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蝕の章 第一幕
だったらお前がやれ ─後編─
しおりを挟む映叡部 エルゼのトークショーを抜けてきたミユリは、早速スマホを取り出して自身の立ち上げた匿名相談サイトを開いた。
そこに記されている、今回のエルゼのソロトークショーへ犯行予告を出した犯人の容姿を確認すると、コンパクトミラーをポケットから取り出してスマホの画面にかざした。
すると、コンパクトミラーの側面から赤外線レーザーが発生し、画面内の情報をスキャニングする。
──《コンパクトクラブ》ッ!!
それは独りでに動き、コンパクトミラーからカニ型のロボットへと変形した。
「クラブちゃん、人探しお願いね♪それと《チェイスワン》と《ドーベルバッグ》も起動してっと♪」
なんと、ミユリの身に着けていた日用品。バック、ハンディファン、コンパクトミラーがそれぞれ、対応する傀魔クリスタルを起動することで形を変える、カラクリメカだったのだ。
犬型ロボットと白鳥をモチーフにしたロボットも、カニロボットに続いて人目に付かないようにステルスモードに切り替えて、周辺の探索へと向かった。
ミユリは、道端で倒れているところをエルゼに助けて貰った過去を持つ。その時、記憶を喪っていて大変だった。しかし、エルゼ共に傀魔界へ行ったことで記憶を取り戻した。
彼女はかつて、傀魔界を調査に赴いた研究者の娘だった。それも今生きているこの人間界とは違う、並行世界と呼ばれる出身であることが明らかになるのだが、それはまた別の話だ。
その時に解明されていた傀魔クリスタルの使用方法を応用して、彼女はメカニックとしてもエルゼをサポートしている。最も、それだけではないのだが───、
「あっ、見つかったの?クラブちゃん。早速、案内よろしくね♪バッチリ、倒してやるんデスノ♪」
そうこうしているうちに、《コンパクトクラブ》がスキャンした人物を発見したと、報告へやって来た。
他のメカ達にも、同じ場所へ合流してもらうように端末で指示を出してミユリは、犯行予告の犯人のもとへ向かう。
□■□■□■□■□
映叡部 エルゼがトークショーを続けている会場から、数メートル離れたビルの屋上に一人の男が立つ。この男は、映叡部 エルゼのアンチと呼ばれる存在だ。
彼女が活躍する度に、匿名のアンチスレッドを立ててはエルゼを傷付けるような発言。酷い時はそれに群がるリスナーを「蝿ども」や「蛆虫」などと、罵倒するようなコメントも散見されていた。
その激しいエルゼへのアンチテーゼには、理由があった。
「マネージャーのマネちゃん……、何故キミはそんなかわい子ちゃんを振り撒いているクズ女の裏方なんてやっているんだい?ボクだけがキミの魅力に気付いてあげられている…………、それなのにあの女……マネちゃんが体調不良?ふざけやがって……」
彼が推しているのは、映叡部 エルゼのマネージャー。通称マネちゃん、ゼヌちゃんとも言われている。たまに、動画にも3Dモデルで登場する。挨拶は「ゼヌニムニム」で、口癖は「~デスノ」。
喋りの才能や彼女の助力、それらも含めてエルゼは売れたのだと彼は思っている。それ自体に間違いはないのかもしれない。だからこそ、彼は許せないのだろう。映叡部 エルゼのマネージャーを大切しているように見えない、配信では見せない部分が。
「殺してやる──、お前さえ居なくなれば──、ゼヌちゃんが世に出ることになるんだ──」
歪んだ愛情というものは、この世にたくさんとある。
これもその一つだと思えば、有り体なことなのだろう。彼の《感情》は、邪魔者と決めつけたものを排除することでより完成されたものになると、本気で考えている。これを美化と人は時に言う。
笑顔を振り撒いてトークを続ける、猫被りを見て堪忍袋の緒が切れた男はその手に持った傀魔クリスタルを起動し、自らの身体に挿した。
──《ロマンタイズ》ッ!!
