情で名を変えたり、生まれついた土地から出ざるを得なかった者たちが大勢おります。彼らは土地を持って定住することができず、いつまでもさすらうことを余儀なくされている。……その者たちに、安寧を与えてほしいのです。良い土地が欲しいとか、無理を申すつもりはありません。ただ少しばかり、超法規的に……陛下のお力をお借りしとうございます」

「なっ……! それは主上に、犯罪の片棒を担げと言うことか!?」

 ある武官から、非難の声が上がった。雪華は微笑むとさもおかしそうに首を傾げる。

「犯罪などと……。私の仲間たちが疑わしいのならば、猶予期間を設けても構いません。彼らはただ善良に、ごく当たり前の生活を送りたいだけのこと。そもそも我らの力がなくば、そちらで考えておられる戦略は遂行できないと思われますが……?」

 極上の笑みを武官に向けてやると、彼は喉に物が詰まったような顔で押し黙った。

(……悪いな。あんたの言っていることは正論だが、こちらも引くわけにはいかないんだ)

「……戸籍を悪用することがないと、誓えるか」

「誓えます。ご恩情を頂いた暁には、必ずや我々の力、この斎と陛下のために捧げると約束しましょう」

 龍昇の確認にしっかりと頷くと、彼は一つ溜息をついて宰相に目配せをした。

「……分かった。早急にその者たちの名簿を提出するように。身元確認のため本名も記してくれ。他言はさせないと誓う」

「かしこまりました。……ありがたきお言葉に、感謝いたします」


 それからは、実際の戦略についての詳しい議論が始まった。
 自分たちに関係ある箇所だけしっかりと聞いて、あとは耳から流す。それでも座っているのが苦痛になってきた頃、ようやく会合はお開きとなった。



 陽帝宮を辞した雪華は、ほっと息を吐き出した。気にしないようにしていたが、やはりあの場所はあまりにも多くの記憶がありすぎる。
 以前に任務で来たときは、皇女時代のことばかり思い出した。けれど今、それを埋め尽くす勢いで頭に浮かぶのは、あの囚われの日々のことだった。

 振り返れば、きっと離宮が見える。
 龍昇の物言いたげな視線がわずらわしかった。そして、この城のどこかにいるはずの――

「…………」

「雪華? 帰んぞ」

「あ……ああ」

 航悠に呼ばれ、はっと振り返った。不自然に立ち止まってしまった。すると、前方から若い男の声が耳に届く。

「そういえば聞いたか? 虜囚になってるシルキアの高官が、今度母国に送還されるんだと」

(……!)

 ふと耳に飛び込んできた会話に、雪華は目を見開いた。
 下級文官らしき男たちが、世間話でもするように雪華の横を通り過ぎる。

「そうなのか。てっきり処刑されるものだと思っていたが、面倒なことだな」

「なんでも主上がお決めになられたそうだ。たしかに明らかな罪状があるわけでもないからな。……あの男も、命拾いしたな。開戦に先立って出立するらしいぞ。国境まで護送されるんだと」

 文官たちは興味を失ったように、次の話題を口にしながら城門をくぐっていった。
 航悠のあとについて足を動かしながら、雪華は心をまったく別の場所へと飛ばした。

(シルキアに送還される……。処刑は免れた――)

 そう聞いた瞬間、心に湧いたのは落胆ではなく――間違いなく、安堵の念だった。
 そのことに驚き、立ち止まる。

(どうして…ホッとしたりなんかする……!)

「雪華? おら、何してんだ。置いてくぞ」

「……なんでもない」

 足を進め、おそるおそる陽帝宮を振り返る。離宮はすでに遠く、見えなくなっていた。


感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった

くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。 血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。 夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。 「……涼介くん」 薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。 逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。 夜、来て。 その一言が——涼介の、全部を壊した。 甘くて、苦しくて、止まれない。 これは、ある夏の、秘密の話。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あっ、追放されちゃった…。

satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。 母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。 ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。 そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。 精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

藤白ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。