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ジェダイト編
16、予期せぬ安堵
状況が少し落ち着き、暁の鷹は延ばしに延ばしていた陽帝宮からの依頼への返答を、ようやく返した。
書いたのは、諾。組織の仲間たちも依頼を受けることに賛同してくれた。危険な仕事だが、やはり対価は魅力的だ。
すると数日後に、詳しい打ち合わせをしたいので陽帝宮で行われる会合に出席してほしいとの返答が来た。
「これってあれだろ? 禁軍とかお偉いさん方が一堂に会するやつだろ? そんなところにノコノコ顔出していいとは、皇帝さんも太っ腹だな」
「打ち合わせぐらいしておかないと、どこを探るのかも誰に情報を届けるのかも分からないだろ。仕事内容がかぶっても無駄だし」
「堅っ苦しいとこは苦手なんだよなー。二日間か……さっさと終わればいいけど」
そして当日。ひたすら面倒くさそうな航悠の尻を叩き、二人は連れ立って陽帝宮へと向かった。
異国の踊り子として、そして女官として潜入したときには目立たぬようにくぐった城門を、今度は堂々と通っていく。
どこか緊張した面持ちの武官に広間に案内されると、すでに会合は始まっていた。
武官でもない雪華たちの登場に、周囲がかすかにざわめく。すると玉座に腰かけた龍昇が、片手をすっとかざした。
「静粛に。――ちょうど良かった。彼らは、今回の開戦に当たり情報面で協力をしてもらう組織の人間だ。……航悠殿、頼む」
「どうも。お邪魔してすいませんね」
「知っている者も多いかもしれないが、彼らの組織は諜報活動にかけて禁軍に負けず劣らずの働きを見せている。そこで諸官と相談の上、協力を要請した」
通りの良い声が響き、武官たちに沈黙が落ちる。彼らは困惑した顔で雪華や航悠に視線を向けていたが、ある一人が立ち上がった。
「おそれながら、主上。その者たちは本当に信用できるのでしょうか? 突然軍に協力すると言われましても――」
「拙者も同感です。そのようにヘラヘラとした男と、まして女人を戦場に向かわせるなど――」
最初の声を皮切りに、あちこちで反対の声が上がった。
……まあ、そうだろうとは思う。隣の航悠も大して驚きもせず、腕など組んでいる。
やがてひとしきり抗議の声が静まったところで、航悠がのんびりと口を開いた。
「別に俺らの命守れとか責任持てとか言うつもりはねーよ。いつもあんたらが、下請けで庶民に色々仕事やらせんだろ。それと一緒だ。俺らは貰えるもんさえ貰えりゃあ、きっちりその分の仕事はする。手抜きはしない。お上の仕事と違って、信用第一でここまで来たんでね」
「なっ……! 無礼な――。口を慎め!」
航悠の言い草に、先ほど抗議した武官の一人が声を上げた。その方向を見て、航悠は首を傾げる。
「……うん? あんたの顔、どっかで見たことあんな。……ああそうだ、いつだかうちに依頼してたおっさんか。俺は遠目で見ただけだけど」
「なっ……」
「他にも何人も、見たことある奴がいるな。いやー、うちって信頼されてんだなぁ。これなら仕事ぶりも納得って感じじゃねぇか?」
航悠の太い笑みに、そこかしこでギクリとした顔が生まれた。見ると、雪華にもどうにも記憶がない輩までビクビクしている。
(ハッタリに引っかかるなよ……。痛くもない腹を探るのが、常套手段なんだから)
違う意味で静まり返った広間を、航悠は満足げな顔で見渡した。対照的に少々呆れた顔をした龍昇が冷静に口を開く。
「それで、そなた達は対価に何を望む。できればここで承認を取りたいのだが、いくらほど――」
「金は、相場の値段でいい。それより――」
航悠がちらりと視線を向ける。雪華は一つうなずき、龍昇をまっすぐに見上げた。
「戸籍と住む土地を、所望したく存じます」
