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第二章
暴力は呻きの螺旋 〜その零〜
しおりを挟む昼時の時間帯。このタイミングが一番混み合う。配膳に食器の片付け、会計まで代わる代わるに全員で行なうほど盛況している。怜美鵺は顔色を一つ変えずに、汗すらかかずに黙々と作業をこなす傍らで息を切らしているメイド服の従業員。
厨房の熱気すら浴びる洗い場で、無表情に皿を洗い終えて積み上げる怜美鵺を見て、「すごいねぇレヴィアたん……」と唖然としていた。ギロっと先輩である従業員を睨む。まるで、『たん』付けをするのはやめろと言っているような視線。それもそうだろう、何を隠そうこの先輩こそがこの喫茶店で怜美鵺を推して現れる客達に、【レヴィアたん】という呼び方を流行らせた主悪の根源なのであった。
メイドとしての呼び名を怜美鵺から取って、なんの捻りもないレヴィアにした事が運の尽きだと、相棒の《トゥーラスク》には言われてしまう始末。そんなことを考える間もなく、皿を吹き終えてようやく落ち着きを見せつつある客席に新しく客が入店し、適当に案内された席に着いたのを見てお冷を持っていく。
「…………何?」
「あいよぉ……、怜美鵺。今週暇だよな?今、事務所はみんな出払っていてさ」
「───無理」
「まだ何も言ってねぇだろ!」
「ご注文は?」
向かった客席で項垂れていた男に冷たく接する。メイド喫茶の看板娘レヴィアによる安定の塩対応。これがクセになって、リピーターとなるものも一定数いる程には完成された対応をしている。
相手は同業者の綻火であろうと、対応に優遇不遇はない───という訳ではない。彼の口からこの手の言い方で言い渡せるものは、パターン化出来るくらいに単純なものだったからだ。自分が抱えている依頼が手の込んだものであるために、報酬の分け前を渡す代わりに手伝ってくれというものだ。
「頼むよ!所長はおろか、寄凪もあの青年も居ないんだぜ?」
「クドイ……。ご注文は?」
「っ、じゃあオムライスセット」
「かしこまりましたご主人様。少々お待ちになっていてください。オーダー、オムライスセット、愛情増し増しでお願いしま~~す」
品書きにメモを入れつつ、厨房へオーダーを抑揚のない声で伝える。怜美鵺に無視されたとショックでテーブルに突っ伏している綻火の前に、品書きの紙を切り取ってバン!と怒りを込めたように叩きつけて、怜美鵺はスタッフルームへと姿を消した。
絶望に打ちひしがれながら、叩きつけられた紙を拾い上げた。そこには、「いいけど、分け前8割ね」と書かれていた。手伝ってくれる喜びで、いきなり起き上がって飛び上がった。短期記憶力はあるが、手先や心の器用さを要求される工作が苦手な綻火にとって、これほど嬉しいことはない。
「────って!!報酬2:8はないだろ!!…………あいよぉ」
依頼達成ができないよりはいいかと、割り切って静かにオムライスセットが届くのを待つことにした綻火。その時、別の客が入店してきた。二人組の高校生カップルのようだ。向かい合わせになる席に座って、注文を済ませて話し合いに意識を向かわせるが、なんとも険悪な雰囲気を醸し出していた。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
引退したお互いの部活動の話をしながら、下校していた本寺と岸部は喫茶店に立ち寄った。適当に注文を入れて、岸部が目の前で髪を耳にかけてカバンの中身を見ている本寺に向かって言った。
「それで暗識さんだったのその人?」
「ん?あ、ああ……」
「ああじゃないよ!暗識さんを見かけたって言ったのはそっちだろ?警察にも行って、探しに行ったって聞いたけど。結局あの後、学校でも話し出来てないでしょ。ダイレクトメッセージも返信なかったし……」
「悪かったよ。あれ、ウチの勘違いだったんだ。暗識じゃ……ない、みたい」
嘘をついていた。本当は見た──、見てしまったのだ。
暗識 奏音が、傀魔クリスタルを使用して怪物に変身するところを──。しかも、自分の時とは容姿が違っていた。明らかに変身前の姿をある程度残していた、暗識が怪物になったとひと目でわかる変身を遂げていた。
そんなこと、正直に言えるはずがない。同じ部活にいたかつての想い人が、自分や丘野のように傀魔となったことを知ればどんな気持ちになるだろうか。本寺には、岸部の心では受け入れられない気がして嘘を突き通す方を選んだ。それでも、思春期特有の無神経さと言うべきか岸部は怒りを顕にしてテーブルに手を突いて声を強めに放った。
「なんだよ!!本寺、最近僕に冷たいじゃないか。それに避けられているような、信用されていないような」
「べ、別にそんなんじゃ──」
「もういいよ!暗識さんを見かけたら、僕も声をかけるようにするから」
「はぁ?それはダメだ!」
別に嫉妬や不安から出た言葉ではなかった。それでも、岸部には本寺が本当は暗識を見た上で敢えて的を得ていない回答で、この話自体を曖昧にしていることを感じ取っていた。そして、タイミングの悪いことがもう一つあった。
「今度、演劇部の同級生と一緒に旅行行くって言ってたよね?本当は隠し事があるんじゃないのか?」
「なんでそうなるわけ?それはウチが決めたことじゃないし。人付き合いとして、引退したメンバー同士で記念旅行したっていいだろ?もう分かったよ。止めないから、好きにしたら?」
「言われなくたってそうするよ!」
「…………お待たせしました」
無表情なメイドが割り込み、メニューを配膳して伝票を置いて去って行った。これを飲んだら、すぐにでも店を出ていくと態度に表す岸部に寂しそうな目を向けながら、ストローに口を近づけてアイスフロートを飲む。気まずいなと思い、視線を逸らしているうちに岸部は自分の注文代金を置いて喫茶店を出て行った。
やがて、本寺はアイスフロートとケーキを食べ終えて会計を済ませる。前に並んでいたガラが少し悪い男が、出入口前で財布をモタモタと触っているところを通過した時に、肩をトンと叩かれ呼び止められた。正直、口説かれたわけでもなければ、不快に感じたわけでもない。なんなら、悩み事で聞ける話があれば聞くと新鮮すら働いてくれていた。
「こう見えてオレはなぁ、何でも屋に近い探偵をやっているんだぜ────って、え?」
「今、ウチに触んなっっっ!!!!」
「あぎゃっ!!??───────、あい……よぉ…………」
見知らぬ人であろうともはっ倒す。ちょっと前まで普通にやっていたことだった。だからだろう、考えるよりも先に手が出てしまった。ごめんなさいと素直に言えるガラでもないしと、一瞬見下ろして鼻で「ふんっ!」と息を吐き捨てその場から立ち去るのであった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
━ 数分後 ━
バイトを終えて、着替えてきた怜美鵺が従業員入口から出てきた。駐車場に通じている通路で、頭を地面に打ち付けた状態で伸びている綻火を発見した。
「何してんの?」
「あててて……、最近の女子高生って護身術が必修だったりするのか?」
「ダサい」
「うるせぇよ。まったくよぉ…………、こんな目にあってる間も所長や青年達は列車の中だろうな」
なんて脳天気なことを言って起き上がる。
怜美鵺は呆れたように溜め息をつき、綻火に手を差し伸べることもなく歩き出す。事務所へ戻って、準備を済ませてさっさと依頼を終わらせるつもりであったからだ。
この時、二人は知らなかった。黎創達の乗っていた列車では、傀魔クリスタルを巡る事件が起きようとしていたことを────。
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