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古龍の過去

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一万年前、これはかつて私が憑いていたヴェルスという青年との物語である。
この物語の語り部はレッドドラゴンに譲ってもらおう。
かつて、この大陸には二つのドラゴンがいた。
ナイトメアのヴェルスに憑いていた私と、龍人族のドルグマンという王に憑いていたホワイトドラゴン。
ドルグマンは典型的な暗君だった。
王の統治下で国民は貧しい暮らしを強いられていた。
しかし王は国民から吸い上げていた税金で贅沢ばかりをしていた。
普通の国なら王は断罪されなければならないだろう。
だが王には白龍がいた。
白龍もまた王のもとで何不自由のない生活をしていたのだ。
ドルグマンは何も知ろうとしない男だった。
そんなことが数年続いたが、何の変哲もないある日の夜を境に人々の心は祖国から離れるようになっていった。
ある日の事、何も知ろうとしなかった王は豪華な食事が徐々に質素になることに気づく。
だから彼は国民が他国に逃げだすことを知ることになった。
王は激怒した。
そして逃げ出す国民をひっとらえると一人残らず火刑に処した。
更に逃げた先の集落や町に「逃げた国民を返せ、返さぬなら貴様らの村を焼き払うぞ」とまで脅した。
そう言われた町や集落の人間たちは自分たちの居場所を守るため王都から逃げ延びて来た人たちを差し出した。
情けない話だ。
屈強なはずの龍人族たちが、一匹の白い龍の威を借る男に何もできないでいたのだから。
その頃のこの地方には冒険者ギルドなんてものはなかった。
誰も王の圧政から救ってくれるものなどどこにもいないと、人々は諦め始めていた。
ただ王の悪評が、こんな辺境の村にまで聞こえてくるようになった。
今の若者が聞いたら驚くだろうが、かつてこの村は龍人族とナイトメアが共存していた。
私の憑き人のヴェルスは憤った。
ヴェルスは村の若者に声をかけて王を撃つものを募った。
総勢10名が名乗りを上げて、私を引きつれて王都に旅立った。
王都は餓死者で溢れかえっていた。
王の使用人たちは皆、手に鞭を持って畑で働く人たちを鞭うった。
その様子を見たヴェルスは頭に血がのぼって気づけば鞭うつ使用人の首を刎ねた。
彼は叫んだ。
「いつまで暗君なんぞに使われ続けている気だ、恥ずかしいとは思わないのか!」
それは、鞭うたれている奴隷たちにも、鞭を打っている王の使用人たちにも聞こえた言葉だった。
その言葉に打たれて、奴隷は王を討つための戦士になった。
総勢100人の戦士たちが王城に殺到する。
門番を蹴散らし、騎士たちをたおして、王の間へ辿り着いた。
そこには白い龍と王がいた。
私は言った。
「聞け白い龍よ、貴様にまだ自由なる空への喜びがあるのなら、龍としての誇りがあるのなら、今すぐその暗君の前から姿を消すがいい、そうすれば命だけは助けてやろう!」
その警句に白い龍は耳を貸すことはなかった。
激しい戦いになった。
何故なら白い龍は私より強かったのだ。
私は今の神格を得るまではずっと小さく、一つの村の複数いる守り神の一つに過ぎなかったからだ。
100人いた戦士たちはあっという間に焼き払われてしまった。
それでも20が残った。犠牲は無駄ではなかった。
炎の隙間から雄たけびと怒号を発しながら白い龍の肌に槍を突き刺していく。
激痛にのたうち回る白い龍、その心臓にヴェルスが剣を突き刺した。
龍は呼ばれた神である。だから白い龍は最後に白い魂となって霧散した。
残された王は暫く自身の敗北に気づかなかったが、屈強な戦士たちに周りを取り囲まれて我に返った。
そして命乞いをした。
当然、許されるはずがない。
