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怒りの矛先

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「バルド、少し気にかけておくといい。神を蔑ろにし、神の怒りに触れ、その矛先が人間に向いたときには」
市杵島姫は満面の笑みで振り返って
「こうなる」
と、忠告した。
女神の後ろにはゴブリンとオークとトロールだったものの死体が散乱していた。
今やただの肉塊だ。
それぞれがまるで大砲でも喰らったかのように部位が欠損している。
それがただの水を圧縮した弾丸だったなどとは誰も予想できないだろう。
しかもそれが雨乞いのバフをかけてない神技の威力なわけである。
これで雨乞いのバフが乗るようなら、おそらくその威力はモンスターを木っ端微塵に粉砕し地面が抉れるほどの威力になるだろうことは想像に難くない。

何が何やらで分からないだろうから順を追って話そう。
そもそも俺たちは冒険者ギルドで依頼を受けていた。
Dランク帯の依頼にしては少々難易度が高いはずの依頼だったのだが・・・
それは一つの村がモンスターの集団に襲撃されて乗っ取られたというものだった。
その為ギルドは神憑(かみつき)の冒険者4人、もしくは、通常の冒険者8人を依頼していたのだ。
依頼を受諾したのは俺と、双子の姉弟と、ズベンというトカゲの亜人で全員が神憑と呼ばれる神を使役する存在だった。

俺たちは馬車を2000コールで(一人500コールずつ出し合って)借りて操縦はズベンに任せた。
村に行く道中の馬車の中でバルドが我らが女神様の逆鱗に触れた。
その怒りは収まらない。
だがその怒りを19歳の少年に向けては神の威厳も失われてしまうだろう。
女神は考えた。
どうすれば神の威厳をこの少年に知らしめることが出来ようか。
だから女神は我々の制止を振り切ってモンスターに乗っ取られた村に単身で躍り出ると、ガン◯ムのフ◯ーダムも真っ青のマルチロックオンシステムで敵を捕捉すると、次の瞬間には襲いかかってくるモンスターを覚えたばかりの水の弾丸を使って、一瞬にして100体のモンスターを肉塊に変えたのである。
紹介し忘れていたが女神は最初から索敵をする神技『水滴の波紋』を覚えており、この技は女神から半径500メートル以内の物体を形から大きさまで感知できる神技になっている。
「さて、ややこ(バルドのこと)に神の威厳を知らしめてやろうかと思っておったんじゃが、興が削がれたわ」
そう言って女神が一つの民家に近づいていった。
何事かと思って俺達もついて行ってみると、そこには裸の若い女性が3人、縄で両手両足を縛られていた。
「バルドとクラリスは来るな!」
思わず自分はそう叫んだ。
部屋に充満する臭いから察するにこの場所で何が行われていたのかは容易に想像がつく。
「ズベン、悪いが彼女達の縄を解くのを手伝ってくれ、それとバルド、クラリス、何でもいいどこかの民家から服を3人分持ってきてくれ!」
「わかった!(わかりました!)」
姉弟に服を探しに行ってもらっている中、俺はやるせなさの溜め息を吐きながら縄を直剣で切り裂いた。
「なんだい兄さん、こういうのは初めてか?」
と、ズベンが聞いてくる。
「えぇ、気分は最悪です」
「そう言えばあんたはよそ者だったな。悪いことは言わねぇ、この程度で根を上げるんだったら、もう、こう言った仕事は受けるのはやめとくんだな」
「いや、気分は最悪ですが、俄然、やる気は出てきましたよ。この最悪な生き物達を野放しにすることはできないってね」
「はっ、言っとくがなにいちゃん、正義感で突っ走ってったら一瞬であの世に行く羽目になる。やばいと思ったら仲間を見捨てて引き返すくらいの臆病さが必要なんだ」
「ご忠告、どうも」
「それよりすげぇなあの女神様はイチキシマとか言ったか、あんな女神様は見たことねぇよ、あれだけ神格があるってことは信者も大勢いるんだろ、なぁんでこんな辺鄙な世界に来ちまったんだ?」
因みに流行り病前と流行り病明けの来島者数は400万を超えている。
そこから察するに俺を含めて100万人の信者は硬いだろう。
「なんて言えばいいんでしょうね。まぁ、端的に言えば、飽きた、としか言いようがないですね」
「なんだそりゃ?」
「平和すぎるのも体に毒ってことですよ」
「さっぱり分からねぇ」
「でしょうね」
そう言って俺たちは縛られてた女性達を解放すると女神の指示で民家の外に出た。
どうやら孕んでしまった女性を女神の神技で流すらしい。
民家の中からはようやく我に帰った女性たちの精一杯の嗚咽が聞こえる。
最初に受けた依頼がこんなにも重たいものになるなんて思ってもいなかった。
それと市杵島姫様がいてくれて、本当に良かったと思った。

被害者への治療も終わり、ドミニアに帰ろうとしているときのことだった。
アラームが本から鳴り響く。
本は赤色を点滅させながら光っていた。
それは、俺の本も、他の三人の本も同じだった。
「こんな時に救援要請だと、馬鹿らしい、やってられねぇよ!」
と、ズベンが吐き捨てるように言った。
どうやら本が赤く光ると近くの冒険者が助けを求めているということだった。
「俺は行くぞ、腰抜けトカゲはすっこんでろ!」
とバルドは威勢よく救援要請があった場所まで走って行ってしまった。
「バルド、待って、私も!」
クラリスがバルドの後を追おうとするが俺はすぐに止めに入った。
「クラリス、すまない。君は被害者の女性たちと一緒に馬車で街へ戻ってくれ」
「でもバルドが!」
「バルドは俺が連れて帰る。だからクラリスは女性たちと一緒にいてくれ。今被害者には寄り添ってくれる女性が必要なんだ」
「だったらイチキシマ姫が居ればいいでしょ!」
彼女にそう言われて俺もそうした方がいいのかと思った。
だがそれを否定したのはズベンだった。
「嬢ちゃん、やめとけ、弟はもう助からねぇよ」
「どういうことですか!?」
「本を確認しな、救援要請を入れたのはBランクの連中だ。つまりなそれだけヤバいの遭遇してるってことだよ。俺たちが援護に入ったって到着する頃には連中は皆殺しにされてるかもしれねぇんだ。それに行ったとしてもただの足手纏いだ」
「だったら尚のこと、止めに行かないと!」
「話は最後まで聞きな、俺たちじゃどうにもならねぇ、ただこの状況をひっくり返せる神様が一人だけいる」
「なんじゃ、私をご指名か?」
「そうだ、神様にランクなんて無いが、強さだけならSランクの冒険者が連れてる神にも匹敵するだろう。だからもし連中を助けたかったらモトナリ、あんたが行くんだな」
それを聞いて俺の腹の中は一瞬で決まった。
「市杵島姫様、ご同行、お願いできますか?」
「よいじゃろう。ややこにする説教もまだ終えてはおらんしな」
こうして、俺とバルドで助けを求めている人たちの元へ向かうことになった。
「バルドの事、お願いします」
そう言ってクラリスとズベンは被害者の女性たちを馬車に乗せて急いでここを離れていった。
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