今、男にとっての美化が怪物へと己の身を変えていく。
信仰している人が、未完成像であるとその身に刻んだような造形。首からもう一つの顔が伸び、まるで本性あるところに偽りの自分ありとメッセージを残したような、おぞましい見た目をしている。
そして、ロマン繋がりでロマン砲とでも言いたげに発達した右腕は、巨大なキャノン砲になっている。その砲台から繰り出される弾丸なら、軽くトークショーの会場くらい焼き払えてもおかしくない。
「ここからなら撃ち放題ってな……」
つまらないギャグまで言いながら、照準を合わせる傀魔。
エルゼをスコープで捕え、ロックオンしたその時砲塔に重さを感じる。犬の唸り声まで聞こえてくる。続いて、頭上からファサッと覆い被さる影。脹ら脛を何かに攻撃されている、それもかなり痛い切り傷を負わせて来ている。
傀魔は身体を振り払って、奇襲を掛けてきた者を視界に入れようと周囲を警戒する。すると、そこへ現れたのは一人の女性だった。
あと少し遅れていれば、傀魔はエルゼを会場ごと攻撃していた。ミユリは間に合ったと、額の汗を拭ってメカ達を自分の周りに呼び寄せた。
「そこまでデスノよ傀魔っ!!エルゼ様には、指一本触れさせませんよ」
そもそも指一本触れることなく、エルゼを襲おうとしていたのですけどと一人ボケツッコミをする。
傀魔はしばらくすると、メカを率いてやって来た女性が自身の推しである、ゼヌちゃんの声であることに気が付き、砲塔を構える手を納めた。
「まさか、ゼヌちゃん!?」
「うげ……っ!?だ、誰ですか……その人ぉ……?」
明らかに上擦った声で、人違いであるような素振りを見せるミユリ。それもそうかと、首を傾げて他人の空似と解決する傀魔。またしても、胸を撫で下ろすミユリであった。
気を取り直して、傀魔を指差してこれ以上の悪事は見過ごせないと言い放つ。メカを仕向けた攻撃をしても、確かに痛みがあるが致命的なダメージにはならないことを察した傀魔は、再び砲塔を構えてミユリに向けた。
砲撃のチャージが進む。光が集約し、ミユリの中心をロックオンする傀魔。その前でミユリはメカの攻撃を止めると、おもむろに懐から何かを取り出した。
「──傀魔……クリスタルッ!?」
傀魔が驚くのを他所目に、その場でターンを決める。ファンサービスのようにウィンクをしてから、クリスタルを起動させる。
──《エイシェット》ッ♪・・・ゼヌニムドライバー、ON♪
クリスタルの輝きに乗じて、ミユリの腰にベルトが出現する。中央部に《エイシェット》クリスタルを装填し、変身するミユリ。
彼女はデビライバーだ。それは、奇術師にいる二人のデビライバーに続いて三人目の、悪魔系の《感情》を宿したクリスタルを使用して変身する戦士。ミユリは、類まれなる解析力でクリスタルの純正化のメカニズムを解明していたのだ。
そんな彼女にとって、クリスタルを人間が安全に使用する方法。それがこのドライバー技術による、能力を引き出す変身システム。
『──エイシェット・ゼヌニム...デビライブアップ、【クロウリー】...』
「デビライバークロウリー、ここに、あ~~見参っっ♪」
バッチリ変身ポーズを決め、《コンパクトクラブ》達がクラッカーを放って登場を盛大に演出する。
チャージ途中の砲撃を浴びせる傀魔。変身の衝撃で空の彼方へ弾き返すと、クロウリーは武器を手元に呼び寄せる。無声音がその武装を【クリフォトリッキー】と呼称すると、手元で操作して片手剣へと組み替えて構える。
「さぁ!このライブを乗り切るぜ♪」
「な、なんなんだ、てめぇは……?」
「さっきも言ったとおり、デビライバークロウリーだぁ♪」
クロウリーは剣を振り回しながら、傀魔へと急接近していく。砲撃で牽制を仕掛けるが、クリフォトリッキーの刃で一刀両断される。上体を落として、横薙ぎの一刀を避けるも起き上がった体に一撃が入る。
火花散らして吹き飛ぶ傀魔に、空かさず次の一撃を与える。鉄の鎧に身を包むデビライバー、まさに仮面を付けた戦士である。
「斬ッ!!」
「ぐあっ!!」
「とぉぅりやっ!!」
「ぐほぉ、あぁ……」
肩から襷掛けに斬られ、腹部に二発、背中に一発受けて蹴りを喰らう傀魔。
しかし、これで距離を取ることが傀魔は転がり様に砲撃を浴びせる。これには対処が間に合わないクロウリーは、その身にすべて弾丸を受けて吹き飛ばされてしまう。
この隙に起き上がった傀魔。次はこちらの番だと、砲撃をチャージしながら小さな銃を取り出して追い討ちをかける。ロマン砲とは、ただの一撃にかけることを指すのが一般と思われがちだが、スリルな心をくすぐるカッコイイやつも、それに該当する場合がある。