そして王は処刑台に登ることになる。
大勢の龍人から石を投げられた。
ヴェルスは斧で王の首を叩き切ると、周囲から歓声を浴びた。
その歓声に、ヴェルスは激怒した。
「分かってるのか貴様ら、お前たちは何の関係もない村の者に助けられたんだぞ、全ての者が力を合わせて戦えばあんな馬鹿な王様と龍くらいどうにでもなった。龍は1000人で戦えば斃せた。なのに最初に貴様らがとった行動はなんだ、何故逃げた、そして今なぜ喜ぶ、今、貴様らがしなければならない事は次に暗君が出た時、如何にしてその暗君を素早く討つかを考えることだろうが、そのくらい分かれよこの人でなしども!」
そう言って彼は怒りに任せて民衆の中に王の首を投げた。
そして彼は怒りが収まらぬままこの地へ帰ってきた。
それからというもの、彼はどこか落ち着きがなくそわそわしていた。
怒りのベクトルと発散しようのない熱量が彼から正気を奪っている。
それを彼女の姉アウラが見かねて行った。
「旅に出れば?」
それを聞いたヴェルスは何かの核心を得たかのように急いで荷支度をすると、その日のうちに村を旅立った。
彼と私は色々な場所を訪れた。
溶岩も、氷河も、美しい花畑も、荒れ狂う隆起した台地も、砂漠も、その中にあるオアシスにも。
色々な街、多種多様な人々、人間にエルフにドワーフに形容しがたい魔族。
その旅の中で私は心身ともに大きくなっていった。
だがヴェルスは、年を取って行った。
ヴェルスは考えていた、私をどうやったら残せるのかと。
そんな時に『憑き木』について知ることになる。
それは今まさに私の後ろにある巨木のことだ。
憑き木は神をその土地に打ち込むくさびのような役割を果たす。
本来、神は一部の例外を除いて人間が死ぬと神もまた死に、新しい神に転生する準備に入ると言われている。
それを嫌ったヴェルスは憑き木の種を探す旅に出た。
そうして私たちは旅の結果、天恵の神樹てんけいのしんじゅという大きな木まで辿り着いた。
そこに憑き木の種は大量にあった。
ヴェルスは袋いっぱいの種を持って帰ると早速故郷の村の空き地に一つを植える。
突然帰ってきたヴェルスに姉のアウラが言った。
「あんた、生きてたのね」
そして、大きくなった私を見て唖然としていた彼女を今でも私は覚えている。
ヴェルスは家族や村の人たちに土産話を沢山した。
すると村の若い者たちはヴェルスに憧れて旅に出るようになった。
特にナイトメアは旅立っていく者が多かった。
現在これが、この村にナイトメアがいない理由である。
種は数年で大きな木に成長した。
今ほどの大きさになるには随分と時間を要したが、それでも私がちょっと背を預けるくらいには十分な大きさである。
それからというもの、ヴェルスは旅をしなくなった。
彼は言った。
「一生分の冒険はもう終えた。これからはこの村の為に尽くすよ。レッドドラゴン、俺が死んだあとはこの村を頼む」
そう言って78歳で彼はこの世を去った。
私は遺言通り憑き木の力によってこの地に縛られることを望んだ。
それから昔、ドルグマンに支配されていた土地では共和制が敷かれ、様々な人種を取り入れる政策が打ち出された。
それから8000年ほどの月日が流れ、新しい国ができた。
名前をドミニアという。
その時にこの村に役人がやってきてこう聞いた。
「この村の名前は何というのですか?」
村の者たちは困惑した。
村に名前を付ける習慣が無かったからだ。
皆で集まって色々と考えた。
そして最後に私の所にやってきて問うた。
村の名前は、かの英雄の名前にしたいがよろしいかと。
私は首を縦に振った。
私もそれが良いと思ったからだ。
この村の名前はヴェルス。
今は亡きナイトメアの名前からとった龍人族の村である。
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