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ジェダイト編

21、皇女の命

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 翌日、禁軍の進軍は順調に進み、国境に迫っていたシルキア軍がその規模におののいて足並みを乱しつつあるらしい、との報告を聞いた。
 明日の午後、残った兵たちもこの野営地を離れて国境付近へと進軍する。暁の鷹もそれに同行することになり、陣をたたんでおくようにとの通達があった。


「雪華。どうすんだ、あいつ」

「ん……。うちの組織に紛れ込ませて、明日の夜にでも離そうと思う。国境に近付けば、人一人ぐらい入り込めるだろ」

 荷をまとめながら航悠に問われ、雪華は素知らぬ顔で答えた。航悠は大して興味もなさそうな様子で続ける。

「情報は?」

「特に目ぼしいものは持っていなかった。殺しても寝覚めが悪いからな……明日までは、ここにいさせてやればいい」

「……ふぅん。ま、別にいいけどな」

 ……絶対、何か気付いている。雪華の不可解な行動にこの男が疑問を抱かないわけがない。けれど雪華から訴えない限り、深く問い詰めてはこないのが航悠のいいところだ。
 背中に向けられる視線を感じながら、雪華は自分の天幕へと戻った。



「……失礼する」

 そして夜、雪華はジェダイトが囚われている小屋へと向かった。
 彼は昨日までと同じく大人しく柱に繋がれていたが、その顔や髪はさっぱりと汚れが落とされていた。元の穏やかな美貌が現れ、理知的な瞳で雪華を見上げる。

「ずいぶん小綺麗になったな。温泉に入ってきたのか」

「いや……さすがにそれは、目立つからな。見張りが水桶を持ってきてくれたんだ。陽帝宮の離宮にもハマム――浴場があったからな。シルキア人はしょっちゅう風呂に入るんだ。だから体が洗えないのは、少々きつかった」

「そうか……。砂漠の国と聞いているが、意外な習慣があるんだな」

 ジェダイトは昨日までのすさんだ様子に比べると、いくぶんか安らいでいるように見えた。手枷を揺らし、微笑んでみせる。

「明日、陣が動くんだってな。……あなたと話すのも、今夜が最後だ。俺を殺しに来たんだろう?」

「……あんたは殺さないと言ったはずだ。明日の夜、国境付近まで近付いたらそこで解放する」

 ジェダイトの静かな諦観に真顔で答えると、彼は目を見開いた。

「……正気か?」

「正気だ。もう決めた。……シルキアに戻れ。アーシムたちも、すでに入国している。彼らの主はあんただろう。シルキアの中に、私たちの仲間を潜り込ませてある。そいつに手引きさせて、どこかで落ち合えば――」

「待て。勝手に決められても困る。……誰が、帰りたいと言った?」

 雪華の言葉をジェダイトが遮る。困惑を通り越して怒りすら感じられるその口調に、雪華は淡々と問いかけた。

「……帰りたくないのか」

「…………」

 ジェダイトはそこで迷うように視線を伏せた。初めて見るその表情を見つめ続けていると、やがて彼はつぶやいた。

「……よく、分からない。帰っても、なぜ帰ってきたとまた闘争が続くだけだ。……もう疲れたんだ。ここで終わると思ったのに……なぜ殺さない?」

 その静かなつぶやきが、心に響いた。これはきっとジェダイトの本心だ。
 彼はもう、疲れ切っているのだ。シルキアという国のありようと、そこでもがいても切り捨てられる己の運命に。

「あんた……死にたいのか。私たちが解放しても、どこぞで首をくくりそうだな」

「ふ……。あれは死体が醜くて見るにたえない。どうせ死ぬなら、毒薬でも飲むさ」

「自殺ほう助など、してやらないぞ。死ぬなら勝手に死んでくれ。……と、言いたいところだが」

 雪華は顔を上げ、ジェダイトを見下ろした。すべてを諦めようとしている男に向かい、問いかける。

「どうしてそんなに、死に急ぐ? あんたを慕っている奴隷……いや、部下がいるのに。国内には、待っている奴らもいるんだろう?」

「アーシムたちは有能だ。俺が捕らえられ、死ぬことがあったら、自分たちがどうするべきかは分かっている」

「そういうことじゃない。あんな手段を用いても、のし上がりたかったんだろう…!? それなのになぜ、今になってすべてを諦めたみたいにみずから命を断つような真似をする…!」