「……戸籍?」
「はい」
雪華の言葉に龍昇は小さく目を見開いた。雪華は彼の目を見つめながら続ける。
「私たちの組織には、やむにやまれぬ事情で名を変えたり、生まれついた土地から出ざるを得なかった者たちが大勢おります。彼らは土地を持って定住することができず、いつまでもさすらうことを余儀なくされている。……その者たちに、安寧を与えてほしいのです。良い土地が欲しいとか、無理を申すつもりはありません。ただ少しばかり、超法規的に……陛下のお力をお借りしとうございます」
「なっ……! それは主上に、犯罪の片棒を担げと言うことか!?」
ある武官から、非難の声が上がった。雪華は微笑むとさもおかしそうに首を傾げる。
「犯罪などと……。私の仲間たちが疑わしいのならば、猶予期間を設けても構いません。彼らはただ善良に、ごく当たり前の生活を送りたいだけのこと。そもそも我らの力がなくば、そちらで考えておられる戦略は遂行できないと思われますが……?」
極上の笑みを武官に向けてやると、彼は喉に物が詰まったような顔で押し黙った。
(……悪いな。あんたの言っていることは正論だが、こちらも引くわけにはいかないんだ)
「……戸籍を悪用することがないと、誓えるか」
「誓えます。ご恩情を頂いた暁には、必ずや我々の力、この斎と陛下のために捧げると約束しましょう」
龍昇の確認にしっかりと頷くと、彼は一つ溜息をついて宰相に目配せをした。
「……分かった。早急にその者たちの名簿を提出するように。身元確認のため本名も記してくれ。他言はさせないと誓う」
「かしこまりました。……ありがたきお言葉に、感謝いたします」
それからは、実際の戦略についての詳しい議論が始まった。
自分たちに関係ある箇所だけしっかりと聞いて、あとは耳から流す。それでも座っているのが苦痛になってきた頃、ようやく会合はお開きとなった。
陽帝宮を辞した雪華は、ほっと息を吐き出した。気にしないようにしていたが、やはりあの場所はあまりにも多くの記憶がありすぎる。
以前に任務で来たときは、皇女時代のことばかり思い出した。けれど今、それを埋め尽くす勢いで頭に浮かぶのは、あの囚われの日々のことだった。
振り返れば、きっと離宮が見える。
龍昇の物言いたげな視線がわずらわしかった。そして、この城のどこかにいるはずの――
「…………」
「雪華? 帰んぞ」
「あ……ああ」
航悠に呼ばれ、はっと振り返った。不自然に立ち止まってしまった。すると、前方から若い男の声が耳に届く。
「そういえば聞いたか? 虜囚になってるシルキアの高官が、今度母国に送還されるんだと」
(……!)
ふと耳に飛び込んできた会話に、雪華は目を見開いた。
下級文官らしき男たちが、世間話でもするように雪華の横を通り過ぎる。
「そうなのか。てっきり処刑されるものだと思っていたが、面倒なことだな」
「なんでも主上がお決めになられたそうだ。たしかに明らかな罪状があるわけでもないからな。……あの男も、命拾いしたな。開戦に先立って出立するらしいぞ。国境まで護送されるんだと」
文官たちは興味を失ったように、次の話題を口にしながら城門をくぐっていった。
航悠のあとについて足を動かしながら、雪華は心をまったく別の場所へと飛ばした。
(シルキアに送還される……。処刑は免れた――)
そう聞いた瞬間、心に湧いたのは落胆ではなく――間違いなく、安堵の念だった。
そのことに驚き、立ち止まる。
(どうして…ホッとしたりなんかする……!)
「雪華? おら、何してんだ。置いてくぞ」
「……なんでもない」
足を進め、おそるおそる陽帝宮を振り返る。離宮はすでに遠く、見えなくなっていた。
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