乱射しているのはサブマシンガン。《ロマンタイズ》は、使用者の思うロマンスを実現化させる能力を兼ね備えているようだ。
「へっへっへっ、これでどうだ?おい、トドメをくれてやるんだ。そろそろ姿を見せてくれよ?」
完全にクリスタルの瘴気に取り憑かれ始めている変身者。相手が自身の推しであるゼヌちゃんのそっくりさんだとはいえ、容赦がなくなって攻撃性が増している。
「いててて……。これは早いこと、クリスタルをブレイクしないとあの人が戻って来れなさそうです」
「見ぃつけた!!」
砂煙にシルエットを現したクロウリー。標準を合わせて、溜めていたロマン砲を発射する。避ければ、この辺の建物に甚大な被害が出ることは確実。
「……遊星の力、使うためにフォームチャンジするんデスノ♪」
放たれた弾丸が届くまで、本の数秒程度。瞬きすら許されない刹那、クロウリーは新たなクリスタルを起動し《エイシェット》と交換する。
──《アグラット》ッ♪タイ~~プ、チェンジッッ♪
着弾と同時に音声が鳴り止むと、爆発音が響いた。
しかし、爆発が起きない。これはどういうことだと、傀魔は様子がおかしい目の前に意識を向けている。すると、放った弾丸が天高く弾き出された。まるでホームランを打ったような軌道。
その後を追う影が爆煙から飛び出して、空高く飛翔する。フォームチャンジを果たしたクロウリーだ。飛行能力を獲得した形態は、《アグラット》クリスタルによるもの。対人に向けられた欲望を、その対象を操作することで誘惑を操る悪魔の力。それで弾丸の狙いを変更したのだ。
飛んで行った弾丸に追いついたクロウリーは、銃形態に変形させたクリフォトリッキーの銃身で受け止める。その力はみるみるうちに小さくなっていき、クリフォトリッキーのエネルギーに変換されていった。
「ば、ばかな……っ!?」
「これでフィニッシュよ♪《プラネット》クリスタルを装填っ♪遊星の力は、あなたの未来も輝かす。光差す道となぁ~れっ♪」
──《プラネット》ッッ!!チャージ・クォデシャー♪
トリガーにクリスタルを装填して、チャージしたエネルギーを解放する必殺技。クロウリーの放った、その光の一撃が傀魔《ロマンタイズ》を襲う。
迎え撃つべく砲塔を構え、砲撃を繰り出すが質量が違いずぎる。あっという間に押された傀魔。その身体に挿し込まれた箇所を的確に貫く、クロウリーの一撃によってクリスタルが体外へ放出される。
変身者は地面に転がり込んで、数回身体を打ち付けて気を失う。爆発の被害は最小限に留めたクロウリー。それもそのはず、今回はデモニックフィールドを傀魔が発生させていないため、騒ぎを聞きつけた人が警察に通報したら後処理が大変になってしまうからだ。
ミユリは変身解除して、倒れている男に書き置きをする。『自分勝手な推しは、エルゼ様に迷惑がかかるので辞めてください。By ゼヌちゃん』と。
そして、クリスタルの破片を回収して、その場を後にするのであった。
□■□■□■□■□
「ったくよ。ミユリのやつ、いつまで待たせんだっての」
「あぁ、お嬢様ぁ~~」
「エヴァン。居たのか、ミユリのやつは?」
「は、はい。今、ヘリオのヤツめと向かっております」
紙袋を腕に抱えたまま、ミユリを探す間に買ったマカロンに手を出すエルゼ。
しかし、これは食にカウントしないようにとエヴァンに言われて、舌打ちしていたことは内緒である。
そこへやって来たミユリ。息を切らして、エルゼに倒した傀魔のクリスタルを手渡す。ぶんどると、いただきますも言わずに口に頬張ってバリボリと食べる。エルゼの味の評価はどうかと、気になるミユリは目をキラキラさせる。
「………………ごくっ」
「────っ?」
「ん~~、悪ぃ。正直マカロンが美味すぎて味が分からん。んまぁでも、これでまた一つクリスタルは喰った訳だし」
「ガクンっ……、しょぼぼ~~ん」
やっとの思いで手に入れた成果を、待っている間に食べていたもののせいで分からないで解決されるほど、悲しい結末はないだろう。
エルゼはトークショーに参加していたファンから聞いた、絶品シュークリームをミユリの分も買ってあると紙袋をぶら下げる。すると、しょぼくれていたミユリは何処へ行ったのか、笑顔を取り戻してエルゼの隣を歩き始める。
次なるエルゼの前に立ちはだかる、クリスタルは如何に───。
━━━映叡部 エルゼの蝕_8/25。残り 17。
━━━映叡部 エルゼの食_9/25。残り 16。
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