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レッドドラゴン

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確かに彼女の言う通り、ここまでの道でCランクの冒険者にとって危険なモンスターとは遭遇しなかった。
だが気を抜けない仕事だ。
何故なら護衛対象が牛一頭なのだから。
ヴァイスさんの意向で牛は新鮮な状態でレッドドラゴンに届けたいそうだ。
牛と馬車を並走して走らせているのだからかなり時間がかかる。
ただ、彼女は牛の扱いには慣れているようで、角のある牛に怯むことなく鼻に通した縄を使って巧みに使って誘導していた。
「すまないなモトナリ、こんなことに付き合わせて、神事といえど退屈だろう?」
「いえ、たまにはこんなのんびりとした旅も悪くないです」
「そうか、そう言ってくれると助かる」
それから会話はなくなったが、特に気まずい雰囲気が流れることはなく、お互いに周囲を警戒しながらレッドドラゴンに謁見するための旅は順調に進んでいった。

町から歩いて1週間が経った頃、森の中に一つの隠れ里のような集落が姿を現した。
どうやらここがヴァイスさんの故郷らしい。
里の入り口には門番のような人たちがいて、ヴァイスを見るとすんなりと俺も中に入れてくれることになった。
「すまないなモトナリ、我々には人間のベッドは寝苦しくてかなわん」
そう言って案内されたのは小屋の中にある藁の塊だった。
どうやらここが今日の寝床らしい。
冒険者として野宿慣れし始めた俺から言わせてみれば藁でもありがたい寝床になる。

レッドドラゴンとの謁見は明日の朝行われることとなった。
俺は温泉に浸かって旅の疲れを癒し、食事はヴァイスさんの家族と一緒に食事を摂ることになった。
「モトナリ、味は問題ないか?」
「えぇ、とても美味しいです」
「それは良かった。今日、ここに呼んだのはほかでもない。モトナリだからなんだ」
「それはどういう・・・?」
「お前は信仰心がとても強い、きっとレッドドラゴン様もお喜びになられるだろう、どうだモトナリお前さえよければ、ここに住んでみる気はないか?」
「つまり、欲しいのはレッドドラゴンを信仰してくれる信者、それも信仰心が高そうな・・・」
「察しが良いなモトナリ、そう言う事だ。もし承諾してくれるならお前好みの女をどこからか攫ってきてお前の妻にしてもいいんだぞ」
俺はその提案を聞いてげんなりした。
「大変魅力的な提案ですが、お断りさせていただきます」
「何か問題があったか?」
「問題しかありません」
と、流石の自分も遠回しな発言はかえって誤解を招くと思ってはっきり言った。
「自分は一人で何かをするのが好きなんです。それに結婚願望もありませんし、人さらいも感心しません」
「なるほど、噂にたがわぬ真面目人間のようだな」
「いや、一人が好きなのは自分個人の特徴として、人攫いなんて普通の人は容認しませんよ」
「安心しろモトナリそれに関してはそのくらいお前を大事にするぞと言う気概みたいなもので、本当に攫ってきたりなどしない、何故なら本当に人を攫ったら冒険者ギルドに依頼が入って冒険者にこの里が襲撃されてしまうからな」
それもそうだが、龍人の集団なら冒険者を迎撃することは可能そうだがな。
「モトナリ、お前が祈りをささげる神様はそこの海の女神だけか?」
「いえ、色々な神様を崇拝しています。太陽神や死の神や豊穣の神や怒りの神などです」
「お前、神であればなんでもいいのか?」
「いえ、特定の条件があります」
「それはなんだ?」
「徳が高いか、ご苦労なさっている神であるか、というのが信仰の条件です。逆に生まれに甘んじて胡坐あぐらをかいているような神はどれほど強かろうが神々しかろうが祈りたくありません」
「はっはっは、そうか、ならばお前はレッドドラゴン様を崇めるだろう、これは決定事項だ」

翌日、俺たちはレッドドラゴンのいる大樹の元へと向かった。
レッドドラゴンは文字通り全身の鱗が赤い龍で尻尾には赤い三俣みつまたの槍を装備している。
身長は10メートルほどで全長20メートルくらいの巨体だった
それが緑の芝の上に両足をたたんで寝そべって、長い首をこっちに向けながら喋った。
「よく生贄を持ってきてくれたなヴァイス、礼を言うぞ」
「勿体ないお言葉でございます」
「うむ、して、お前が話にあったモトナリだな」
「お初目にかかりますレッドドラゴン様、私は地球と言う星の日本と言う国の広島という地からやってまいりました。ご同行していただいておりますこちらの神はその地方の海の守り神であらせられる厳島姫様でございます」
「よろしくな、ご老公」
と言って姫様はレッドドラゴンに手を振った。
すみません姫様、初対面なんだからもう少し丁寧なあいさつをですね…
と思ったが何やらレッドドラゴンは姫様に興味津々だった。
「ほう、貴様、龍の力を宿しているな、しかも多くの信者を抱えている、羨ましい限りだ」
「信者が多いのは自力ではなくてな、とある天才の賜物じゃけぇ」
と、言って姫様は謙虚に愛想笑いを浮かべていた。
「その天才の名は?」
平清盛たいらのきよもり、当時の彼の右に出る者はおらんかった。ただ悲しいかな。彼が死んだあと彼の一族はあっさりと滅んだ」
「気に病むこともなかろう、人の世はいつもそうだ。一代限りの天才なんぞ吐いて捨てるほどいる」
「それもそうなんじゃが、功績のわりに後世からの評判があまりよくなくてな、それが少々悲しい」
「はっ、若い神の考えだ、それこそ星のようにいる。正しかった者が、正しく評価されている方が稀なのだ。龍人だろうと人間だろうと大半は愚か者ばかりよ。しかし面白いおんなだ。信仰を向こう側において来てまでこの土地から欲するものはなんだ?」
「それは決まっておろうご老公、若気の至りよ、私がこの世界でどこまでやれるのか、試してみたくなった、それだけの事じゃけぇ」
しれっとバトル漫画の主人公みたいなことを言い出すウチの姫様に、古き龍は笑った。
「はっはっはっはっは!まるで男子のようなおんなだ。憑き人もさぞ苦労が絶えぬであろう」
そこで俺ははっとなって慌てて返事をした。
「いえ、姫様には随分と助けられています。私は全く苦労していません」
「ふむ、モトナリ、お前も随分と変わり種よ、信仰が限界まで行きついた生き物などそうそうにいないのだからな。だがなモトナリ、喜べ、お前はそのうち、限界を超え始める」
「本当なのですかレッドドラゴン様!?」
俺も驚いたが声を出したのはヴァイスさんの方だった。
古き龍はゆっくりと頷いた。
「お前の信仰力は恐らく依存している神の数によって上昇する。あとは、分かるな?」
この契約にはお互いにとってメリットが多く、デメリットが無い。
レッドドラゴンは信仰されることで力を上げることができ、俺は信仰することによって信仰力をさらに上げられる。
だが昨日も言ったように俺にとってこの古龍レッドドラゴンが信仰するに値するか判断するのは俺自身が決めなければならない。
今は残念ながら古龍についての情報が不足している。
「そういえばモトナリは素性も知らない神は信仰しないのだったな。よかろう、では、昔話をしよう」
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