 自分はなぜ、これほどに怒っているのだろう。
 どうして、この男に『生きてほしい』などと思っているのだろう。

 ジェダイトは虚を突かれたように無言で雪華を見上げていたが、やがて力なくつぶやいた。

「……隷属するものが、なくなったから。生きていく理由を見失ってしまった」

「え……」

 予期せぬ返答に目を見開くと、ジェダイトは雪華を見つめたまま淡々と続ける。

「奴隷時代は、マリク家の養父に隷属していた。養父を殺したあとは……忠誠心など一切ないが、結局はシルキアという国に隷属していた。そこでのし上がって、この国を変えたいと思った。だがシルキアが、俺を受け入れることはなかった」

「…………」

「戦い続ければ、いつかは変わるのかもしれない。そう思って、国に切り捨てられても、なんとかして帰って足掻きつづけてやろうと思った。けれど、できなかった。……なぜだか分かるか?」

「……?」

 眉を歪め、ジェダイトが苦く笑った。自嘲するように視線を伏せると、静かに語り続ける。

「俺も、最初は分からなかった。そもそもが、状況が悪くなってきた時点でさっさと帰国すれば良かったのに、どうして斎に留まり続けたのか。……あなたに会って、ようやく分かった」

 そこでジェダイトはもう一度雪華を見上げた。視線が結ばれ、彼は穏やかに告げる。

「……あなただ」

「……私?」

「拘束していたとき、言っただろう。……奴隷と話しているのではない、ジェダイトという人間と話しているのだと。その言葉や、いつまでも俺に屈しない態度に、いつの間にかのめり込んでいた。……執着した」

「……っ」

「あなたを逃がしたあとは……どうかその身に、余計なものが宿っていないようにと願った。……身勝手な話だが。そして、実際に無事だったと確認したら……もう何か、すべてが終わったような気がしたんだ」

「…………」

 ジェダイトの独白に引き込まれ、雪華は食い入るようにその顔を見つめていた。彼の言葉を頭の中で再構築すると、そこから導き出されるその感情を問いかける。

「私の身を……案じていたのか?」

「いや……きっと、そんな優しいものではない。ただもう一度…この目で見たかったのかもしれない」

 首を振ったジェダイトはもう一度視線を伏せると、顔を上げ、少し和らいだ表情で逆に問いかける。

「……あなたは、『導き星』という言葉を知っているか」

「は…?」

 唐突な質問に雪華は思わずぽかんと返した。ジェダイトはここから見えない空を見上げるように、顔を仰のける。

「暗闇の砂漠の中で、一番輝く星のことをシルキア人はそう呼ぶ。導き星を頼りに、人は方角を知り、行く先を考える。……国土には緑も海もない。あるのは灼熱と氷点下の砂漠だけ。そんな中で、シルキア人は星を見ることに安らぎを求めた」

 雪華は砂漠を見たことはなかったが、彼の語る言葉だけでその光景が想像できた。ジェダイトは穏やかな顔で、その『導き星』が見えているかのように続ける。

「砂漠がどんなに暗くても、空を見れば己の行く先が見える。どれほど小さくとも、砂塵にまみれても……目を凝らせば必ず、ダイヤのように光り輝く星が見えて安堵する」

 そこでジェダイトは雪華に視線を移した。何かを諦めたようにも、すべてを悟ったようにも見える微笑で彼は告げた。

「……あなたを想うのは、導き星を探す感覚に似ていた。泥に落ちても、砂にまみれても、光が残っているんじゃないかと……どこかで期待していた」

「……っ」

「焦がれたんだ。蹂躙されても縛られることのなかった、あなたの自由で強い眼差しに」

「…………」


 それはつまり――自分はそうではなかったということか。

 ……本当は、隷属などしたくない。それなのに、いつまでも何かに縛られ続けている。
 本当はシルキアに……誰かに、受け入れてほしかった。拠り所を求めていた。けれど、見つからなかった。

