【完結】斎国華譚 ~亡朝の皇女は帝都の闇に舞う~

多摩ゆら

文字の大きさ
106 / 166
飛路編

終、受け継がれるもの

しおりを挟む

斎国歴六八五年 三の月

シルキアとの間に、西峨の港湾を巡る戦いが勃発す。
されど皇帝・胡龍昇の記した親書により、早期に停戦へと持ち込まれる。

このとき使者としてシルキア陣営に赴いたのが、前皇朝である朱朝最後の皇女・朱香紗と、同じく前大将軍 宗飛天の嫡子・宗飛路である。


「斎国正史」より







 あの戦の終結から、三年の歳月が流れた。陽連花街の一角にある蒼月楼の前で、馬に横乗りになった女に屋内から声がかけられる。

「雪華さーん。荷物、これで全部?」

「たぶんな。……あ! 地図を忘れた」

「うわっ! いいから、飛び降りないで! オレが取ってくるから……!」

「別にこれぐらい、大丈夫だと言うのに」

「い・い・か・ら、そこにいて! 今が大事な時期なんだから――頼むよ、本当に」

 慌てたような声の主は、言わずと知れた飛路だ。馬上の雪華を残して二階へと駆け上がる足音を聞きながら、雪華はほどよく晴れた秋の空を見上げた。
 肩の上で短く切りそろえられた髪が揺れ、軽くなった頭が気持ちいい。


 使者としてシルキアの陣に赴いたあと、結局雪華は眠ったまま飛路に抱えられて斎へと戻り、目が覚めたら腹の痛みと引き換えに戦は終わっていた。

 目覚めてから聞いた話だが、月のものでもないのに下からかなりの出血をしていたらしい。
 それ以来、腹部の痛みはぱたりと収まったが――あとから考えると、あれはもしかしたらそういうことだったのかもしれない。

(……ごめんな。鈍感で)

 腹を撫で、失ったかもしれない命と新たに宿った命を同時に慈しむ。
 今日、雪華と飛路は暁の鷹を離れ、飛路の故郷である東匠とうしょうへと出発することになっていた。


「安定期入ったばかりで行くのも大変だろうが、冬になるともっときついしな。まあお前なら大丈夫だろ」

「うえっ……あ、姐御……お元気、でっ……。ひっ」

「鼻水を拭け、梅林。……世話になったな」

 航悠の発言を皮切りに、仲間たちが次々にはなむけの言葉をくれる。間食の甘味を手渡しながら青竹が糸目でつぶやいた。

「まさかあんなガキに捕まるとは、副長も焼きが回りましたね」

「そうだな。だが、目はたしかだったと思うぞ?」

「雪華。これ持っていけ。安産祈願だ」

「ありがとう松雲。あの馬鹿三十路をよろしくな。どこかで落ち着かせてやってくれ」

「余計な世話だっての。……お、噂をすれば旦那が来たな。よし――」

 苦笑した航悠が、降りてくる足音を聞きつけて突然雪華の手を握った。外に出てきた飛路が目を見開く。

「雪華さんおまた――、あー! ちょっと頭領! なに手なんか握ってんですか!」

「いいじゃねぇか。減るもんでもなし」

「減ります! まったく油断も隙もない! 放して――、って、痛っ! いたたたたた! 頭領…! 手がもげますって!」

 航悠の腕を掴んだ飛路が、逆にその手をひねり上げられた。関節技をきめられ、飛路は本気の悲鳴を上げる。
 そんな飛路に航悠は顔を近づけ、ドスのきいた声でにこやかに告げた。

「飛路。お前――結婚前にはらませた罪は重いぞ」

「だからもともと、今年中には結婚するつもりだったって何度も――! ていうか怖っ! 顔マジで怖いですよ頭領…!」

「おーい。何じゃれてるんだ。置いてくぞ」

「えっ、嘘。待って!」

 航悠にようやく解放され、ひらりと馬にまたがった飛路が雪華の体を挟んで手綱を握る。その肩はあの頃より厚みと高さを増し、年上の仲間たちと並んでもなんら遜色なくなっていた。たくましくなった上半身に、雪華は身重の体を預ける。

「じゃあな。……楽しかった。みんな達者で」

「色々、ありがとうございました。必ず……幸せにします」

「私が幸せにしてやると、言っているのに」


 今はしっかり戸籍と土地…この国で生きる権利を得た仲間達に見送られ、陽連をあとにする。街道に出ると、秋の風が頬を揺らした。

「……楽しみだな」

「そう? オレは今から不安だけど。出産大丈夫かなとか、名前なんにしようとか。オレもちゃんと、父親やれるかなとか」

「お前が色々考えてくれてるから、私はどんと構えていられるよ。……こんな穏やかな日が来るなんて、思わなかった」

「安心して。オレが――守るから」

 ばっさりと後ろ髪を切った、精悍な横顔を見上げる。……心も体も大人になった。つくづく、いい男に成長したと思う。

「そうだな。私の命は、お前に預けた。お前は、私を守れ。……一生、な」

 そのうなじをくすぐると、飛路はあの頃と変わらぬ明るい瞳で小さく笑った。

「……御意」





 -完-


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...