【完結】斎国華譚 ~亡朝の皇女は帝都の闇に舞う~

多摩ゆら

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龍昇編

28、開戦前夜

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 国境近くに陣を構えてから数日。睨み合いを続ける両国軍を横目に、暁の鷹は独自の諜報活動を開始していた。

 あらかじめシルキア側に潜り込ませてあった仲間や手を組んでいたシルキア兵から情報を受け取り、斎の軍へと流す。
 仲間内には片親がシルキア人という者もおり、兵に紛れても今のところ上手く立ち回っているようだ。もっとも本隊は、闇に乗じて情報を集める精鋭たちの方だが。
 夜が訪れた本陣の前で、その精鋭から届いた暗号文を眺める航悠に雪華は問いかける。

「松雲からはなんて?」

「……明日の明朝にシルキアが奇襲をかけ、口火が切られる、だとよ。もっともあちらさんの間者もこっちに紛れ込んでるだろうから、結果的には同時に攻め込むことになるだろうが」

「明日か……。とうとう、来るな」

 明日には今見下ろしている国境の平原が、血と炎に染まることになるのだ。それを想像し、思わず自分を抱きしめる。
 そんな雪華に向けて航悠がぼそりとつぶやく。

「……つらいか? 十三年前の内乱とは比べ物にならないぐらい、凄惨な光景を見ることになるぞ。俺は構わんが、嫌だったら戦闘が落ち着くまで後方に下がってろ」

「いや。……ここに来ると決めたのは、私だ。今さらそんなことは言えない」

「俺らは戦うわけじゃないけどな。自分の身ぐらいは、自分で守らねぇと。そこまでは軍も面倒見てくれないからな」

「ああ。……本陣にまで踏み込まれるようなことがないといいが」

 戦を目前にした血なまぐさい高揚感と不穏な予感。それを共に胸に秘め、航悠が顔を上げた。

「シルキア側に行ってる奴らを、呼び戻そう。明日からは……血を見ることになる」

 まだ何も起こっていない静かな夜空を見上げ、雪華と航悠は最後の静寂を噛みしめた。



 航悠と別れ、自分の天幕に戻る直前で雪華はふと背後を振り返った。
 国境とはまったく逆方向。陽連――陽帝宮。見えるはずのないその城を見るように、暗闇の中、目を凝らす。

「…………」

 この空の向こうに、あいつがいる。見えないはずの国境を見つめ、きっと今日も眠れない男がこの大地の彼方にいる。

「……前線には来るなよ」

 総大将が前線まで赴くなど、よほどのことがない限りあってはならないことだ。それはつまり、斎の劣勢を示す。

「……来るな」

 二度と会ってはいけない。会えば――凍らせた心が、もろく溶けてしまう。

 雪華は雪華の道を行く。ここで自分の戦いをする。だから龍昇も、課せられた使命を果たせばいい。
 本人がどう思おうと、斎国皇帝は彼しかいないのだ。国の宝は、彼以外にはありえないのだ。

「生きろ……!」

 執着を振り切るように闇夜から目を逸らすと、雪華はその面影をまぶたから完全に消し去った。


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