 願っても、相反する状況に雁字搦めになっていく。異国の地で完全に足場を失い、先が見えなくなった。
 そんなときに雪華と出会い、別れて……彼の中で、何かが変わったのだろうか。


 雪華は戸惑いながら、ジェダイトの真意を探っていく。彼の、自分ですら言葉にできないその感情をもっと知りたい。

「あんたにとって、私は……目的を達成するための『手段』ではなかったのか」

「最初はな。……ただの『手段』だったら、さっさと始末して身の安全をはかってる。殺す気は、はじめからなかった。ただ、そうだな……壊したいと思ったことはある」

「壊す…?」

「俺に屈しないあなたがまぶしくて、憎らしくて……俺の手で壊して作りかえれば、何かの満足が得られるかと思った。だから、ひどく抱いた。でも、あなたの元気な姿を見て安堵したということは――それが願いじゃなかったんだろう」

 ジェダイトが首を振り、物騒なその台詞を打ち消す。彼は一つ息を吐き、雪華の瞳を射抜いた。

「俺は、あなたがそのままの姿でいることを願ってたんだ。……どうやらいつの間にか、あなたに惹かれていたらしい」

「……っ……」


 静かな告白だった。
 欲望も、策略もない。『想い』を、淡々と伝える――

 ジェダイトにゆっくりと近付き、雪華はその前にひざまずく。傷の癒えた頬に手を押し当てると、彼はぴくりと身じろいだ。


「あんた……もしかして、人に触れられるのが怖いのか」

「……っ」

「欲望とか打算抜きで、人に触れたことが……触れられたことが、ないのか?」

「…………」

 ジェダイトが苦い顔で視線を逸らす。沈黙は、肯定だ。
 先日、不意に手が触れたときの驚きよう。そして今の反応で確信した。

 この男は、本当の意味での人のぬくもりを知らない。与えられたことも、与えることもなかったのだ。

(なんて不器用なんだ……。私も、こいつも)

 ジェダイトの乾いた頬に触れながら、雪華は胸の中に今までなかった感情が湧いてくるのを感じた。
 哀れむように、慈しむように、静かにささやく。

「馬鹿だな……。自分の感情に戸惑ってるうちに、逃げる手段を見失ったのか。胡散臭い笑顔の、冷徹な補佐官はどこに行った? 私といる間も……ずっと、惑っていたのか。冷静な判断もできなくなって」

 雪華の声を受け、ジェダイトが視線を巡らせる。その目がうっすらと細められ、雪華を捉えた。

「ああ。……本当に馬鹿だな、俺は。自分の感情ひとつ分からず、こんなところまで来てしまった。あなたの誇りも肉体も踏みにじって」

「…………」

「あなたを抱けば抱くほど、遠くに離れていくような気がした。どうすればいいのか分からなくなって――離れてから、繋ぎとめたかったんだと気付いた。そんなことも分からなかった」

 途方に暮れたようなつぶやきに、今度は雪華が目を見開く番だった。ジェダイトの頬から手を離すと、真顔で問いかける。

「……あんた、私を『抱いている』気でいたのか」

「……?」

「私はあんたに、最後まで犯されてるとしか思わなかった」

「あ……。そうか。そう、だな……」

 険しい顔で視線を逸らすと、ジェダイトがはっとしたように眉を寄せた。消沈したその表情に、雪華は己のわだかまりが――彼に感じていた怒り、憎しみ、そして説明できないもどかしさが晴れていくような気がした。

