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正直言えば痛いのも苦しいのも辛いのも得意じゃない。
そして俺はどちらかと言うと刺青のような行為をするのは好きじゃなかった。
現在俺は激痛に耐えながら右腕を差し出している。
何故ならレッドドラゴンを信仰する者は皆、龍の印という刺青を入れなければならないからだ。
こうしないとレッドドラゴンの加護を受けられない。
この様子を見て姫様は面白そうに目を細めて笑っている。
「モトナリ、もう日本で銭湯には入れんな」
「全くです」
まぁ、向こう側にもう未練はないから問題ないのだが。
印を掘る作業は1時間近くかかった。
そして現在は痛み止めの苦い薬を飲んで安静にしている。
そこへ龍人族の子供が俺に質問をしてきた。
「痛い?」
「なかなかな」
「人間は弱いね、俺の兄ちゃんは何ともないって言ってたよ」
「君のお兄さんは冒険者かな?」
俺がそう尋ねると彼は首を振った。
「うぅん、近くの漁港でね人間と一緒に暮らしてるんだ。俺の兄ちゃん漁師なんだよ」
「それは随分、立派な仕事をしてるんだな」
「そうだよ、兄ちゃんは家族の中で一番偉いんだ」
「お父さんや、お母さんよりも?」
「そうだよ、だって兄ちゃんの稼ぎで俺たちは楽をさせてもらってるんだって、父さんも母さんも言ってた」
「そうか、それは立派なお兄さんだね、もしかして君も漁師希望かい?」
「うぅん、違うよ、俺は冒険者になるんだ、冒険者になって舟で世界中を旅するんだ」
「そっか、頑張ってくれ、君ならなれるかもしれないからな」
本当はこういう無責任な発言はしない主義だ。
しかし子供に対してどのような言葉を投げかけていいか分からなかった俺はこう言うしかなかった。
「ねぇおじさん」
「ん?」
「おじさんは、何かなりたいものとかないの?」
…なんだろうな、俺のなりたいものって。
少し考えて、結論が出た。
「おじさんのなりたいものにはもうなってるよ、おじさんはね、冒険者になりたかったんだ」
「そうなんだ、おじさんは何ランクなの?」
「Cランクだよ」
「そうなんだ、ヴァイスの姉ちゃんと同じなんだね」
「そうだね」
「ねぇ、ヴァイスの姉ちゃんってどう思う?」
「強そう、かな」
「そうじゃなくて、好きか嫌いかで考えて」
「好きでも嫌いでもない。というか、俺はあの人のことを良く知らないんだ」
「よく知らないのにこんな辺鄙な村まで一緒に来たの?」
「少年よ、地元の事をそんな風に言う物じゃないぞ」
「じゃあおじさんの地元はどんな場所だったんだよ」
「ただの広島市クソ田舎だ」
「おじさんだって言ってるじゃん、てか俺より酷い言い方じゃん!」
「あまりにもひどい場所だからな仕方が無いんだ」
将来負担率借金が多い。そのくせ市長の退職金の高さは全国一位。家賃が高くて住みづらい。市民が地元の歴史に興味がない。広島市の英雄は毛利元就ではなく原爆を投下したアメリカ。昔からインフラを開発する頭脳が無い。怖い人にはすぐにヘコヘコ頭を下げる人が多い。メディアは平和を連呼するが本当の平和について考えられる人間は一人もいない。白米がまずい。信仰心をカープに吸い取られて神社に行かない。
俺はそういった暗黒の土地からやってきた戦士なのである。
ヴェルスを広島市のようにしてはいけない!
「少年よ、何か困ったことがあったらいつでも言ってくれ」
「え、あぁ、うん」
困惑気味の少年から俺は目をそらし、自分の右腕を観察した。
炎のような模様が彫られている。
俺はこの印の使い方について誰から教わるわけでもなかったのだが、意味と用途を理解した。
痛みもだいぶ引いてきた。
そろそろ火を放っても問題ないだろう。
手のひらを上へ向けて火付けの魔術を使用してみる。
強風と共に青い火が出て来た。
「おじさんの火はなんで青いの?」
「酸素を良く食ってるからだ」
「サンソって何?」
「火が燃えるときに必要なエネルギーのことだ、火は風が吹くとよく燃えるだろ、あれは火が風を食ってるからよく燃えるんだ」
「でも普通は青くはならないよ」
「風程度ではダメなんだ、炎を青くしたかったら人工的に細工をするしかない」
「エーテルがそうしてるのかな」
「そうかもな、申し訳ないんだけど、おじさんの世界ではエーテルが無かったから、エーテルの事に関しては成してやれることはないんだ」
「そうなんだ」
何故炎が青く輝いているのか。
それはレッドドラゴンの助力があるからだろう。
その証拠に俺の右腕の龍の印が赤く輝いている。
まさか知り合いの手伝いに行ったら能力がパワーアップするだなんて、なんて俺は幸運な男なんだろうな?
因みにレッドドラゴンの恩恵はこれだけではない。
俺は何もない空き地に向かって手から炎を出した。
炎は徐々に形を作るとその炎の中から一匹の黒いドラゴンが生まれた。
その大きさは人を一人、背中に乗せられるほどの大きさである。
「おじさん、この子の名前は?」
少年は全然驚かずに聞いてきた。
恐らくレッドドラゴンを信仰する者は誰だって呼び寄せられるのだろう。
「ピット」
「なんか、あまり強くなさそうな名前だね」
「少年、必要なのはそれっぽさじゃない、中身だ」
と言って釘を刺しておいた。

この日俺は再びヴァイスさんのお宅でお世話になった。
「よく食うんだぞモトナリ、レッドドラゴン様の力を使うとスタミナがゴリゴリと減っていくからな!」
そう言って山盛りの肉を俺の皿にのせるヴァイスさん。
やめてくださいよ。
俺は神道信者でもあり仏教徒でもあるんですよ。
残せないじゃないですか!
「おかわりもあるからな!」
「いらないです」
そうして俺は山盛りの肉に挑んだ。
結果、俺は食いきれなかった。
しかし残すわけにはいかない。
だからピットを召還した。
「ピット、頼む、食ってくれ!」
そう言うとピットは肉を美味しそうにむしゃむしゃと食い始めた。
そしてすべて平らげると、のそのそと寝室の方に向かって俺の藁のベッドで眠りに就いた。
俺も歯磨きをした後、藁に横になろうとしたがヴァイスさんに呼ばれて寝床を抜け出した。
「その、食事の時は悪かったな、苦しいか?」
「えぇ、まぁ、苦しいですね」
「すまない、私なりに敬意を表したつもりだったのだが・・・」
「お気になさらず、誰だって目測を見誤ることくらいありますから」
「ははっ、優しいなモトナリは」
「いえ、別に、はっきりと意思表示をするのが苦手なだけですから」
「そんな事はないと思うのだけれどね」
「それより、何か話したいことがあるのでは?」
「おぉ、そうだった」
「すみません、急かしたみたいで、ただ、お腹がきついんで手短にお願いしたいなって」
「はははっ、それなら、今日は辞めておこう、明日の帰りがてらに話すよ」
「そうですか、おやすみなさい」
俺は内心、何だったんだと呆れながらも腹が限界なのでのっそりと寝床に就いた。
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