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強敵

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お願いしますと言って見送られた以上はやり遂げるつもりだ。
だが走り続けてもバルドの後姿は見えてこなかった。
風のブーツのお陰で直進すれば速度は出るものの、今いる場所は鬱蒼と木が茂る森の中だ。
まったく速度が出せない。
本を広げて応援要請があった場所を確認する。
そこまでは恐らくあと1キロメートルはある。
バルドはすでに400メートルの所まで迫っていた。
焦るな、冷静になれ。
最悪、バルドが殺されても復活の神水でよみがえらせることが出来る。
だが問題は、もし、人間を食うような魔物だったら?
その場合はいくら女神の力とは言え無理だろう。
今救いがあるのは応援要請を出した人間が生きている可能性が高いという事だ。
この本には地図と応援要請を出した人間と仲間の位置が記されている。
それはアイコンとなって表示されているのだが未だに動きがある。

応援要請をした人物
マーガレッタ 25歳
出身惑星 ドミニア
所持金 500000コール
属性 光
体力 34
スタミナ 55
魔力 36
筋力 40
知力 20
素早さ 33
器用さ 40
直感 43
信仰 50
善悪値 ➕81

憑いている神 フルリエル
神の属性 光

結構なスタミナお化けだな。
これが苦戦している相手なのだから緊張で手が震えてくる。
その震えをぐっと抑えて俺は走り続けた。
だが舗装されてない足元のせいで思うように走れない。
息も絶え絶えだ。
思えばもう俺は30歳だ。
随分と年を取ったものだと思う。
それに、どう見ても学生時代よりは衰えを感じる。

