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私小説 4

スナック 「吉四六」

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 私は、何だか知らないが、会田の説教を聞いて、感動してしまったのだ。他人の説教を聞いて感動するのは、昔、ジョーゼフ・キャンベルがNHKで「千の顔を持つ英雄」の話をしていた時以来である。日本語吹き替えの声を担当していたのが森山周一郎であった。

 「千の顔を持つ英雄」の本自体は、読んだことないので、よくわからないが、彼は以下のようなことを語っていた。

「我々は心の中に、恐怖という竜を持っています。英雄というのは、竜に打ち勝つもののことを指すのです」

 恐怖に打ち勝つか、それとも恐怖の前に平伏すか?これが英雄かそうでないかを分けるとしたら、我々は、恐怖を前にしていつも英雄になれるか、なれないか、試されているとも言えるのである。

 私の家の近所にあるスナック「吉四六」では、A子さんという、前に勤めていたコンビニの常連客であるママさんがやっていた。彼女は、よく、フィリップモリスのエクストラライトをカートン買いしていた。

「まさに、ミスターアイダの言っていることが、当てはまるんだよ。オイラは……今まで、引っ込み思案だった。今後は頑張ろうと思う」
「いや。お前は、機動兵士乗りとして頑張っているじゃないか。チャーリー大統領も感謝しているよ」
「いや、それって、本当のことなのかね」
「え?」
「俺ね。何か、全てが妄想のような気がしてならないのだよ。あるいは、神様の悪戯」
「はあ」
「ママさんはどう思う?」

   A子は、急に訳のわからないことを質問されて困ってしまった。

「よくわからないけど、妄想ってものは、本人がそう思ったら、そうなんじゃないの。たとえば、片思いってあるでしょ」
「うん」
「あれなんかも、当人がそう思ったら、恋なんだと思うの」
「ほう」
「結幻論とか言っている人、いなかったっけ?」
「ああ」
「真実って、追い詰めてみたら、私たちなんて宇宙と比べれば、米粒みたいなもんよ。あんまり、真剣に思い悩まないで、流れのままに生きてゆくしかないじゃないかって思う」
「そうだね」
「もう、あんたたち、二人が話しているばかりで、歌わないから、あたしが歌うわ」

  ママが選曲したのは、欧陽菲菲の「ラブイズオーバー」であった。私たちは、知らない演歌を聞かされるのではなくてホッとした。
   
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