 あの激情を忘れることはできない。けれど、もう同じ感情を抱き続けることはできなかった。
 前髪をかき上げると、溜息をつく。

「はぁ……。足りないんだよ。言葉も態度も。何か伝えていれば――」

 そこまで愚痴って、ふと口をつぐんだ。やがてゆっくりと、唇に苦笑が浮かぶ。

「……いや、あの状況ではそれも難しいか。こうならなければ……きっと私も、気付けなかった」

 こんな風に、憎しみも打算もない場所で静かに話さなければ、分かることなどできなかった。彼を理解しようとも理解したいとも思わなかった。
 雪華の苦笑に、ジェダイトが目を丸くする。その呆けた、幼くも見える表情にふと感情が突き動かされた。

 雪華はもう一度ジェダイトの頬に両手で触れると――顔を傾けて唇を重ねた。


「…!? 何を――」

「いいから。……ひどいことをするわけじゃない」

「……っ……」

 突然の雪華からの口付けに、ジェダイトの体が強張った。
 壁を背にしたまま固まる彼に、静かに、そして優しく触れ続けるとようやく緊張がほぐれてくる。

 この男のしたことを、忘れたわけじゃない。
 わだかまりも、憎しみも、きっとまだ消えてはいない。だけど――

(そんな顔をされたら……放っておけないじゃないか)



 唇を重ねるだけの口付けを終え、そっと頬を放す。そして、彼を拘束している手枷に鍵を差し込んだ。
 乾いた音と共に解放された両手に、ジェダイトが信じられないという顔をする。

「え……」

「ジェダ。……まだ、死にたいか。どうしても、隷属するものが欲しいか?」

「……っ」

「私の安全を確かめて、心残りがなくなったならもうそれで十分だろう。……シルキアに戻り、元のように働け。たとえ闘いが続くのだとしても。あんたには、あんたの帰りを待っている人が大勢いる。あんたは大丈夫だと言っても、彼らにとっての支えはやっぱりあんたなんだ。彼らを自由にするために、自分を自由にするために、あんたはここまでのし上がってきたんだろう…!」

「しかし……」

 膝を突き合わせて、至近距離で告げるとジェダイトの瞳が迷うように揺れた。いまだ決断できない、死の解放に引きずられそうな彼に雪華はなおも言いつのる。

「つべこべ言うな。それでもどうしても納得できないというのなら――。私に、仕えろ」

「……え……」

「隷属させてやることはできない。だがあんたを排除する国に、忠誠など尽くさなくていい。その身だけ置いて、心は私に預けろ。私はあんたを裏切らない。あんたを信じる。……そういう人間の方が、仕え甲斐はあるだろう?」

「それは――……。だが……!」

 思いもよらぬ提案にジェダイトが激しく困惑する。
 雪華は立ち上がると、ジェダイトを睥睨へいげいした。威厳を込めて、命令する。

(……生きろ。今度こそ自分のために)

「斎国皇女、朱香紗としてシルキアの大臣補佐官ジェダイト・アル=マリクに命じる。シルキアに帰り、この戦を収束させよ。……そしてもう一点。奴隷解放のために尽力せよ。それが、そなたに対する私からの罰で……遂行すべき命令だ」

「…………」

 なんという傲慢。なんという矛盾。あれほど憎んだ元皇女という肩書きを、こんな形で利用するとは。
 だがそれでも、どうしても彼に生きていてほしかった。彼が唯一本心から望んでいただろう願いを成就してほしかった。