「30歳のおじさんにはちょっと厳しい距離じゃの、どれ、手伝ってやろうか?」
と、ニヤニヤした顔で何かを提案してくる我らが女神。
「手伝いって、どうなされるおつもりで?」
「簡単じゃよ、『水の弾丸』があるじゃろ、あれでな、お前を目的地まで吹っ飛ばすんじゃ」
「そんなに威力を押さえられるものなんですか?」
「安心しなさい、私を誰だと思っとるんじゃ」
宗像三女神むなかたさんじょしん様であらせられます」
「はっはっは、そう言う事じゃ、大船に乗ったつもりでまかせんしゃい」
「では、よろしくお願いします」
「うむ、それでは3、2、1で行くぞ」
「はい」
「3、2、1・・・ファイヤー!」
とともに俺は水の弾丸を背中に食らって大砲のように地面から飛びあがった。
それにしても水の神の掛け声の最後がファイヤーってあんた・・・
と、思いながらも俺は順調に目的地までの距離を縮めていた。
本を見ながら着地点を靴の能力で微調整する。
すると敵が見えて来た。
敵は、巨大な黒い狼一体に黒い鎧の騎士が一人。
それと戦っているのは恐らくマーガレッタと思われる人物とバルドだった。
その周囲には4つの人間の死体が転がっている。
残念ながらこちら側は力で押されている様子だ。
だったら、このまま敵に突撃するしかあるまい。
俺とて芸州男児のはしくれ、味方の後ろからのこのこと現れていては芸州男児が廃る。
俺は信仰系の炎の魔術『加速する怨嗟の紫炎』を足にまとって黒い鎧の敵めがけて加速した。
因みにこの魔術は魔術の属性を上書きする魔術で、本来の使い方は雷を射出する信仰系の魔術に上書きして使い、相手を呪いの炎で焼き尽くすというイカした魔術である。
「燃えろぉお!」
紫炎を纏った足が敵の鎧に激突する。
燃え上がる黒い鎧の騎士。
「ぐぁあ!?」
その憑いた火が赤から青へ熱を上昇させ、最後には紫の炎となって焼き尽くす。
それに気づいた大きな黒い狼が黒い鎧の騎士を助けようとして駆け寄った。
「来るなグレイブ、罠だ!」
黒い騎士が叫ぶ。
俺は内心、舌打ちをした。
何故ならその炎は触れたものを例外なく焼き尽くす連鎖の炎でもあるのだ。
それをこの黒い騎士は見破ったのである。
黒い狼は人語が理解できるのか立ち止まると、少し考えてから後ろ足を使って黒い騎士に向かって砂をかけ始めた。
懸命に消火活動をする黒い犬だが黒い騎士が纏った炎はより一層、紫の炎を燃え上がらせている。
それもそのはず、その炎は火ではない、呪いなのだ。
「グレイブ、俺に構うな、奴らを倒せ!」
呪いの炎で身を焼かれながらも立ち上がり指示を出す黒い騎士。
流石Bランクが5人がかりでも倒せなかった相手だ。
格が違う。
恐らく相手の黒い騎士と黒い狼はこちらの数値で換算するならAかSランクの冒険者に匹敵するほどの力を持っているのだろう。
しかしこちらは信仰カンストの魔術だ。
並の生き物なら炎の色が青色の時点で死に絶えるのが普通だが・・・
炎が紫になってから7秒が経過し黒い騎士は膝から崩れ落ちた。
念のために、あと5秒は燃えてもらおうか。
それで身も心も焼き尽くされるだろう。
「やったか!?」
マーガレッタが勝利の確信の声を上げた。
「おっさん、とんでもない登場の仕方をしてくれたな」
と、バルドが感心してるのか呆れてるのか、それとも両方含まれるような声で俺に近づく。
「でも助かったぜ、俺のガンズロックじゃ敵が素早過ぎて補足できなかったからな」
その言葉に首を振るマーガレッタ。
「いや、君にも感謝してるぞ少年、君と君の神がいなかったら今頃私は奴らに斬り殺されていた、礼を言う」
「安心するのはまだだ、このダークフェンリル、冒険者ランクで言えばAランク級の化け物だぞ!」
「そのようだな…悪いな、ダークフェンリルよ、6対1だが、狩らせてもらうぞ!」
だが多勢に無勢でもダークフェンリルと呼ばれた狼は一歩も引かなかった。
それどころか地面に爪を立てて喉を鳴らしこちらを睨みつけてくる。
こちらが圧倒的に優勢であるはずなのにもかかわらずチリチリと肌を刺すような圧力を感じた。
「誰が、6対1、だと?」
「馬鹿なっ!」
俺は思わず声を上げた。
ありえない光景に思わず呆然とした。
先ほど呪いの炎に焼き尽くされた黒い騎士が地面に両手をついて激痛に苛まれながらも立ち上がったからだ。
「貴様、おかしな体質をしているな。先ほどの攻撃は、恐らく信仰系の呪いの火か何かだろう、それも恐らく超高ステータスから放たれたものだ。それなのになんだ貴様は、まるで強者としての存在感が無い」
そうして顔に手を当てて俺を指さした。
「なるほど、貴様、アンバランサーだな、クックック、どおりで、恐らく尖っているのは信仰系だけか、はっはっは、私の敵ではない、私が倒れているときに追い打ちを入れなかったのが仇となったな、さすがにもう一発は耐えられなかった!」
と言ってほぼ完全に俺のステータスを見破ってくる黒い騎士。
だが臆する必要はない。
こちらは6対2だ。
数的有利であり、なおかつ敵の一人は深手を負っている。
それを察したダークフェンリルが心配そうに黒い騎士に向かって吠えた。
「気にするなグレイブ、所詮、Bランクの人間と神が揃ったところで俺たちの敵ではない」
そう言って剣を構える黒い騎士。
「雑兵ども、呪うなら己をこんな所に駆り出した主君を呪って死んでいけ」
ぞっとするような殺意が俺たちに向けられる。
ザッと黒い鎧が前に間合いを詰めた、その時だった。
「うっ・・・!」
何かを感じ取った黒い鎧の騎士が前に進むことを躊躇う。
恐らく予想以上に先ほどのダメージが入っていたに違いない。
だが膝を屈することもなくただ立ち止まっている。
俺はブラフの可能性も考えなければならない。
近づくのは危険だ。
だから今度こそ俺は雷の魔術に『加速する怨嗟の紫炎』を乗せるために構えた。
「美しい!」
「「「・・・は?」」」
俺もバルドもマーガレッタも一斉に目が点になる。
黒い騎士はある一点に視線を吸い寄せられるように立ち尽くしているだけだった。
その視線の先に居たのは、我らが市杵島姫命である。
「貴様は、いや御身の名を聞きたい、なんと申されるか!?」
「私か?私は市杵島姫命、海を司る女神である」
「イチキシマヒメノミコト・・・美しい響きだ」
そうだろうか?
俺が女神の名前に最初に思ったことは「この神様めっちゃ舌嚙みそうな名前してんな」と思ったほどだが・・・
「聞け凡夫どもよ、今宵は女神イチキシマヒメノミコトに免じて見逃してやろう、ただし再び我らの魔王ベルムファズラ様の土地に土足で踏み入るようなことがあれば、その時は再びこの魔王近衛騎士団ダークフェンリルの団長ガザリエスが我らが月の女神イリスマキナに代わって成敗してくれる!」
そう言って身をひるがえすと愛犬のグレイブにまたがって疾風の如く去って行った。
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