 見下ろす雪華にジェダイトは乾いた笑みを浮かべる。それは苦笑にも呆れにも見えた。

「……は……。あなたは本当に……生まれながらの、皇女だ」

「前にも言ったが、皇女でなかった期間の方がよほど長い。だからそれは適切じゃない」

「いいや。実際の生まれがどうであろうと……あなたほど君主にふさわしい人はいない」

「ふん。……まあ、腐っても皇女のめいだ。そうやすやすとは投げ出せまい。何年かかるかも分からないからな。そのうちに、死ぬ気など失せてくるだろう」

「は……、ははっ……。大した御方だ……。あなたのような主君なら、命をしても仕えたかったな」

 苦笑を収め、ジェダイトが身なりを整える。枷の外れた手を地面につくと、ジェダイトは深くこうべを垂れた。

「不肖ジェダイト、あなた様の命、しかと承りました。シルキアに戻り、命続く限り尽力いたしましょう。遠く離れても、あなたにこの身を捧げます」

「勝手に死なれては困る。だが、その言葉……偽りないことを信じている」

「……はい」


 長く続いた礼から顔を上げると、ジェダイトの瞳にはしっかりとした意思が宿っていた。
 最初の頃の穏やかだが本心の見えない目でも、雪華を辱めた冷酷な目でも、先ほどまでの迷いと諦めが滲む目でもなく、進む道を決めた者の眼差しだった。だがその瞳が、雪華と視線が合った瞬間にふと揺れる。

「…………。その……」

「……? なんだ」

「いや……なんでもない」

「なんだ、言いたいことがあるならはっきり言え」

 ジェダイトは、非常に分かりづらいがうっすら赤らんでいるように見えた。雪華が怪訝に眉を寄せると、やはり言いづらそうに口を開く。

「……その、もう一度だけ…キスをしても、いいだろうか」

「……きす?」

 『きす』とは何だ。
 首を傾げると、意を決したようにジェダイトがそっと頬に触れた。そして唇に落とされた感触に雪華は目を見開く。

(あ……)

 触れたのは一瞬だけだった。すぐに距離を取ったジェダイトが、気まずげにつぶやく。

「これが……キスだ。すまない。最後だと思ったら、どうしても――」

「…………。きすだけで、いいのか?」

「え? ――っ!」

 遠慮がちに離れていくジェダイトの手をとっさに掴み、自らの胸元に導いた。一度だけ震えたジェダイトが、呆けたように雪華を見下ろす。

「夜が明けるまではまだ時間がある。……私を、抱いてみたらどうだ」

「は……」

 何を言われたのか、ジェダイトは理解できないようだった。しばらくしてその目が見開かれ、驚愕をあらわにする。

「……っ、な――。ちょっと待ってくれ、それは……!」

「あんた、私に惹かれてるんだろう? だったら犯すんじゃなくて、抱いてみろ。それともああいう状況でなければ、欲情しないか?」

「いや、そんなことは――。しかし」

 ジェダイトが困惑するのはよく分かる。実際、雪華も自分自身の言動に驚いているのだから。
 けれど――暗く乾いた砂漠で生きてきたこの男に、何か一つでも光を与えたかった。胸に置かれたままのジェダイトの手に自分の手を重ね、雪華は告げる。

「斎での思い出が、あの離宮での日々だけとはあんまりだろう。目的も何もなく、獣みたいにただ繋がり合う……。今までのあんたにとっては無駄でしかないような行為が、本当に無駄なのかどうか確かめてみろ」

「……あなたが、俺を癒してくれると? その体を使って、わざわざ教えてくれるのか。……ずいぶん慈悲深いんだな」

「女の誘いを疑うとは、失礼な奴だな。……違うさ、半分はな」

 雪華の言葉を、ジェダイトは同情か憐れみと取ったようだった。歪んだ微笑に少しムッとすると、唇を尖らせて赤面でつぶやく。

「別れる前に、私の記憶も塗り替えていけ。凌辱されたんじゃなく……最後ぐらいは、自分の意思で抱かれたんだと思わせろ」

「……っ」

 今度はジェダイトにも雪華の本心が、自分から望んでそうしたいと思っていることが伝わったようだった。褐色の顔がうっすらと染まり、雪華は重ねてぶっきらぼうに告げる。

「御託はいい。したいのかしたくないのか、それだけ言ってみろ。私の気が変わらないうちに。……打算なしでの行為がどんなものか、知っておいてもいいだろう?」

 我ながら、なんと色気のない誘い文句かと思う。
 見上げた碧の瞳の中に、雪華の顔が映る。ジェダイトは息を呑み、震える手で雪華の頬を包み込むと――

「……雪華殿……」

 壊れ物に触れるかのように、唇を重ねた。


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